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善悪綯交夢現/原罪情勢夢現  作者: 朝霞ちさめ
第二章 魔神も加減を考えろ
30/60

27 - たりない一手

 完全耐性プラス自己修復プラス錬金反復術による即座の修復。

 僕が考え得る中で最大限の防衛行為――これを行ったことによって、とりあえず洋輔の防衛魔法は解除が可能と相成った。

(んじゃ消すぞ)

 うん。お疲れ様。

 ふっと空に渦が浮かんで、そのまま消える。どうやらちゃんと維持をやめたようだ。

 さて。

 このまま一度帰るのもいいけれど……。

「このまま帰るだけはなんか釈然としないしな」

 というわけで、ピュアキネシス製であるが故に『見えない壁』として存在するその壁越しに見える神族軍が身につけているあらゆる装備品をそれぞれ認識。神族の兵たちそれ自体はマテリアルとして見做すことが出来なかった――けれど、装備しているものに関してはずっと見えている。

 だから貰って帰ろう。

 十二万セットもあれば魔族側も大助かりだろう。

(いやどこに置くんだよ)

 …………。

 それもそうなので錬金圧縮術で圧縮しておこう。

 ものとしては気持ち悪いくらいに同じものだし、鎧のサイズも六つくらいしかないみたいだし。どうとでもなりそうだ。

(重さはどうする)

 工房の一番右奥に黒い箱があったの知ってる?

(ん? ……ああ、あったな、そういえば)

 あの箱の中、無重力になってるから。

(お前の重力操作は俺の重力操作を優に超してる気がするぜ……)

 重力も生成の範疇なのかもね、なんてことを思いつつ、錬金術を実行。

 まずは鎧をふぁん、と錬金圧縮術を絡めて錬金、完成品は洋輔を換喩術に使うことで『僕の近く』を『洋輔の近く』と言い換え、『洋輔の近くにある僕が定義しているエリア』に発生するように調整してあるのでスムーズだ。

 次に剣。これもふぁん。

 せっかくなので大砲もふぁん。

 その他の装備品も全部剥奪させて貰い最終的には、全裸の十二万という大軍が。

「…………」

(…………)

「吾輩は猫である、」

(いやまあ、気持ちは分かるけどな)

「名前はまだ無い」

 ワードを言い切れば視界はいつもの城に戻っていて、これで一段落だ。

 前線は今頃大混乱だろうな、まあ大丈夫だろう。たぶん。従順な兵としての投影ならばさほどモラル的にも問題は無いと思いたいところ。

 そして今回は誰とエンカウントすることもなく、そのまま歩みを城の中へと進め、洋輔の居る部屋へと向かう……と、そこにはリオも控えていた。

『ただいま。前線だけど、とりあえずの時間稼ぎは出来るはずだよ』

『サンキュ。けど根本的な解決にはほど遠いな』

『うん』

 ちなみに神族の瞬間移動があの壁を超えられない前提で僕たちは考えている。

 もしも超えられるのだとしたらそもそも洋輔の防衛魔法も無視して進めただろうというのが理由のひとつ。そして次にあの壁をどうにかしないかぎり『入れても帰れない』。

 もちろん海に到達する時点までしか壁は敷かれていない、つまり海を通れば存外簡単に回り込むことは出来るけれど……とはいえど。

『リオ。そこの地図で言うところの、魔族と神族の勢力圏がぶつかる前線……このラインね、このライン上にある海岸線、えっと、西と東のふたつだけれど、ここに置けるような軍事力はあるかな、魔族に』

『……合計で二千ほどであれば、捻出できるとは思います』

 二千……か。

 十二万に対して二千。

 数字で言えば話にならない。足止めにすらならないだろう……本来ならば。

『超等品を扱えるのはどの程度居る?』

『種類にもよりますが、剣気であれば百に満たない程度かと。さらに武器種が絞られますが』

 ならば二つの海岸線に半分ずつで四十ずつとみて、三交代でも十人ずつは動けるかな?

