07 - おかしな剣気
炎、水に続いて案内されたのは、防具専門工房の『石』、武器専門工房の『雷』、そして義肢作成工房の『木』の順番で、例の扉を作ったのはこの義肢作成工房、『木』であるらしい。
で、特定の人物に関連付けた鍵というのはある程度汎用化されているようだ。それでも分類としては超等品だそうだから、ここで僕はとりあえず、超等品、イコール、魔法道具のようなもの、と認識する事にした。
ちなみにこの義肢作成工房、具体的にはどんな工房かというと、戦傷に限らずあらゆる怪我を負った者達の身体を補ったりする意味での義肢も一応扱っているのだけれど、それ以上に『より便利にするためのプラスアルファ』としての義肢の意味合いが強いようだ。
空を飛ぶ『凶鳥』種向けには着地の衝撃を和らげる履き物、戦闘において身体の動きをほんの少しだけ楽にしてくれるバンテージ、あとは視力矯正用の眼鏡なんかもこの工房が担当している。
ちらほらと眼鏡を掛けている魔族は見かけたし、僕の眼鏡もなんとも言われなかったあたりであんまり気にしては居なかったけど、さすがにこの工房の人は僕の眼鏡が普通の物ではないと言うことを一目で看破した。まあ、レンズに度が入ってないのでそりゃそうだ。
あとはレンズに使っているガラスが透明すぎる、とか、そんな感じ。作り方を聞かれたけど曖昧にごまかしておいた。いやいつもは『ふぁん』だし、よく覚えていないのだ。何かの授業で作り方は習ったような……社会科だったかなあ……。
ま、総合してテクノロジーとしては中途半端に発達している部分のある中世ヨーロッパって感じだ。金属系に疎く、代わりに超等品という魔法道具に領域を伸ばしつつあるけれど、いまだ明確な方程式が存在しない、そんな感じ。
超等品については武器専門工房の『雷』でちらっと見れた行程が一番わかりやすかったかな。
仕上げまでは普通の作り方と同じなんだけど、最後の仕上げの瞬間に宝石を投入し、それが成功していればできあがったものに特殊な効果が付与され、超等品となる。失敗した場合は何種類かあるようだけど、本来作っていた物よりもちょっと品質が落ちることが多いらしい。全く変わらないこともあるし、宝石が無くなることもあれば帰ってくることもあるそうだ。そのあたりはちゃんと研究すればもうちょっとどうにか出来そうである。
で、付与できる効果はそもそもの材質と、最後に投入する宝石で方向性が決まっているらしい。トパーズならば雷系統、サファイアなら水系統、ルビーならば炎系統と、概ね色に近しい効果を与えることが多いようだ。
なお、鍵をかける……つまり重力操作らしき現象を引き起こすのに使う宝石はオパールとクリスタル。このように複数の宝石を組み合わせることで、更に効果を絞ることは出来るけれど、成功率が落ちるんだとか。
そのあたりはなんとなく親近感……いや、既視感かな、既視感の沸く技術って気もする。第三法や錬金術とは法則性が全く違うけれど、確かにそこには法則性があるのだろう。なんとかして習得したいものだ。錬金術に転用できる概念もありそうだし、逆もありそうなんだよな。
『これでこの街の工房関係は概ね回り終えましたね。あとは「炎」の工房だけです』
『この剣を作った工房、か』
『はい』
たぶんこの剣の材質は玉鋼だ。城にあった剣は一応鉄だった。それとは比べものにならないほど、質が高い。まあ六桁にも及ぶ品質値というのもそれに拍車を掛けているんだけど、そもそもの精錬方法からして違う気がする。
けれどなあ。この剣にしたって、神族から奪い取ったものには劣るのだ。いや、神族から奪い取ったそれには超等品に相応するような奇妙な機能は付いてないので、武器としての射程とかもろもろを考えるならばこっちの剣のほうが上だけど、単に斬り合いをするならば神族のものが上っていうか。いやだってあれ、ハイカーボン鋼だよ多分。そんなの作るのは現代日本でもめんどくさいというか、専用の設備を用意できるかどうかも怪しいぞ。
若干思考が脇道に逸れたので強引に戻そう。炎という工房の、あの売店のようなお店に置かれていた武具の材質は概ね鉄や青銅だった。青銅は安く鉄は高い。同じ鉄でも純度によって値段はきちんと変動していた気はする。そしてごく稀にとはいえ鋼のものもあったので、まったく加工が出来ないというわけでもないようだ……と思ってたんだけど、他の工房では全く鋼を扱っている様子が無かったんだよね。
鉄でさえ稀だったし、稀に見る鉄だって基本は品質が低かった。にもかかわらず、この剣は推定玉鋼製。品質値もバカみたいに高い。何らかの理由があるはずだ。
それを知るためにも、炎へと向かう。
他のところがそうであったようにここもまたアンサルシアの顔パスで中に入れてくれるのかな、と思ったら、それ以前に僕が背負っていた剣を見て中に入れてくれた。どうやらあのお店から既に話が行っていたらしい。
