25 - 本質的な考え方
王手詰みまでは行かずとも、このままだとじり貧だという洋輔の意見はもっともで、じゃあどの程度の時間があるだろうかと考えると、たとえば僕が雷を延々と落とし続けるような前提を取っても数日だろう。それは長くみつもっての数字であって、短くなることはあっても長くなることは考えにくい。数日間も全く無対策とは思えないし……。
神族を舐めていた。というより、神族にそんなことが出来るとは思っていなかった。パトリシアもどうやらそういう現象は知らないようだったし、リオも同じようだった。情報面での遅れ……といえば遅れでも、これは責められないよな。
順序が逆だ。勢力として圧倒されているから情報が入っていないのだろう。
ま、今はこの状況からどのように盤を代えるか、あるいは盤を変えるかという話である。
前線に例の壁を作るためには、やっぱり僕がもう一度前線に行かなければならない。それに要する時間は前回と同じならば十六時間、この十六時間を洋輔だけで踏みとどまれるか?
絶対に無理かと聞かれれば可能性は残っているはずだ、けれどかなり分が悪い。それに賭けるのはちょっと、それこそ最後の手段だ。最後の手段と言えばラストリゾートもそれだけど、この状況からだとあんまり効果は見込めない。ペルシ・オーマの杯ならばあるいは……、でもなあ。もちろん座して滅ぶくらいならばそういうリスクが大きな手段を取ってでも滅びの回避を目指すわけだけど、それこそ最後の最後、起死回生狙いだ。今はまだ打てる手が残っていないわけじゃない。
『神族が蘇生もしくは瞬間移動、場合によっては両方を実現している可能性がある。前者はともかく瞬間移動は僕たちにも限定的に現実化できることだし、領域で言えば魔法の中でも特殊なものだから、神通力とやらでも可能なのは否定しきれない』
『とはいえ蘇生の部分は無理だろ。死人をよみがえらせるのはちょっと現実味をかく……俺にせよ佳苗にせよ「死んでないなら戻せる」けど、「生きてないならもう無理だ」。俺たちのどちらにとってもこれは同じ見解……ましてやあの雷の直撃となれば即死級、のはずだし、そもそも……』
『うん。あれで生き残っていたにしても「姿が消えてる」。多少巻き込まれて大怪我をしているだけって兵はそのままだけど、ほぼ死んでるっぽいようなのはそのままそこで「消える」って現象が実際に起きている』
あれから結局何十回か雷を落とし、それによってまた何十人かを殺しながらの観測と考察を、僕は洋輔と行っている。
最初は罪悪感のほうが強かった。
けれど今となってはそれ以上に疑問符が大きい。
殺せた相手は消える。
殺せなかった相手はどんな大怪我でもその場に残る……。
『可能性として。死人は自動で回収する。瞬間移動に近しい技術が自動で発動するとかはどうだ』
『例の捕虜三人は死んだ後もそのままだったよ。だからもし、自動で回収するって機能があるとしたら、それは神族全体どころか光輪を持っている上で何らかの措置を受けている相手に限られるんじゃないかな』
『何らかの措置?』
『たとえば出兵申請をしているとかそういう感じで』
『ああ、なるほど』
死を察知することで死体を回収する。厳密に死体そのものを回収したいからそうしているのか、それとも光輪を回収したいからそうしているのかはまた考えが別になるけど、可能性としてはそれなりに高い。
ただその場合、捕虜になった場合や、自発的な緊急脱出も可能にしてしまうべきだ。その方が手間もないしより確実……もちろんコストは高くなるだろうけれど。そのコストを嫌ったのかな? 容量の問題とか。
まあその辺は置いて、ちょっと話というか考察を進めよう。
『殺害に成功した場合、神族は平均十分程度で補充要員を送ってくる』
『補充される兵と殺害した兵に外見上の特記事項は無し、たとえば有る人物Aを殺害したとき、補充される要員はAと同一の外見とか、そういう目立った特徴は無し、と』
『うん。だから死んだ神族がそのまま蘇生して戻ってきているって線は薄そうかな』
もちろん補充される順番が決まっていて、その順番待ちをしているだけって可能性はやっぱり残るけど、即座に完全な補充が出来るのかはまだ解らない。
『その辺を検証するとなると十二万を一括で殺すくらいのことはしねえとダメだな』
『流星群なりモアマリスコールなり、方法はいくらかあるけれど、どの方法でも近付かないとダメだね。要するに実行するまでに十六時間は掛かるし、それも相手に気付かれる前提だ。気付かれないように工夫しながらとなると倍は掛かる』
『さすがに保たねえな』
だよなあ。
