21 - 見落としてそうな不安だけ
被害の速報を兼ねてやってきたのはイルールムとイルールムの二人だった。
手書きのリストを受け取って、中身についてある程度の説明を受けることに。
『人的被害、物的被害、その他被害の三種類に大別していますが、ごらんの通り物的被害が酷いものになっています。人的被害もそれなりに……その他被害に関しては現状、「確認をして初めて気付く」有様ですから、今後ますます増えるでしょう』
これは『今はそれどころじゃないから気付いてない』だけで被害が発生している、という方の意味かな。具体的には作物や家畜といった類いや整備された河川などへの影響、これの調査が遅れている。遅れているというかやってないところもある。そんな感じのようだ。
そして今日出てきている速報値は前線にはほど遠く、まだ中間地点までくらいだろうか。それでもかなりの被害は出ている……な。死人も小数ながらそれなりに居て、主な死因は家屋の倒壊によって発生した火事による。
家屋の倒壊だけならばそこまで恐れることじゃないってのは魔族の強みだな。そりゃ怪我はするだろうけど、重機がなくても比較的安全にがれきを除去できるし、倒壊しかけているだけならば簡単に補強できるし。こういう場面での岩塊ってなかなか凄いな。さすがは固体操作。
『水害に関しては治水周りで腕利きの粘塊を派遣することになるとは思いますが、規模がそれなりに大きなところであればそもそも粘塊がいますから、それほど心配することはないかと』
そして粘塊は粘塊で大概な便利さがあるようだ。
で、具体的な被害の状況……というか詳細というか、そういうものは今のところ報告書にはなかった。まだ速報値としてどの村でどんな被害が報告された、その程度だ。簡単に言えば『建物の損壊があるかどうか、怪我人・死人がいるかどうか』に主眼が置かれていて、『建物の損害がある』には一部が崩れただけ、ひびが入っただけ、半壊、完全に崩壊という全てが同じ扱いになる。また怪我人・死人がいるかについても年齢や性別、種族に記載は無し。但しこちらは数を出しているだけまだマシか。でもなあ、怪我人にも度合いはあるからな。
『ありがとう、とりあえず被害の状況はこれで見えてくる……概ね予想した通りと言えば予想したとおりの被害状況かな。今日報告が来てないところも大体想像は付く』
魔族の勢力圏を襲ったのは基本的には地震だけだ。インフラもそれほど発達していなかったおかげで、たとえば漏電や爆発的な問題が起きていると言うことはない。単に崩落やそれにともなう火事が起きているのは大問題でも、想像できる範囲と言える。
とはいえちょっと疑問もある……けど、これも詳細待ちの疑問かな。
で、実際に前線まで移動する間に観察していた街などの被害や、学校で習ったり番組やらなにやらで入手した地震被害に関する知識から、勢力圏内部での概ねの被害を想定しつつ、やっぱり僕のその知識とはかみ合わない部分があるなあとも思う。それは単に僕の記憶違いというのもあるかもしれないけど、やっぱり流星群による地震以外にも大震災と言って不具合ないものが二度は起きており、またそれに伴う余震が多発していて、それが原因であると推測は容易だ。
とはいえ移動中にそんな大火災は無かったからな。あっても数件程度だったのか、それとも僕が移動を終えた後に起きたのか……。
『空を移動してたせいで余震が発生してたのかどうかわかんないんだよね……失敗だったかな?』
『陸路でも同じ時間ならまだしも、一刻を争っていたと考えれば失敗とは言えねえだろ。それに陸路であの速度を出すって話になれば結局、よっぽどな揺れ以外は気付けねえと思う』
それもそうか。
『……今後も情報は収集して貰うことになると思うんだけど、ちなみに皆は実際に街を見てきた感じ? それとも誰か使いを出したのかな』
『申し訳ありませんが、後者です。流通都市イリアスを拠点とし、そこから信頼出来る部下を各地方に飛ばしている形になります』
『そりゃ良かった』
『…………、良かった、ですか? お叱りを頂くものかと』
『まさか。出来るラインと出来ないラインを見極めて、出来ないをどうやって出来るにするかって試行錯誤を自発的にしているんだから、何を叱る必要も無いよ。それに僕たちとしてもそっちの方が都合が良い……』
と。
言いつつ、部屋の隅に置いてあった機材を移動させて、アンサルシアとイルールムに見せつける。
