09 - 戦術戦略なんのその
剣を握る。
『理想の動き』でセットするのは、剣を振る、ただそれだけ――但しその裏で、あの雷を思い出す。
けれど剣を動かし始めた時点で、その異変は起きた。赤い稲妻がばちっと走ったのだ。
……うん。
これがこの剣の本気か。
そんなことを思いながら、剣をきちんと振り抜きに行く。
空気を切り裂く旅に赤い稲妻はより色を濃くより太く、そしてより鮮烈に輝きを増し、なのに不思議とその稲妻は『眩しくは無い』。むしろ周囲よりもうっすらと暗く見えて、だからこそ、その『赤』は真っ赤ではなく、深紅のような――血のような赤色になる。半ばほどまで振ったところで、既に剣の刀身はまるで血の海に浸したかのような赤一色になっていて、さらにそこから稲光があちこちへとはじけていた。
そして、振り抜く。
刀身から鋒に向けて赤がぎゅうっと一気に凝縮され、そして『細いのに太い』、そんな奇妙な線が直線上に敷かれると、直後稲妻がバチバチバチバチと音はなく、ただその稲光によってその線から伸びてゆく。壁にぶつかっても、まるで何に触れた様子でも無く、そのままその稲妻は進んでいた。
理想の投影として、僕はその着弾地点を『でっち上げた建物の中央』にしていたからだろう、その赤い稲妻は急なカーブを描いて地面に直撃し、ギリギリ建物の外側までを範囲とした半球を形成。半球の中には絶えず赤い稲妻がバリバリと乱反射し続けていて、それがようやく止まったかと思えば半球は一気に萎んでいき、最終的には幅直系三メートル、高さは計測するのも馬鹿らしいほどの円柱を空に突き刺した。
ここまで来てようやく、本来の音が後を追うように鳴りはじめる。バリバリ、じりじり、という稲妻の音が、すすすすずずずという剣の刀身を移動する音が、そして放たれた後の轟音が、明確に遅れてやってくる。
もともとでっち上げた物だったとはいえ建物は完全に消滅し、なんとも不毛な更地になってしまっている。
完全エッセンシアの完全耐性でも耐えられるか不安になってきたな……。
『……実際に見てみるとなんとも奇妙な感覚だな。音がすっげえ遅く感じる。遅く感じるけど、決して音が遅くなってるとか、テンポが遅れてるとか、そういうわけじゃあ無い。お前が剣を振る速度が速すぎるってのが一つ目で、それ追従するかのようにその剣気だっけ? 雷とかの効果も「速すぎる」んだ。まあなんとか認知できないこともなかったが……。パトリシア、見えたか?』
『……お恥ずかしながら、その、剣を振ったことはかろうじて、うっすらと。しかしそれと同時にあの赤い柱が出来ていましたから……』
『ん、ああ、そうなの?』
なるほど、音が遅いんじゃなくて映像が早すぎるって事か。納得。
僕がその映像を鮮明に見えていたのは……『理想の動き』で時間認知間隔まで変更されてたって事かな。思ってた以上に融通が利くというべきか、あるいはそのくらい神経が研ぎ澄まされている剣士の一閃でなければ本来は出せないのか……後者かな。
『で、二人の意見を聞きたいんだけど。今の、一応雷だとは思うんだけど、本当にそれだけだと思う?』
『……私には、なんとも』
パトリシアは早々に降参を宣言。一方で洋輔は少し考え込むと、んー、とうなり声を上げていた。
『俺も雷属性だとは思う。けどそれだけじゃねえな。熱とか風とか色々と混ざってる。ただ、それは雷によって付随した効果をさらに巻き込んだだけで、本来の効果はパトリシアが見せたような「雷撃」なんだろう。ただ一定以上に扱いこなせると、そうなるってだけでな』
『概ね同じような考えか』
『ああ。それに補足するならば、恐らくその雷がおかしくなるのはお前限定だな』
『なんで? 別に技術的な事なら、この世界にだってよっぽど凄い人がいるかもしれないじゃん』
『そりゃ探せば一人はいるかもしれねえけど、あんな雷にはならねえよ。あれはお前の性質がモロに絡んでる。「複合」っつーか「乗算」つーか……』
なるほど、僕の錬金術に対する適性がそのまま働いた、と。
実際はともかく少なくとも洋輔はそう読み解いた……ま、洋輔の解析力から言えば間違ってるとも思えない。たぶんそうなのだろう。
『正直、ありゃ多重式でも防衛魔法じゃ防ぎきれねえな。さっくり貫通されそうだ』
『でもさ、あれ、殆どビームみたいなものだったし。ビームには対抗策があるじゃ無い』
『水蒸気とか煙とかな。となると防衛魔法を面じゃなくて塵みたいにして……究極的な多層構造ではあるが、練習が必要そうだな……。パトリシア。その剣気とやらで佳苗がやったみたいな効果を引き起こすのはよくあるのか?』
『いえ。歴史を掘り返してもそう無いかと』
『だそうだ。お前が変』
うん、まあ洋輔に言われるならば本望だ。
『とりあえず完全耐性、試してみるか』