『剣気を使える武器種を申請させて、名簿を用意して。こっちで超等品互換のものは用意して支給する。それを使って海岸線を守らせる形になる。状況としては剣気で牽制、その他の面々で兵站を抑える形になるかな』

『しかしながら、海岸線には城砦もありません』

『ならば作っておくよ』

『…………』

『…………』

 リオと洋輔の『そうだ、そういうヤツだったなあこいつは』という視線を浴びつつも、それまでの時間稼ぎをどうしようかなあとちょっと思案する。

 神族がどう出るかにもよるけど、そう簡単にあの壁は突破できない。迂回するにしたって横に回り込むには時間が掛かる、それに海を使ってとなればそれなりに大規模な船が必要になるだろう。船で来るならばそれを迎え撃つだけだ。大砲の射程と剣気の射程ならば、常にではないにせよ剣気が上回ることもあるだろうし。

 …………。

 何か見落としてるような……いやいや、今回は流石に疑心暗鬼だよ。あの壁を突破するのって、それこそ洋輔にだって厳しいし。

 壊せない。なんとか壊してもすぐに新しいものが補充される。つまりは通れない……。

『リオには説明したっけ、壁の詳細』

『いえ。簡単な概念はうせのかみさまからお聞きしていますが、詳しくは』

『それじゃあ簡単に説明しておくと、「見えない、分厚く、ものすごく高い壁」が今、前線を覆う形で張ってある。見えないだけで壁は壁、光は通すから向こう側は見えるけれど、よほど大きな音でもなければ音はお互いに通じない。ちなみに高さは八千メートル……まあ、ハルクラウンみたいな凶鳥でもまともに飛ぼうと思って飛べる高さじゃないはず』

『魔神様。凶鳥が自力で到達できた最高高度は二百三メートルです』

『あ、そうなの?』

 じゃあ余裕か。

『そういう壁は完全耐性と自動修復、万が一破壊されたときは復元するように作ってある。これはおごりでもなんでもなく、僕以外には突破できない壁だ』

『完全耐性……というと、この城にも施されたものでしたな』

 その通り。

 リオはうんうんと頷いている。

『となると、神族は壁を迂回するしかないと。だから魔神様は海沿いに城を作られる』

『そ。何か疑問点はある?』

『壁の材質が。場合によっては魔族における「塊」系の種族が持つような性質を神族が持たないとも言い切れず、それによって変形させられる恐れはないかと』

『僕もそれは気になってね。だから個体でも液体でも気体でもない、特別な材質を使っている。だから多分大丈夫……だと思う。いや、大丈夫だ。断言しよう』

 全くの無根拠というわけでもない。敢えて強い言葉で断定しておき、ここは安心を買っておく。

 とりあえずリオとしてもそれ以外に懸念はなかったようで、リストアップの作業に入ると言い出したのだけど、

『あ、ストップ。悪いけどそれはパトリシアかハルクラウンにやらせろ』

『おや、では私は……』

『リオにはもっと重大なことを頼みたい。さっき佳苗が言ったとおり、極めて大規模な、見えないとはいえ光以外を通さない壁がそこにある。そのせいで気流の動きが大きく変わるだろう』

