29 - 明星は閃く
朝。
なんだか眩しいなあ、というかちらつくなあといった妙な視界への不快感を覚えて目を覚ますと、洋輔も似たような状態で起きたらしい。
二人揃ってあくびをしつつベッドから抜け出して、そしてようやく状況を確認した。
「…………。なにこれ?」
「しらん」
起き抜けの洋輔は解りやすく不機嫌だ。珍しい。ちょうど夢で良いところだったのだろうか? そういえば僕、こっちに来てから夢らしい夢を見てないな……。
なんて感傷はようするに現実逃避だ。
何が起きているのかを考えよう。
「……まあ、たぶんこれが明星閃光って現象なんだろうけれど」
「聞いてた話とは大分違うな」
「だね」
明星閃光。
この世界において一年に一度かならず起きる現象で、その現象が観測された日を以て新年とするという区切り。
この星それ自体が輝くという不可思議な現象で、いわば地表付近で発生する極光現象だ、って感じの説明を受けていたのだけど、現実に観測されるこれはオーロラとはイメージが大分ちがうな。
空中に大小様々な、きらりと輝くふわふわとした綿の様なものが浮かんでいる。
ように見える。
触れようとしてみると、光は手をすり抜けてしまう。というか、手の上にその光が残っている。触れることは出来ない、重なってしまうとでも言うのかな……。
「……それこそ、ゲームではよくあるエフェクトって感じだけど」
「だな。まあ……」
ちらり、と洋輔が眺めたのは窓だった。
言われてそちらに視線を向ければ、窓の外はだいぶ明るい。
あれ、と時計を確認。時計には大幅なブレはこれまで起きていなかった、だから概ね二十四時間周期だということもわかってきてたんだけど、それによると現在時刻は二時半。
当然……午前の。
「この時間にこの明るさ。つまりこの光が原因で辺り一帯が明るいって事か?」
「そうかもね……ちょっと屋上から見てみようか」
「そうしよう」
洋輔と一緒に窓に近寄り、窓のすぐ横に足場を作成。
面倒になったので足場は階段状、それを普通に上って屋上までいき、そこから眺める世界はかくも美しい。
幻想的に揺蕩う光。白という光ではなく、淡いが故にほのかに様々な色をもった輝きは、『床』からだいたい一メートルくらいまでの高さまでをふわふわと浮いている――つまりこの屋上の床からもお一メートルくらいまでの高さまで、その光は存在しているというわけだけれど。
「綺麗で、美しくて、荘厳で……」
「うぜえなこれ。ちらちらと」
「身も蓋もないよね洋輔って」
「眠ぃんだよ」
それは僕もだ。
けどもうちょっと情緒的になってもいいと思う。まあ洋輔だから無理か……。
「で、これ、どうにかできねえか。コレじゃあ寝てられねえぞちらついて」
「真っ先に思いつくのはサングラス……」
ふぁん。
と、作成したサングラスを眼鏡の上からかけてみる。もともとそういう形で作っているので装着感に違和感はないけど、洋輔としては呆れているようだ。無視。
そしてこれじゃダメだな、たしかに光の軽減は出来てるんだけど、光が重なってきたときは意味が無い。
「だめとなるとアイマスク……」
ふぁん、と作成したアイマスクは洋輔へ。
洋輔はそれをすっと装着すると、だめだ、と首を横に振った。視界を共有していると、確かに基本的には真っ暗なんだけど、光が重なるときは意味がない……ていうか。
「これさ、光が目に重なっちゃうとどうしようも無いと思うんだけど」
「だな……。迷惑極まりねえイベントじゃねえか……」
アイマスクを外しつつ洋輔が言った。
割と同感だ。
「佳苗、一時的に視覚を封じる道具とかねえの?」
「全ての感覚を一時的に封じるとかならばあるけど、あれを長時間使うと死んじゃうんだよね」
「おい、さらっと怖い道具の存在を示唆するんじゃねえ」
「安心してよ。モアマリスコールのほうが効率的だから使わない」
「そういう問題じゃねえ」
それもそうか。
まあ、視覚に限らず感覚を奪うというのはなかなかどうして錬金術的には難しいのだ。
「そういえば魔法で痛覚遮断とかできなかったっけ?」
「できるぜ? 痛覚ならな。他の感覚もやれば出来るかもしれねえけど……、そう簡単に応用できるもんじゃねえし、それに」
「それに?」
「魔法の時点でダメじゃねえか。寝たら消えるんだぞ」
あ。
「……仕方ねえな、今日はもう起きるか。全然寝れてねえけど」
「そうだね……眠気覚まし、用意しようか」
「ん」
というわけで工房の中にあるマテリアルを参照、ふぁんと手元に作成されたのはカップに入った茶色い液体だ。不気味に聞こえるかもしれないけど、ホットココアとも言う。気持ち程度の眠気覚ましという効果を与えてはいるけど、普通のココアとそれ以外に変わりは無い。
「眠いときにははた迷惑極まりないが、そうじゃないなら確かに綺麗な光景ではあるな」
「だね。イルミネーションとは全然違った、柔らかい感じの光で……」
まあ時々目の位置に光が重なると眩しいんだけど。
これさえなんとかなれば本当に綺麗だなあ、で終わるんだよね。
「ま、無い物ねだりをしても仕方が無い。それで佳苗、これ、マテリアルとして認識できるか?」
「いやあこんな曖昧なモノ、マテリアルとして認識できるわけが……」
まあ一応一通りやってみるか。色別は緑。当然だ。
次に剛柔剣視界の有効化、矢印は見えない。光だからな。それ自体が運動しているわけじゃないって事か?
