10 - それでも方針を定めるために
『魔神さま。魔王府令による出頭命令により、ベルガの街から八人が参上いたしました。現在、一階の藤の間にてお待ちです』
藤の間。というとたしか待機室みたいな所だっけ?
まあいいや。
『三階の会議室につれてきて。僕と洋輔もすぐに行く。適当に座らせておいて』
『かしこまりました』
扉越しにそんな会話をして、僕はと言うとベッドでぐうぐうと眠りこけている洋輔を文字通りに叩き起こす。洋輔はもの凄く不服そうな表情を浮かべ、それでもやれやれと何かに納得したようでふぁあ、と大きな大きなあくびをした。
僕とは違ってとても寝起きが良いよなあ。
「まあ起き抜けの猫みたいなお前の寝起きと比べりゃ俺はまだしも犬だからな……」
「いやその例えはわかりにくい……」
あと洋輔、僕のことを悪くいうのはいいけれど、猫のことを悪く言うならば許さん。
なんてどうでも良いことはさておいて、二人して適当な服に着替えを済ませて、一応例の剣も抱えて部屋を出る。
なお、部屋には結局鍵を三重に掛けておいた。別にアンサルシアもイルールムも、他の四人にしてみたって勝手に入るようなことはしないだろうけど、念には念を入れて間違いない。
階段を上って三階の会議室へ。
がちゃりと扉を開けて中を見る――扉が開いたことに気付いてだろう、こちらを見る十人がそこにはいた。
十人といっても、内の二人はアンサルシアとイルールム。
残りの八人もほとんど全員に見覚えはある。
『初めまして……の人は居ないはずだよね。ここに着てくれた八人とも、僕とは一度会っている。けどまあ、改めまして初めまして』
すっと近付いてきたイルールムに剣を渡し、僕は洋輔と共に円卓の、十二時に当たる席へと座る。この席だけ二人で座れるようにしてあるのは、まあこうなるだろうという予測の上である。
『本当は別の名前があるんだけど、ここはアンサルシアたちが呼んだ名前で名乗っておくことにしよう。僕は「つくりかみかなえ」』
『なら俺もそれに合わせるか。「うせのかみようすけ」。俺たちは二人ともに、魔神と呼ばれている……さてと。ここまでで異論がある奴はいるか? ……いないのか』
それはそれでなんだかな、と洋輔は呟いた。
たぶんアンサルシア達が先に説明を済ませていたのだろう。
『ベルガから要人を招いたのは他でもない。魔族の状況を鑑みて今後の方針を決める上にあたって、どうしても物資の確認が必要だったからな、俺が佳苗を通して頼んだ。物資の確認とは供給、需要、そして品質に技術力。この全てだ。この城にある情報だけじゃあ戦略の立てようも無い。片っ端から聞かせて貰うが、片っ端から答えて貰うぜ。ここに呼んだ八人にアンサルシアとイルールムを含めた十人全員で互いに言葉を検証しあえ。少しでも「その説明は違うんじゃ無いか」と思ったならば指摘しろ。今ここで必要なのはベルガという街の繁栄でもなければお前達が持つ工房の発展でも技術の革新でも無い。「正確な現状の把握」だ。解らないならば解らないと答えてくれ。誤魔化しだけは勘弁してくれよ』
けれど、そんな洋輔の言葉に多かれ少なかれイラッとしているのが三人ほど。
残りは『意図を図りかねている』……かな。
『それじゃあ最初の質問だ――』
集まった皆に対して洋輔が行った質問は大きく五点。
流通と出生率、兵の装備、現状の魔族がどんな状況にあるのかという認識と、最後に神族という存在についてである。
一気に答えろというのも無理な話なので、順番に回答を貰うことにした。
まず第一に流通。これに答えたのは木の代表、凶兎のペトロだった。
『流通、ですか……。ベルガは「既存の技術で様々な物を創る工房の街」であって、それだけなのです。流通に関しては流通都市イリアスに聞いて頂いた方が良いかと』
ちなみにその流通都市イリアスというのは、この魔王の城から南方面にあるらしい。なんでも大きな川沿いの街なんだとか。結構水路の活用はしているようだ。
もちろん全くの無回答というわけでもなく、例えば武器や防具、医療品、生活用品などの生産量は教えて貰った。それぞれ適当にメモをしていくことに。
第二に出生率。これはベルガよりもイルールムのほうがよっぽど詳しかったようで、イルールムが回答をしてくれた。
『毎年、年明けの行事の際に各種族ごとに新たな命、あるいは喪われた命についても計算は続けています。直近の十年では横ばい、微減という傾向があります。詳しい数字のリストを作成し、七日中に提出でよろしいでしょうか』
洋輔はその提案に納得したようで、満足そうに頷いた。