『や。ようこそいらっしゃいました、アンサルシア様。お話はかねがね……それと、ええと?』
『ああ、この子は魔王府令で私が案内して回っている子です。今後、物品調達などを手伝う事になりますので』
『なるほどなるほど。そしてその子が剣を握ったと』
いやはや興味深い、そんな感じの値踏みをするような視線をざっと向けてきたのは、はたして角のある比較的若い男性だった。
比較的、というだけで、まあ、既に大人なのだろう。家庭も持っているのかもしれない。ただ、老いているとはほど遠い。
『初めまして、工房・炎の若として仕切っているものです』
ぺこりとこちらも挨拶を返すと、その人はおや、と小首をかしげるようなそぶりを見せた。そして少しの間の後に、思い出したかのように『ああ、そうでしたそうでした』と続ける。
『言葉が苦手とも言っていましたね。その通りでしたか』
『はい。手数を掛けて申し訳ないのですが、そういうわけです。炎について、改めて案内を……』
と、けれどアンサルシアの言葉が途中で止まる。
どうしたんだろう、と視線を追ってみると、そこには大きな角の壮年の男性がいた。なんとも物々しい雰囲気というか、明白なまでに気質では無く、その存在だけで圧迫感を感じてしまうような、そんな男性である。地球だったら間違いなく鬼扱いされるだろう。いや本当に鬼なんだけど。
『アンか。久しいな』
『お久しぶりです、翁。お加減はいかがですか』
『小娘に心配されるほど弱ってはおらんさ』
どこかぞっとするような笑みを浮かべつつ、その男性はゆっくりと近寄ってくる。そして「若」と名乗っていた人物を片手でひょいっとどけると、僕の前に立ち、僕をにらみつけてきた。にらみつけてきたというか、殺気をぶつけてきた。判定は緑なので無視。
『……ほお。また妙な奴を連れてきたものだな、アン』
『あ、あはは……』
アンサルシアの表情が引きつっている。ソレはどっちに対しての引きつりなのだろうか。妙になれなれしいこの人に対して? それとも殺気を無視した僕に対してか。
ちなみに僕としてはこのくらいの扱いを受けるほうがありがたかったりする。いや魔族って言ったらやっぱりどっちかというと荒々しい感じだろうし。それに年長者を尊重するというのも一般的な概念だ。ああ、でも魔族は実力主義なんだっけ……。
と、そうえばアンサルシアが『アン』って呼ばれてたな。実力主義であるにもかかわらず、だ。つまり実力としてはこの人の方が上? なのかな?
翁って名前なんだろうか、それとも称号? 若に対しての翁だとすると、称号とか『おじいちゃん』とかそういう意味合いっぽいけれど。
『雷帝の剣。それは魔王府令が出たから、ただそれだけの理由で譲られる物ではない。店番をしていたアレはアレで見る目は確かだからな、お前が相応の剣客なのだろうとは思うが……、しかしまるでそうとは感じない佇まいだな。それに、才鬼か?』
また、才鬼と呼ばれた。そういえば聞きそびれてたな。なんなんだろう才鬼って。あとで聞いてみよう。
『その剣。振ってみろ』
『…………。ここで?』
『じゃなきゃ見えんだろう』
いや、それはそうなんだけど……、ここ、工房だよね?
『案ずるな。うちに限らず、工房を名乗るような建物は、極めて強い衝撃に耐えられるよう、特殊な耐性を付与されている。外からだろうと内側からだろうと、大概の力には耐えきれるようにな。そうでもないと超等品を作れん』
『……危険?』
『そうだ。超等品を作る事がじゃないぞ、超等品という道具を試すに当たって、危険があるということだ……お前さんが今背負っているその剣だって、雷が出るだろう。それと同じ……ましてや作ったばかりの超等品が「どんな効果」なんてことは分からんからなあ。試しに振ってみたらやれ爆発するだの、手にしただけで周囲がずぶ濡れになるだの、そういう極端なものも時々ある。それで何度工房を吹き飛ばしたことか』
もうちょっと制御する方向で頑張れば良いのに……。
『そうしている内に工房は完全耐性に近い状態にまで高めている。お前さんのような小僧に雷撃の剣気が起こせるとも思えないが、まあ、起こしてしまっても多少棚が壊れるくらいだ。そのくらいは日常茶飯事だしな』
うーん……大丈夫かなあ……。
ちらりとアンサルシアを見ると、アンサルシアはまあ、大丈夫だろう、みたいな表情を浮かべている。ううむ。
まあ、この人が大丈夫と言っているんだ。それにアンサルシアはあの時の赤い雷も見ているし、大丈夫だろう。
というわけで剣を、促された方向へと構える。見ればその方向には棚の類いがなく、そして壁には的のようなものが描かれていた。もともとそういう用途ということか、ならば安心して……うーん、まあいいや。いざとなったら直そう。
剣を構えて、『理想の動き』をセット。
