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善悪綯交夢現/原罪情勢夢現  作者: 朝霞ちさめ
第二章 魔神も加減を考えろ
31/60

28 - 情勢調査と次の一手

『それでは魔神様。お手元に配りました資料もご確認ください。説明をはじめさせていただきます――』

 というわけで、アンサルシアとイルールムによる魔族という種族に関しての出生率などのデータ、いわゆる国勢調査の勢力版のようなものが提示された。

 といっても流石に日本で行われているようなものと比べればふわっとしている。きちんと様式を決めて復旧させるまで……、十年で済むかなあ……。

 なんてことを黄昏れつつも一応中身を確認。アンサルシアとイルールムはあらかじめ役割を決めていたようで、交互に丁寧な説明をそれでもしてくれた。

 今回判明したのは次の事実だ。

 まず第一に、魔王をトップとした魔族という勢力に参加しているのは次の種族。

 『鬼』種。『小鬼(オーク)』、『大鬼(トロル)』、『血鬼(ヴァンプ)』、『性鬼(ファニー)』。ちょっと特別な種族なので、これについては後述しよう。

 『塊』種。『風塊(ガイスト)』、『粘塊(スライム)』、『岩塊(ガーゴイル)』、『輝塊(プラシス)』。但し輝塊(プラシス)という種族は単体では存在していなくて、塊種の中でごく稀に発生する特別な存在にすぎない。輝塊(プラシス)同士で子供を産んでも輝塊が産まれるとは限らないんだとか。種族としては状態操作が『得意』だそうだ。

 『餓』種。『餓狼(ウルヴズ)』、『餓羊(シープ)』、『餓蛇(ナーガ)』、『餓鮫(シャーク)』。餓狼はリオという実物を既に見ていて解るように、何らかの身体機能に特化した者達が揃っている。これはちょっとわかりにくいかな。餓狼は脚力、餓羊は膂力、餓蛇は腕力、餓鮫は視力と嗅覚。ちょっとピンとこないんだけど、餓鮫は主に海で活動しているらしい。そのおかげだろうと説明をされた。ますます解らなくなったのは内緒だ。

 『凶』種。『凶鳥(ハーピィ)』、『凶兎(ラビット)』、『凶犬(イロス)』。凶鳥は空を飛ぶことが出来、凶兎は近づけたり遠ざけたりする事を得意とし、凶犬は摩擦を調整できるんだとか。わかりにくいけど凶兎がやってるのは引力・斥力の操作かな? 凶鳥が重力だし。尚、他にも細々と凶系統の種族はいるにはいるようだ。

 『他』種。ここに含まれるもので特にこれという種族は存在しない。敢えて言うなら『才鬼』がこれに入らないこともないけれど、とのこと。ただ、確実に存在はしていて、ごく稀にだけれど有名になるものも居る。その例外的な人物と言えるのが、今の流通都市イリアスを治めるクワロイリアスという魔族で、種族的には『審判(ジャッジ)』なんだとか。ふうむ。

 で、さっき後回しにした『鬼』種について。

 鬼種は本来『鬼』という種族一つしか無いそうだ。ただ、その鬼という種族の中で外見的特徴や性質的な部分からそれぞれのカテゴリが割り振られることがある。だから先ほど挙げた四つはあくまでもスタンダードな部分であるらしい。

 そしてアンサルシアとイルールムが『赤鬼』と名乗っているのは、赤い髪が最大の理由っぽい。別にも理由はあるみたいなことを言ってたけど微妙に誤魔化された。真偽判定によるとあまり縁起の良いものではないから言いたくないって所らしい。

(お前に掛かると黙秘すら黙秘になんねえのな)

 諦めて、洋輔。

 で、ちらほら僕が称されていた『才鬼』とは何か。これは『鬼』という種族にとってもごく稀に現れる天才的な才能を持ったものだ。そして見分け方は至って単純、『角の有無』である。

 角があるならば単なる鬼。角がないならば才鬼である可能性が出てくる。そして才鬼がもつ天才的な才能というのは、一般的に学習能力を指すそうだ。

 ようするに才鬼とは、『たぶん魔族で、かつ妙に物覚えが良いやつ』の総称ってことにもなる。実際、才鬼という種族に関してのみ言うなら場、『塊』『餓』『凶』にも発生しうるようで、珍しいなりに時々いるようだけど、たとえどの種族だったとしても『才鬼』とされるんだとか。

 そしてここまでに出てきた種族については、概ね現在存命の数と、大体の年齢が調査されている。また男女比についてもそれなりに調べられていて、そういう意味では思った以上にまともな調査結果が上がってきたという感じだ。

 だからといって必ずしも喜ばしいことが書いてあるわけでもない。

 総人口……まあ人じゃないけどここは便宜上そう表現するけど、魔族という勢力が抱える総人口は現時点で六百万くらい。年代別に見ると子供とされるのが百万程度で、中間層が四百五十万、老人扱いされるのは五十万と比率で見れば少ないとも言える。

 で、六百万人という数字がどの程度かというと……兵庫県よりかはちょっと多い程度か?

