13 - 捕虜尋問は裏作業
城に到着した捕虜の神族は三人だった。数え方が人で良いのかどうかはさておき、ともかく三人。
なんだかんだで捕虜の移送を要求してから今日まで、突貫でやってくれたのだろう。魔族の面々には感謝を込めて暫くゆっくり休んで貰い、僕と洋輔の二人で捕虜を尋問。
いざ僕と洋輔が初めて見た神族はというと青年で、ほとんど人間と大差の無い身体を持つものだった。
…………。
というか、まあ、頭上にきらめく光輪以外はもろに人間って感じだ。ていうかあの光輪何なんだろう。天使? にしては翼も無いしそこまで徳もなさそうだったしな。
そしてその青年は捕虜なので厳密に拘束されていて、その結果、ほぼ全裸、一応下着代わりの布が腰に付いている程度という状況に、包帯を使った目隠しと耳を塞ぐ耳栓に、猿ぐつわをがっつり噛みこんでいるという状況、さらには両腕を身体の後ろで縛り上げられ、また足も正座のような状態でこちらも縛り上げられていて、その腕と足を繋げるかのようにこちらもまたロープで結ばれていて……。
結果から言えば扉を開けたら拘束プレイしている変態がいた。
思わず扉を閉めてしまったけど、僕の反応は比較的まともだと思う。
「いや反応がまともなのは認めるけどよ……それ以上に魔族にもうちょっと優しさが必要だよな。ジュネーヴ条約的なものを徹底させるか」
「いやあ洋輔。でもあの形での拘束にはちゃんと意味があるんだよ」
「意味?」
たぶん。
捕虜達を尋問した結果、僕たちが得た情報は概ね三種類。
一つ目は現在の神族の政治形態。
二つ目は神族と魔族の関係だ。
三つ目は神通力とはなにか。
まずは一つ目、神族の政治形態について。
これは至って単純な王政だ。ただし王権には憲法の制約がある立憲君主制で、国王であってもなんでもかんでも自由にあれこれを決められるわけでは無い。
つまり神族にも王様がいて、その王様がほとんど全件を持っているようだ……と判断したいところだったけど、これは僕の聞き方が悪かったらしく、政治形態としては確かに立憲君主制なんだけど、その実像は本来のソレとズレがあるようだ。
そのズレの正体の名は、『軍部』。
軍部が力を持ちすぎている……と言うわけでは無い。ただ、魔族との戦いが最終局面に到達したあたりで、神族の王様は考えた。
魔族との戦いに勝てる、それは良い事に違いない。多くの同胞達も報われるだろう、少なくとも王はそう割り切らなければならない。
だが勝ったあとにどうするのか。どのような形であっても、ここまで絶対的な敵が居たからこそ纏まっていた神族という種族はバラバラに、ある意味においては本来の形に戻るのだろう。けれどその時、神族の王という立場である自分はどうなるのか。
いやそもそも、軍をその後にどうするのか。魔族に勝利せしめた以上褒美は必要だ。その褒美はかつて無い規模の物になるだろう……たとえばそれこそ、魔族領の統治権だとか。そんな物を与えたとき、軍が王に刃向かう可能性は無いか。
簡単に言えば、権力者が疑心暗鬼になったのだ。そしてその権力者はその権力によって軍部をどうにかしようとすればできたはずだけど、疑心暗鬼にはなったけれど決して暗愚というわけではなかったようで、そんな事はしなかった。軍を処罰することは簡単だ、けれどそんなことをすればその後が無くなると言うことを悟っていたのだろう。
けれど王様は軍を恐れている。軍もそれとなく王様が考えていることを悟っている。だからお互いに恐る恐るやりとりをしているわけだ。
それがズレになっている。
あるいはゆがみになっている。
王が軍を慮り、軍も王に恐れるという……、
「いや、それって冷静に考えると立憲君主制の理想型なんじゃねえの……?」
「僕もどっちかというと洋輔に意見が近いんだけど……、神族としてはズレと認識してるんだから、まあ、ズレなんじゃない?」
…………。
まあいいや。
次、二つ目。神族と魔族の関係について。
コレに対する回答は、『なし』。それが最大の回答と言えるだろう。
つまり神族は魔族と敵対することに何の疑問も抱いていない。神族にとって魔族は絶対的な敵であって、魔族を殺すことには何の抵抗もない。そういうワケだ。
最後に、神通力。
神通力というのは魔法的な現象……というのがやっぱり近いと思う。
捕虜曰く、『魔素』というリソースを利用することで発生する一連の現象の総称だそうで、非常に便利な技術であるようだ。
けれど『魔素』は神族にとって毒だった。新陳代謝が追いつく範囲から少しでもオーバーすると、あっというまに神族を死に至らしめるのだという。
だから神族にとっても神通力は『便利だけど使い勝手の悪い技術』、ということらしい。
さて、じゃあ当然だけどその先、つまり『魔素』とは何か。
魔族の体内で生成されるリソースだ。