『これと同じものをたくさん作ってある。で、使い方はこっちの冊子に纏めておいた。後で一度実際に使って見せるけど……。で、これと同じものを「全ての集落という集落に設置して起動する」っていう役目を与えたいんだよ』
『えっと……? この珍妙な機材は一体?』
『物質修復装置……みたいなものかな』
洋輔からの『なんか違うんじゃねえか』という突っ込みの視線は無視。
実際大分違うのだけど、そういうことにしておこう。
『こっちの楔とか、この袋に入った石灰を使ってマークした範囲内の物を、こっちのボールを消費することで修復する。あくまで物、無機物だよ。つまり家財家屋、井戸とかの施設類を範囲内に入れて起動して貰いたい。それで少なくても家屋的な意味では修復が出来るから』
『……さようですか』
『……さようですか』
アンサルシアとイルールムのさようですか、が重なった。
綺麗なユニゾンボイスには関心さえ覚えるけれど、もはやいつまでこのリアクションが続くのかが楽しみにさえなってきている。
『説明の冊子にもあるけれど、機材は設置したらそのままにしておいて。そうすればまた、こっちでボールを補充すれば使えるしね』
『かしこまりました。では、ええと……、この機材はどちらに?』
『薬草を作ってる用地があるでしょ。あそこの中にある。とりあえず四千組作っておいたけど、足りないようなら言ってね。すぐに補充は出来る』
『魔神様。とりあえず、でそのような数を作られても困るのですが』
足りないよりかは余る方が良いだろう。
アンサルシアとイルールムとはその後もちょっと情報交換をして、一旦解散。
早速アンサルシアはイリアスと連絡を取りに行き、イルールムは試しに一度使ってみたいと言うことだったのでワンセット渡しておいた。これで物質面は、大丈夫……。
ついでに薬草も持たせるので、それなりに怪我人も減るだろう。薬草の使い方も小冊子には書いてある、問題は無いはずだ。
「薬草については着服があるかもな。最初の方は半信半疑でもすぐに効果が本当にあることに気付くだろうし、そうなりゃどこかで売りさばきたいと思うのも人情だぜ。いやあいつら魔族だけど」
「あり得るね……。大規模にはしてこないと思うけど、ちょっとずつこっそり懐に入れるくらいはやってくるかも」
もっとも、例えばそれで取引が行われるなんてことになればその時点で誰かが着服したことは判明するし、そうなれば片っ端から真偽判定をかけて特定はできるだろう。手間は掛かるけどね。
そしてそのことにアンサルシアやイルールムが気付いているかどうか。たぶん気付いているはずだ、その上であの二人がどのように部下を使うのかはちょっと観察したいところでもある。
「まあ良い。大変なのは主に佳苗だからな」
「うん。そっちはどう?」
「敵状はなあ。なんつーか、まったく入ってこないってのが現状だ。お前の覗きが最大の情報源ってどうなんだろうな」
それはたしかにどうなんだろうね……。
後でもう一度覗いてくるか。
「とはいえいい加減軍は動いてる頃だろ。俺が神族側ならばあれだけの被害だ、当面は封鎖した上で調査、復興だが……。奴さんは逆に気合いを入れてくるかもしれない」
「それならば城砦を起点に逆撃は可能だ。城砦は無傷どころか完全耐性つきでまず壊せない、人的被害もゼロどころか『身体的に完璧な無傷』だ。簡単には攻められないはず」
「だな。完全耐性については知るべくもないにせよ、あっちの斥候はこっちがピンピンしてることくらいは察するだろうし……」
向こうから積極的に仕掛けてくることはたぶん無い。
はずだ。
僕と洋輔はそう結論を出す。
「…………」
「…………」
結論は出したけれど、だからこそ僕も洋輔も黙り込んでしまう。
いや、なんかフラグっぽいというか……、何かさりげない、けれど重大な問題を僕たちが見落としてるんじゃないかという不安があるというか。
「一応確認しておこうぜ。一つ目、前線の指揮官が寝返る可能性は?」
「神族が魔族を抱え込もうとするって事があるかどうかって話なんだよね。たぶん無いと思う。それに寝返る、までの決断はあの人だけじゃ結論出せないでしょ」
「そうか」
ならばそう考えよう、と洋輔は頷いた。
「完全耐性に対抗する手段は?」
「えっと……完全耐性って言えば聞こえは良いし、実際大概の物は防ぎきるけど、錬金術師に対しては全く意味が無い。所詮『完全耐性』っていう性質だから、性質を剥がしても良いし、そもそもそれをマテリアルとして別のものにしちゃえば性質を消すことも出来るから。錬金術師じゃなくても完全耐性の上からそれでも損傷を与えることが少しでも出来るならば、修復よりも速い速度で損傷させればいつかは壊せる」
