12 - その名は錬金超等術
魔神としての生活を送るに当たって、けれど僕にせよ洋輔にせよ、地球上と特に違う点と言えば『学校に行かないで良い』『親が居ないので気楽な半面ちょっと寂しい』『地球じゃないので魔法も錬金術もさほど気にせずぶっぱなせる』『多少の無茶をしても「魔神だから」で納得してくれる』という良いことづくめの部分が圧倒的に多いと言えた。
生活水準も錬金術で最初に水道と電気を通した甲斐あって、とても高い。パトリシアとかにお願いすれば掃除もしてくれるし、普通に泳げるほどに大きなお風呂を貸し切りでゆったり使える。しかも朝早くだろうと夜遅くだろうと真っ昼間だろうと特に怒られることは無く、またここもお願いすれば軽食を持ってきてくれるなどなど、とても気楽というか、なんとも好き勝手に出来るという意味でとても良い環境だ。
まあ、僕たちがあんまり遊んでばかりだと魔族が滅んで大変な事になること必至、かつたぶんその場合は僕たちも必死という条件がなければ、の話だけど。
ちなみに生活水準と言えば、最初の頃は困惑が全力で浮かんでいたパトリシアやアンサルシア、イルールムなどの城で勤務している魔族達も、今となっては水道や電気を見事に使いこなしている。どころかどこどこの電気をちょっと調整して欲しいだとか、あるいはどこにも水道を引いて欲しいだとか、そういうお願いもくるようになった。良い傾向だ。生産都市ベルガの面々も水道という仕組みにかなり興味を持っているようだったので、いずれは実用化されるだろう。
電気の方は……まあ、かなりざっくりと概念は教えたけど、こっちはまだちょっと時間が掛かるかな? 発電機から作って貰う必要があるし。まさかインフィニエの杯という半永久期間を無制限に与えるわけにもいかないし……。もちろん余裕が無くなればやるだろうけれど。
さて、そんな生活を僕にせよ洋輔にせよ、結構適当に過ごしているように見えるかもしれないけれど、そして実際そういう側面が無いわけでもないけれど、僕も洋輔もそれなりに研究を進めていた。
たとえば僕はこの世界に存在する製造技術、『超等品』というものをどうにか解析しようとしているし、洋輔はこの世界の魔族が『特徴』として持っている特別な力をどうにか解釈しようとしている。
で。
『魔神様。私に見せたいものがあると聞きましたが?』
『ごめんね、忙しい中呼び出しちゃって』
『いえ』
というわけで呼び出したのは『凶鳥』のハルクラウンである。
ハルクラウンもこの城に居を構えては居るんだけど、その役割から常にここに居るわけでは無い。ちなみに似たような立場に居るのが『岩塊』のノルマンで、『餓狼』のリオはまた別枠なんだけどそれはそれ。
『見せたいものがあるのは僕じゃ無くて洋輔の方なんだよね。悪いけれど、このまま僕たちの部屋に行ってくれるかな? ノックすればそのまま入れてくれると思うよ』
『さようですか……』
…………。
もう突っ込まないぞ。
『わかりました、それでは魔神様。魔神様と……、紛らわしいですね』
『佳苗とか洋輔で良いのに』
『いえ、そういうワケには……』
無理強いはしないけど、名前で呼んでくれないんだろう。名前を呼ぶということに特別な意味を持っているとか? でも僕たちが名前を呼ぶ分には特に怒らないんだよな。偽名を使われている感じでも無いし……。
『ともあれ、洋輔なら今、部屋でハルクラウンを待ってるよ。悪いけどそっちに行ってあげてね』
『はい。…………。いえ、その前に一つ確認をしてもよろしいでしょうか?』
『うん。どうしたの?』
『いえ。……その、手にもっているものは一体?』
『疑似超等品試作五番。略してまがい物だけど割とそれっぽいもの五号』
『あまり略されていないどころか伸びていませんか……?』
『やっぱりそう思う?』
というか地味に突っ込みを入れてくれるのはありがたいな。アンサルシアとかにも見習って欲しい。内心では突っ込みを入れてるようだけど、声に出してくれないとボケの意味がないのだ。いや別に狙ってボケているわけでもないのだけど……。
『ちなみにこの剣、欲しいならあげるよ。本物の超等品と比べてもの凄く使い勝手悪いけど、作りやすさは抜群なんだよね』
『お心遣いには感謝いたしますが、私は剣に疎いのです』
『そっか。残念。というかハルクラウンって何か武器を使えるの?』
『そうですね。弓矢や槍であれば多少の心得がありますが、戦闘能力にはさほど長けていません』
ふうむ。さほど、がどの程度なのかにもよるけど、まあ本人が乗り気で無いならば無理に武器を持たしても仕方が無いか。