『そうだな』
建物のマテリアルは……、さっき使ってた石とかは無くなっちゃってるんだよな。
仕方が無いので足下に転がっていた小さな石をベースにふぁん、と作成。
品質値を30000に固定する天の魔石の効果、そして完全エッセンシアによる完全耐性の付与も済ませておいて、さて、もう一度。
今度は時間認知間隔も意識しながら、剣を振り抜く。
赤い稲妻はさっきと全く同じようなもので、その間、時間認知間隔に変更がされていることを改めて自覚。さすがは洋輔。僕だけでもいずれは気付いただろうけど、しばらくは気付かなかったに違いない。あんまり気にしてないし。
そして赤い稲妻は建物へと直進しその壁にぶつかると、壁に水鉄砲で赤い水をぶつけたかのように赤い稲妻が建物の周囲を走って行き、建物を包み込むようにまたも赤いドームは形成されてバチバチと稲妻が走り回ってはいたけれど建物には多少疵がつく程度で、最後に柱が形成されたとき、その柱の中心点にあった建物の屋根が若干焦げたようだ。
けれど、建物それ自体が負ったダメージはその程度に過ぎず、そして建物の中についでで設置しておいた猫を模したピュアキネシスには一切ダメージが伝わっていないことを確認。
「お前は時々猫に厳しいよな」
「そうでもないよ。やばかったらすぐに消すし」
「ああそう……」
ともあれ、完全エッセンシアによる完全耐性ならば赤い稲妻としての顕われる剣気も、ほぼ防げるようだ。伊達に『完全』と名乗っているわけじゃない。
『自動修復とかも付けておけば、連発されない限りは最低限の強度を持てそうかな』
『それで最低限と言われた日には神族も泣きたくなるだろうな。まあその拠点を奪われれば逆にこっちが辛くなる』
『いや所詮は完全耐性だから』
『…………。やっぱりお前がいるだけで色々と戦略とか戦術とかが意味を無くしていく気がする……』
今更だろう、それは。
とか漫才をやっていると、
『あの、魔神さま。結局この建物はどうされるのですか?』
といったごく普通の問いかけされた。
そりゃそうだ。
『薬草という道具を創るための用地にしようと思う』
『薬草……ですか?』
『うん。色々と加工のしがいもあるんだけど……ちょっとした怪我なら、薬草と一緒に巻き付けておくと十分そこそこで治せるんだよ。時間は凄い掛かるけど、骨折だろうが切断だろうがね』
『へ?』
当然の反応が却って新鮮なんだよね。
ポーションの投入もこれは後回しにした方が良いかな?
(そうかもな。思った以上に影響するかもしれねえ)
でもなあ。今は前線でちょっとでも時間稼がせたいんだよね。
(まあそりゃそうだけど……)
悩み所だ。ベルガの道具屋と相談かな……。
内心でのそんな相談事とは別に、僕は建物の中へと歩みを進める。
パトリシアはそんな僕の後を付いてきて、その後ろには洋輔と縦に連なった。
ついでなので品質値も確認、雷の直撃を受けたところは流石に落ちているな。あとは赤い柱が立ったところとかドームでバリバリやられたところとかも。でもそこまで派手に品質値が落ちている感じでも無い。五十回程度ならばメンテナンスフリーで耐えるだろうし、自動修復の効果を付けておけば僕でも骨を折るだろう……まあそれでも押し切れそうなので、頼り切るのも問題か。
建物の大きさは概ね、東京ドームと同じくらいにしてある。見た目はどっちかというとアリーナなんだけど……まあそのあたりはトレードオフで。三重の扉を通った先は、時間にかかわらず常に明るい場所だ。
『ベルガの人たちとも相談するつもりだけど、その薬草を栽培するに当たって人手を使えるか、パトリシアにわかるかな?』
『この用地全てで育てるのでしょうか』
『育てる……というか、まあ栽培するというか。うーん。まあ育てるの認識でいいや。用地全体ってわけじゃない。この辺の一区画、全体の四分の一くらいかな。残りは各地に運ぶための箱に詰めたりするのに使うつもり……薬草は条件が整っている限り、延々増えるから、ボトルネックになるのはむしろその輸送の部分だ』
さて、建物の内装については、ドアの内側、用地として準備した部分んは特にこれといった特別な内装は施していない。
使っている照明も灯りの魔法を錬金術で固定化したものなのでスイッチの概念は無し。インフィニエの杯を埋めて電気を使う事も考えたけど、それは魔族がせめて蛍光灯を作れるようになってからの方が良いという判断を下してる。ましてや四六時中ここで生活するわけでも無いし、消灯の必要も無い。むしろ一日中付いている方がシフト制とかで昼夜を問わずに働けて良いだろう。
(お前が社長になると典型的なブラック企業になりそうだな)
失敬な。病気をしようと怪我をしようとその場で完全に回復できる、この上なく幸せな環境だと思うけど。