「お前がやったあの流星群の直撃を受けたと仮定して、どうなる?」
「実際にそれの着弾を目で見てたわけじゃないから確実にそうなるとは断定できないけれど、後から見た感じと、着弾前に見てた規模からして……そうだなあ。ちゃんと密閉状態が取れていれば城の中は無傷。外面は多少損傷するだろうけど、崩れるほどではないかな?」
「改めて聞くと改めてむちゃくちゃな防御力だよな……」
錬金術師相手で考えると虚仮威しだけど、そうでないならばおよそ最高の防御力を提供するのが完全耐性だし、ね。
「だからまともに完全耐性が邪魔をしているときは、大人しく迂回しちゃう方が早いよ」
「となると、神族が取り得る可能性の一つにそれがあるな。前線の迂回、つまり主戦力移動経路の変更。どのみちあの駐屯地は消し飛んでる、ならば別の所に拠点を構えるって考え方は自然だな」
「うん。だとすると……比較的被害の少なかった勢力圏の東側を主戦場にしてくるか、あるいは海を使って上陸作戦かな?」
「上陸作戦、俺も多少考えてはみたんだけどな。たぶん神族はやってこない」
おや、何でだろう。
「輸送コストが掛かりすぎるんだよ。船一隻を動かすだけでもどれほどの労力がかかるやら。ましてやそれで軍を動かすとなれば何十隻って動かさなきゃ行けなくて……。確実に仕留める最後の一戦とかならばまだしも、『とりあえず叩いておく』で使える手じゃあない」
なるほど。ならば東側か。
「つっても、そっちはそっちで山越えだしな。それも平均で標高四千メートル超えの山脈だ、普通に考えてもやれねえし、地震が頻発してる今はさらにやれることでもねえと思う」
「確かに地震が頻発している状態で登山はないよね……」
それも富士山級の高さがごろごろとあるのだ、比較的標高の低いところを繋いでくるとしてもかなりの遠回りが要求される上、それでも標高二千メートルくらいまでは上る必要がある。
安全性の時点で論外だし、疲労の面でも所要時間の面でも論外という感じかな。
「魔族が気付いてないだけでトンネルがあった、と仮定しても……」
「正直崩れてると思うぜ、あの揺れで」
「だよね」
完全崩落まではしてないにせよ、決して安心して進めるような道ではなさそうだ。
東も山越えルートは厳しい、はず。
だからこそ神族の駐屯地、主戦場は北側にあったわけだし……。
もちろんあっちもあっちで大型河川があるから攻めにくいけど、素早い行軍で考えるならば……。
「素早い……」
「ん……どうしたの?」
「……いや、……何かやっぱり、見落としがあるような気がしてな」
「…………。ならば、見落としがあると決めつけて、対処法を考えてみようか。僕たちにとっての最悪は?」
「魔族の戦線崩壊。方法としては前線をまともに押し込まれる、もしくは後方からの襲撃。後方からの場合は海路を使う必要がある、かつ、魔族の中には海を勢力としている連中がいる以上、すぐに報告は来る」
「前線の城も相手に錬金術師がいない限りは大丈夫だと思うんだけどね……、それに錬金術師が僕以外にいるとも考えにくいよ。そもそもこの世界には錬金術も、僕や洋輔が使う魔法だって存在していない。存在してるのは神通力と魔族の得意理論……」
「…………」
「…………」
いや、自分で言ってて確かに何か今、根本的なところで危険なことを言った気がする。
「神通力は本当に錬金術を貫通し得ないか?」
「……断言はしかねるね。それに僕たちみたいなものを魔神として呼ぶことが出来るんだから、別な何かを神族バージョンで呼び出している可能性はある。その場合、それもまた異世界からの召喚であるならば、神通力に限らずまた別の技術を持ち込んでいるかも」
とはいえ神通力でもそう簡単には貫通し得ないはずだ。それこそ僕の錬金術、洋輔の魔法に匹敵するような、『神通力を完全に扱いこなす誰か』、そうでないにせよ『完全な適性を持った誰か』が居ないかぎりは。
僕のそんな説明に洋輔は納得するように頷いて、どうしたものか、と二人で少し考え込んだけれど、なかなか答えなんて出るわけもなく。
ちょっとリフレッシュにお風呂でも入ってこよう。
「ああ、それなら俺も……」
「それがいいだろうね」
煮詰まったならば一度リセット、リフレッシュしなきゃいけない。
じゃないと効率が悪いしね。




