26 - (復誦術を含む錬金術)×反復術=
十六時間かけて訪れた三度目の前線、からちょっとだけ離れた風上で、僕は洋輔を起点としたマテリアルの認識を試みる。これも錬金換喩術を含めた応用で難易度を低下させているけれど、遠くのものをマテリアルとして認識する事は換喩術がなくても実はある程度使えたりする。そういう意味では錬金術のマテリアルの認識は、洋輔の剛柔剣と似たような、何か別の感覚を使っているのかもしれなかった。
ともあれ。
城の工房に置いてあったマテリアルを使って、作り出すのは黒いエッセンシア、モアマリスコールだ。
この黒いエッセンシアが持つ効果は至って単純。
二重に摂取した生き物を殺す。
ただそれだけの道具だ。
一回だけの摂取ならば問題は無い。また、一度目と二度目の摂取の間に毒消し系を行うことが出来れば、二度目が一度目としてカウントされ直される。そういう性質を含めて使い勝手が良いとみるか悪いとみるかは人によるだろう。
が、これは品質値が高いとその『摂取』の定義がちょっと変わるという、珍しい道具だったりもする。
具体的には品質値が低いと二度の摂取とは二度経口摂取する、『二口飲ませる』必要があるけど、それなりに高くなると皮膚に数滴触れた時点で一度と判断されるし、僕が作るような品質値が三万の、つまり特級品とされる品質値の三倍にも及ぶと、『霧状になったものの小さな粒一つが身体のどこかに触れる』だけで『一度の摂取』になる危険な代物だ。まともに霧に包まれれば普通は毒消しが間に合わなくなる。
そんな危険極まる霧を生み出して、風の魔法で気流をたぐり、前線方面へと流し込む。天候に関する魔法は案外イメージがしやすいので、洋輔よりも効果を制御しやすいんだよね。もちろん規模で言えば話にならないレベルで洋輔が上だけど、ちょっとした霧を特定の方向に向けるくらいならば僕でも十分だ。
あとは眺めるだけ……。
モアマリスコールの霧は、黒い霧として神族軍が大量に居る方向へと流れてゆく。待つこと数分、ようやく到達した霧が神族軍をを包み始めて……。
「…………」
ごく稀に、突然の死を迎えることでその場に極めて不自然に倒れる者が居る。
けれどそういう者は、光輪が光ったかと思うと即座にその場から消えていた。
やっぱり死体は回収するような技術があるようだ。
そしてごく稀にと称しているように、その割合は数千に一人くらい。生身、普通に生きている者はその程度の割合しか居ないって事か……。
ついでに品質値の表示を試み……やっぱりそうだよな。神族の兵たちそれ自体の品質値はやっぱり取れない。
錬金術が、というか僕が品質値として明確に表示できないのは、『生き物』と『魔法に類する現象』、そして『自然現象』だ。
生き物については僕の錬金術の制約、生き物はマテリアルに出来ないというものが原因だと思う。正直これは克服しようと思えばできちゃいそうなんだけど、克服しなくとも『それが生きているのか死んでいるのかを瞬時に判断できる』という利点として使えること、そしてそれが思いのほか便利なため、克服する予定は現状ない。
次に魔法に類する現象。これは魔法、儀式、呪い、第三法こと言霊という技術を、僕にはそれの品質値を表示することが出来なかった。但し、それらをマテリアルにすることは可能だ。いや厳密には魔法と儀式でしか試したことはないけど、呪いや第三法も根本的な部分は似たようなところが有るしなんとかなるような気がしている。
最後に自然現象。これはものすごい単純で、要するに地震だとか雷だとか、吹きすさぶ風だとかの品質値は表示できない。土や石、岩といったものや、生じている稲妻、風そのものをマテリアルとすることは出来るけど、品質値として表示できるのは岩まで。稲妻と風は『概念』としてのマテリアル、即ち錬金代入術によるマテリアルへの転用を行っているからだろうとは元勇者の専門家が僕に対して下した解析結果だ。僕としても異存は無い。
で。
あれこれと改めて考え直したのは、じゃあなんで『目の前の神族の兵は品質値が見えないのか』という点である。
最初に見たとき、そこに品質値が表示されないことは当然でしかなかった。それが生き物だと考えていたからだ、表示されていたら大いに困惑しただろう。なんで生き物の品質値が表示できちゃってるのかと。
けれど今、そこにいる兵は少なくとも錬金術的な定義では生き物ではない。生き物、つまり生きている生物であるならば、そのモアマリスコールの霧で悉く死んでいなければおかしい。そして死んでいるならばそれは死体で、死体であるならば品質値が表示できる。たとえそれが人間だったものであろうとも、錬金術的にはそれを構成していたモノでしかない。
生き物じゃないなら表示されなければならないし、生きていたのが死体になった場合でも表示されなければならない。けれど現実として、品質値は表示されていない……。
(モアマリスコールが一切効果無しって可能性は?)
