表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
善悪綯交夢現/原罪情勢夢現  作者: 朝霞ちさめ
第一章 魔神は利便性を尊ぶ
14/60

11 - たりない、いない

『魔族が置かれている状況、か。なんとも回答に困るが……。種族として危機的状況にある。神族との戦いが続き続けた結果、我々は多くの同胞を失いつづけ、新たに生まれる同法も減りつつある。決して未来図が明るいとは言えまいな……。その証拠に、ベルガの生産量は「維持している」にも関わらず、数的には猶予が出始めていると聞く』

 それなりには危機感を抱いているし、種としての存亡と言うところにも可能性を感じている。けれど今すぐにどうこうとなるとは考えていない……って感じかな。もどかしいな、もうちょっと危機感を強く持ってくれてれば……うーん、あんまり変わらないか。

『もっとも、それはベルガの翁としての意見だ。所詮ベルガは生産都市ゆえな、(まつりごと)には関与していない。魔王府令を受ければ相応に答えるが、魔王の決定に逆らうこともないが、あえてベルガとして政に関わろうという気概も無い。我々は物を創り売ることだけで満足だし、そもそもそれで精一杯だ。これ以上考え事はできんよ』

 前言撤回、思った以上に他人事のようだった。やっぱり危機感はもっと持って貰うべきだ。その方法が思いつかないけど……。そして翁の発言に、ベルガの全員が同感と言った旨を態度で示している。うーん。これもあんまり良くないなあ。

『なるほど。それじゃあ最後の質問だ。神族について、お前達はどういう認識を持ってる?』

『神族について?』

『ああ。神族という種族が一体どのような種族なのか。ふわっとした印象でも構わないさ。何か思うところがあるならば、是非とも教えて欲しいんだが』

『あえて有るとしたら、それは「うらやましい」……だろうね』

 と、答えたのは(せき)のパフ。

『我々よりも技術水準が高い。それはつまり、研究をする土台があって、そしてそれを可能とするだけの資源があり、人員も足りていると言うことだからな。もちろん神族は我ら魔族の同胞を数多く殺しては居るが、ベルガの工房は概ね似たような感想だと信じている。憎さよりも、羨望が強い――』

 そんな言葉が真相を突いているからこそ現状があるのかもしれないな、とふと思う。

 種としての危機。

 場合によっては滅亡もありうる。

 そんなことを理解はしていても、いまいち実感できていない、みたいな。

 ベルガは生産都市であって戦場ではない。だから実際にどんな形で前線が形成されているのかも、わからないのかもしれない。

 僕たちがそうであるように。

 結局これ以外にもいくつかを聞いて状況を確認、地図もちょこっと更新したりしつつ解散と相成ったのだけれど、

『ところで魔神様。……その、この城の設備が、以前とがらっと変わっているのですけれど』

『ああ。便利なほうが便利だから。そういう風に作り替えた』

『…………』

 上下水道の概念について深く聞かれたので一応答えておいた。

 もしかしたらベルガにも水道が用意される日も、そう遠くないのかもしれない……とか考えつつも、部屋に戻り、洋輔と相談事を再開する。

「魔族としてのデフォルト認識があれだとすると、これ、やっぱり勝ち目が大分無いよね」

「だな。……まあ生産都市ベルガだ、あそこが攻め込まれるなんてことは『あってはならないこと』でもある。だからこそ危機感が薄いとか、そういうのはあるかもしれない。あるかもしれないが……」

 洋輔としても分が悪いと思っているらしい。

「神族次第だな、結局」

「うん」

 経に戻るとき、パトリシアから捕虜とした神族の移送の続報があった。三日ほどで到着するらしいので、地下にあった簡単な牢屋をきちっとした独房にしておいた。それなりに広いしどんなに暴れられてもまず脱出はできないよう、完全耐性も付けてある上、どんなに叫んでも意味が無いようにコーティングハルによる完全防音もしてあるので安心だ。

「…………」

「……いや、拷問はしないよ?」

「…………」

「……本当だから。僕はそんなバイオレンスな趣味持ってないんだから」

「いやあそりゃ解るんだけどさ……でもお前、血が好きだろ? ちょっとでも出血しだしたら止まらねえんじゃねえの?」

「洋輔の中での僕の評価がなんだか急に落ち込んでる気がするんだけど……あれ? 僕、何かまずいことした?」

 特に身に覚えは無いんだけど。

 なんでだろうか、と考えていると、洋輔は少し躊躇って、けれど結局は棚にあった猫印のマグカップを投げ渡してくる。

「俺としても気になってこのところ調べてみたんだけどな……お前がベルガに行ってる間に聞いてみたりもして。それで判明した事がある」

「うん?」

「この世界には『猫』がいない」

「…………」

「『猫』という存在が少なくとも魔族の勢力圏には存在しない。犬とかイタチは居るようだがな。イルールムがそのマグカップとかに付いてる『動物の模様』を見て、『それは何のシンボルですか』みたいに聞いてきたのがきっかけ……あいつら、『猫』を知らなかったんだよ」

 猫が居ない世界……?

