24 - 攻撃は最大の防御なら
『…………!』
丁度リオやパトリシアと一緒に三階の会議室に入ったところである。
洋輔が声にならない動揺を浮かべた。何かが起きたようだ。
『佳苗、今すぐ前線見てきてくれ』
『目と耳借りるから』
『俺もだ』
というわけで僕は部屋の窓から外に飛び出ると、そのまま洋輔の剛柔剣でサポートを受けて滞空。さらに僕自身が足下に作ったピュアキネシスをにょきにょきと伸ばし、一気に上へと自分の身体を押し上げる。
はたしてまたしても九千メートルほどの高さに辿り着くなり、前線のある方へと視線を向けると……うわ。
『……何人居るか数えられるか?』
『えっと……、見える範囲で十二万くらい。……大砲持ってるね』
『…………』
移動させたにしては早すぎる。移動式大砲、あるにはあるけど、移動速度は決して早いものじゃないだろう。空でも使ったのかな? 神族にいたあの翼持ちの種族も凶鳥と同じようなものであるならば……そうでないにしても、神通力とやらで可能にしているのかもしれない。
『大砲の数は?』
『最低でも二百』
もっと有るように見える。
品質値も全てそれなりに高く、残念ながら不良品らしきものはなさそうだ。
で、その二百くらいの大砲は順繰りに、それこそ三段撃ち大砲バージョンみたいな感じでぼんぼんと好き放題に砲撃をしている。
その砲撃はまだ防衛魔法を突破できていない。けれど……。
『このペースだと持って数分だな……』
『カプ・リキッド漬けになる?』
『いや、じり貧だ。あの現状の減り具合からして、拮抗状態にもっていくだけで俺もお前も大概にリソースを持って行かれる』
なるほど。
…………。
『城の状況はどうなってるんだ』
『完全に制圧されてるね。……ちょっと煤けてるような気がしないでもないかな』
『火を使ったって事か? ……完全耐性だろ、火事が起きるとは思えねえぞ』
そうだよなあ。でも煤けている。
何でだろう……、と暫く考……、え、て?
視界にチラリと入った炭を見て、気付く。
そうだよなあ……。
『何がだ』
『完全耐性を過信しすぎてた……。そうだよ、城それ自体には僕が完全耐性をかけたけど、「城に詰めている魔族にはかけてない」――』
そして城も完全密閉などできやしない。通気性はある程度確保せざるを得なかったし、そもそも完全に密閉したとして、それはほぼほぼ絶対に安全なのだろうけれど、内側からは何も出来なくなってしまう。
『つまり?』
『ほんの少しでも隙間があれば火攻めが出来るって事。実際には火を使ったとも限らないよ、熱波かもしれない。それを使って「城の中が極めて高温な状態」にしたんだろう』
城そのものはほとんど無傷で済むだろう。
けれど籠城をしようと避難していた魔族たちはそこで熱をもろに受けた。
あの時城として定義し、完全耐性を与えられた範囲のものはそれでも問題は無かっただろう。でもその後に運び込まれたものはそうじゃない。
炙られれば燃える。
焼かれれば焦げる。
『……とんだ落とし穴だな。完全耐性……、そりゃそうか。完全耐性が指しているのはあくまでもそれが付与されてるものであって、その中身を動的に対象とするもんじゃないと』
『うん……』
してやられた、というよりも、これは僕の把握ミスだ。
完全耐性を過信しすぎたし、完全耐性という性質を僕は理解しきってなかった。
そしてそれがこの惨事の要因になっている。
自覚しよう。
その上で改良しなければならないけれど、改良は後回しだ。
とりあえず防衛魔法はそう遠くないうちに破られる。……ならば、ここで取れるリアクションは二つ。
『一つはシンプルだな。もう一つは……できるのか?』
『正直微妙だけど……。品質値は見えてるし、まあ、出来ないとも言いがたいかなって』
『……解った。リオ、パトリシア。佳苗からの情報を共有する。敵兵力は最低十二万。大砲って兵器も二百は最低でも持ってきているらしい――』
と、洋輔が説明を始めたところで、改めて疑問を覚える。
僕が引き起こした流星群による被害を踏まえて、神族は即座に『魔族を攻める』という選択をしたのだろう。
それは流星群による被害が魔族にも及んでいる可能性が高い、つまり今ならば今まで以上に簡単にたたきのめせるタイミングだからだ。
で、逆に流星群による被害が魔族に殆ど無いならば、それはそれで問題だ。神族が明確に弱みを見せることになる。そこを付け込まれて攻め込まれてはたまったものではない、だから『攻撃は最大の防御なり』と侵攻作戦を選択したと受け取れる。
けれど、だ。
流星群から兵を動かすという決断を下すまでが、あまりにも早すぎる。
神族の中枢に情報が届いていたのか? それとも届いてないけど独断で動いた?