第三に兵の装備について。これに答えたのは雷の代表であるウォールと、石の代表であるパフの二人だった。とても妥当だ。
『前線で使われている武器や防具の九割近くはベルガの物だ。もっとも、主に下士官、兵士が持つ物という意味だけれど。上位の者達はそれぞれ個人で、よりよいものを調達するからね』
『よりよいと言うとベルガの物が悪く聞こえるけれど、そうじゃない。そちらの魔神様は直接見ている分解って貰えると思うが、ようするにベルガが創り供給するものは量産品なんだ。超等品を創るのは「炎」くらいだよ』
洋輔がちらっと確認の視線を飛ばしてきたので、僕は素直に頷いた。
『うん。確かにそんな感じだった。少なくとも武器防具に関しては、全体的に高めの品質を維持していたと思う。だからこそ気になったんだけど、ベルガでは鉄製品はあまり作ってないのかな?』
『鉄鉱石の加工には極めて高温の炉を準備しなければならない事もあってな。そうそう簡単には作れんのだ。それに技術力の問題もあるし……ベルガでは「炎」の翁以外では趣味の範疇だな。雷にせよ石にせよ、研究は進めているが量産はちょっと……』
『一定の品質を確保し、ベルガとして鉄の加工品を量産して前線に十分な量を供給するには、どんなに早くても十年はかかる、と、ベルガでは考えている』
最後にそう締めたのは翁だった。
十年。ここでも十年かあ。
『どんなに早くても、の条件は?』
僕が感慨に耽っていると洋輔が突っ込み、翁に変わって答えたのは若。
『現状での生産目標を削減して欲しいのです』
『どのくらいだ』
『最低でも、六割』
若の言葉に、ベルガから来た他の七人は何のリアクションも起こさない。
つまりそれがベルガとしての共通認識なのだろう……けど、いきなり六割も生産量削減って。大胆な要求をするなこの人達。しかも最低でもそれなのだ、許されるならもっと減らしたいってことだよな。
『六割ねえ。理由は?』
『現状製造している青銅製のものと違い、鉄鉱石の加工を行おうとすると炉を作り替え、安定させるのが必須条件になる。炉を作り替えるということは一度壊すと言うことだからな……その間は何も作れん。もっとも、工房はそれぞれ複数の炉を抱えているから、それを一つずつ変えて行くことになるだろう。四割ならば、かなり大変だがなんとか製造は続行できる……但し、品質的には多少下がるかもしれないが。現状の品質を維持するならば、八割減はしてもらいたい』
八割って。
ほぼ供給ストップってことじゃん。
『以前、魔王様にその点を相談したことがある。神族が近頃鉄を使い始めていることは解っていた、だからそれに対抗するためにもこちらも鉄の加工技術を標準化するべきだと。幸い魔族の勢力圏には鉄鉱山も多く資源には困らなかったからな。だが、いざ鉄に以降するとなると生産量の劇的な減少が起きる。その事から結局、魔王様は決断できなんだ』
『ベルガとしてもまさか兵を裸で敵前に出す訳にもいかないしな』
『色仕掛け……?』
『…………』
『…………』
『……魔神様?』
しまった、言葉に出ていた。
『あ、いや。なんでもない。なんでもないよ?』
『佳苗……あとで覚えてろ。……ふうん。しかし六割から八割か……。確かに早々に決断できねえな。追加で聞くが、その間はベルガ以外で補う、などはできないのか?』
『全く出来ないとは言いませんが、そうなると流通都市イリアスで品質の確認を行ってから発送……という形になりますな。今までと比べてかなり遅くなる上、品質もばらけるかと』
『だそうだ、佳苗。どうする?』
『僕は別に言うこと無いかな。洋輔の好きにすれば良い……戦略にせよ戦術にせよ、それを考えるのは洋輔に任せるって言ったはずだよ』
『そうかい』
そうなのだ。
『こちらから条件を出す。その条件を守れ。その間にベルガでは鉄加工を完全に習得しろ。期間は長くて八年だ……それまでの間に技術を習得し量産まで確立させて貰う。この期限は「もっとも遅くても」だ、早くできるなら早くやれ』
『……詳しい条件は?』
『こっちで用意している規格で大きさ……長さだな、長さや重さを統一して貰う。単位の概念はあるだろう? その単位の打ち方を変える。こっちで調べた感じだと、ベルガ以外ではほとんど精密な単位も無いようだからな』
その通り。そのベルガだってそこまで精密じゃあ無いのだ。
『もちろん混乱が起きることは予想されるが、鉄への転換には炉を作り替えるところから始めるんだろう? ならばその段階からやっておけ。その方が後々楽になる』
『し、しかし……、そのような規格を設けたところで守れなければ意味が、』
『そんな基礎的な規格すらも守れていない物がなぜ検品を通過できるんだ』
