表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
善悪綯交夢現/原罪情勢夢現  作者: 朝霞ちさめ
第二章 魔神も加減を考えろ
26/60

23 - インフレーション・リアクション

 詳報が届くまでには時間が掛かるし、それまでの間に前線から神族が動かないとは思えない。かといって急いても事をし損じる、とはいえ急がなければ助けられる範囲も助けられないかもしれない。

 と、そこに思い至ったところである。

『そうえいばさっき、洋輔は「俺だけじゃもう無理」みたいなこと言ってたよね。あれは?』

『そのままの意味だな。とりあえず最前線は緊急事態と判断したから、隔離している』

『隔離……』

『防衛魔法で思いっきり囲んだんだよ。最前線を全域に、びっしり。物理的な遮断状態を無理矢理それで作ってるってことだ――まあ流石に、魔力的に結構きついな』

『だろうね』

 というか良くできるな。維持コストだけでも僕の魔力じゃ全然足りない気がする……。

 防衛魔法。

 簡単に言えば物理的な壁を作ってくれる魔法なんだけど、その最大の特徴は、連想の部分に少し引っかけてやるだけで自動修復してくれる、また別の連想を引っかけると強度の調整が簡単にできるという魔法だ。

 イメージとしては割れるタイプのバリアかな。魔力が許す限り即座に修復されるので、一定以上の魔力収集能力があったりすると、正直それを破ることはほぼ不可能になったりする……って考えるとやっぱり魔法は魔法で大概だ。

『とはいえ現状で保ってるって事は、今のところ攻撃は受けてない感じ?』

『ああ。ちょっと前までは断続的に修復してたっぽいけど、集中することに集中(コンセントレイト)で追いつく程度の消費だったから……、とはいえ神族軍がもっと本気で壊しに来たら流石に割れるだろう。だからお前を起こしたってワケ』

『カプ・リキッドの在庫あんまり無かったからか。……品質値三万六千ちょっとでよければ無制限に作れるんだけど、追いつかないよね』

『風呂場の水代わりにしたとしても一瞬で蒸発するだろうしな……』

 やっぱりか。

『ちなみに洋輔、維持コストは品質値にしてどのくらい?』

『えっと、四十三兆くらいか?』

 なるほど、四十三兆。

 兆?

『えっと……。「43,000,000,000,000」ってこと?』

『そう。ちなみに俺もお前と同じで六秒に一度で消費するぞ』

 一秒につき七兆超え……、どんなコスパの悪さなのだろう。いや悪くもないのか。たかだかその程度の、まあギリギリだけど天文学的数字ではない程度で国境ならぬ勢力圏の前線を封鎖し切れてるわけだし。

 いやちょっとどうしようか。

 四十三兆などという品質値は、流石に実現ができるかどうか怪しい。そもそも品質値に限界って有るのか? ってところもまあ問題ではあるのだけど、そもそも一定以上に品質値を上げるとそれ以上の数字にしにくいんだよね。それが具体的には三万、表記を変えれば30,000である。

 そしてこれは色々と感覚が麻痺してる僕でさえもこれであって、普通の錬金術師にとっては品質値は4桁で十分高いのだ。等級で考えた時、もっとも品質が高い物を『特等品』と呼ぶけど、これの定義は『品質値が9000を超えている』で、そして『特級品の道具は世界にも稀』である。一応。

 僕の錬金術は他の錬金術師と比べたときかけ算を無意識に使っていたり、僕という個人の性質が性質に偏っていたので、とんでもない早期から三級品……品質値で言うなら6000くらいのものを作れたけど、僕が錬金術を習得したあの世界においてそもそも錬金術師が稀少であり、その上で三級品以上の品物をコンスタントに作れる錬金術師は世界でも稀クラスだったりする。

 案外僕は凄いのだ。

「いや一周回ってお前は凄い変態なんだけどな」

「否定はしないけど数十兆級の魔力を当たりまえのように維持コストとして支払えてる洋輔には言われたくないよ」

「まあ俺も大概だからな」

 パトリシアの知らない言葉で一応の確認をしているのは、パトリシアを信じていないからとかとかではなく、単に変態という言葉を用いるに当たって妙な誤解をされたくなかったからである。

