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善悪綯交夢現/原罪情勢夢現  作者: 朝霞ちさめ
第一章 魔神は利便性を尊ぶ
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16 - 気付きは吉でも状況が

 魔族の勢力圏、の人里を通らない裏道というか獣道。

 そこを通って無心に移動することはや五日、ようやく僕は捕虜だった三人を伴い魔族の勢力圏を抜け、空白地帯を夜中の内に移動し、神族の勢力圏に突入……しようとしたその時だった。

 ひゅん、と。

 風を斬るような音がしたかと思うと、すこし遅れてどしゃりと音がした――目の前を歩いていた三人の捕虜はその全員の上半身と下半身がお腹のあたりで切断されていた。あまりにも綺麗な切断面は血を流すことを忘れているかのようで、けれど地面に落ちた上半身は当然のように血を噴出させ、下半身もそのばにどさりどさりと倒れ込み、血を吹き出させている。

 …………。

 何が起きた?

『…………、』

 色別は……全部緑。赤判定はドット一つですらも存在しない。

 風を斬ような音がした瞬間に斬られた……、ある程度単純化して考えるならばどっからか斬られたってことだけど、三人の捕虜は身長がまばらなのに、同じ高さではなく『上半身と下半身の中間』というところで切断されているし、切断面がいくらなんでも綺麗すぎる。僕や洋輔にだって出来ないだろうというほどに。

 そして誰かが近付いてきた気配は無いし、誰かに見られているという感じもしない。いや本当に、何が起きた?

 さっきまでと違うもの、違うもの……、光輪?

 捕虜の光輪が無くなっている。それは捕虜が死んだからか? いや、捕虜はほぼ即死にちかいとはいえど、まだ『死んでいない』。このままならばすぐに死ぬだろうけど、今すぐに対処すれば、エリクシルなりを使えば持ち直せるだろう。

 ……手持ちにエリクシルは四つ。全員を戻すことは出来る、と思うけど……、誰にも見られていないならば大丈夫だとは思うけど、本当に大丈夫か? エリクシルによる回復効果、ここで使ってしまってもいいのか?

 誰に見られている様子も無いんだ、大丈夫だとは思う。思うけどもしも僕が発見できていないだけで、誰かが見ているならば……。

 血だまりに染まる地面にぺたん、とへたり込んで、考える。やっぱり三人はまだ生きている。まだ生きているのに光輪が無くなっていて、誰かの攻撃があったようには見えない……。けれど音はした、風を斬るようなあの音がした。

 不可視の斬撃? だとしたら何故僕には攻撃しなかったんだ? 一度に三人までしか攻撃できなかった……とか、そういう制限でもあったのか、それとも僕の存在に気付かなかったのか……そもそも攻撃じゃ無かった、とか……?

 …………。

 今は検証を優先するか。

 エリクシルを一つ取り出し、一番近くの捕虜に振りかける。

 途端、捕虜の下半身がずずっと生成され、そして困惑しつつも立ち上がり……その頭上には光輪が戻った。

 かと思えば、ひゅん、と。

 また風を斬る音がしたかと思うと、今治したばかりのその捕虜の身体はまたも両断されている。先ほどと全く同じように。そして光輪は消えている……。

「……ただ殺すよりも、さらに酷いことをするようだけれど」

 それでも今は大きなヒントだ。

 もう一度エリクシルで蘇生する……光輪が復活した時点から、時間認知間隔の倍率を極端にかける。これも眼鏡に統合している機能だけれど……現時点でのこの眼鏡に統合されているその機能では、21億倍ほどまでで任意に設定ができる。つまり現実での1秒を、21億秒にまで引き延ばせるのだ。

 もちろんそれは思考の方面に限られていて、その間に身体を動かそうとしてもそれは難しいし、動かせるとしても『本来の時間の流れ』相応にしか動かせない。あくまでも認知間隔がその倍率になるだけだから、さっきの例だと、むしろ身体は普段の21億倍遅くなるわけだ。

 そんな状況では視線をちょっと動かすだけでも一苦労というか普通にはまず不可能なんだけど、そのあたりは『理想の動き』を適応することで誤魔化している僕だった。

 はたして。

 かなりゆっくりと、けれどはっきりちかちかと、光輪が点滅しているのが見える。

 そして点滅が十六回したかと思えば光輪がすうっとその直径を一メートルほどまで増大させ、捕虜の身体の上半身と下半身の間にまで降りてくると、光輪は赤と黒が混ざった色に変色した上でほとんど一瞬のうちに直径を収縮、捕虜の身体を切断しつつ内側へと入っていって、消えた。

 …………。

 なるほど、つまり捕虜の身体が切断されたのは攻撃を受けたというより、システマチックな感じだったんだな。光輪そのものが持っている何らかの安全装置……トリガーが解らないけど、魔素を多量に含みすぎている、神族に裏切りを働こうとしている、とか? このあたりはここで検証できる類いのことでも無い……。