……それ以上のこと、要するに詳しい原理は捕虜も知らないらしい。ただ、魔族の体内で生成される『魔素』があり、それを利用する術全般を指して神通力とよんでいる事は解ったし、なにより、神族が魔族との戦いを行う最大の目的とも思われる理由もこの補足として語られた部分から読み取れた。
魔族の死体を神族はほしがっているのだ。
より厳密には、『より多くの魔素を含有している状態の魔族の死体』を。
「要するにこの二大勢力の戦争の正体は……」
「資源を巡っての戦争だな」
洋輔が端的に表したとおりだ。
つまり神族は魔素を毒として当初は認識していた。
しかしある時、その毒、魔素をエネルギーとして不思議な現象を引き起こせることが解った。それが神通力という技術だ。
で、神通力は徐々に広がった。当初はただの試験運用だったのかもしれないけれど、便利なものに流されるのはどの世界、どの種族でも大体は同じだろう。より便利な生活をするために、より便利な技術を要求する。
そしていつしか神族は、魔素を積極的に求めるようになった……魔素を持っているのは魔族だ。だから魔族を狩るようになった。
「それなら牧場でも作った方が効率的なのにな」
で、洋輔のその言葉にはこう返すわけだ。
「牧場なんて『過密状態』を作ったら、漏れ出す魔素が周囲に影響を与える、かもしれない」
「かもしれない、って……」
「いや実際、そのあたりは正直解らないよ。断定できない。少なくとも捕虜達はそこまで影響を受けているようには見えなかったけれど、それはあの捕虜達が神族を狩る側として何らかの対策を講じているから、なんてうがった見方だって出来る」
「うがった見方ねえ」
「根拠は洋輔だって見たやつだよ」
洋輔だってその場面にはいた。
というのも僕たちがその捕虜達を尋問していたとき、その捕虜達の頭の上に浮いている光輪を当然ながら観察していたんだけど、尋問を始めた時点と尋問を終えた時点での光輪の色に違いがあったのだ。最初の光輪は真っ白だったのに、最後のほうでは灰色になっていた。
「……つまり佳苗はあの光輪が浄化装置だと?」
「そこまでは言わないけど、でも、そんな感じになるのかな。光輪はあくまでもアウトプット……パソコンで言うところのディスプレイにすぎなくて、本体は別にあるのかもしれないけれど」
「いやいや、魔素の浄化装置なんてものがあるなら、それこそ魔素を毒として恐れる必要がねえだろ」
…………。
それもそうか。
「ま、方向性としてはありそうだけどな。あの光輪の色が変わる条件とか突き詰めていけばあるいは……。それに、魔素か」
「うん。神通力……」
神通力。
魔素をエネルギーとした術……だ。
「それがこの世界における魔力のようなもんだとして……、うーん」
「なに?」
「いや、まだ厳密なことはわかんねえけど……つーか神通力の概念は解ったけどそれだけで、詳細が分からない以上なんともいえねえけどさ。たとえばハルクラウンが空を飛ぶのにも魔素を使っているとするだろ?」
うん。
魔素とまではいわずとも、洋輔の主張通り何らかの魔法的概念はそこにあるはずだ。
少なくとも凶鳥は産まれてすぐに空を飛べるわけでは無いし、他の種族だってそれぞれの種族の『特徴』、『得意』とされる現象を起こせるようになるまで多少の訓練は要るみたいだし……。
「それに対する消費量と神通力で得られる効果が釣り合うとは思えねえんだよな……」
「……ん、それはたとえば変換効率の問題じゃ無くて? ほら、火力発電とかも発電効率で言うと――」
「いや逆だ。『空を飛ぶ』、そりゃたいしたことだ。けれどやってることは重力操作だけだぜ? 特に風に干渉しているわけじゃ無い」
「僕の魔力みたいに、どんどん溜まりっぱなしとか」
「まあ、そう見るべきだろうな。あるいはよっぽど非効率的なのか……。魔族に根深い『得意理論』もあるからなあ」
得意理論。
それは魔族が『その種族はそれが得意だからそうできる。』という大雑把な認識を持つという部分を指して洋輔が名付けたものだ。凶鳥だから飛べる、とか、そんな感じ。
何度も言うけれどもちろん実際にはそんなわけが無く、魔法的概念がそこにあると考えるべきだというわけで、そのあたりの解析を洋輔は頑張ってるわけだ。
「あとは、魔素ってのが魔族にとってはとても重要なモノなのかもしれない。それこそ命みたいに」
「命ねえ」
「ほら、一部のゲームでは魔力を使い切ると生命力も無くなるとか、生命力を全て魔力に変換して……とか、そういうのもあるじゃない。そういう意味」
「ああ」
その線もあったか、と洋輔は頷いた。まあこれでちょっとは進むだろう。
「それなら僕は捕虜を使って、ちょっと光輪の変色条件とか探ってくるよ」
「……壊すなよ」
「解ってるって。僕だって壊したいわけでも殺したいわけでも無い」
とはいえ。
「この後のことを考えると、どうしたものかなとは悩んでるけどね」
「……まあ、な」