(まず病気や怪我をさせない努力をしようぜ。それに気力とかの面はカバーできねえだろ)
いざとなれば精神的なテンションを向上させる薬品を投与すれば良い。
(投与って言葉の辞典で分かってるとは思うが違法だからな)
違法薬物は使っていないのでセーフ。
(検出されないにしてもアウトだ)
残念。
まあさすがにそこまでするほどの事は無いだろうけど、たしかに僕ってあんまりリーダーには向いていないんだろう。思考が危険だし。
『輸送面もなんとかこっちで改善したいんだけど……。ま、あんまり期待しないでね』
『かしこまりました。そして人員ですが……、ベルガ次第ですね。翁の気を引くことが出来れば相応以上に人数は取れると思いますが』
『あえて機嫌取りをしようとも思ってないから、その辺はあの人がどう考えるかだなあ……。ああ、そうだ。今、魔王城に居る僕と洋輔を除いた六人……パトリシアも含めてね。その六人で持病とか怪我とかを抱えてるのは居たかな? リオが少し足を引きずってたような気もするけれど』
『ご明察です。リオは左脚を戦傷しています……もっとも、それでも未だにかの餓狼という種族ではトップクラスの快足なのですが』
『それ以外は?』
『そうですね。ハルクラウンが左目の視力を落としつつある……程度でしょうか。アンサルシア、イルールム、そして私は特にコレと言った病もありません』
ふむ。
『ノルマンは?』
『彼は慢性的に疲労感を訴えていますが、それくらいですね』
……過労かな?
あるいは顕在化していないだけで、こっそり病気かもしれない。
『分かった。六人にはきちっと働いて貰うためにも、ちょっと全回復して貰う事になるけど良いかな』
『はい?』
『怪我とか病気を一切治すって事。ただ、僕が創る薬にせよ洋輔のリザレクションにせよ、本人が「名誉」と思っているような傷も問答無用で治しちゃうんだよね……。そのあたりを踏まえて、大丈夫かどうかが知りたいんだけれど。魔族ってそのあたりに誇りを持つタイプなのかな?』
『それは、……個人差が強いので、私の一存ではなんとも。ただ、魔王城に詰めている六名は私を含めて、「個人としてのこだわりが無い」という点で共通している同志です』
あくまでも魔族というあり方にこだわりを守るのであって、個人や個々の種族としてこだわりはない。そんなところかな。
ならば悪いけれど治してしまおう。
『それともう一つ確認。今度連れてくるっていう捕虜の神族なんだけれど』
『はい?』
『それ、殺しちゃっても問題は無いんだよね?』
『…………、』
すう、と。
パトリシアは目を細めた。
『……全く問題が無い、とは言えません。しかし言い逃れは聞く範囲ですね』
『捕虜の取り扱い条項とかあるんだ?』
『いえ、神族との間にはありません。しかし魔族の中にも居るのですよ、神族とこれ以上関係を悪化させるわけには行かない、和平の道をたどるためにもこれ以上無益に殺傷は不可能だという者達が』
なるほど、穏健派も居る、と。
『ならば可能な限りでは活かすか……うん、いや、むしろ調べることを調べたら解放しても良いかもしれないな』
『相変わらずえげつないことを考えつくよな、佳苗は』
『そうでもしないと勝てない状況。なんでしょ?』
『……まあな』
だからやっぱり、しばらくは捕虜が連れてこられるのをまつことになる。
その間にベルガからの出頭もあるだろう、そこで超等品に関する情報をある程度集めなければならないし、ベルガには存在しない『上位技術』に関するデータも要求する必要があるだろう。
『パトリシア、俺からも一つ頼みがある』
『はい、なんなりと』
『ベルガから来る連中以外にも、「こいつは信用できる」……つまり、お前と同じように個人では無く、種族でも無く、魔族という全体に対しての感情を優先できる、その上で人物的にも信用に値するやつをリストにしてほしい。人数は……、そうだな、とりあえずで十二人。多い分には構わない』
『……それは、急ぎでしょうか?』
『ある程度は急いで貰わないと困るが、何もベルガの連中が来るまでにとは言わない』
『……かしこまりました。私の一存では決めかねますので、イルールムやハルクラウンにも作業をさせても?』
『うん。頼んだ』
そして僕が上位の技術に関するデータを要求するように、洋輔は信用できる味方をまずは要求した。
何をするにも人手と言うことらしい。
『洋輔版円卓ってところかな?』
『いや、そこまで明示的に担当を分けられるかは分からねえ』
『それもそうか。常駐させるなら部屋が要るね』
『んー。ま、その辺は追々だな』
それも、そうか。
過去作Tips:
円卓…白黒世界において開かれた、ある勢力において軍民学の全分野から最高格だけを集めた『最終的最高決定機構』。