先ほど起きる現象を『見た』分、さらに動きは最適化されているはず――と、剣を振ると、空気を裂くのと同時に刀身がバチバチと赤い稲妻を纏い、そして振り抜いたその時、鋒から赤い稲妻が先ほどの数倍ほどの密度で、さらに先ほどの数倍の速度で飛び出ると、それは的として用意されていた壁を何事も無かったかのように貫通。見えた外の景色を直進、そのすぐ先にあった街を守る城壁をまるで豆腐にショットガンを打ち込んだかのように爆裂させて、さらに奥、街の外、山の中腹付近に着弾した。
音が完全に置き去りにされていて、けれど視界にはそれが明確に映っている。赤い稲妻が着弾地点からドーム状に何かを形成すると乱反射し、その範囲内にあるものすべてを焼き尽くし、それでも収まらず赤い稲妻は着弾地点に一斉に戻ってゆくと、大きく赤い光の柱を立てる。
その後になってようやく、建物が突き破れる音、そして城壁が崩壊する音、少し遅れて着弾する音、着弾地点でバチバチといろいろな物が瞬時に焼き尽くされる音、最後にどおおん、と轟音を柱が立った音が聞こえてくる始末である。
ううむ。
やっぱあの程度の壁じゃダメか。
完全エッセンシアの完全耐性ならともかく、そうでもないとなるとよっぽど品質値の高い各種耐性系の特異マテリアルを使っても無理っぽい。
なんせ雷、衝撃、熱、音、光……その他諸々が、それぞれ単体じゃなく『全てを合わせて一つの属性』として攻撃になってるもんな。雷耐性、衝撃耐性、熱耐性を揃えたところで恐らくほぼ効果無しだろう、乗算タイプの効果っぽかったし……。
『……これまでも剣の道を究めたような連中を見てきたつもりだったが、なんてぇザマなんだろうな。そいつらを足下にすら寄せ付けねえ、そもそも格が違う。そう言わざるをえねえだろう、これは。アン、お前は一体……何を連れてきた?』
『それは……』
ちらり、とアンサルシアが僕を見る。
言って良いか、そんな感じだったので、一度目だしまだダメ、と視線を切って伝える。
不服そうな感じではあったけど、アンサルシアは丁寧に翁をごまかしていた。
一方、若はというとぽっかりと開いた工房の穴の断面を観測し始めていた。
『なにか気になりますか』
『ん、ああ、えっと……。いや、その剣。稲妻を出せることは知ってたんですけどね、あのような赤い稲妻が出るのは初めて見ました。見事な剣気捌き、感服します』
『剣気……?』
『……知らずに使いこなしている? いやでも……まあ、アンサルシア様が連れてくるような例外なんだろうしなあ……恐るべきは才鬼か』
……また、才鬼。
『剣気というのは、その手の超等品に込められた攻撃的な能力を解放する技術を指します。名前こそ「剣気」ですが、槍だろうが弓矢だろうが「剣気」です』
『攻撃的……』
『はい。補助的なものは「発気」、防御的なものは「壁気」と呼びますね。超等品のうち、原則として武具に込められるのはその三種類です』
なるほど。戦闘用語だったのか。
『翁。やっぱりこの剣気、変ですよ。これはちょっと、止められそうに無い』
『そうか……ともあれ穴は塞がねえとな。水……いや、工房全部を集めてちょっと研究するとしよう。城壁の方は……、取り急ぎ、最低限資材を積み上げるくらいはしないとまずいな……。勝手に入られても困る』
『…………、』
本気で困っているようだ。どうもこのベルガという街、排外的というわけじゃ無いけど、かなり警戒心が強いんだよな。この手に付いてるスタンプもそうだけど。まあ理由は分かる。魔族の生命線としての生産都市だ、万が一でもスパイが入ると困ると言うことだろう。
で、そう考えるとさすがに大穴は問題だ。
アンサルシアをちょっと呼び寄せて、と。
『この人達は信頼に足るんだよね?』
『もちろんです。翁はこのベルガを治める長も兼ねる人格者ですよ』
ああ、相応の立場持ってる人だったのか。
で、この場に同席できてるって時点で、若という方も事実上の権力者。
翁だけにこっそり教えても翌日までには情報交換される公算が高い、ならばあえて隠す意味も無い。
『壁を塞ぐくらいならばこの場で出来る。やっとくよ』
『……何?』
剣を背中に戻しつつ、僕は城壁へと手を向ける。
残念ながら赤い稲妻が貫いた分は消滅しているようだ、けれどまあ材料はその辺に転がってる破片でも十分といえる。
『ただ、強度は期待しないでね』
ピュアキネシスで外観を調整。赤く半透明に輝くその立体図に向けて、錬金術を行使。例によって真空遮断方式で音は切っているので聞こえないけれど、ふぁんって感じで壁を修復、ピュアキネシスは解除。
マテリアルには飛び散った破片だけなので品質値はかなり低いけれど、そこには『何事も無かったかのように』、城壁が元に戻っている。
『……坊主、何者だ?』
そんな問いかけに、僕は答える。
『魔王府令。七日後、ベルガの五工房の責任者は城に出頭すること。代理の派遣は認めるが、それによる不利益をこちらが補填することは無い。以上』