最後に品質値の表示。当然だけど表示不……、
「どうした?」
「…………。品質値は不明だね」
「そうか。やっぱ無理だよなあ」
「いや違うよ、洋輔。表示できないんじゃない。『不明』だ」
「…………? ん?」
「『品質値を持たない』って品質値って事。薬草とかと同じ……、品質値は表示できないわけじゃなくて、品質値が品質値としてそもそも存在しないってこと」
「えっと……その辺の機微が俺には正直わかんねえんだけど、なんかやばいのか?」
「やばいね。とてもやばい。薬草以外で品質値を持たないなんて性質の道具は滅多にないよ。それに……」
品質値を持たない、というだけで、表示それ自体は動こうとしている以上、つまり僕はこの光をマテリアルとして認識できている……、でもこれ、錬金術的にはどんな道具なんだ?
性質表示の機能をオン。久々に使ったなこの機能、なんて思いつつ、視界に表示される数字やグラフなどを確認していく……、何度使ってもよくわかんないよなあこの機能。
「……ふうん、こういう『道具』ってことは……」
マテリアルとして改めて認識。やっぱり品質値は表示されない。そして品質値を持たないタイプの道具。
「……おい、佳苗。今、道具って言ったけど……言葉の綾か?」
「いや……その当たりがまたなんとも。品質値は表示できないけどマテリアルには出来るし、性質表示からしてこれは『副産物』。別な本体が存在していて、その本体が出しているものって感じかな……」
そしてこの光は厳密には光ではない。
結果的に光をもたらしているだけで、その本質は『打ち消し』っぽい。
「打ち消し……?」
「『本体』が稼働することで『副産物』としてこの光が起きるんだ。で、この光も厳密には最初から光ってるわけじゃない。『何かを打ち消したことで光る』ってこと」
但しその何かというのが何か、までは解らないんだけど。
性質的にはサイレンサーとかが近いのかな。その辺と換喩すれば使えないことはなさそうだけど、品質値を持たないって性質は邪魔になりそうだ。むしろその品質値を持たないって性質を前面に使って薬草代わりにある程度出来るかもな。
というわけで試しに水の魔法で水を作り、その水とその辺の光の一つをマテリアルにして錬金術を実行。みゃん。
みゃん?