『…………、』
『言っておくが、俺にせよ佳苗にせよ、適宜確認は入れるぞ。当然それらに違反が発見されれば最初は魔王府令で命令を出すことになるだろう。それが何度も続くようなら潰す。それだけだ』
洋輔は乱暴だなあ。
それでも「出来ない」とは言わないあたり、ベルガの底力は確かなのだろうな。
けど同時に疑問にも思われているようだ。
『……条件は、それだけですか?』
『ああ。それだけだ』
『失礼ながら魔神様。その期間中、ベルガは一切の生産能力を失うに等しい。とてもじゃないが前線が持たないのではないかな』
翁の問いかけに、洋輔は僕の頭をぽんぽんと叩いた。気軽に叩かないで貰いたい。身長が縮みかねん。
『その間は僕が補うよ。「つくりかみ」、その片鱗はベルガの城壁でも見せたと思うけれど、そうだな。……うん。ここはこうしようか』
円卓の中央を指さす。そこにはまだ、何も無い。
皆の視線が集まったところで、その中央あたりにピュアキネシスで半透明の箱を十箱創って――
『たとえばここに居る僕たち以外の十人が着ている服を、』
――ふぁん、と。
十個の音が重なった時には既に、それぞれの箱にそれぞれ違った色の布が入っている。
『こうやって再現できちゃうわけだ』
『これは……手に取っても?』
『うん。というか持って帰って良いよ、それ。箱は消えるけど、服は消えないから予備にでもするといいんじゃない』
僕がそう言うと、若がおずおずと箱の中に手を伸ばし、中から若が今着ている服と全く同じものを取り出し、難しい表情を浮かべた。
(つーかお前、錬金術で複製は出来ない……んじゃなかったっけ? 今思いっきり複製したよな?)
いや厳密には複製してないよ。
完全エッセンシアの完全代替って性質を使ってまず材料を確保。
で、錬金曖昧術と錬金転写術、錬金換喩術という応用をそれぞれ絡めることで、完全エッセンシアを材料として、錬金曖昧術で錬金転写術の制限を曖昧化、転写の方向を効果じゃなくて形に指定。最後に錬金換喩術を使って完全エッセンシアを本来の材質に換喩で、『全く同じものを新しく創った』だけだ。
(なるほど解らん。もっと解りやすく言え)
コピーしたんじゃなくて写経したのだ。
(解りやすくはなったがなんで写経なんだよ)
いやなんとなく。
ま、複製じゃ無いからこそ改善とか機能の追加とかもできるし、逆に複製じゃ無いからこそ、本当の意味で完全に同じものを作る事は出来ないんだけどね。
それが出来るのは重の奇石の効果なんだけど……それだと元々の品物を一度作り替えちゃうことになるからな。
(その話を聞く度に思うんだよな。それ、実は佳苗が思い違いしてるか、あるいは先入観でできないと決めつけてるだけで、もっと簡単な応用とかでできるんじゃねえの?)
いやあソレは無いと思うよ、冬華も特に指摘してこなかったし。
(いやあいつはお前にこれ以上錬金術で好き勝手させるわけには行かないとか思ってたんじゃねえの?)
…………。
否定しきれない……。
冪乗術とかも聞くまで教えてくれなかったしな。
ちょっと検討してみようっと。
『さてと、それを踏まえてだ。ベルガが鉄の加工技術をなんとかするまでは僕がその製造ラインの「代替」はするって約束しよう。でも、僕も鉄の加工技術に詳しいわけじゃ無いから……そのあたりは頑張ってそっちで習得して欲しい』
『……かしこまりました』
不承不承って感じだな。
そんな力があるならもっと使えとでも言いたげだ。
釘を刺すべきか、と思ったら、
『若。若。失礼ですよ』
と、それまでは黙っていたワズラが口を開いた。
『そもそも魔神様たちが存在できていること自体が奇跡のようなものよ。いつまでも魔神様たちの庇護下にいられるとも限らない。魔神様にお願いすれば、きっといろいろな物を創って下さるでしょう。けれどそれに私たち魔族が慣れた後、魔神様達が居なくなったら? そうなればもはやベルガでさえも技術を失っているかもしれない。新たに物を作れるものが居なくなる……即ち、文明が喪われる。魔神様達が危惧しているのはそういう事に違いありません』
ごめん、ワズラ。
ものすごい評価を貰っておいて悪いけど、そして確かにその意味もないわけじゃないけれど、どっちかというと単純にめんどくさいの意味合いが一番強いんだ……いや都合の良い誤解だからそのまま誤解しておいて貰うけれど。
洋輔も同感のようで、深く掘り下げること無く話を進めた。
『じゃあその部分も踏まえて、四番目の質問に答えて貰おう。現状で魔族が置かれている状況を皆はどう考えてるんだ? それ次第で俺たちの対応も変わるんだが……』
と。