結局の所。
捕虜を返すかどうかは、正直微妙だ。
尋問は僕と洋輔が直接やった。その時点で僕と洋輔が魔族に居る事を、少なくとも捕虜達は理解しただろう。そして僕たちの質問に対して、魔神という伝承上の存在は知っていても、その場の僕たちが魔神だとは気付いていない様子だった。
気付いていない様子だったけれど。
『なんだ……なんだ、その馬鹿げた魔素濃度は……』
捕虜の一人が漏らした言葉だ。
少なくともその捕虜は、僕たちが特別な魔族であることに気付いただろう。
場合によっては魔神である事も、いまとなっては悟っているかもしれない。
「ただでさえ情報のアドバンテージをごっそり持って行かれている状態。この上で魔神の存在までバレたら、結構まずいかもね」
「そうだな。そうじゃないにしても、魔王の代替わりが起きた、程度の情報としては渡りかねない……となると、返さない、というのが選択肢だが」
「うーん。抱え込む? でもそれは正直……」
「リスク、だよなあ」
こちらが知りたい情報は引き出せた。僕たちの存在を知られるリスクのことも考えれば、処分しておくべきなんだろう。
仮にこっちで抱え込むことに成功しても、捕虜達がうっかりこちらの情報を漏らさないともかぎらないし、たとえ完全な味方にすることができてスパイとして使えるとしても、神族が彼らに不審を抱き、結果露見するなんてことがあるかもしれない。
そもそもスパイを作るならばもっと別な方法を使えば良い。
「そういや佳苗、あいつらは結局明言しなかったけど、魔族と神族を明確に分類する方法はやっぱり魔素ってことになるのか?」
「素直に解釈するならそうだろうね。魔素を体内で生成しているかどうかを判別してるのか、あるいは魔素を体内に含有しているかどうかを判別しているのかにもよるけれど、どちらにせよ、現状では魔族をそのままスパイにするのは無駄死にさせるだけだね」
「現状では……か。ならば優先順位を付けて、それぞれに解決していくとしよう」
洋輔はそう纏めると、適当なメモ用紙にさらさらと羽根ペンで文字を書いていった。
ひとつ、神族の情報収集。
ふたつ、捕虜の処遇決定。
みっつ、超等品の研究。
よっつ、神通力の研究。
いつつ、得意理論の研究。
「得意理論と超等品については俺たちが任意にできるといえばできる以上、優先度は低いよな」
「そうだね。でもそれ以外の三つは、どれも同じくらいに大事だし……」
「そうでもない。神通力がどこまで出来る技術なのかを見切れれば、捕虜の処遇について選択肢が広がるぞ。それに神族の情報収集で情勢が解れば、場合によっては神族との交渉に使えるかもしれねえ」
「……となると、捕虜の処遇は現状維持で暫く生きていて貰って、神族の調査か」
「ああ。俺はそれがいいと思う」
異議無し。
「問題はどうやって神族を調査するか? だが」
「そうだね……。ま、僕がやるしか無いだろうね……」
「いや俺にせよお前にせよ、魔神だしな。魔素ってのを作り出してる可能性がある。実際捕虜も魔素濃度がどうとか言ってたしな……一発でバレるんじゃねえの?」
「そりゃまともにいけばそうなるよ」
そんなまともなことをするとでも?
僕が洋輔にそう言うと、洋輔は呆れ顔を浮かべた。
「理想は偵察衛星だけど、さすがにそんなものの作り方はわかんないからね……。大人しくめっちゃ高い櫓を作って、その頂上から眺める感じになるかな」
「いや流石に豆粒どころか……ああいや、そうか、その眼鏡の遠見機能……」
そう、この眼鏡には『機能拡張:遠見』としてちょっとえげつない倍率での望遠ができるようになっている。地球に居たときに戯れに試したら月の地表の塵を判別できる程度の倍率だ、それと比べれば余裕だろう。
「いややっぱり問題だぜ。この世界も『惑星』、球体だ。地平線とか水平線の距離って存外近いぞ。たしか富士山の山頂からだって見える範囲は300キロすら無かっただろ」
「でも高くから見渡せばその分遠くまで見れるでしょ?」
「いやそうだけど……」
「ならば見えるところまで高くすれば良いんだよ」
「…………」
まあ、そうだけれど、と洋輔は言った。
「何も常設する必要も無いし、足場にはピュアキネシスを使えばいい。ずばーって一気に高いところまで行って、観測して、終わったら消せば地面まで戻れる」
「戻れるって言うか落ちるだけどな」
「洋輔の剛柔剣ほど融通は利かないけど、僕にも重力操作くらいはできるからね。パラシュートは無いけどパラシュートよろしくふわふわ降りてくるから問題ない」
いざとなれば衝撃をゼロにするという道具もある。ちょっともったいないけど。
「錬金術をさ」
と、洋輔は目を細めて言うのだった。
深い諦めを込めて。
「最初に見つけたやつはお前を見たらどう思うだろうな」
「案外僕みたいなやつが見つけたのかもしれないよ」
「考えたくねえ……」