 そんな数字で考えるとあれ、十分多くないかとも思えるのだけど、実際にはユーラシア大陸のヨーロッパにあたる面積程度をたったの六百万人だけで使っているわけで、二平方キロメートル探せば一人くらいは見つかだろうというとんでもない人口密度になる。過疎という言葉も生ぬるい。まあ日本と違ってずっと街が続いてるわけじゃなく、街があるところとなにもないところがハッキリしているから、それほどがらんどうって訳でもないけれど。

 そして六百万という数字はそれ以上に怖い。具体的には神族がこの前出してきた十二万の兵だって、魔族が中間層から同数を捻出しようとすると社会機構がめっためたになるだろう。その社会機構がいまいち薄い以上被害もあまりなさそうだけど、次世代への影響は多量に出るだろう。それは避けたい。

 そしてそれを避けて、戦闘能力があるかどうかを別にした招集が可能と思われる数は良くて六万。実際にはその半分も辛いかな。で、戦闘能力が一定以上あることを条件に加えると更に減るだろう。実働一万を確保できるかどうか……そう考えると海沿いの城に千を入れるのももったいないくらいだけど、そこはどうしても譲れないのでやって貰わなければならないとは洋輔の談。

 尚、男女比は世代毎に若干偏りがあるようだ。今の若い世代はちょっと女性が多く男性は少なめって傾向で、とはいえこれは誤差の範囲と言えば誤差の範囲なのかな? このあたりのちゃんとした統計とか、日本なら調べようもあると思うんだけど、ここじゃなあ。

 あとは産まれてくる命と死んでゆく命の割合だけど、これは……まあ、なんとも。少子高齢化に向かっていることは間違いないけど、そこまで急激かというとそうでもない。状況からしてもっと悪いかな? と勝手に推測してただけに、僕たちとしてはちょっと拍子抜けだった。

 なのでちょっと説明をして貰ったんだけど、

『魔神様たちがどのようなお考えかに至りかねますので、私どもの常識において説明をさせていただくのですが……。概ね神族によって殺害される魔族は戦場ではなく、その奥の村単位であることが大半なのです』

 つまり兵が殺されているわけじゃなく、関係の無い民間人、それも村という単位で襲撃されているからとくに年齢に偏りは出ないと。納得して良いのかどうかが解らないけどそういうことだと諦めよう。

『ありがとう。状況は概ね、数字の上では理解できた……かなあ。まあ、そういう事ならこっちがやることも自然と定まってくる』

『だな。学校の作成……、何年生でやるか』

『うーん』

 日本の常識とは違った意味での学校。

 あの白黒の世界においての学校。

 つまり士官学校――軍学校。

『六年はやっぱり必要かな』

『だな……なあイルールム、たしか魔族の子供がそれなりに一人で行動する年代って概ね決まってるみたいなことを言ってたと思ったが』

『はい。概ね八歳をメドに、それ以降は親の手伝いなどをしたり、あるいは将来つきたい職業に手伝いとして参加したりします』

『ふん……なら、どっちに合わせるかな』

『洋輔の好きな方に、って言いたいけど、八歳スタートだと色々大変だと思う。十四歳までってことでしょ? 僕たちが言っても全く説得力が無いけれど、十四歳そこそこじゃあスタミナも力も全然足りないよ』

 それでも今前線にいる人たちよりかは強くなってるかもしれないけれど。

 ならば十歳か、と洋輔は結局呟いて、アンサルシアとイルールムに対して学校、という概念を話し始めたんだけど、感触はあまり良くない。

『費用的な面では魔神様のことでしょうから当てがあるのだと思います。しかし六年間その施設に子供を預けるとなると、親心にどう調整を付けるのか……ましてや軍属への一本道となると、ようするに子供の命を捧げるようなものでしょう』

『それは割り切って貰うしかないけど、確かにその通りで矛盾なんだよ』

 死地において少しでも生存率をあげるための教育。

 けれどそこに行かなければそもそも死地になんて行かずに済む。

 ただしもし、学校に行かなかったとしても戦場に行かなければならなくなるならば……。

 そこをどう捉えるか。

『それだけではありません。先ほども申し上げましたが、魔族では八歳をメドに仕事の手伝いをするのが慣例です……大人ほどではないにしても、働き手として重宝されますから……』

 だよなあ……。

『金である程度は解決できると思うぜ。確かにイルールムの言うことは真っ当だ――アンサルシアだって同じようなことを考えてるとは思う。だがな、そういう感情よりも利を、金を選ぶヤツは一定数、どんな社会でも必ず居る。だから最初はその連中から取り込む。そいつらが結果を残せば常備軍も受入れられるだろう。……十年はかかるだろうが』

