08 - 野鳥に餌を与えないで下さい
「それでおおよそのマテリアルは揃ったのか?」
「まだちょっと足りてないのもあるけれど……まあ、なんとか出来る範囲」
「そりゃ良かったと言うべきなのか、そりゃ終わったと言うべきなのか」
「便利なことは良いことだよ」
不便なことが悪いこととまでは言わないけれど、便利で困ることはあんまりないのだ。
ということで、なんだかんだと二日かかったベルガの訪問と探索を終えて、獲得した物品をその場で作った荷車で運び込んだのがつい数時間前のこと。
お風呂に入って人心地といったところで部屋に戻って、洋輔と情報を交換……まあ情報を交換するもなにも、基本的には共有領域もあるので、常時交換しているような物なのだけれど、まあ、確認は大事だ。
「で、洋輔。これ飲んでおいて」
渡したのは小さなグラスだ。透明な液体で満たされてはいるけど、二口分くらいしかない。
「ん……なんだ、水? じゃないよな」
「うん。液体完全エッセンシア。せっかくだから味はスポーツドリンク風」
「あっそう……お前は?」
「今飲んでる」
「ああうん……ならいいや」
で、液体完全エッセンシアとは何かというと、完全エッセンシアという錬金術的な終着点のような道具が存在し、それを液体化したものである。
別名は『人魚の涙』。不老効果というなかなかの効果を持つ薬なんだけど問題点も多かったので、あんまり積極的に作る事はしなかった道具だし、地球上でも本来のこの不老効果のために作ったことは一度も無い。
ましてや自分で飲むことだって初めてなんだけど、それはまあ、まだ僕たちは成長期。もうちょっと大人びてからで良いだろうと言うことである。
「いやお前の場合は身長だよなたぶん」
「あはは。きっと僕はこのあと二年三年でいっきに身長が伸びて、最終的には170センチくらいにはなるからさ」
「どうだろうな……」
「ならなかったらその時は身長を伸ばすし」
「それもそれでどうだろうな……」
というか不老と言えば聞こえは良いけど、流石にあの地球の現代社会においてそんな存在は悪目立ちするに違いない。
せめて大人になってからならば多少は『若作り』で誤魔化せるだろうけど、中学一年生という身体のままで固定された日には高校だって通いきれるかどうか。洋輔でも怪しいのにただでさえ小学生並とさえ言われる僕の体格じゃあかなりキツイと思う。
それに別に、僕たちは不老に憧れているわけでも無いし……。
今回、それでもこれを服用するのは、地球に戻る際は地球を去った時点での身体を前提に再生成される、つまりこの薬の効果が地球上には持ち越されないというのが一点目。
二点目に、この世界で『何かを成す』までにどの程度の時間がかかるか、現状では全く読めないと言う点が上げられる。案外すぐに終わるかもしれないし、数年程度では終わらない可能性だってあるだろう。
幸い、僕たちが暮らしていた世界、地球と比べると時間の流れ方が全く違うので、この世界では結構な長期間を行動してもほとんど地球上では時間が経過しない、逆浦島現象になる、みたいなことが契約にあったので、そのあたりはあまり心配がいらないのは救いと言えよう。
「俺にとっての救いはどっちかというと、異世界なんかにこないで住む普通の環境なんだけどな?」
「三度目の正直ともいうよ」
「そうであってほしいぜ」
二度あることは三度あるとも言うけど、まあ、今更だ。
「ところで、液体完全エッセンシアが出来てるって事は、完全エッセンシアももう作れたのか」
「うん。だから概ね、何でも作れるね。ただ、例の無限の魔力は意図して作るのは無理かなあ……」
「だろうよ。そうそう簡単に作られてたまるか」
簡単というわけでも無いのだ、数万回はトライしなきゃ行けない。
「それで洋輔、なにかほしいものがあるなら作るけど?」
「現時点では……ああ、三回のあの会議室をちょっと改装して欲しい。円卓、中央に地球儀っぽくこの世界の地図を出してくれ」
「それは良いけど、円卓形式で中央に地球儀って見にくくない?」
「え、そうか?」
「正面から見る人とその対面から見る人で裏表だよ」
「あ」
時々洋輔はこういう所で思慮が足りないというか。
結局地球儀は諦めて、普通の地図を設置することに。ま、土台を回転できるようにしたり、それと照明を同調させて色々と表示を追加できるようにするくらいかな。
本当ならば有機ELディスプレイを敷きたいんだけど……。
「流石にお前でも作れねえか」
「いや作るだけなら出来るし、簡単な発色の変更だけならばもう出来るんだけど……。さすがに地図を写すとか、タッチに反応して色を変え得るとか、そういうのは管轄外なんだよ。プログラミングが出来るわけじゃないから」
「…………。プログラマーだってまさかハードウェア、それもディスプレイの部分を設備無しの素材だけで作れるやつはいねえよ」
それはそう。
「そんで、どうしてベルガの街のお偉方は呼び出したんだ? イルールムがかなり困惑していたぞ」
「超等品について確認したいことが多くて。確認出来ればもしかしたら、錬金術で限定的に再現できるかもしれない」
「野良猫や野鳥に餌を与えないで下さいって感じだな」
僕は野良猫では無い。野鳥よりかはマシか。
「でも実際この勢力差があるんだから、使える物は全部使う意気じゃないとさくっと滅ぶよ? もちろん武器だけあっても兵がいないんじゃどうしようも無いけど」
「そう。そこなんだけどな、佳苗。ちょっと致命的な問題が発覚してる」
致命的な問題?