 ああ、そのことか。

『気流が変われば異常気象も起きやすくなる。魔族の勢力圏では今後例に無い気象状況が起きる可能性が高い、その報告をして欲しい』

『何も起きないようであれば?』

『十四日間は様子見してくれ。その十四日間で特にコレと言って妙なことがおきないならば、その時はそうと報告して欲しい』

『かしこまりました』

 伝令としてあちらこちらを行き来する餓狼だ、確かに気象状況の確認には適任か。

 やっぱり無線が欲しいなあ。無線機の構造ちゃんと調べとくんだったか。電力的にはどうとでもなるわけだし。

『ふぁあ。今日はこんなもんかな……俺としても佳苗としても、眠ぃ。ちょっと寝るが、何かあったら起こしてくれ。問題は早めに解ったほうがいいからな』

 結局、洋輔のそんな言葉でリオは大きく頷いて、部屋を出て行った。

 というわけで休息タイムだ。お互いに寝る前の支度を済ませつつ、頭の中、意識の共有領域で相談を続ける。

 壁の設置で盤を変更した。だから王手詰みからは何手か遠ざかったはずだ、神族としても肩すかしだろう。

 これでも神族は攻勢を維持するか、それとも諦めるか。どちらにも正当な理由というものは付けられそうだ、だから神族の姿勢次第になる。

 ただ、ずっと攻めてこない、もう諦めると言うことは絶対にないだろう。神族は魔族の死体を必要としている――失陥したあの城にいた三百人程度の魔族から得られる魔素がどの程度で、それによって神族の需要をどの程度満たせるかにもよるけれど、そう長い時間とも思えない。どのみち攻めてくる。

 それにどう対抗するか。

 あるいは対応しないのか。

(盤面は変えた……が、それだけだ。結局の所持ち駒も情勢も悪いままではある。根本的に装備の品質が違いすぎる、根本的に勢力圏の大きさが違いすぎる、そして根本的に兵力が違いすぎる。この状況からひっくり返すなんて真っ当な手段じゃあ無理だ。だからこそ魔族は魔神(おれたち)を呼んだ)

 そして魔神(ぼくたち)からしても、やっぱりこの状況をひっくり返す手段はなかなか思いつかない。それこそ流星群(メテオ)を連発して焼け野原にしていき、とりあえず神族を滅ぼすだけならばできるかもしれないけれど、それで残るのは不毛な世界だ。なんだかな。

(勝利条件も曖昧だしな。まあ神族が滅びりゃそれでよし、そうでなくても恒久和平が実現すれば多分オーケーか? でもそんなの、現実的に考えて可能かというと……)

 そんなことが出来たら世界はきっとしあわせだろうね……。

 僕的には猫さえ用意してくれたら神族に協力するのもやぶさかじゃないんだけど。

(嘘つけ。猫さえ発見したら神族を殲滅するのもやぶさかじゃないの間違いだろ)

 いやまあそれはそうだけど。

 ともあれそういう軽口がたたける程度には状況はマシになった。マシになっただけで、まだ窮地に違いは無い。はずだ。たぶん。

「明日になれば出生率のデータとかも詳しく上がってくる」

「うん。その上で魔族の状況をきちっと整理して、制度作りから……」

「…………」

 時間が許すかなあ。

 微妙だよなあ。

 でもやらなきゃダメなんだろう。今でも僕たちが強引になんとかすることは案外出来るのかもしれない。それこそ前線から僕がさらに侵入しても神族がそれに察知した様子はなかったし、そのまま直進してなんやかんやすることも出来る可能性は高い。

 けれどそれじゃあ意味が無い。魔族と神族の状況が入れ替わるだけでは、神族が魔神に類する何かを呼ぶだけだ。そしてまた神族と魔族の状況が入れ替わる。そんな堂々巡りが繰り返されるのでは何の意味も無い――だから。

 僕たちがこの世界で成さなければならないと言うことは、そのあたりなのだろう。勝手な推測だけど。

 で。

 それをするためには結局、神族が魔族と敵対することを選んだ理由である魔素や神通力といった技術に関しての詳細を知る必要があるわけで……あれ、これはちょっと前にも似たような事を考えたな。うーん、この段階で堂々巡りしてるようじゃ話にならないかもしれない。

「もう一手は何かが要るな。それは俺たちが取る一手かもしれないし、神族側のミスとしての一手かもしれねえが」

「そうだね……」

 洋輔は敢えて省いたようだけど……まあ僕も同感だけど、一応可能性としてはもう一つある。神族側がミスではない一手を、こちらに妥協する形で打ってくるパターンだ。ここまで大勝ちしている状態からあえて敗者に譲歩する理由がない。だから考慮の必要は無い。