無いと信じたいね。
城砦に仕掛けていた完全耐性それ自体は今も健在な当たりを見るかぎり、恐らく完全耐性を破ることを神族は出来ていない。あるいは出来るのかもしれないけど、やろうとしていない。
そういう連中にモアマリスコールが完全に無効化できるとは信じがたい。
(まるでモアマリスコールが完全耐性の上みたいな言い方だな)
上かどうかはともかくとして、拮抗するものであることは確かだよ。
錬金術的にモアマリスコールは絶対死液とも表現される。で、その絶対という言葉は完全に比肩するとされているからね。
(けど、裏を返せばほとんど完璧に克服されてる可能性が認められるって事だろ。だからそれは克服しただけのタダの生き物だって考え方はねえのか?)
うーん。絶対にない、とは言えないかな。
ただその線はやっぱり薄いと思う。
(根拠は)
品質値は表示できない。それは真実だ。
マテリアルとしての認識もできない。
けれど、錬金代入術の対象としてならば取れる。
(…………)
対象として取れるけど、マテリアルとしては認識できないから、錬金術は成立しない。成立しないけど、代入術の対象として取れる。つまり条件が揃っていないだけってことだ。条件さえ揃えることが出来ればマテリアルとして認識しうるとも言う。
そして対象として取れるのは『兵本体』、つまり『人型の部分』。光輪は代入術の対象としても取れないな……。
つまり光輪の部分と人型の部分で、少なくとも二つの何かが使われているって事だ。
恐らくそのどちらかが神通力で、もう片方が神通力とはまた違った何かだろうね。
(その辺、もうちょっと解りやすく表現できねえか?)
片方は錬金術そのもので、もう片方は錬金術の完成品が持った効果。混沌の指輪の『魔力の百倍化』みたいな部分だと思えば良い。
(ああ、なるほど……ならば状況的にも、光輪が主だろうな。光輪が人型のそれを投影している)
投影……うん、良い表現だ。影として落とされた人型の部分は破壊できても、改めて影を落とせば実質無害と。
(…………)
…………。
(……あれ? やばくねえ?)
……洋輔もそう思う?
(いやそりゃそう思うだろ。まあここまでのことは全部推論の域を出ないし、実際には制約も大いにあるようなもんだとは思いてえけど、最悪の場合……俺たちの想像がドンピシャで当たっていて、しかもその上で相手にそういった制約が殆ど無いと考えた時、俺たちの敵、神族は「完全に統制された兵士」を「いくらでも補充できる」上で「瞬時に戦場に出せる」)
しかもその補充される兵士は毎回経験を積んで、補充される毎に強くなってる可能性もある。
(ずるは良くないと思います!)
あ、洋輔が壊れた。
まあ気持ちは分からないでもないけど、救いもあるのだ。
(救い? この状況で?)
うん。神族の瞬間移動はどうも、その『兵士』に限られる。
(…………?)
さっき殺した『普通の生き物』としての神族の補充が今届いた。その上でその面々はあくまでも普通の装備しか持って来れていない。大砲の補充がないんだよ。
(……へえ?)
その上で疑問となるのは補給がどの程度必要になるか、だね……。投影された兵が生き物じゃないならば、食事の補給はほとんど要らないだろう。装備も壊れたら投影された兵を一度消してもう一度投影し治せば良い。
だから神族が補給として気にしなければいけないのは、『生身』としての兵士の食糧関連と、定義にない特殊な武器ってところかな。大砲とか。
(それでもほとんど補給いらずってことだよな)
まあ……そうなるね。
そして今回補充された兵士は、まだ残っていた黒い桐に触れてその十分の一ほどがその場に倒れて即退場。リスキルみたいな……。それを現実でやるって、なんていうか残忍というか残酷だよな。なにが一番酷いって、全く殺しているという実感がないと言うことだ。死体が見えないから余計に。
それは精神的にはどうなんだろう。楽なのかな。楽なのかもしれない。
けれどこれが当たり前じゃあないんだ。当然だけど殺せば死ぬ。死んだ神族にだっていろいろな事情はあったはずだ――それを忘れてはいけない。気にしてはならない、だけど忘れたら僕は酷いことになる。
…………。
うーん。
(どうした?)
いや……、やっぱり神族の動きがよく分からないなと思って。
無限じゃない、制限はあるだろう、それでも十二万にも及ぶ数を投影して瞬間移動させることが神族には出来る。だから神族は魔族を叩く、いっそ滅ぼして、流星群の後に断続するであろう自然災害に備える。
筋は通る。
けど、本当に魔族を滅ぼしたいなら、それこそ魔王城の前に兵を出した方が早い。
(……まあ、そうだけど。単に距離的に無理なんじゃねえの?)