「兵力が割と、ギリギリのラインを割ってるんだ」
「ん……割ってるってどういう意味?」
「そのままの意味。取り返しが付かないラインまでは行ってねえけど、ぶっちゃけ『現状維持』すらもう先、限界点が見えてる状況って意味」
「…………」
「兵として運用するためには当然練兵が必要だってのは分かるよな。で、その練兵をするには、相応以上に熟練した兵が必要なんだが、そういう熟練した兵の数には当然限りがあって、前線維持で精一杯。それでも無理矢理拠出して、なんとか成立させているように見えるけど……まあ、もう破綻してるなコレ。長くても三年、おそらくはその半分でどうしようもなくなるぞ」
「なるほど……。それを解決する方法は?」
「熟練兵の不足が最大の問題に見えて、実際はもっと根深いところ、兵士不足って所もあるからな。無理に徴兵を重ねても魔族全体の数がすり減って、働き盛りの年代が消耗するだけだから……。理想は百年単位だが、せめて十年単位で時間稼ぎだな」
時間稼ぎ……、つまりそれは、
「攻め込まれない絶対的に安全な時間ってことだよね」
「そうなる」
「それが十年?」
「最低でも、な」
「…………」
「な、破綻してるだろ?」
確かに真っ当な手段じゃどうしようもなさそうだ。
方法があるとしたら……、うーん。
「防衛魔法で魔族の領域をぐるっと守っちゃうのは?」
「魔力が足りねえだろ。よしんばそれを実現できる魔力があったとしても突然そんなものが出来てみろ、神族側が何にもしてこないわけが無い。最初の数ヶ月くらいは時間が稼げてもそれだけで、最終的には『これ以上面倒ごとにならないようにさっさと叩き潰そう』ってなりかねん。実際お前ならそうするだろ?」
まあ、そうだけど。
「……後先考えないなら、無理矢理十年くらいならなんとかなるかもしれないよ?」
「……何をどうやって?」
モアマリスコールあたりの猛毒を大量に用意し、カプセルに投入しておく。
で、そのカプセルに洋輔の剛柔剣で移動エネルギーを与えつつ、僕が理想の動きの再生で微調整することで、疑似弾道弾にして神族の意思決定機関があるあたりを重点的に打ち込む。
神族が生き物であるならばそれで死ぬから結構な混乱を起こせるだろう。問題はこの方法をとる場合、神族との和平という方向性が絶望的になることだ。
「それに目覚めも悪いな。その場合は兵士に限らず色々と巻き込むわけだし」
「そうだよね……大量虐殺にしかならないか」
「うん。『そうでもしないかぎり詰み』って状況ならやむを得ないかもしれないが、現状ではそこまで酷い状況でも無い……それ以前に、そこまで絶対的な善悪が分かれているわけでもない」
ごもっとも。
僕たちは魔族によって魔神として呼び出された。けれどだからといって、僕たちが成すべき事、イコール、魔族を救うこととは限らない……。
「とりあえずは捕虜待ちだな。それまでは前線に向けて武具と薬品類を送って凌いで貰うしか無い」
「そうだね……」
ま、成すべき事は分からなくても、今やるべき事はふんわりと見えてきた感じがする。
城の周囲……うん、北に丁度いい感じの空き地があったな。
「北に広く薬草農地作るか」
「ああ、そりゃいいかもな。水源も用意しておけばそのままエリクシルと毒消し薬とポーション、毒消しポーションが自在に作れると」
「うん。ベルガで見た感じ、ポーションだけでもそれなりに役立つと思う」
全部エリクシルにしちゃう、とかもまあ考えたんだけど、やっぱりリスクがでかい。
「リスク……」
「僕たちが帰った後、供給がなくなったときに病人や怪我人がどう直すのか。当然医者を頼りたいけど、その時そこに医者はいるのか? 微妙なところでしょ」
「……まあな」
それに敵側に渡った場合、それもまた面倒な事になりかねない。
だから精々ポーションと、品質値を意図的に落とした毒消し薬を限定的に渡すくらいが限度になるだろう。
「薬草はそれなりに供給するつもりだけど……、いや、これもベルガと交渉しないと駄目かな」
「そうだな。そうしたほうがいい。お前が作る物は一度ベルガを通すべきだ」
「……そうは言うけど、超等品はまだ作れないしね、僕。そういう意味ではベルガが作れるものよりも劣るよ?」
「劣るって事はねえだろ。方向性がX軸に進むかZ軸に進むかってだけでY軸に突き抜けてる事は変わんねえ」
……なんだろう、完全に納得とまではいかないけれど、なんか納得できる感じに答えられてしまった。