ちなみに今の洋輔はと言うと、復誦術によって延々と増えているカプ・リキッドを片っ端から浴びている状態だ。端から見ているパトリシアやリオからしてみれば黄色というか金色の綺麗な滝があり、そこに洋輔が触れることで滝が流れる側からどこかに消えている感じ。なんとも幻想的なはずの金色の滝という風景も台無しだろうけど他に思いつかなかったので諦めて貰う。
『現状補充されてるのが兵だけってのはまだ助かるよな。これで大砲まで補充されてたら厄介だった』
『同時にそれは神族の瞬間移動に制限があることを示唆してもいるよね。状況としては兵の補充も大切だけど、大砲を増やした方がよっぽど効果的だ。ましてや兵は命を賭ける必要があるのに、大砲ならば壊れてもまた作れば良いわけで』
『だよなあ。大砲は壊れりゃ作り直せば良い。まともに複数基作成できる基盤があるなら、追加で発注をすれば良い。資源的な制約があるのだとしても、人命よりかはよっぽど軽いだろ』
『だよねえ』
その人命を奪いまくっている僕たちの言えたことじゃないけど。
……んー。
『発想が違う。って事なんだろうね。僕にも洋輔にもきょとんとするような手を相手が打ってきてる』
『ああ、何か根本的なところが違うんだろう。ただその違いがまだ明確に見えねえな』
『それとなくは見えてきたけど……ね』
『全くだ。……全くもってと言い換えてもいいな』
そう。
神族の一連動きから僕と洋輔はある可能性を導き出している。
要するに、神族にとって人命……というか、少なくとも光輪を持つような者の命はとても軽いのだ。それこそ大砲のほうがよっぽど重い。そう考えたほうがまだ自然に解釈できる。
それはつまり、『人の命は取り返しが付かないけれど、武器防具ならば補充すれば良いだろう』という僕たちの発想とは根本的なところが違う可能性があるわけだ。
『物が壊れたら取り返しが付かないけれど、人の命は補充すれば良い……って発想ね』
『兵士は畑で取れるのかもしれないよ。かの勢力では』
『その喩えだとしたら俺たちは何になるんだろうな?』
『…………。月刊正規空母のかの大国でもたぶん格下だよね』
あまり詳しいことは解らないのでさっさと流すけれど。
そして結局、神族の根本的なところがうっすら見えたと言うだけで、明確には見えないことに変わりが無い。
『光輪による特別な機能、たとえば経験値の譲渡が出来るとしようか。それを付けた人物の経験値を蓄積する。で、その人物が死んだ時に自動で回収して、その光輪を別の誰かに付与すると、その別の誰かが「前の誰か」の経験値を引き継げるって考え方』
『光輪を外付けの記憶媒体としてみるわけだな。お前の仮説である「光輪は監視装置」ってのとニュアンスもそこまで離れてねえ……が、その場合は問題が二つある。一つは少ないなりに新兵っぽい動きの奴が居たこと。二つ目は捕虜が死んだ時、その死体は現場に残るって事だ』
『新兵に関してはその光輪が真っ新な状態であるってだけで解決できるよ。そもそも光輪を追加で生産できるのかどうかはわからないけど、できるならばするだろうし、できないならば壊れた光輪を修復しようとする。で、修復したときにデータが吹っ飛んでるから、新品として扱う、みたいな』
『ああ、なるほど。捕虜に関しては?』
『僕がつれて行ったあの三人も現場までわざわざ「回収」しに来ている……のも含めて考えると、何か条件を満たしていないと自動回収ができない。というか、条件を「外れると」その機能が無効化されるってのはどう?』
『そこまで複雑に考えないでも圏外とかそういうのはありそうだな』
圏外って。携帯電話じゃないんだから。
…………。
ありそうだな。
『その仮定の場合、新兵に経験を積ませるって段階をすっ飛ばせる。そういう意味では兵の補充は簡単だろうな。だから兵の命の方が安い……いややっぱ無理だろ、その考え方でも。神族も政治的な問題があるだろうし、「前線で死んだ兵の代わりはいくらでも準備する」なんて考え方をしてたら一瞬で軍が反乱を起こすぞ』
『軍との関係が拗れて一周回った理想的な形だもんね』
『ああ。…………。あるいは、それが向こうの常識だとしても、な』
そう、その場合は反乱が起きるだろう。その反乱を起こすためにもとりあえず虐殺を続けて延々と補充させ、目には見えにくいけれど相手を消耗させることができるかもしれない。その消耗に耐えかねて軍が反乱を起こしてくれる可能性も、まあ、ある。躍起になってこっちを攻めてくる可能性も大いにあるのが問題だ。
でもそうじゃないならば?
たとえば軍にとっても兵の消耗なんてものは端から考慮していないとか。
……ん?
