15 - 行くだけじゃないんだから
洋輔による再度の尋問により、神族が持つ光輪についても多少の情報を得ることは出来た。ただし多少だ、十分とはほど遠い。それでも無いより遙かにマシなんだけど。
明確な事だけを挙げるならば、光輪というものは後天的に付与されるものらしい。
それ以上に詳しいことを捕虜は知らなかった。
ただ、その光輪を与えられるということはそれなりに名誉なことであり、光輪を持つ者は魔族を狩ることが許される……この場合、許されるというのは当然神族の話なので、魔族としてはそんな許可を与えた覚えは無い。
それと、光輪を与えられることは名誉だけど、だからといって光輪を持つ者が尊敬されるのかというと、そうでもない。
むしろ親には『光輪を持つ人にはあまり近寄ってはいけません』的な教育が普通だそうで……、これについて、理由はハッキリとしていないけど、捕虜の一人は次の内容を推論として披露した。
光輪を付与されるにはいくつかのルートがあるけど、基本的には戦闘系のルートをとることになる。つまり概ねの場合で光輪を持つ者イコール戦闘系のスキルを持つ者で、かならずしも善人であるという保証は無いのだから、普通の子供が近寄って怪我をするのを恐れているのでは無いか。
「なんていうのかな、冒険者……いや、賞金稼ぎみたいな感じなんだろうな。そりゃ相応に良い奴も居れば、荒くれ者もいる」
「そんな感じだろうね……、悪目立ちしちゃうってのもあるのかな?」
「あるかもな」
そして相応の力がある以上、もしも乱心……ではないにせよ魔が差したら、何が起きるか解らない。
実際にはそんな事はまず滅多に起きないんだろうけど、ね。
「それと光輪がくすんでいく現象は危険度を示しているらしい」
「危険度……」
「うん。基本は白。危険になると色が付いていく。色によって危険の方向性が変わる……だと。ちなみに黒は『未知の危険』」
未知の危険……ねえ。
例外処理として入れたのか、それとも……。
「なんだ、佳苗。引っかかってるみたいだが」
「いや、本当に未知なのかなあって思ってね。捕虜が知らなかっただけで、光輪を作った本人……というか上層部は真相を知っている、そんな感じがする。ま、錬金術でもその辺の例外処理は出来るから、ちょっとうがった見方だけども」
「ふむ」
今回のコレは確信が無いし裏付けもない。だから本当にうがった見方をしただけだ。
「ちなみに他の色はどうなの?」
「えっと、赤が痛み、青が失血、緑が毒」
「思った以上にシンプルだね……」
「もっと細かい色の使い方もあるらしいがな。大雑把にその三つだけを知っていれば問題は無いんだと。細かいことはきちんと確認出来るやつが街に何人かは居るし、そもそも文書になってるそうだ」
そりゃそうか。
「これで打ち止めかな、情報は」
「粘れば何かは出てくるかもしれないが、これ以上時間を掛ける価値がは微妙だな」
「だよね」
となれば次の手を考えなきゃな。
うーん。
「僕としてはちょっと、神族の領域をふらっと尋ねてみようかと考えているんだけど」
「光輪が無い、イコール、神族じゃ無いってわけでもないらしいからな。まあ直接乗り込みは……、いや、厳しいと思うぜ。魔素を検出する手段を持ってないとも思えない」
「うん。だから捕虜を使うつもり」
「捕虜を使う……?」
「魔族の身体だけをまずは作る。で、それを死体として捕虜に持たせて、それに僕が同行する形」
魔素が検出される理由は、その魔族の死体だと言い張れば一瞬は誤魔化せるだろう。その一瞬でどのように検出しているのかを把握できれば対策のやりようはあるかもしれない。
「無いかもしれないぜ。無かったときはどうするよ」
「そのまま帰るか、強引に進むか……。神通力についてある程度無理をしてでも探りを入れるべきだと思うし」
「……ん」
まあ、そうか、と。
洋輔は不承不承頷いた。
「捕虜を使うと言ってたが、具体的にはどうする? こっちで取り込むのは正直きついぞ。情報聞き出すのも真偽判定で無理矢理だったしな」