『呼び止めてごめんね』
『いえ。それでは、ごきげんよう』
ごきげんようと来たか。とりあえずごきげんようと答え、その場からふっと浮いて去って行くハルクラウンを尻目に、僕は改めて城内にでっち上げた工房の中に視線を向ける。
そこには剣や槍など一般的な武器が一通りと、防具類も一通り。このあたりは適当に揃えたものだ、特に特別なものはない。
で、それとは別に棚があって、そこには数多くの宝石が置かれている。原材料は城の近くに転がっていた岩だけど、錬金術の前には岩石は石材であり、そして宝石もまた石材であるのだから、岩石から宝石に換喩できる。ようするにいくらでも好きなものを調達できるのだ。とはいえいちいち作るのは面倒なので、最初に一度思いつく限りの宝石を一通り作ったと言うわけである。
ベルガの面々に聞いた限りだと、超等品に付与できる効果は宝石ごとにある程度方向性が決まるらしい。で、似たような色ならば似たような効果になりやすいんだとか。但し全く同じ宝石を使ったところで、必ずしも同じ効果にはできないという、極めてランダム性の高い技術という事らしい。
実際僕も今手に持っているこの試作五番に辿り着くまでに何度も調整をした結果、確かに色によって効果がある程度絞れてるのかもなあとは思う。そして案外わかりやすい。
たとえば赤。ガーネットやルビーを使うと火に関連する効果を獲得することが多い。
たとえば青。サファイアやアクアマリンを使うと水に関連する効果が多かった。
たとえば黄。トパーズやトルマリンを使うと雷に関連しやすい。
たとえば緑。エメラルドやフローライトを使うと風に関連する効果……。
で、色計算もある程度はしていいらしい。たとえば紫色のアメジストを使うと火や水に関連する効果を獲得することが大半だった。
ただその場合は黄色は赤と緑なんだから、火と風に関連する効果が出るべきって話になってしまうんだよね。実際には雷の効果が付与されることが殆どだった。
まあもっとも、僕があの剣を使ったときに出た『赤い稲妻』の正体もじんわり見えたけれど。つまり『雷』という性質に加えて、色計算上で示唆される効果、『火と風』が追加で付与されたみたいな。
ちなみに『多かった』とか『殆どだった』という表現を使っているのは、時々全く関係の無い効果が付与されることがあったからだ。
具体的には赤いルビーを使ったのに水が出たり、緑のエメラルドを使ったのに火が出たり。数で言えば明確に少数で、僕が試した範囲だと、概ね百回に二回程度出現するかどうかってところだった。まだサンプル数が少ないので断言は出来ないけど、一パーセントよりかは確率が高いような気がする。頻繁では無いにせよ、出るときは出る。
それとこの低確率での『意図しない効果』が付与された時、それが得る効果は本来の効果よりも高い。
これは……どう説明するべきなのかな、例えばサファイアを使って作る場合、それが獲得できるのは本来水に関連する効果で、その効果量を十くらいだとする。
けれどサファイアで『意図しない効果』が付与されると、その効果量が十五から四十七程度になっているような感じだ。これも僕が確認した範囲なので、実際には低確率でもっと高い効果量を得られるのかもしれない。
尚、四十七という効果量をたたき出したのが疑似超等品試作四番。
あの時はガーネットを使ったので火に関連する効果を得る可能性が高かったんだけど、四番は風に関する効果を獲得した。そしてその効果はエメラルドで付与した場合と比べて五倍近く高いもので、おかげで工房が一つ吹き飛んでいる。まあ過去のものよりも圧倒的に品質も効果も高かったしさほど痛くもない。
……いや、パトリシアが泣いてたけど。片付けするのは私なんですけどね? と。いやあ申し訳ないとは思うけれど、やってくれたら好きな宝石をあげるよといったら二つ返事で粛々と掃除を始めた。パトリシアも宝石が好きなようだ。で、パトリシアが選んだのは金緑石。なかなかどうしてお目が高い。
その点、今手に持っている疑似超等品試作五番と名付けた剣の効果量はぴったり十くらいで、四番と比べると特におかしな所は無い、何の変哲も無い疑似超等品だ。良く言えば『量産品』で、悪く言えば『規格品』。洋輔なら逆に表現するかもしれない。そんな品物に五番という番号を割り振ったのは、ようやく超等品を安定して作れるようになったという意味を込めている。
まあ錬金術だけど。
錬金超等術とでも名付けておくか。
いわば完成品に超等品という性質を与える応用技術であり、錬金術的な考え方としては特異マテリアルとして限定的に宝石を干渉させる……みたいな?