そりゃそうだとは思うけど……。
制限があったとしても、制限というのは大概の場合で抜け道がある。錬金術も魔法もそれは同じで、そんな抜け道を活用するのはむしろ前提に近い。抜け道と言えば聞こえは悪いけど、それをきちんと整えることが出来れば応用技術となるからだ。
神族はそれをしていないって事か?
なんか本当に発想の根本が違うのかな……、相手がやりたいことはそれとなく解るんだけど、何を考えているのかが全く理解できない……。
(ああ、その表現はすっとするな。俺たちは将棋でいうところの最後の一踏ん張りってところまで追い詰められてるんだけど、なんか相手側、神族は将棋の駒じゃなくて花札持ってるみたいな)
それこそ言い得て妙だね……。
単にやっている事が違うのかもしれない。
あるいは思考回路が根本から違うのかもしれない。
ま、その辺は追々調べていくしかないか。
(だな。壁、作るのか?)
うん。洋輔もそろそろ限界でしょ。
(まあ、わりと。真剣に眠ィ)
だろうね。
というわけで、マテリアルを認識。
主材料はピュアキネシス、特異マテリアルは完全エッセンシア。これに鼎立凝固体を復誦させつつ、錬金術を発現させる。
かくしてそこに現れるのは、高さ八千メートル、厚さ十メートル、横幅は特殊な指定を施した、ただただ巨大で、ただただ膨大で、荘厳といえば荘厳といえないこともない、けれどなんとものっぺりとした、奇妙な質感の『壁』だ。
さすがにこれだけ近づけばスカもなく、きっちり成功。
横幅の特殊な指定というのは、錬金反響術という技術である。
(ん……反響? 反復じゃなく?)
反復は反復で使ってるけどね。
(えっと……何をしたんだ、具体的には)
高さ八千メートル、厚さ十メートル、横幅十メートル……つまり『柱』をピュアキネシスでまずは一つ作る。当然のように完全耐性と自動修復機能も付いているし、重の奇石も絡んでいる。
(おう、体積がまず異常だぞ)
ピュアキネシスだからノーカン。
よって一番最初に完成したのは高さ八千メートル、厚さ十メートル、横幅十メートルの柱がぴったりと横並びしているから、実質的に横幅は二十メートル分だ。
で、反復術によってこれが繰り返される。条件として指定した『海に到達するまで』、この柱は横に延々、左右に伸び続ける。
ちなみに錬金術を仕込んでから既に十秒は経ったこともあって、既に地平線まで柱は到達している。十分もあれば指定した範囲に『高さ八千メートル、厚さ十メートルの完全耐性・自動修復機能つきの壁』が完成するわけだ。
(神族がお前にだけは理不尽と言われたくないって泣くだろうな)
お互い様なのでノーカン。
(けどそれなら反復術だけだろ。反響術ってなんか違ったよなたしか)
うん。
反復術はあくまでも反復するだけだ。で、反復には条件を付けることができて、今回は『海に到達するまで』って条件が付いている。海に到達した時点で反復術は止まる。流石に海流の流れまで止めるわけにはいかないからね。
(ああ、やろうとおもえばできると?)
出来るよ、一周。
(やるなよ?)
もちろん。
で、今説明したこの反復術までを含んだ『一連の錬金術』に対して反響術という応用を更に引っかけている。
反響術は『ある錬金術を条件が満たされ続ける限りにおいて繰り返し続ける』という技術だ。反復術とよく似ているけど、反復術は『終わる条件』を指定するのに対して、反響術は『続ける条件』を指定するという違いがある。
(あー。似てるけど確かに違うな。でもなんでそれを使ってんだ?)
洋輔。『反復術までを含んだ一連の錬金術』を反響させてるんだ。
つまり『海に到達するまで柱を壁のように作り出し続けるという錬金術』が反響されている。
(…………)
それによって発生する事象もどうやら理解したようだけれど、答え合わせをしておこうか。
『海に到達するまで柱を壁のように作り出し続けるという錬金術』が発動する。これは『海に到達』することでその錬金術の処理は終了し、これによってひとつの錬金術が完結する。
で、錬金反響術が今言った錬金術を、僕が条件として設定した『僕が止めるまで』という条件に従って、延々と繰り返し続ける。
ようするに。
(……完全耐性プラス自己修復の上、どうにか破壊しても一瞬で新しいのが補充されるのかよ……)
そういうわけだ。
余話:
ランボは悪い文明(何Pt稼いでも安心できない的な意味で)