 ともあれ、もはや捕虜を使ったカモフラージュ計画は頓挫で確定。

 仕方ない、計画変更。倍率を常識的な範囲に戻してモアマリスコールを生成、三人に二度ずつ摂取させる。

 ……まあ、放っておいても死ぬんだろうけれど。痛みは無いほうが良いだろう。

「ごめんね」

 謝りつつも仕方が無いと諦めている。

 そんな自分がいることに、なんだか醒めている部分があったりもしたけれど、手にはべったりと三人の混ざった血が付着していたので、ちょっと頬に触れてみる。なんとも言えない恍惚感というか、なんとも言えない満足感というか。そっちのほうが圧倒的に強い。

 けれどずっとここに居るわけにもいかない。それに……事前に準備した計画は頓挫したけれど、まだ僕は見つかっていない。

 それに……。

 周囲をざっと改めて見渡す。今のところ人影は無い、けれどさっきから空気が震えているような気がする。耳はなにも聞き取っていない、けれど確かに振動はある……、超音波か低周波か、すくなくとも僕には聞こえないと言うだけで、可聴範囲にないだけで、何かの音が出ている可能性がある。

 可能性としてはあの三人に反応して音が出ている可能性。

 あるいは僕に反応しているという可能性もある。どちらが原因であるのかを調べるためにも、まずは距離を取らないと……と、周囲を改めて確認、東は平原、西は草原、どちらも論外。北は森だけどそのすぐ奥が軍の駐屯地だった丘だ、ちょっとそこに飛び込むのは無謀だと思う。

 消去法で言えば後退が正解、でもそれじゃあ話にならない。

 ならば、下かな。

 三人の死体から少し距離を取って、その足下の地面に錬金術を実行、少し規模の大きな落とし穴を作成。当然その上に乗っていた僕の重さで地面は崩落し、落とし穴の中に僕は落ちていく。そこで崩落した地面だった土や岩、石、そして草などをマテリアルとして、さらにピュアキネシスやガラスなども交えてふぁん、と錬金、地面を再生成してやりつつ、強度も十分に確保しておく。数トン程度ならば置いても問題ない程度に。

 当然、僕は落とし穴の中にいるままだ。空に隠れるというのも考えたんだけど、凶鳥のような種族がいたのは把握済み。となれば空が必ずしも安全圏では無いので、地中に隠れるという感じになる。

(発想はともかく、いや実行力も問題だがまあそれもともかくとして、その状況じゃ外の状況が見えねえだろ)

 いやあ、ガラスとかピュアキネシスも混ぜての再生成だからね。マジックミラーの原理で地中側からは最低限の視界は確保してあるのだ。

(なんつーでたらめ……)

 まあその辺はさておいて、と。立って待つのはいやなので、ピュアキネシスで椅子を作成。マジックミラーの原理を使っている以上灯はそんなに使えないけど、真っ暗というのも困るのでかなり微弱な明かりの魔法でうっすら照らす、まあ壁が見える程度ならば良いだろう。

 落とし穴の大きさは一辺が二メートル程度のほぼ立方体、ここに十センチほどの偽地面を蓋のように敷設しているので、立って手を伸ばせば……とどかないけど、まあジャンプすれば余裕で頭をぶつける程度の高さしか無い。最低限の避難所でしかないけど、やむを得まい。

 そんなに長居をするつもりは無いし。

 それに、長居をする必要もどうやら無いようだし……。

 五分もしない間に案の定と言えば案の定、足音が響いてきた。

 どうかな、かなり疑って見てこないかぎりこっちに気付くことは無いと思うけど……。

『隊長、案の定輪切りの仏さんが三体。報告通りです』

『ん。こいつらは確か……登録証は?』

『今参照してます。……出ました、右からアルゴン、イェルス、ユーノ。三名ともにフリーランサー、第十九次ロンメル攻城戦において戦闘中行方不明扱いされてます』

『第十九次……というと、半年は前か。どのみち時間切れではあった……捕虜にでもされていて、逃げ出してきたというところかもしれんが……。光輪の付与を受けている以上はこれも定め、だな。他に異常は?』

『なさそうです。……残念ではありますが、魔族の情報も持ち帰れていないようで』

『全くもって残念だ。無駄死にでしかないが、仕方ない。死体は駐屯地に一時収容する』

『はっ』

 足音は……全部で四つ。少し重たいのが一つ、他の三つはほぼ同じ。

 重たい一つが偉そうなしゃべり方、隊長って人かな。残りの三人は隊員……フォーマンセルってことか?