「かといっていつまでも拘束しておくのは人的にも資源的にも無駄が多い」
「ならば処分か」
「うん。それが基本方針……だけど、僕にせよ洋輔にせよ殺しは趣味じゃ無いし」
「まあな」
だから殺さない。
けれど殺す。
「どっちだよ」
「イミテーション」
「…………」
「人格を上書きする。僕たちに都合の良い形で、かつ、不完全な形でね」
ファジーライズという技術を仕込まない限り、イミテーションによる架空人格の作成は保っても数年だ。しかもその数年という単位だって、極めて限られた環境下で……その環境に特化した人格をその環境に放り込んだ際に得られる上限であって、もっと早くに破綻することが殆どである。
「イミテーションを施すことで、僕たちの完全な味方として利用する。さっきの筋書き通りに動けるように調整してやるんだよ。でも長くは続かない。神族の領域についてから何度かのイベントを挟めばそれだけで破綻するだろう。破綻したらそのまま捨て置く」
「……元々に人格が無いならばともかく、元々の人格が有る奴にイミテーションをかける場合、破綻したら大概は『元に戻る』。もちろん例外もあるが、例外は滅多に起きないから例外なんだ」
「つまり?」
「イミテーションで一時的にこっちの手駒にするのは同意するけど、その先に破綻がある以上、どのみちこっちの情報が漏れるって事だ。結局……」
こちらの情報を封じるためには、殺すしか無い……か。
ま……きれい事には限界がある。
いずれは手を汚す必要もあるのだろう。
それが早いか遅いか。その違いだけだし。
それに、僕がやるか洋輔がやるか。それだってどっちが先かという話だ。いずれはどちらも相応にその手を染めることになるのだろう。
「話を変える……いや、戻すか。話を戻すが、佳苗。ここまでのお前の発言からして、お前は神族の領域に入るどころか、あの都市に入り込むつもりだな?」
「うん。設定としては……どうだろうね、捕虜達が脱獄した、その時に魔族に浚われた可哀想な子供がいたから放置できずに連れてきた、親は不明、みたいな感じかな。僕自身も相応の情報を持っている可能性があるから大都市にまで連れてかなければならないみたいな条件も付ける」
「贅沢だな……」
「正直今回は上手く行かないと思う。神族がどんな感じの制度を敷いているのかをまずは確認したい……で、できれば大都市まで入り込みたいけど、一番近場のそこそこの街でも妥協範囲だと思ってる」
「ん。行きはまあ行けるところまでだろうが、帰りはどうするつもりだ」
「覗きをしたときみたいに高所まで行って、そこからふわふわ飛んでこようかなって思ったんだけど……」
「…………」
なんだろう、洋輔が強烈に呆れるような表情を浮かべている。
「え、マジで覚えてないのか?」
「覚えて……? え、何の話?」
「緊急脱出」
…………。
あ。
「特定のキーワードをあらかじめ設定しておき、適応範囲をあらかじめ指定しておく。その範囲内でキーワードが紡がれたときに発動する『瞬間移動』――但し、緊急脱出の範囲は重複できず、また緊急脱出先も先んじて設定しておかなきゃならねえけど、これを使えば帰りは一瞬だぞ」
行きは地道しか無いけど、と洋輔は続けた。
ごもっともだった。
緊急脱出の魔法は洋輔の言ったとおり、魔法の中でも特に希有な複合して初めて効果を現すタイプのものである。具体的には『キーワードを設定する魔法』と『キーワードを有効化する範囲を決める魔法』、そして『キーワードが紡がれた際の転移先』の三つで、本来ならば数千人という単位で色々と調整してやるべき儀式なんだけど、なんというか、洋輔の魔導師という素質も僕の錬金術と同じくらいには理不尽なところがあり、たった一人で殆ど準備は出来てしまうのだった。もっとも、洋輔単独では未だに自在というわけではなく、強引に仕上げるために僕が錬金術で大魔法として完成させる必要があるんだけど……。