独断で動いたのだとしたらそれはどういうことだろう。例えば戦功を望んでの勝手働きか? それともあらかじめ神族が『こういうときはこうする』みたいな条件を決めていて、それに沿って自動的に動いている?
中枢に情報が届いたにしては早すぎないか? 魔族側だって、この城から前線だって、俊足の伝令でも二日三日は普通かかってしまう。僕のように空を直進するなどの裏技を使えるならば一日で行くことは出来るけど、それでも一日はかかる距離だ。空をふよふよ移動すると言えばのろのろにも聞こえるけど、それなりに飛ばしてもそれなんだ。
つまりだ、何らかの遠隔通信技術の存在があるんじゃないか? 無線やそれに類する電気的なものかもしれないし、あるいは神族が神通力と呼ぶ現象・技術によるものかもしれないけれど、前線と中枢でやりとりが出来るんじゃないのか?
できるとしても制約はあるんだろうな、現代の無線みたいなことが出来るのだとしたら、軍の動かし方はこんな大味じゃない。もうちょっと無駄のないものになるだろう。実際にはかなりの遊兵が出てるし、兵を動かすための伝令もどちらかと言えば原始的……原始的というか戦国的な伝令が駆け回るタイプだ。
遠隔通信、無線通信ができるならばそんな事はしない……いや、一概にそうもいえないか。全員にそんな無線を持たせるにはコストがとんでもなく掛かるし、隊単位でしか使えないとかそういう制限があるとか、そんなところ……? うーん。解らない。魔法系で実現しているならばコストはそこまで考えないでよさそうだし……。
流石にこの距離じゃ真偽判定も働かないしな……答え合わせは無理か。
保留しよう。
次の疑問、この十二万という兵力はいったいどっから沸いて出てきたんだ?
確かに前線からさほど距離が離れていないところに街はあった、それなりに大きなものだって存在した。でも十二万もの兵力が捻出できる程度かというと絶対に無理だ。どっかに軍の訓練場があって、その訓練場から直接こっちに持ってきた?
新兵の訓練なんていう重要なことを敵地の近くでやるか? やらないよな。それに新兵の寄せ集めにも見えないし。と言うことは即応できる程度の距離に十二万もの兵力を保持していた? そんな馬鹿な……。
大体前線を見張っている駐屯地だって七百そこそこだった。それとも僕たちが気付いていないだけで、実は七千は居たとか? いや七千いたとしても、十二万がいきなりぽんと出てくるのは理解しかねる。
そもそも大軍を動かすってのはそれだけで時間が掛かって仕方が無い。そしてその大軍というのは千単位だ。万単位なんて考えただけでもちょっと果てしない。なのに現実としては流星群から一週間も経たない間に大砲まで準備して兵力を持ってきた……。
未来予知でも出来るのか? その未来予知に沿って兵力を近くに置いておいた。いやそれならそもそも流星群を防ぐよな。防げないにしても何らかの対策は立てるだろう。大体、その数日で行軍できるような距離にこの兵がいたのだとしたら流星群の影響をもろに受けていなければおかしい。
『佳苗。佳苗?』
『……あ、ごめん。考え事してた』
『こっちにも漏れてたけど、まあともあれリオとパトリシアの回答、聞いてなかったな?』
『うん』
『うんって。……えっと、二人ともとりあえず「こと自体がそこまで深刻ならばやむなし」って形で追認の方向らしい。そもそも俺たちがやれといえば魔族としては従うしかないともな』
『そっか』
ならば……。
『で、どっちのリアクションを取るんだ』
防衛魔法が破られるまでに僕たちが取れるリアクションは二つ。
一つは『攻撃』、一つは『防御』だ。
前者の攻撃は『ここ』から最前線に攻撃を行う。方法は僕が最初に手にしたあの赤い雷を纏う超等品。あれは地味に射程範囲が『見えるところ全部と精密に指定できるなら見えないところでも可』で、どんなに距離が離れていても着弾するまでの時間が変わらないという性質もあるので、遠距離に攻撃すればするほど不可避の一撃になるというおまけ付きだったりする。
それを使って神族軍の指揮官級を狙撃する。狙撃と言っても雷だけども、実際にはかなりの巻き込みも期待できるし、なによりあの剣、更にえげつないことに連発がきくから、だいたい二百回弱も雷を落とせば大混乱するだろう。それで今回を凌ぐというのも考えたんだけど……、ま、ちょっとやり過ぎなくらいでも『対抗された』という事実があるのだ、僕たちにとっても大げさなくらいのリアクションを取っても良いだろう。
一度剣を取りに行こうかとも思ったけど、洋輔が取ってくれたのでその手順は省き、洋輔がピュアキネシスの柱の上、僕がいる方へと剣を思いっきり投げる。それに合わせて重力操作を発動、重力ゼロにしてやれば、減速に働く力は空気抵抗のみ。無事到着したのをきちっとキャッチ、これで攻撃の準備は完了。