 とはいえ。

「……でも、結局さ」

「ん?」

「いや、勝負は五年くらいなんだろうなって」

「そうだな……」

 五年、僕と洋輔だけで魔族を守り切ることが出来たならば。そして魔族の中で様々な制度を作ることが出来たならば。定着を始めることもできたならば――まあ、やってみるしかないか。

 結局そのまま二人でうとうと、すやすやとし始めて、開けて翌朝。

 地球基準の時計では、とりあえず八時過ぎと要ったところでようやく起床……ちょっとお寝坊という感じもするけど、このところは寝溜めをしている感覚だ。十六時間耐久とかがデフォルトになりつつあるしな……。

「佳苗、一応前線見といてくれるか」

「うん。洋輔はどうする?」

「俺は三階に居る。アンサルシアたちもじきに来るみたいだしな」

 納得。

 そういうわけで洋輔とは一旦別れ、いつものように窓から出てそのまま上空九千メートルほどまで足場を積み上げ、その上から前線を眺める。

 ピュアキネシス製の壁。高さ八千メートル、簡単には乗り越えられないだろう。神族がどのようにそれを解決するのかは楽しみにしておくとして、それはそうと前線を視認……。

 ん。

(どうだ?)

 視覚を共有して貰った方が早いような気もするけれど、一応洋輔に説明しておこう。

 前線の兵の数が一気に減っている。具体的には三千くらいしか居ない。

 その三千も改めて装備を調えているし、一度投影しなおしたのかな。その上で数攻めは無理と判断したのかもしれないね。

 ちなみに例の城砦を拠点として改造しているようだ。

(そういやあの城取り返してねえけど、いいのか?)

 どのみち壁に近い所に拠点は作られるだろう。ならば向こうが勝手に作る何かよりも、こっちが図案まで持っていて、どのように攻めればよいのかが解りやすい城の方が追々楽だ――まあそれに、ちょっと罠もあるしね。

(罠って……)

 ああいや、落とし穴とかそういうタイプの罠じゃないよ。数の罠だ。

 あの城の運用はそもそも千人を上限としている。それ以上で使おうとしたら使えないことはない。けれどいずれ『不足する』だろう。水とかがね。

 それにあの城の耐久性は神族だって攻める際に検証しただろう、その上で『恐ろしく頑丈である』と判断しているはず。間違いなくそこには油断が出来る。

(そしてお前ならばその性質を消せる、か)

 うん。城をそのまま撤去することも出来るけど、より混乱させるって意味では完全耐性の削除の方が効くだろうし。

(良い考えだ)

 で、前線に僕が敷いた壁沿いにところどころ兵がいるね。これもやっぱり装備を整え直している。壁のある当たりを探っている……製図中ってところかな。これをしている数は、多分、一万弱。

(つまり……全体で一万ちょい。プラス後方支援が多少いるくらい、と。神族は八万から九万を温存してるって事になるかな?)

 そうだね。同じ数だけまた投影できるならば、そういう事になるだろう。

 一応海にも視線を向けておく。特に大きな船は見えなかった。

 まずは壁の調査を優先している……かな。その上でどう攻略するかを考えてくるのだろう。そしてあちらが人海戦術をとったとしても、距離的に十日は掛かるはずだ。その上高さの確認をするためにはさらなる時間を要するに違いない……まあ、一定以上の高さがあると判断されればもうそこで取りやめる可能性もあるから、そこはちょっと計算に入れにくいか。

 とりあえずはその十日で、何かが起きるか。

 それとも何も起きないのか。

(っと、二人が来た。どうする、佳苗も来るか?)

 同席した方が良いならそうするけど、どうする?

(んじゃ来い。二度手間はアンサルシアもイルールムも嫌がるだろ)

 それもそうか。

「吾輩は猫である、」

 ピュアキネシスを解除。

「名前はまだ無い。」

 落下を始めると同時にワードが紡ぎ終わり、結果、僕は地面の上にそのまますとんと移動しているのだった。

(ああ、確かにその方が安全なのか……)

 その上で早いのだ。

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