というか。
「でも待って、範囲って広げられるの?」
「逆だぞ佳苗。あの有効化する範囲を決める部分、厳密には『範囲を広げる』んじゃなくて『範囲を絞る』魔法なんだよ。つまり大雑把で良いならばすげえ簡単。一応この惑星って条件を付けるにしても、防衛魔法程度の難易度だ」
「ええ……」
やっぱり理不尽じゃ無いかな……普通範囲の指定って相応にコストが上がっていくもんだと思うんだけど。でも魔法って考えてみると、確かに範囲を狭める方が却ってコスト高いって特徴があるんだよね。ううむ。
「脱出先は中庭で良いだろうけど、問題はキーワードだな。単純なもんにすると知らないやつがぽんぽん飛んでくるようになるぞ。緊急脱出の魔法、魔法が使えなくても成立させちまうし」
「そうなんだよねえ。……日本語で何か指定しておこう」
「ああ、それは良い考えだ。で、何にする?」
うーん。
日本語と言うだけでも僕か洋輔くらいしか喋れないだろうけれど、それでも最低限ある程度のセキュリティというかチャイルドロックというか、間違って発動されるようなことがなような単語……、単語というか文節かな。
「あ、良いキーワードを思いついたよ」
「何だ」
「吾輩は猫である、名前はまだ無い」
「…………。いやまあ、確かに有効かもしれねえけど……。いいや。それで良いんだな?」
「うん」
というわけでとても有名なあの一節で緊急脱出を仕込むことに。
まあ、今すぐに出来るわけじゃないけれど。洋輔の魔力は無限じゃ無いのだ。
「イミテーションは……、出発直前で良いとして、緊急脱出は……明日だな。今日はちょっと遠慮してくれ」
「うん。となれば、出発は……」
四日から五日後ってところかな。
うーん。
「でもそろそろ年始、のはずだから……」
「極光現象か。一緒に調べたいと言えば調べたいが……、まあ、複数地点で観測できると考えればそれはそれでありかもな」
「ああ、そう考えれば確かにそうだ」
「で、俺はこの城で待機する。つーか、お前から得られる情報も含めた上で色々と魔族を動かしていく。この考え方で良いんだな?」
「うん。一応薬草の供給については人を手配して貰う事になってるからそれから本格化だね。当面は洋輔にクイングリンと豊穣の石の管理をお願いするつもり。道具は全部工房に揃えてあるよ。工房の鍵はこの前教えた防衛魔法の変形」
「ん。遠隔での錬金術はどうする?」
「道中でも何度か試す感じだね。限界距離があるならそれはそれで調べておきたいし」
「オーケー。そんじゃその方針で行くか」
うん。
「悪いな、佳苗。お前に嫌なことを……それに危険なことも押しつけちまう」
「気にするまでも無いよ、そんなこと。僕は望んでやるわけだし、それに……」
「それに?」
「辛いのはむしろ洋輔だろうからね。そうやって良心の呵責に苦しんだ上で、今後は魔族全体の命運を握ることになるんだから」
洋輔の決断一つでかなりの数の命が動く。
魔族を助ければ神族が死ぬし、魔族を助けなければ単に魔族が死ぬ……どうあがいても洋輔の決断は、即ち誰かの死を意味する。
「ゲームならば兵力なんていう数字で管理できる。怖がる事なんて何も無い、ただのパラメータの一つだからね。けれどここは残念だけど、異世界とはいえ現実だ。洋輔が動かす兵は、民は、生きている。家族が居て、場合によっては子供だって居るかもしれない。そういう一人一人の人生を、洋輔が決めていくんだから……それはきっと、辛いことだ」
「…………」
洋輔自身が手を下すわけじゃ無い。洋輔自身が殺すわけじゃ無い。
だからこそ、洋輔自身は追い詰められるだろう。
「僕は今回の行動でたぶん、初めて意識して誰かを殺すんだろう。すくなくともあの捕虜達は……殺さないといけない。僕は僕でそういう何かを抱えることになるし、そうなれば洋輔を頼るだろうね」
「だろうな。……ふん。で、俺はお前を頼るか。なんつーか、共依存って感じだな」
共依存……?