『どうした?』
『いや……あれ? たとえば大砲を補充できないとするよね。だから大砲は守りたいけど人命はどうでも良い。それがあっちの考えだとする』
『おう』
『でもさ、あっちの補充される兵、揃って同じ装備してるんだよね』
『…………』
量産ラインは敷かれている。
僕はそう解釈してたけど……ちょっとこれは、冷静に考えるとびっくりな状況だ。
ハイカーボン鋼の武具をこうも大量に、それこそ量産できている。
ならば大砲の一つや二つを作る程度の資材は簡単に準備できるはずだ。
『大砲の生産ラインがない……? いや、そもそも壊れた、作った、送った、なんて三弾活用ができねえだけじゃねえの?』
『剣とか鎧も大概だと思わない? 常に在庫を余らせるって意味で剣とか鎧はあってこまらないけど大砲は困る、ってのはあるだろうけど……だとしても十万を超える兵に同一規格のそれを準備してるって大概だよ』
『…………』
やれと言われれば出来ると思う。
ただ、僕の場合は錬金術が前提だ。
神族は錬金術に頼ることなくそれを実現しているって事になる。
もちろんできないとは言わない。勢力圏の広さが勢力の精強さと結びつく形で、そういう大規模な生産もできるのかもしれない。
大規模な生産設備はあっても応用が利かない、それだけか?
それとも。
『そういう仕組みなのか……か』
神通力という技術がいったい何で、どこまでを実現できるものなのかは解らない。
それに、あの光輪というものの機能だってそもそもよくわかっていない。
けれどだ。
『だとするとお前の考えを加算して最悪を考えることも出来るな』
『加算……?』
『ああ。つまり経験値の累積と監視を行う光輪ってものがあるとしよう。それは最初に光輪の付与措置という形で冒険者なり一部の新兵なりに与えられ、経験値を累積し始める。で、その光輪を持っていた者が落命したり、あるいはできるかどうかはさておいて別な方法で光輪を返還することで一般人に戻ったりすることで、光輪が浮く。その浮いた光輪をまた別の誰かに付与して……。そうやって一定以上の経験をまずは積ませる。で、そんな蓄積された「経験を再生する」とかな』
経験を再生……、
『理論上無理とも言えねえだろ? 要するにお前の「理想の動きの再生」、それの別形態だって考えるんだ。経験としてあらゆる行動が光輪に蓄えられている。で、その行動を光輪が再生する……』
『理想の動きまでは行かないにしても、その手前の段階ならば確かに、条件を付ければリスクも抑えられる……か』
武器や防具を完全に統一しているのは、経験値の累積、共有をさせるに当たって、違う武器を使わせることにメリットが薄いからと見れば……。
いやでも、やっぱり人命軽視ではあるんだよな。
『そうでもない。俺たちはあそこに十二万の兵がいると思っているし、実際それはその通りだが……。十二万の命があるとは限らねえよ』
『……いや、』
『限らねえんだよ、佳苗。いいか。俺が指摘してるのは、経験値を蓄積する時こそ肉体が必要でも、経験値を蓄積した後ならば「代替品」でなんとかなるってことだ。筋肉や神経、骨だとかだって、代用が利くならばそれでいい。究極的なことを言うなら、あそこに集っている兵士達は「人の形を模した何か」でしかなく、生命体じゃないって考えたらどうだ? 霊体の物質化とか。それだってピュアキネシスとかの変化系って考えれば無理とも言えねえさ。それも命令に恐ろしく従順に設定するって方向はイミテーションでいけるし、上からの命令を確実に守るように制限を掛ければ安全性も確保できるだろ』
……まるで。
『アインヘリヤル……だね』
『アインヘリヤル? 何かのゲームに出てきたな……』
『色々と題材にしてるゲームはあるよ? ……ようするに死んだ英雄の魂で戦おうって考え方。……なるほど。光輪。光輪ね』
死した戦士。
だとしたら光輪は天使のわっか、エンジェルハイロウか。
『お前が何に納得してるのかはいまいちわかんねえけど、そういう「命の再生」で戦わせてるなら、人的な被害を気にしない理由は説明できるだろ。それと「装備」についても、そこまで含めて「再生」できる定義としてかもしれねえし……ただまあこの仮説を証明するのは難しいか』
『……いや、一つ思いついた。十六時間かかるけど、十六時間でそれは検証できるよ』
『方法は?』
『モアマリスコールを使えば良い』
生きているならば二重に摂取することで必ず死ぬ。
そういう危険な道具、黒いエッセンシア。
『真実あれがアインヘリヤルのような何かであるのだとしたら』
事実あれが死した戦士を再生しているだけであるならば。
『モアマリスコールでは殺せない』
生きている者を殺す道具でしかない以上。
死んでいる者には、無害な道具だから。