というわけで閑話休題。
「他に必要なものは無い? あるならリストにしておいてくれれば、順次作っていくよ」
「気付いたらメモっとくよ。現状では特にねえしな」
「了解」
それじゃあやることも一段落だな。
ちょっと研究に入るか。
「研究?」
「うん。完全エッセンシアは作れるようになってるから、その完全耐性でこの剣の雷をどの程度防げるのか、調べておこうと思ってね」
「……城に風穴を開けないでくれよ。つーかついでだし、俺にも見せてくれるか」
「もちろん」
それじゃあ薬草農場の予定地でやるとしよう。
洋輔と一緒に部屋を出て、階段に向かうとパトリシアとすれ違った。
『あら、魔神さま。どこかにお出かけですか』
『うん。北にちょっと設備作ろうと思って……それでどの道場所を取るから、それならこの剣で確かめたいことがあってね』
『なるほど。……では、ええと、私もお手伝いした方が?』
『ううん、どうせ場所取りは一瞬で終わるから。それに安全とも言いがたいから……気になるならば付いてきても良いけれど、安全は保証できないよ』
『さようですか……』
…………。
アンサルシアとイルールムがその言葉をよく使うことは知ってたけど、パトリシアもか……。と言うことは『鬼』種全般なのか? よく分からん。
『ではお手伝いではありませんが、見学をさせて頂きます。よろしいでしょうか?』
『もちろん。危ないときはできる限り助けるけれど、間に合わないこともあるかもしれないから、その辺は自己責任ね』
『はい。かしこまりました』
呆れるような様子を見せる洋輔をさておいて、ともあれパトリシアも一緒に城を出て、三人揃ってまずは北の平原へ。
ピュアキネシスで簡単に縄張りを取って、これでいいか。
そのままふぁん、と錬金術で整形。マテリアルはその辺の草木とピュアキネシスなのでなんとも言えない品質値だけど、それでも六千くらいはある。
「大概高めだな」
「でもこの剣、二十万に近いから」
「その剣はいろいろとおかしいんだろ、つまり」
まあ違いない。
『…………? 何か、おっしゃいましたか?』
『ん、雑談。……そうだ、パトリシアはこの剣、材質は分かる?』
『はて。……お預かりしてもよろしいでしょうか?』
もちろん。
はい、と手渡してみると、パトリシアはすう、と綺麗に左手で構えを取った。おや、これは……。
『そうですね、重さからして……、鉄鉱石を精錬したものでしょうか。かなりのやり手ですね。ベルガと言うことは恐らく、「炎」の作でしょう』
『ご名答。よくわかったね』
『あの街は魔族の技術の全てが集まる街ですが、だからこそ、革新的な技術を取り扱っているのは「炎」だけなのですよ。だからほら、「炎」は雑多に色々と扱っていたでしょう? 他の四つは魔族がもつ技術の各分野におけるエキスパートなのですが、エキスパートと言うことは革新的なものではなく、伝統を重んじるという意味合いが強いのです』
んっと……、あれ?
『そのことは有名なのかな』
『どうでしょう。私は知っていましたが、……リオならば知っているかな。けれど他の者達は微妙ですね。そもそもあまり意識することでもありませんから』
なるほど、アンサルシアは知らなかった……、あるいは知っていても黙っていたかな。
ていうか僕も聞いてなかったし、このことで責めるのは筋が違うんだけれど。
『その剣、超等品だそうだよ。ちょっと振ってみてくれない? あの建物なら壊して良いから』
『はあ。……私はそんなに剣気が得意でも無いのですが』
それでも構えをきちんと取って、そしてひゅんっ、と綺麗な一閃が放たれる。
ちかっ、と微妙にその剣は輝いて、刀身を伝って金色の光……稲妻が鋒へと伝わり、鋒からその直線上へと一気に飛び出ていった。もっとも、その雷が建物にぶつかっても、建物を壊すことはなかったけれど。まだ完全耐性も付けていないのに破れないとなると、実際それほどの威力ではないのかな。
『やはりこれが限度ですね。元々私は二刀使いというのもありますが』
『それでも、ベルガでは二人しか出せなかったって言ってたな。パトリシアも戦えるんだ?』
『さほど得意でも無いのですが、ほら、掃除をするのが私の仕事ですからね?』
『ごめん、僕にはその「ほら」に文脈が読み取れない』
返却された剣を、僕も改めて握りしめる。
『洋輔。今のを踏まえて僕のも見て。意見頂戴』
『ん』