「おい佳苗。なんだ、みゃんって音は」
「いやそれは僕が聞きたいんだけど……」
錬金術の実行には音が発生する。その音は原則、『ふぁん』という音だ。
けれど一部の応用を使ったり、特殊な素材を使うと音が変わったりすることがある。音量については錬金術の規模によって変わる。
たとえば魔法を錬金術の材料にすると『ふぃん』になったり、錬金除算術を噛ませると『ふっ』と、『ふぇん』、『ふぉん』だとか、そういう『ふぁふぃふふぇふぉ』の音が最初に来ることは良くあった。
で、この世界に来て習得した錬金超等術が出す音は『むぉん』。これも大概最初は驚いたけど、完成品に干渉する特殊な錬金術なのだから音が違ってもおかしくはない。
じゃあ今回の『みゃん』はそう考えるとどうか。
魔法の水を普通の水としてマテリアルとするというのは魔法の水を普通の水として換喩しているのでこの段階では錬金術が実行されておらず、結果ふぃん、という音はキャンセルされている。
その後水と例の光をマテリアルとして錬金術が実行されて、みゃんという音によって完成した。完成品は……ポーションによく似ているけれど、色が違うな。
「色が違うって言うか、透明は透明でもなにかこう……」
「シャボン液みたいだね」
「そう、それだ」
光にかざすとなんとなく、虹色がかって見える。
少なくともこれはポーションではない。
薬草と水ならばポーションになるはずなんだけど……そう考えるとこの光は薬草代わりにはならないらしい。品質値が存在しないって所から換喩すれば行けそうだけどそれはそれ。
一応錬金術由来のものなので、それとなく効果は解るんだけど……。
「これはこれで、何かを回復する道具っぽいんだよね……」
「回復ねえ。まあ作り方はポーションだしな……何が回復するのかが解らない、ってことは」
「うん。魔力とか、僕が知ってる類いのリソースじゃない」
けれど何かを回復する。それは間違いない。
使ってみようかな? 特に毒でもないようだし。
「やめておけ。そのリソースが何なのかの特定が先だ」
「でも毒じゃなさそうだよ」
「だとしてもリソースのため過ぎで暴走するタイプって可能性もあるぞ」
ああ、それは否定しきれない。
ならばある程度数用意して暫く保管しておこうっと。
「にしても、ここに来て妙なリソースが発見されたもんだな……それともコレまでにも実はあったのか?」
「どうだろうね。単純に考えるなら神族が使ってる神通力、のリソース……つまり魔素かな。でも現時点で僕たちは魔素を『そういうものがある』って知ってるだけで、実際に知覚したり扱えるわけじゃないから、そうとは解らないってだけか……」
「そうだとしたら魔素の研究は急がないと行けねえな」
うん……その通り、だけれども。
「……なんだ?」
「いや……。薬草からポーションが作れる理論ってさ、ようするに薬草が持ってる『治癒効果』を液体に落とし込んでるって考え方なんだよ」
「まあ、そうだな」
「で、もしもこれが魔素を回復する道具だとするじゃない。となると材料となったこの光がそもそも魔素を回復させる効果を持ってるって事になるんだよね」
回復させるだけなのか、あるいは魔素を付与するのか。
前者だろうな。後者だとしたらこの自然現象が毎年起きているのに神族が未だに繁栄出来るとも思えない。
あるいはそもそも魔素ではないって可能性もあるか……。
「しかし人工物まで含めて光が包むってのは妙な作為性を感じるな」
「そうだね。実際作為的なものなんじゃないかな……年に一回って周期も、いかにもだし」
「まあな」
あるいはそれは神族や魔族が作ったものではないかもしれない。
ただ、本体は誰かが何らかの意図を持って作ったのだろう。それもかなり昔に。
……僕たちの前任者、かな。
「大いにありうるぜ……やれやれ。ああ、佳苗。さんきゅーな。美味かった」
「それはよかった」
気分転換になったならばそれでいい。
そんな事を思いながら、ふと人工物の範囲に僕が作ったあの壁も含まれるのかなあ、とちょっと考える。
「単純に考えれば含まれるんじゃねえの。でも別に実害はないだろ?」
「……いや、ちょっとあるかもしれない」
「へ?」
洋輔はピンとこない様子だけど、もしも人工物……として僕が作ったあの壁も認識されていて、それも光の対象となるならば、壁の形が概ね把握されるって事にならないか?
それだけでも若干問題だ。けれどまあこれは、遅かれ早かれの問題だ。別にそこまで大きく捉える必要はないのかもしれない。
「いや、あの壁がもしもこうやって光ってるとしたら、あの壁の周囲が今頃燦々と輝いてるんだろうなあって思って……」
「あー……」
あり得るな、と洋輔。
ちょっと目の毒になりそうだ。あるいは神秘的なのだろうか? 解らん。
そんな事を考えつつも僕と洋輔は二人で何気ないことを話したりして、そしてようやく陽が上がった頃である。
『こちらにいらっしゃいましたか』
『あれ、どうしたの、ハルクラウン』
『今日をもちまして新年となりましたゆえ。明星閃光、今年は観測できないやもしれない、などという話も出ていたのですが……』
『見ての通り、大盛況だね』
『ええ』
…………?
あれ?
(どうした?)
真偽判定的に今の『ええ』が引っかかる。
『異常事態です。――これほど大規模な明星閃光は、少なくとも私にとって記憶にありません』
…………。
はい?