そもそも錬金術は『マテリアル+マテリアル→完成品』の流れが基本だ。但し、+の部分は他の四則演算の記号に置き換えることもできて、それぞれ錬金減算術の-や、錬金乗算術の×に、錬金除算術の÷がそれに当たる。冪乗とかも使えるか。
で、特異マテリアルというものは括弧を使った計算式で似たような表現が出来て、即ち『特異マテリアル×(マテリアル+マテリアル)→完成品』みたいな感じだ。例によって四則演算の記号は場合による。そしてこれは最も基本的な形であって、面倒な錬金術になるとこの括弧の位置が変わったり、入れ子構造になったりとなっていく。
錬金術は意外と算数とか数学で一定の解釈が出来るのだ。……そう考えると錬金術って最小公倍数とか最大公約数に類する応用もあるのかな? あんまり意識したこと無かったな……と話が逸れた。
ともあれ、錬金超等術において要求されるこの数学的な解釈をざっくりと言おう。
『マテリアル×マテリアル→ルート(完成品×特異マテリアルの宝石)→完成超等品』だ。
最初から剣などがあって、それを超等品にしたい場合でも、一度は別の完成品にしなければ成立しない。錬金超等術はマテリアルに干渉する技術では無く、完成品に干渉する技術である、と言い換えが可能だ。
完成品に干渉する応用って滅多に無いもんだから、なかなかこの解釈に辿り着くまでには時間が掛かったけど。それと僕のこれは『超等品に似た性質を与えられる』というだけで、超等品そのものとはやっぱり作りが違う。これは錬金術で作る魔法道具と鍛冶師が作る魔法武具が同じような見た目で同じような効果でも区分される、というのと同じかな。
機械が作るお寿司と職人が握ったお寿司が有ったとして、材料がおなじで味も同じならば料理としては同じ、みたいな。いや職人にケンカを売るな、この喩え。でもやってることはまさにそんな感じだから、錬金術という技術がそもそも職人にケンカを売るような物か……。
あと注意点としては、『ルート』という概念が必要って事だ。
ルート、つまり平方根。家庭教師の先生にちらっと数式周りの概念を一通り聞いておいて正解だったなあ、まだ僕は本格的にこの計算方法を知らない。概念としては『冪乗の逆』で、『二×二=四』を逆にする、つまり『ルート(四)=二』というものである。すごい綺麗な数字で作れるのは滅多に無くて、ルート(二)は1.4141356……とか、まあそんな感じのよく分からない羅列が延々と続く計算、だった、はず。詳しくは知らない。
この概念を引っかけるなんて誰が考えるよ。ましてやマテリアルに対してじゃなくて完成品に引っかけるとは。総当たりで調べ始めてもなかなか見つからないものだから錬金術では無理なのかな、と危うく諦めるところだった。
それとルートの計算式だとかは正直知らないのになんで成立しているかというと、錬金術は必ずしも完成品としての結果を計算できていない状態でも成立しうる技術だからである。つまりルート(完成品×特異マテリアルの宝石)というやり方さえ指定しておけばそれでいい。どうせ結果は完成超等品として現れる。
そして最後に、完成超等品に限らず超等品をマテリアルとしたとき、そのマテリアルから超等品の性質は完全に喪われる……という、大きな落とし穴がある。
つまりだ、どうやっても超等品は『全く同じものを二つ作れない』。同じものを増やすような効果を持つ重の奇石は完成品を二つにするという効果であって、その本質はマテリアルに対する干渉だ。完成品には干渉できない。無理矢理完成品に対してそれを適応しようとすると、錬金超等術がうまく働かない。かといって完成超等品をマテリアルとすると、超等品としての性質が無くなる……。
まあ、そもそも複製は無理、常に唯一品を作り出すという技術なのだろう。抜け道はありそうなのでまだまだ調べる所存だ。それが終われば最終的には疑似超等品の疑似を外しても良いかもしれない。
「とはいえ」
それでもまだ本来の二割くらいだろう。
「武器以外に適応するとなると、ルールが全然違うんだもんなあ……」
そう、防具や道具に対しては先ほどの計算式では錬金超等術が成立しない。
……いや、成立していないわけじゃ無いのか。一応成功はするし、効果は出る。
効果が全て攻撃系統になるというだけで。
実際問題として誰が持ちたがるよ、常にバチバチと稲妻を纏っている、装備している本人もしびれるような盾。
欠陥製品以前に根本的な仕様が間違っている。
……まあ、盾で試して正解だった。
一緒に作った鎧とか、どうなるんだろうなあ……。試さないと解らないけど、試したくない……。