ああ、アルコール中毒の夫と家庭内暴力に悩む妻がそれでも別れられない的なやつか。
「いや佳苗。もうちょっとこうシビアな方向で喩えて欲しいんだが」
「現実的という意味ではこの上なくシビアじゃない?」
「まあ、確かに……」
納得したようなしていないような、そんな曖昧な表情を浮かべる洋輔に、だから僕は手を差し伸べる。
「それに今更だよ。僕も洋輔も契約を交わした時点で……、あるいはその前からずっと、お互いに居て当然なんだから。洋輔が死ねば僕も死ぬだろうし、僕が死ねば洋輔も死ぬだろうってどっかで確信してるくらいには」
「ああ、簡単に想像できるな。実現するとしても『どっちかが死んでももう片方が即座に蘇生を試みて、なんか成功するからどっちも死なない』な気がするけど」
「そう考えると僕たちってアレだよね。ゲームで出てくるならラスボスの直前に戦う類いの同時に倒さないとお互いに蘇生を繰り返して突破できないタイプの厄介な敵」
「言い得て妙だがその場合ラスボスは誰になるんだ」
例の野良猫とか?
アレの小間使いにされてるって意味でもラスボスの前座という立場に近い気がする。
「だとすると俺たちも大概みじめだが、それ以上に相手……神族の王様とやらは何だろうな?」
「あれじゃないの。勇者に金貨五十枚で『世界救ってきて! 大丈夫君なら出来る! 私は前々から君の名前を――』云々話すタイプの人」
そうか、勇者か。
味方に居れば良いんだけど……。
その後、イミテーションの導入に手間取ることは無かった。
そしてそのイミテーションという偽造人格に与えられた設定は、次の通り。
捕虜として捕まって以降、魔族によって魔族の勢力圏の内側に連行され、投獄された。
投獄されている最中、魔族の中でもかなり偉いと思われる者の会話がたまたま聞こえてしまい、そこから魔族が反攻作戦を立てていると判断し、捕虜達で力を合わせて脱獄。
その際、同じく投獄されていた子供を発見したので、何らかの事情を知っている可能性も踏まえて保護。魔族に発見されないよう慎重に進んだが、途中で何度か魔族と遭遇し、その戦果として魔族の死骸を持ってきた……。
まあ、ざっくりとした感じだ。
但し、今回イミテーションによって施した偽造人格には、あまり自主性を与えていない。僕か洋輔の命令に従うように動く、そういうように施している。一応自分で最低限のこと、食事睡眠排泄などの当然のことはするようにしてあるけれど、それだけというか。だから本来の彼らを知っている人がもしも見れば、『何かが違う』ということは一瞬で看破するだろうし、その点を突かれればそれだけで破綻するような、なんとも頼りないイミテーションだ。
けどまあぶっちゃけた話。
「捕虜の三人は最初の街まで保てばそれでいいんだよね」
「……お前の割り切りも大概だよな」
「まあね。でも事実だよ」
最初の街に辿り着くまでにその三人が一緒に居て、それで特に僕が疑われないのであれば、恐らくその先も問題ないからだ。
実際にはもの凄く疑われるだろう、そしてそれでいい。どんどん疑っていろいろなことをしてくれた方が、いろいろなものを見せてくれた方が、僕としてはやりやすい。
もっとも色別よろしく、一目でアウトと判断されたらちょっとどうしようも無いんだけど。その時は……。
「威力偵察か」
「まあ、どの段階までバレるかにもよるけどね。もしも魔神だと言うことまでバレちゃうようなら、もう目撃者は全員居なかったことにすることも考えてる」
「どのみちバレるにせよ、少なくともその時点ではそれが善し……ね。緊急脱出があるとは言えど、あんまり無茶はしてくれるなよ」