 とはいえ十年耐えれば良いと、洋輔はそう考えているようだ。自信満々に見えるけど、その内心が全くの無根拠であることを僕は当然共有領域からも理解しているわけで、なんとも役者だなあと思う他がない。実際ここは無理な理論でも通しておかないと、後の世代がどんどん辛くなるだけだと洋輔は割り切ったのだろう。

 ならばちょっとは手伝うか。

『何も戦い方しか教えないわけじゃないよ。各分野のトップクラスを呼ぶ。これは最初の内は魔王府令としてね。その上で講師をして貰う。例えば流通はどのように行われているのか。例えば建築はどのように。例えば狩猟はどのように。例えば農業はどのように。例えば工房はどのように。そういうあらゆるものを教え込む。卒業……つまり全ての過程を修了した時点で、改めて軍人として活動して貰うけど、戦うことだけが軍じゃない』

『要するにさ。「いざとなれば戦える様々なエリート」を相応の数、纏まって運用できるようにしてえんだよ。魔王城に今居る六人ほどじゃないにしても、それぞれの街で見れば上の方って連中でな。その育成機関が、学校だ』

『……理屈では解らないこともないのですが』

 心では納得できないか。

 ……この二人を説得できないようじゃ、実現は無理だな。

(まあ、そうだろうな。ここにも一手が足りねえ)

 そう、ここも一手進めば学校の設立は出来ると思う。その一手が今のところは見えなだけで。

『ならば今のところは諦めるかね……』

『…………? よろしいのですか?』

『最終的には設立を目指すが、今の段階でお前達を説得できる気がしねえ。お前達だって納得して手伝う方がまだ良いだろ。それに……、学校って手段は追々で考えれば確実にプラスだけど、すぐに効果が出る類いのものでもねえしな。むしろじわじわと効果が出ることは約束できるが、実感できるのは二十年は先だろうからなあ』

 そんな長期間の計画になる以上、再側近の理解を得るのは前提だ、と洋輔は言う。それに感心したように頷いたのはイルールムで、アンサルシアはそれ以上に困惑の色が強かった。この二人、性格も見た目も大分似てるけど、それでも違うところは違うんだよなあ。

 当然だけど。

『でも洋輔、現状の防衛網を維持するだけで考えても、一定以上に剣気が扱える魔族が継続的に補充できないとダメだよ。その当たりはどうする?』

『お前が先生やるか?』

『え、僕?』

『だってお前ならとりあえずどれでも剣気出せるだろ。それも最高で』

『まあそうだけど、僕、他人に教えたことはないよ?』

 大体僕が剣気をきちんと扱えるというのは無理矢理理想を再現しているからだ。僕の動きを真似してね! というのもちょっと無理だと思う。具体的にはバレー部の仲間の一同からそう突っ込まれた。

『だとしてもだ、お前の動きが理想……最善である以上、既に剣気を出せる連中からすりゃヒントくらいにはなるだろ。だからお前がやるのは先生とか教員とかじゃなくて、師範だな。それも技を教えてくれるんじゃなくて、技は見て盗めってタイプの』

 ああ、それなら出来そうだ。

『あの、魔神様』

『うん?』

『剣気以外……つまり発気や壁気はどうなのでしょうか?』

 えーっと……なんだっけそれ。

 なんか随分前に聞いたような……、あ。

『……魔神様?』

『いやあ、ごめん。忘れてたワケじゃないんだけど……いや、忘れてたようなもんか。そもそもその二つに関しては実現できる超等品を持ってなかったし、だからそれの再現もできてないってのが実情だよ』

『……なんだっけ、それ?』

『そもそも剣気ってのは超等品のなかでも攻撃系統を限定した言葉なんだよ。補助系統が発気で防御系統が壁気……』

 僕が作ってきた疑似超等品って全部剣気として完成しちゃうんだよね。発気と壁気を見たことがないから解釈できない、だからだろうとは思うけど。そもそも根本的に作り方が違うのかもしれない。

『多分だけど、発気にせよ壁気にせよ、それを発動しうる超等品さえ用意してくれれば使えるとは思うんだけどね……何か心当たりはある?』

『凶兎に一人、有名な壁気の使い手がいますね。彼を呼びましょう』

 そうして貰おう。

 結局、そのあたりの調整は追々することになるのだけれど、剣気の訓練は早めに始めるということはこの場で決定。似たような枠組みが過去にあったらしく、それを例にしようとはイルールムの提案で、それが採用された。

 ……当初の目的であった勢力情勢調査は出来たので成功ではあるはずだけど、なんとも横道に逸れた感の否めない会議はこうして終わった。

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