『六秒で四十三兆……か。うーん』

『やっぱ錬金術でも厳しいか』

『倍率操作でどこまで無茶できるかだよね……』

 洋輔が現在持っている、僕が作った魔力のサポート用品の中で今回関係していそうなのは三つ。

 一つ目は黄色のエッセンシア、『カプ・リキッド』。これは品質値の分だけその液体が触れた人物に魔力を与えるというものだ。

 二つ目は虚空の指輪(ヴォイド・リング)という、それを装備している人物の魔力を常に百倍にするという道具……を改造した虚空の腕輪(ヴォイド・レット)、これは装備している人物の魔力を常に一万倍と見做す道具で、さらにそれを改良した虚空の首輪(ヴォイド・ハング)、お察しかもしれないけど装備している人物の魔力を常に百万倍と見做すというものにあたる道具なんだけど、それの効果を引き継いだ指輪を一つ持っている。首輪は流石に目立つし不便だしね。ちなみにこの百万倍という倍率は先にあげた『カプ・リキッド』にも適応できるので、実質的に洋輔はカプ・リキッドの品質値を常に百万倍として受け取っている。

 で、最後、三つ目は比較的最近に作った道具で、『断片並べ(リドルパズル)』って道具、の効果を引き継いだ指輪だ。二つ目である虚空の首輪もしかりだけど、指輪に機能を遷移させているのは、僕がとりあえず道具を作ったらその効果を眼鏡に付与する、みたいなものと発想としては近いのかもしれない。まあ洋輔の場合は一つの指輪に複数の効果を付与することをあまり好まないので、ある程度の数の指輪をネックレスに通して運んでいる。

 話が逸れた。断片並べ(リドルパズル)という道具は簡単に言うと魔力の最適化を行う道具だ。名前的にはデフラグをしそうな感じだけど全く違っていて、例えば品質値三千で発動できる魔法に魔力を五千支払おうとしたとき、この道具を通していれば三千だけを消費して残りの二千は還元してくれるというものである。

 僕のような普通の魔法使いにとって魔力はさほど余裕のあるものじゃないし、厳密にこういう魔法を使うときにどの程度の魔力を使うのかという計算をするのが難しいからこそそれなりに有用で、これは『機能拡張』ではなく『機能基礎』として眼鏡に統合、常時発動させているほどに便利だ。

 でもやっぱり魔導師のほうがこれを活かせると言えるだろう。何せ魔導師が持つ魔力は僕たち普通の魔導師とは比べものにならない。桁違いと言う言葉もバカバカしくなると言うか、『普通の算数』と『天文学の数学』程度に違うのだ。その上で魔法発動に関しての基本的なところで大きなルール違いが一つあり、それが魔法の並列処理に関する事だ。

 複数の魔法を同時に発動する、というのはどちらにせよ高等技術で、例えば『明かりの魔法を二つ』と『二つの明かりの魔法を一つ』では、僕の場合は後者だと百の品質値分ほどで実現でき、前者は一万の品質値分の魔力を要求される。要するにどんどん乗算されてしまうのだ。一方で魔導師の場合、これが加算になる。『二つの明かりの魔法を一つ』が百ならば、洋輔は『明かりの魔法を二つ』は二百しか消費しない。

 そういったルール違いに加えて桁違いの魔力がもたらす強引な効果の形成、これらはそれだけを聞くと良いことにも聞こえるんだけど、実は『あまりにも潤沢な魔力を持て余している魔導師が大半』なのだ。適切な魔力量を知らないという魔導師もむしろ多い。洋輔はその点、比較的適切な魔力量を知っている側ではある。

 それでもいちいち調整しながらギリギリの消費をするよりも、とりあえず持っている魔力を全部放り投げても余剰分が帰ってくる方が応用とかには限りなく有利なのだ。その余剰分が僕でさえも数千とか数万とう単位で帰ってくることがあり、それでも大概な効果だけど、洋輔だと数千億と桁が文字通りに変わるしな……。

