表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
善悪綯交夢現/原罪情勢夢現  作者: 朝霞ちさめ
第三章 魔神が忍ぶは神族の
36/60

33 - 地図は世界の縮図なり

 神族の勢力圏を徒歩で旅すること既に一週間。

 通過した村や街のどこでも、とりあえず似たような言い分で宿に飛び込んでみると、大体は部屋を用意してくれたし、食事も付けてくれた。

 流石に多少のお手伝いを代償として要求されることもちらほらあったとはいえ、神族は根っこの部分でお人好しが多いらしい。

 で、いくつかの村や町を見て回ることでおおよその文明力というか、どの程度技術力が進歩しているのかと言う点についても大分見えてきた。

 ものすごい偏った発達の仕方をしているという前提の上で、大体次の通り。

 工業的には統一規格が導入されていて、長さや重さなどには明確な単位が存在している。

 時間についてもある程度の単位が用意されているようだけど、現状では日時計を使った計測が一般的のようだ。ただし大都市に行けば精密な『時計』があるらしい。精密機械だからまだ流通していない、と見るのが自然だろう。時差に対応できないから設置してないだけという説もあるけど。

 で、そんな精密なものを作れることからもわかるように、ネジやボルトといった工業的にとても重要な部品がそれなりに高い精度で作れるようだ。価格的にもそれほど高くはなく、家具などにも広く使われている。

 一方であまり武器や防具といった、戦うための道具はお店に売っていないようだ。前線から離れれば離れるほどその傾向は強くなっていて、一番最初に訪れたあの街にはまだ武具屋があったけど、一つ前の街には武具屋という概念がそもそも無くなっていた。具体的には雑貨店で多少取り扱いがある程度である。

 これは『需要と供給の問題』だったようで、あの大災害が起きるまでは僕が訪れた街は悉くがそもそも前線から大分距離のある街だった、つまり武具の需要がとても低かった。だから供給するためのお店もそんなに無かったと。

 ところがあの大災害が起きるにいたり前線が壊滅状態に陥ると、不安から買い求める客が増え――つまり需要が増大し――、供給が追いつかなくて困る、といった愚痴も聞くことが出来た。ちなみにこの愚痴の本質は『供給があればもう一儲けできたのになあ』というタイプのものである。

 神族、もうちょっと追い詰められてるかとも思ったんだけど、多少距離が離れるだけでこうも余裕綽々とは。

 とまあこのあたりまでが文明的、あるいは技術的な感想だ。

 次、疑問点について。

 まず第一に、以前覗いた時は少ないなりに光輪を付けたものが一割くらいはいたのだけど、僕が歩いて回っている範囲で光輪を付けている神族は六人しか見つける事が出来なかった。その六人のうち五人は武装していて、移動の最中といった様子。残りの一人は非武装というか完全に作業着で大工をしていたんだよね。ちょっと取り合わせが謎だ。

 第二に流通について。需要と供給という概念があるように流通の概念も当然ある。で、主に荷物を運ぶのには馬車を使うそうだ――たとえ川が真横を通っていようとも。普通は川なんて便利なものがあったら真っ先に活用しそうなもんだけど、まあ、これは第三の疑問にも通じるか。

 第三の疑問点、それは船だ。大きな川は二つ渡った。そしてそのうちの一つでは渡し船があり、それに乗せて貰ったときに軽く探ってみたんだけど、どうも大型船は海以外にはないらしい。というか、海でも滅多にないらしい。神族は水を苦手としているのかと言えばそんな事は無く、より謎だ。大型船を作らない理由はないんだよね、戦争用じゃなくてもごくごく単純に大きい漁船というのはそれだけでアドバンテージになり得る。人手の問題なのかもしれないけど、だとしてもなんだかなあ。

 こんなものかな?

 ま、結構疑問点も増えたけど、徐々に神族の形は見えてきたかもしれない――といったところで新しい街、というか都市が視界に入った。地図に沿ってきたから、恐らくあそこがこの周辺では一番大きな都市とされるユーノだろう。……ユーノって名前もどこかで聞いた事があるような気がするんだけど……どこだったっけ? なんかどうでも良いところで聞いたのか、あるいは重要なところで聞いたけど違った名前として覚えてるのか。

 流石にこういう大都市になると流石に入場のチェックはあるかなあとも思ったんだけど、残念というか安心というか、チェックは特に無し。

 普通に入ることが出来た。

 そしてこの都市にはそれなりの割合で光輪を持つ神族が……、

「…………?」

 いや、おかしいよね?