 え、いや、そんなの許されるの……?

 確かに考えてみればこの世界に来てから一度も野良猫と会ってないなあとか、猫グッズも売ってないなあとか、そういうのは思ってたけど……。

「さて、ここで一つ疑問だ。お前から猫を奪ったとき、お前が『満たされる』のってどういうものがある?」

「猫が無い世界なんて滅んで良いんじゃない?」

「いやこのまま滅んだら俺たち帰れねえぞ」

 それは困る。

 そして猫以外で僕が趣味というか、ストレス解消というか、キャットセラピーの代替にできうるものか……。何かあるかな……。

 いや一つあるんだけど……、たぶん明確にすごく気が楽になるもの。

「ブラッドセラピーなんてものは認めねえからな俺は」

「だよね」

 でも血なんだよねそれ。

 猫と戯れることができない以上血まみれになるのが一番僕としては手っ取り早いリラックスなんだけど、うーん……。

「そういう理由もあってな、お前が尋問を始めたつもりで終わってみれば拷問でしたとか、そういう事になるんじゃねえかと俺は不安なわけだな」

「洋輔の不安もごもっともだよね。僕も今、自分が不安だもん」

「だろ?」

「でも今回は我慢するよ」

「今回は……?」

「神族の捕虜からどの程度の情報が得られるかにもよるけれど……それと、ついでにリオがどの程度の情報を前線から持ってこれるかにもよるけれど、どちらも不足するようならば、ちょっと前線の城に行ってこようかと思って」

「…………」

 リオが急ぎでも一週間はかかるらしい。

 ならば僕が全力で急げば三日弱で着くだろう。

 僕一人じゃ空は飛べないけれど、疲労は無視できるし。

「場合によっては敵城をいくつか落として情報を無理矢理集めるとかも視野に入れてるよ」

「そりゃあ、情報が全くないよりかはいいけれど……。でもなあ。現状で神族がこっちに全力を向けない理由が『油断』とか『慢心』にあるならば、お前が敵城を落とせばそれが解ける。そうすると魔族は更にピンチだろう、色々と困るのは俺であってお前だぞ」

「ああ、そっか……。洋輔的に、僕の前線入りはやっぱり無しかな?」

「積極的に是とは出来ねえな。けど……」

 それでも場合によっては、と洋輔は区切って天井を眺めた。

「お前が前線に入ることで得られるメリット。少なくとも佳苗がいる城は陥落しない。神族がどんだけ攻め込んでこようと、『相手が生物で有る限り』お前の敵じゃ無いし、『相手が生物じゃないならば』もっと楽になるだろう。それに報告から得られる情報と違って、お前が直接あらゆるものを見聞きする以上、感覚共有で俺もそれを直接見れるようなもんだし、か……」

 ちぇ。

 メリットの方が多すぎる、と。

 洋輔はそんなことを呟くと、そのまま一緒に悪態を吐いた。

「俺のほうが戦闘向きの筈なのにな。それにお前なら万が一がないとは解っていても危険な場所に違いは無いし、諸手を挙げて賛同できる行為でもねえ。なのにそれが最善なんだろうな……いや、最善はお前が行かずに済むことか」

「使わないで済むならそれに超したことが無いジョーカーって感じだからね」

「だな。……ま、やっぱり捕虜待ちか」

 その通り。

「にしてもまさか、この世界に猫がいないだなんて……。なんでだろう」

「いやあなんでもなにも、そもそも異世界だぞ。人間すらいるかどうかわかんねえ。犬や狼の類いがいたからとしても猫がいるとは限らねえだろ」

 それもそうだった。

「魔族の勢力圏に居ないってだけで、実は神族の勢力圏の最奥部に生息してるとかはあるかもしれないもんね。まだ諦めるのは早いか」

「おう。…………。ちなみにお前、捕虜から猫の存在が確かなものだと把握できたとき、そしてそれが神族の勢力圏の最奥部にしか生息していないと言うことが解ったらどうする?」