 ……その数千億という単位でさえも随分端数に見えるほどに、維持コスト――展開している限り六秒ごとに消費する魔力――の四十三兆という数字がぶっ飛びすぎだというか、なんというか。ゲームだったらオーバーフローして帰って魔力の消費がなくなってそうだけど今は関係ない。

 ともあれこの三つの道具のうち、カプ・リキッドの倍率を弄ることは可能だ。正確には既にもうやっている。それが虚空の首輪による百万倍という形である。

 僕が作るカプ・リキッドは本来、その品質値は二万弱といったところなんだけど、今は鼎立凝固体という便利道具があるため、三万六千程度を常に確保することは出来る。その三万六千に百万倍がかかるから、一個あたり三百六十億程度と言うことになる。単純に計算すれば六秒ごとに千二百個ほどのカプ・リキッドがあれば足りる計算だ。実際には洋輔自身の『集中することに集中(コンセントレイト)』で得られる魔力も膨大な量が存在するわけで、六秒に三百個もあればおつりが来るかもしれない……で、最後に挙げた断片並べ(リドルパズル)は倍率にはあまり関係してこない。あくまでも無駄をなくす道具であってそれ以上の道具ではないからだ。

 うーん。

 六秒ごとに千二百個ノルマ。

『キツイか?』

『いや。余裕だね』

『……余裕?』

『うん』

 やることは量産だ、つまり復誦術を使う事になる。

 で、復誦術を習得した直後、僕は洋輔の前で金貨に対してそれを使ったことがあった。

『…………。あー』

 思い出したくなかった、と洋輔が頭を抱えている。

 復誦術を簡単に表すならば『倍々ゲーム』だ。

 最初に一つ、何かがあるとしよう。

 それに一定の条件を満たした錬金復誦術を行えば、一度目で二つにできる。

 二度目で参照されるのはその二つの完成品なので、さらにそれが倍になって四つ。

 三度目では四つの完成品が参照されて八つ、四度目では八つの完成品が参照されて十と六つ。

 十二回目あたりで、最初は一つしか無かったものが二千個まで増える。

 つまり現状用意できるカプ・リキッドの品質値の場合、『六秒で十二回の錬金復誦術が成立するならばおつりが来る』という状態と言って良い。

『…………。あんまり聞きたくねえけど聞かなきゃ始まらねえから聞くか。佳苗さ、復誦術一回にかかる時間は?』

『気合いを入れれば0.003秒くらいだね。気合いを入れないと0.2秒くらいは取られるかな』

『つまり気合いを入れずとも一秒に五回は実行できる?』

『うん』

 六秒ならばその六倍だから三十回。

 これは一つが元ならばそれが三十個になるという話ではない。

 『倍々ゲームを三十回』出来るという話なので、元が一つでも五億個オーバーになる。

『だからカプ・リキッドの準備それ自体は全く問題にならないんだよ。むしろそれをどうやって浴槽に補給し続けるかのほうがめんどくさい』

『ああ、うん……』

 そしてそれさえクリアできれば、一秒あたり品質値に治すと五兆を超える量のカプ・リキッドとなる。で、洋輔はそれを百万倍として扱えるので……。

『魔力不足は考えないで良いって事か……』

『そう単純なら良いんだけどね……』

『あれ、違うのか?』

『カプ・リキッドを保管しておくとしたらその場所をどこにするんだって話だよ』

『……あー。まあ確かに、俺が保有できる魔力限界量ってのもあるからな……』

 ちなみにその数値はどのくらいなんだろう。

『ん、倍率込みで六京ちょっと』

『京って』

 スパコンかなにか?

 って言いたくなるんだけど、実は洋輔と一緒に作った二種類の超高性能ゴーレムを作る際に洋輔が事実上使ったと思われる魔力量が、渡鶴で四千秭、にわとりバードで五千秭だっけ?