その上で『防御』、なんだけど……これは正直、できるかどうか解らない。確証はないのだ。やったことないし。
けれど出来れば効果的だとは思う。つまり大きな、物理的な壁を作ってしまう。今洋輔が防衛魔法で行っている壁の形成を、完全耐性を付与し、また固体液体気体などの操作で操作できないピュアキネシスで行えば、神通力といえどそれなりには手こずるだろう。
問題は恐らく高さ八千メートルとかいう大きさで作らなければならないこと、これはそれまでなかった山が突然そこに出来るのと同義なのだから気流への影響はモロに出るだろう。流星群も大概だったけど、その壁の設置も異常気象を引き起こす可能性がある。
そしてもう一つ、こっちの問題はもっと切実で、単純に僕にそれが作れるのかという問題である。いや作ろうと思えば作れる。けれど僕の錬金術は完成品の位置がそれなりに制限されている。大雑把に言えば肉眼で普通に見える視界の範囲ならば概ね問題なく完成品が出てくる位置は設定できる。けれどそれ以上に離れると条件が絡んでくるし、ましてやこんな上から眺める遠くを設定できるかと聞かれると……。
『防御は追々だね。今は攻撃で済ませる』
『……解った』
無理なモノは無理。
諦めて剣を振りかざす。
実現するのは二百回の理想の振り。それで二百の稲妻をほぼ同時に着弾させる。
果たしてそれは上手くいき、遠く前線に、けれど殆ど即座に着弾した赤い稲妻が赤い柱と半球のドームを形成してゆくのが見えた。兵達はかなり動揺しているようだ。また、着弾した位置の近くに大砲の弾か火薬でも置いてあったのか、一部爆発しているところもある。そういえばそこを狙っても良かったな……。
『これでちょっとは時間が稼げるとは思うんだけど……』
『指揮官級を一気に喪ったんだ、大混乱にはなるだろう。ならば問題はねえんじゃねえかな』
『だよね……』
そう。
問題は無いはずだ。無いはず、なんだけれど……。なんか猛烈に嫌な予感がする。
(あんまりフラグは立てるんじゃねえよ)
いやそうは言うけど、やっぱりなんか神族の動きがおかしいんだよね……。
動揺はしている。けれど『驚いている』だけだ。恐慌までは行っていない。どころか恐ろしく統率が取れている……。
(は? ……俺には慌てふためいているようにしか見えねえけど)
慌てふためいているならばなんで誰も逃げないんだろうね。
(…………、)
あの雷で被害は出ている。
しかもどこから攻撃をされたのかだって訳が分からないはずだ。少なくとも僕があっち側ならばその場からとりあえず逃げるなり防御のための何かをする。
けれど神族の軍はそれをしない。逃げないし、防御のために何かをしようともしない。
慌てて動いているように見えて、実際驚き、慌てて動き回っているけれど、それは『最低限の被害で抑えようと対処して回ってる』動きだ。
(つっても、指揮官が居なくなったならば誰が指揮を執る? ましてあの大人数だ。代理を立てるのもそれを認めさせるのも、そしてそれに従うのだって全部が困難……早くても数日、実際には数週間かかるだろ?)
普通ならばそうだ。普通ならばそうでなければならない。
けれどあの十二万という兵士達はどこから出てきたのか。その回答がもしも。
もしも『瞬間移動』に類するものであるならば、指揮官なんて新たに送り込めばいいだけだ。
注視を続ける。
被害を最小限に抑えるという目標を達成したのか、神族の兵達は整然としている。
一度大砲による攻撃は止まった、これで洋輔も僅かにとはいえ魔力を回復できるだろう。できるだろうけれど焼け石になんとやらってやつのきもするなあ。
などと思考が逸れた瞬間だった。
ふと視界に妙な光を覚える……地面に光輪のようなものが描かれて、そしてその光輪がふっと光を消したとき、その光輪の内側には四百人ほどの『それまで確かに居なかった誰か』がいた。
その誰かたちは他の兵達と同じような装備のものも居たけれど、割合で言えば指揮官級が多く見える。
ぶっちゃけさきほどの稲妻で殺しきったはずの人数がきっちり補充されている気がする。
(……は?)
つまりだ。
『神族は瞬間移動もしくは自動蘇生、場合によっては両方を実現している……』
十二万の軍がぽっと出てきたのは、瞬間移動でやってきたから……?
…………。
やっぱり光輪の解析を進めるべきだったか……急いては事をし損じるとも言うしな。
でももう遅い。し損じている。
今の現象がどのような原理であったとしても、あの現象がもしも無制限に引き起こせるならば僕たち魔族に勝ち目はもはやない。
もちろん無制限に行えるとは思えない、何らかの制限はあるだろう。それでも僕たちの対処を上回りかねない。
なんつー理不尽。
(いや同意はするけど、たぶん相手にしてみりゃ俺たちが理不尽だぞ)
よそはよそ、うちはうち。