「どうするも何も遊びに行くに決まってるじゃない」

「いや敵地のド真ん中ってレベルじゃ無いんだが?」

「制圧前進あるのみでしょ?」

「どうやって」

「えっと……」

 どうやって、と改まって聞かれると難しいな。うーん。

「……そうだね、方法は洋輔に任せるよ」

「…………」

 ものすごいジト目で見られた。

 いや方法は思いついているんだけど、後先を考えない方法になるんだよね。

「まあお前なら『その方法』もとれるだるが、やめておけよ。そんなことをするくらいならもっと効率的なことがある」

「それは?」

「取引だよ。捕虜交換で捕虜を帰すから代わりに猫をよこせと要求すれば良い」

「洋輔」

「ん?」

「天才!」

「…………」

 皮肉でも何でも無く素直に褒めたのに、洋輔はというと頬を引き攣らせていた。

 ううむ。良い案だと思ったんだけど。

 とりあえず猫が神族の勢力圏にいるかどうかは確認しないとな。

「……なあ。佳苗。一つ思ったんだけど」

「うん?」

「もしも、もしもだぞ? 神族のそこそこ大きな勢力として『猫』が居たら、お前、戦えるのか?」

「…………」

「というかその場合お前裏切るよな?」

 …………いや。

「いや大分間が開いてたぞ。あと声にも出てねえぞ、その否定」

「いやいや、そうじゃないよ。ほら。別に魔族の味方をすることがかならずしもこの世界から元の世界に帰るためのフラグじゃ無いから」

「おい裏切り宣言」

「冗談はさておいて、でも、スパイは欲しいよ。神族側の情報が捕虜から得られる物だけって、やっぱり少ないし……捕虜になるような神族が、神族の勢力としての機密情報を知っていたとしても、それは最新の情報ではなさそうだからさ」

「……まあな。神通力……の正体も見極めてえし」

 そういうことだ。

 ま、僕は少なくとも無理だろう。魔族判定されるに違いない。

 洋輔はその辺微妙なラインに立ってるはずだけど……。魔神として呼ばれてる以上、やっぱりダメかな。

「それに対策ができるかどうかも確認しねえとな……いざとなれば神族の捕虜を懐柔してスパイにしてしまうってのもアリだが、リスクもな」

「そう、だよねえ……」

 捕虜を懐柔することで、スパイにする。

 絡め手ではあるけれど、定番でもある。相手、神族側も警戒はしているだろうし、していなかったとしてもこっちの仕掛けが露見した際、スパイとしている神族がこちら側の情報を喋らないとも限らない。そう考えるとリスクがでかすぎる。

「最悪、造っちゃうしか無いんだけど……」

「知性体を造るのは、どうもなあ……」

 錬金術を使えば肉体を造れる。

 魔法を使えば魂魄を造れる。

 二つをあわせれば、人間だって造れてしまう……ただし。

「偽造は所詮、偽造。イミテーションはいずれ破綻する。応用基礎(ファジーライズ)の導入を踏まえたとしても、結局は先延ばしに過ぎない」

「その先延ばしが数十年から百年って単位で出来れば、ほとんど文句は無いんだけどね」

「まあな。でも現状ではそこまでは延長できても無いだろ。実験したことねえけど」

 洋輔はイミテーションという魔法を蛇蝎のごとく嫌っている。

 そもそも苦手分野ということもあるのだろう。けれどそれ以上になにか、あまり良くない思い出があるそうで、それが理由で使わないで済むならばそうしたいと、常々漏らしていた。少なくとも人間は、造りたくないとも。

 僕だって作りたくない物は作りたくない。だから洋輔の気持ちは分かるし、それは可能な限り尊重したい。だから……ん、いや、そっか。いや、そうなのかな? どうだろう。

「…………」

「……なんだ?」

「イミテーションはいずれ破綻する……」

「ああ」

「イミテーションじゃなければ……?」

「…………?」

 どういうことだ、と洋輔が視線で訴えかけてきた。だから僕は端的に答える。

「冬華」

 ただ、その名前だけで。

「…………」

「…………」

「……悪魔のような発想だな」

「もちろん通用するかどうかは解らないよ。そもそも神通力が何を持って魔族と判別してるのかが解らない……色別と同じような害意による判定であるならば、多分この方法じゃ無駄だ」

 けれどもしも種族的なもの、たとえば遺伝子情報だとか、あるいは神族にしかない、魔族にしか無い特殊な何かに対しての判定であるならば、通用する可能性が出てくる……必ず通用するとは限らない。

「試す価値は……どうだろうな。あるといえばあるが、外法だろう、それは」

「……うん。そうだよねえ」

 けれど手段は手段で違いない。

「どちらにせよ捕虜の尋問が先。それ次第だけど……。その尋問結果の報告も兼ねて、その場で提案することになるかもしれないね」

「そうならないで欲しいもんだぜ」

 全くだ。

「でも材料は集めておこうっと」

「……ん」

 外法。

 それはアニマ・ムスの杯による『正常な』魂魄を、別の身体に入れ直すという発想。

 やらずに済むならそれが良い。けれど、もしもそれが必要ならば。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