 それと比べればすっごい少ない。

『まあ比較対象がおかしいけどなアレ。将来永劫、あれ以上に魔力を使う事はねえと思う』

『そもそも無限の魔力として使えるなんていう変な性質がないと無理だよねアレ』

『おう』

 ちなみに秭という単位は万、億、兆、京と続いた『垓』の更にその次、穣の一個前になる。そんな体験をしているからこそ、確かに『京』は『ちょっと』なのかもしれない……、けど、僕がどんなに頑張っても億単位で魔力を溜められるかどうかと言う点を考えると変態の域だとは思う。

『お前にだけは言われたくねえ』

『洋輔も冬形からはそう言われると思うよ……』

 まあそんな不毛な仮定はやめてさっさと話を進めよう。

『……結局、あれだな。魔力面での補填は俺とお前が揃えば概ね気にしないで済む。供給方法とかを多少考える必要はあるが、なんだかんだですぐに解決できるだろう』

『うん。だから「洋輔が起きているかぎり」、その防衛魔法は継続させきることは可能なはず』

『……だな。俺が寝たらそこでおしまい、か』

 そう。

 結局そこをなんとかできるかどうかで今後の対応が変わってくる。

『魔神様達のお話がよくわからないのですが……』

『ごめん。ちょっと僕たちもふわっとしか認識できてないから、パトリシアに解りやすく説明することが困難なんだよね。ただまあ解っていて欲しいのは、「全力で現状維持をしようと思えば多分出来る」ってことと、「だけどその現状維持が続くのは洋輔が起きている間に限る」ってこと、この二点』

 そして僕たちも普通に寝ないとやっていけない。このあたりは当然知っているパトリシアだ、状況があまり芳しくないことも解ったらしい。

『寝ないで活動。俺の魔法にせよ佳苗の道具にせよそれをサポートするやつはあるけど、正直どっちの手段でも負荷がひでえからな……』

『そうなんだよね……』

 まあ負荷も含めて治せないこともないんだけど、受けずに済むならば負荷というものは受けないに超したことがない。

『それにそれで出来るのが「現状打破」ならばまだしも、「現状維持」だし。この詰めろをされてる状況でそんな消極的手段はちょっと、ダメだ。こっちからも何らかの仕掛けをしないとじり貧だよ』

『だな……仕方ない。契約に基づく行使コスト代替で多少誤魔化すか』

『ん……? ああ、洋輔が発動した魔法を僕が維持するってやつ? でもそれで……』

 確かいつぞやにも使った裏技だ。

 使い魔の契約を交わしている僕と洋輔の間には意識の共有を行える場のようなものがある。それを介することでどんなに離れていても僕と洋輔は常に意識が繋がっていて、またちゃんと意識すれば相手の感覚を共有することさえも可能だ。全ての使い魔がかならずしもここまで出来るわけじゃなく、契約対象によってどこまで出来るかが決まるらしいけど、少なくとも僕と洋輔の間に交わされている契約では、相手のほとんど全ての一般的な感覚を共有することが出来る。一般的では無い感覚、つまり洋輔の剛柔剣や僕の錬金術はダメだったけど、そうでないならばその気になれば共有できる……もちろんお互いにプライバシーはあるから、そこまでがっつり共有することは稀だけど。

 で、そんな感覚の共有の延長として、片方が発動している魔法をもう片方に『バトンタッチ』することが出来るわけだ。その場合、僕か洋輔のどちらかがコストを支払えれば魔法は解除されない……、あ。

『じゃあ交互に寝れば良いのか』

『おう。やっと通じたか』

『案外単純なことには気付けない物だよ……。ま、現状維持はそれでなんとかするとして』

 ……僕が兆単位の維持コストを果たして捻出できるかどうかはまあ気合いでなんとかするとして。

『リアクションを決めないとね。こっちがどうやって反撃するか』

『だな』

 僕と洋輔の結論にパトリシアは付いて来れないようだった。まあそうだよなと思う。

 インフレも甚だしい解法だ。けれどこうしなければすぐに負ける。そういう状況でもある。

 だからなりふり構わない。

 僕たちが具体的な反撃方法を検討しようとリオを呼ぶようにパトリシアにお願いし、そして彼女が戻ってきたとき。

 僕たちは見通しの甘さをようやく思い知ったのだった。

与太話:

誠に遺憾ではありますが、担当がイベントのランボに来てしまったのでプロデューサーとしてはゼリーとスターをかみ砕きながら走り回る所存であります。(意訳:ちょっと遅れるかもしれません)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