 そしてテキパキと三人の捕虜の死体は袋詰めにされて、担架らしきものに乗せられている……。

『こちら第七部隊。目標を達成した。警報の停止を進言する……、確認した、感謝を。よし、戻るぞ』

『はっ!』

 担架を運んでいくのを地面のしたから観測した限り、やっぱり軍人の数は四人。

 隊長格らしき人物だけちょっと装飾の異なった鎧を纏った、けれど残りの三人と装備的に大差があるわけでもなさそうだ。品質値も誤差の範囲とはいえ、全体的に高い。それに全体的に技術が進んでるんだろうな、小さな道具一つを取ってもそれなりに数値が高い……。

 結局四人は無駄口を叩くことも無く、そのまま去って行った。

 一応さらに二十分ほど時間をおいて、特に誰が近付くこともなさそうだ、と判断。天井をふぁん、と外して飛び出ると、ふぁん、ときちんと平らに戻し、痕跡を削除して、と。

 もう一度警戒の意味もかねて色々と確認……色別的にも問題は無し、空気の振動も収まっている。足跡も消しておいて正解だった……かな。

「輪切り、か……」

 まるで見慣れているような言い方だった。あの死に方をする神族はそう少ないわけじゃ無い……光輪の付与を受けている以上は定めとも言っていた、つまりあの光輪の機能として神族の、それも軍人にとっては『常識』……。

 死体を持ち帰ったのも収容という表現を使っていた、魔素の取り出しでも試みるのか? それともそれ以外の何かか。たとえば、光輪、とか……。

 …………。

 洋輔。ちょっとまずいかもしれない。

(なにがだ)

 とりあえずそっち、誰か居ない?

 リオが理想だけど、ハルクラウンとか。

(ん……リオならさっき下で見たな。呼ぶか?)

 いや、もう話を聞きに行って。緊急だ。

(オッケー。何を聞けば良い?)

 捕虜を利用したスパイ育成を過去に試みたことがあるか。

 あるならばその結果はどうか。

 この二つ。

(おう。…………。というか俺たち、そんな基本的なことをリオにきいてなかったのか……)

 僕にせよ洋輔にせよ、やると決めたらやっちゃうのは問題かもねえ……。

 ともあれ、洋輔にはそんなことをお願いしつつ、街道から逸れた森を進む。

 野生動物はちらほらと居る、足音ひとつ立てないように気をつけて進んでいるからか、猪の背後を取ることも出来たけど、なにも今日は狩りをしに来ているわけでもないのでスルー、して更に進……、

(佳苗)

 ん。

(確認が取れた。リオが関与しているだけでも少なくとも三十件。内、洗脳とまでは言わないがこっちに完全に抱き込めたのが二十例ある。その上で成功例はゼロ。そもそも返したそばから死んでいるらしい)

 …………。

 やっぱりか。

(説明してくれ。何に気付いた?)

 光輪の機能だよ。

 光輪にはその光輪を持つ者に対する危機が迫ったときにそれを知らせるって機能が付いている。それは僕たちも聞いたとおりだ。

 そして僕が見たとおり、光輪を付与された者が何らかの条件を満たした際にその者を殺害する機能が付いている。恐らくその条件は時間経過とエリアだろうとみているけど、それ以外にもあるかもしれない。

(ん。そこまでは異論がねえ)

 で、ここまでで解っている情報からして、神族全体でみると光輪を持つものはそんなに多くない。但し最前線にあたるこの辺の軍人とか冒険者らしき一同は必ず持っている。

 光輪を持つものは荒くれ者のイメージが先行しやすく、それは戦闘系のルートが一般的だから。裏を返せば戦闘系以外にも光輪を獲得するルートは存在する。おそらくそれが、あの施設で働いていたような面々……とか。

(仮定もあるが、まあ、そうだろうな)

 つまり光輪は何重にも効果がある、複合型の何かだと思うんだ。

 表向きにはそれを持つ者に危機が迫ったときに教えてくれる。

 裏向きにはそれを持つ者が何らかの条件を満たしたときにその者を殺害する。

 ……で、僕ならばここに少なくともあと一つ、可能ならば二つ以上の機能を付ける。

(つまり?)

 情報収拾だよ。GPSが無いとはいえ、相対位置としてどこにどの程度居たのか。そういう記録を取っているかもしれない。あるいはもっと直接的に、たとえば視覚的な情報、あるいは聴覚的な情報を記録する、とかね。

 ……可能ならばそれを転送したいけど、転送までは難しいだろう。情報量が多すぎる。だから回収できたら、それを解析する、とか。あるいは別の光輪に複製するとか、なんかいくらかやりようがありそうだと思わない?

(そう言われりゃまあ、ありそうだけどよ、そもそもそんな機能をもりもりと付けて成立させることが出来るのか?)

 逆なんだよ、洋輔。

(逆……)

 そう。機能を盛っているように見えるけど、実際機能的には盛られているけど、光輪が持つそれらの機能はたったの一つとも言えるんだ。

(……一つ?)

 『監視』だよ。

 光輪はそれを付与された者の状況を常に監視している。

 その監視に基づいて何らかのアクションがあればリアクションを起こす。ただそれだけの機構だと考えると、案外なんとかなりそうなんだ。

(……いや、だとするとまずいぞ。俺たちの存在……どころか、俺たちが『尋問』したってこともがっつりバレるって事だろ?)

 だから『ちょっとまずいかもしれない』と言ったんだ。

(なるほどな。しかしそれならどうするよ)

 街の調査をしたかったけど……。神通力の確認は最低でもやるつもりだったけど。

 今回は、僕たちの存在を隠す事を優先しようと思う。

(……異論は、無しだ。派手にやるなら、いっそ最大限派手にやれよ。そっちの方が『情報収集に手間取る』はずだ)

 うん。そうするよ。 

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