 前に覗き見たときは大都市のほうが割合は少なかったはずだ。けれど今見えてる範囲だと二割くらいは光輪を付けている。それにここまでの道のりで経由してきた村や街に光輪を持つ割合が極端に少なかったのも引っかかる。

 もしかして他の街からこの都市に移動してきてるとか?

 だとしたらその理由は何だろう。

 考えつつも都市の中を歩き、大通りへと出ると看板があった。

 看板にはこの街の主要施設の方向が書いてあって、それによると直進すれば都市中央の『塔』、右折すると『商業地区』、左折すると『各種施設』とある。

 塔ってまたシンプルな。もうちょっと具体的に書いてあればなあと思ったけど、実際にその看板に書いてあった方角を眺めてみると納得。そこにあったのは塔だった。まぎれもなく、普通の。

 …………。

 いや。

(どうした?)

 いや、ここまでの村にはなかったけど、いわゆる街ってスケールの集落になると必ずあの塔があるんだよね。それがなんか引っかかる。

(あの塔って。まあ確かに似てるけど、微妙に装飾も違うだろ)

 細部は確かに違うよ?

 でも大まかなディティールに差が殆ど無い。

 そして最初の街と同じく、特に時計とかのギミックはなくて、鐘が吊されている。恐らくここまでの街や村と同じように日時計もどこかにあるのだろう。……時間を知らせるだけの施設だと思ってたけど、もしかしてあれ、別な意味がある施設なのかな?

 品質値が妙に高いのもやっぱり同じだし……。

(……そういや、その辺も未解決か)

 うん。

(忍び込んでみるか?)

 んー……。

 そうしたいのは山々だけどこの街は無理かな。

(なんでだよ)

 他の街でさえも警備が付いてた。

 この都市の規模ならば警備は寄り厳重になっている可能性が高いからだ。

(……裏を返せば、厳重な警備が必要な施設である?)

 そう。

(なんでここまでの街で怪しまなかったんだ、お前は)

 時間って単位をきっちりと計る時計がなかったからだよ。

 時計がない、それでも時間の概念はあって、単位もある。

 つまり生活において時間というものは神族にとって重要って可能性がある。それこそ営業時間が概ね決まってるとか。魔族だとそれすらないけど。

(ん……、で、それがどうした?)

 そういう時間を教えるのがあの塔の目的だと僕は思ってたわけだ。

 だとしたら警備は当然だ。恐らくは絶対の信頼をされている時計としての鐘、を勝手に慣らされたら困るからね。

(……あー。そうか。そりゃそうだな。実際に時間を変えてるわけじゃないにせよ、慣らしちまえば時間が進んだってことにできると)

 そういうわけ。

 とはいえやっぱり気になるので、次の街あたりで忍び込んでみよう。

 そのためにもこの都市を中心とした地図を仕入れたいので、まず目指すのは商業地区だ。

 果たして商業地区に広がっていた光景は、思った以上に賑わった商店街……とは違うな、でもそんな感じの、絶え間なくお店が広がり、道にも露天商が連なるような場所だった。

 雑貨屋一つを取っても本当の意味でなんでも取り扱ってるところがあれば、食器しか置いていないところ、水だけを売ってるところなどもある。また、武器屋や防具屋もあるし、電球を売ってるお店もあった。

 そして地図屋も。

(買うのか?)

 うん。

 錬金術での複製、実はまだ完全な意味では成功させてないから、変に失敗する可能性のある手段をとるよりかは多少怪しまれても買った方が良いだろう。

(金はどうする)

 いくらでももってる。

(お前は経済の敵だと思う……)

 何を今さら、だ。

 というわけでアプローチ開始。

『すみません。店主さん、この地図はどこからどこまでの地図ですか?』

『ん? 珍しいな、坊主みたいな子供が地図に興味あるのかい』

『はい!』

『良いことだ。地図というのは世界の縮図、それを眺めることで得られる知見はきっと役に立つ!』

 店主さんは満面の笑みを浮かべて言う。なんだか大仰な人だな。でもまあ、こういう場所のお店ともなればその手のトークは必要か。

『この街の名前、ユーノというのは知ってるな?』

『はい』

『ここを中心とした地図が、まずこれだ。これだと大体ルーフからザットあたりまでが精密に書いてある』

 ふむ。

『で、それとは別にこっちに神都までが描かれた地図がある。これはユーノから北東方向に長く距離を取ってるな。それなりに精密だよ。とはいえ、結構な距離があるからな。多少のズレはあるかもしれない』

 なるほど。図法の問題か、測量の問題か。

『最後にこれだが、世界地図と言ってな。この星の地図になってる。……あんまり大きな声じゃあ言えないが、あの魔族の領域だってちゃんと書いてあるすごいやつだぜ。ただし、範囲を広げてる分だけズレもやっぱり増えるが』

『それでも、すごいですね』

『だろう!』

『その、世界地図はおいくらですか?』

『五十ゴールドだ』

 五十ゴールド、つまり金貨五十枚。高いけど高くはない。

 なお、一食あたりの食事が五シルバー、銀貨五枚程度。

 五十ゴールドは五千シルバーと価値的には同じなので、千食分。……やっぱり高いな。

『欲しいけど、さすがに買えるほど甘くはないかあ……』

『ははは、そりゃそうさ。世界地図なんて大きめの街でも一枚あるかどうかの高級品だからな』

 そんなものを子供に勧めるのはどうかと思う。

『じゃあ、こっちの、付近の地図はおいくらですか?』

『そっちは三ゴールドだ』

 一気に安くなったな。

 それでも子供が気軽に出せる額じゃない、はずだけれど。

『……その、もうちょっと安くとかは、無理ですよね。描き写すので、見せて貰う分だけお支払いする、とかも』

『うーん。済まんが安くはできんな。とはいえ……描き写す。なるほど、それはアリだ』

 あれ、アリなの?

『もちろんこの店の、そこでやって貰うことになるんだけど。それでも良いなら、大分安くしてやろう。それでいいなら、そうだなあ……、四十シルバーでどうだ? 紙とインク、ペンはおまけで付けてやるよ』

『本当ですか?』

『ああ』

『ありがとうございます! ……ちなみに、世界地図の方だといくらくらいになりますか?』

『うーん……。実物に重ねたりせずに、見ながらの書き写しなら、まあ、二ゴールドとか、そのくらいかな……』

 やっぱりそのくらいは取られるか。

『あはは……がんばってお小遣いを貯めるにしても、大分時間が掛かっちゃいそうですね。それに綺麗に書き写せるかどうかも解らないし。その、神都までの地図の方で、お願いします。お金は先に払いますね』

『わかった。じゃあ四十シルバーね』

 はい、とうなずき懐から財布を取り出して、銀貨をきっちり四十枚。

 数えて渡すと、店主さんも改めて数えて、よろしいと頷くと、店の中に通してくれた。

 内側にはカウンターテーブルがあって、紙、ペン、インクも用意してくれている。

『じゃあ、頑張っておくれ。それとさっきもちらっと言ったけど、重ねてなぞったりするのはなしだよ。インクが染みちゃうからな』

『はい。もちろんです!』

 物わかりの良い子供の振りをして頷き、受け取った商品としての地図を置いて、と。

 やることは決まっている……但し、錬金術ではない。

 ペンを持って、後は。


 『理想の動き』をセットして、実行する。


 ペンは勝手に動いてゆく。さながらそれは自動書記のように。ペンが紙上を走ると、複雑な線があっさりと、整った形で敷かれてゆく。それは曲線であり直線であり、参考基のそれを理想としているが故に、線の僅かなブレや太ささえも再現する形で。

 ちなみに今回は『理想の動き』でやってるけど、実はこういう写本程度ならば洋輔にも出来たりする。なので洋輔も今回は突っ込みをしてこないわけだ。洋輔にも出来るというのは魔法によって再現が出来るというもので、『筆記魔法』というジャンルだったかな。

 とか考えている間に複製完了。

『ふう。疲れた』

『いや坊主、早すぎだ。え、ていうか何だ今の。坊主の今の写し、熟練の地図師が見ても納得がいかないと思うぞ』

『そうですか? 家でいろんな本を書き写したりしてたからかな……』

『ほう。……まあ、そうでもなければ地図なんぞに興味はもたんか』

『…………? そうなんですか?』

『ああ。俺たち神族は基本、産まれた街から出たりしないだろう?』

 初耳だけど頷いておく。

 すると、店主さんは思いがけぬ情報をくれた。

『光輪措置を受けるような連中は例外として、天気屋くらいだからなあ。地図に興味を持つのは。といっても天気屋なんてどマイナー、坊主は知らねえよな』

『……はい。お恥ずかしながら』

『恥ずかしがることじゃない。天気屋なんて正直俺だってあんまり信じてねえんだから。天気屋ってのはな、その名の通り、だいたい翌々日くらいまでの天気を教えてくれる……って事になってる連中のことだ』

 ……天気、予報、屋か。

『そういえばその天気屋がこの前妙なことを言ってたな。今年は凶作になるとか、どうとか――まだ田植えもしてねえのになんで解るんだろうな?』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