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メイズ

作者: 舞島 慎

 隣の椅子に荷物を置き、自分も背もたれに体を預けると、自然と深い息が口からもれた。

 モールを数時間歩いた程度で疲れるほどヤワじゃないつもりだ。過去には友達と一日中歩き回った事もあるし。

 疲れたとするなら、おそらくその理由は慣れない事。それは対面の相手だろう。

 向かいで同じ様に背中を預けて伸びをするシュウを横目に、わたしはメニューをテーブルに広げた。

「さって、何にしようかな」

「出来ればお手やわらかに頼む」

 下手なシュウの言葉にうなづきながらメニューに目を走らせる。

 このお店は何が美味しいのだろう。初めて来たお店なので全く事前情報も持ち合わせていないのだ。

「このお店で評判なのはタルトかな」

 目移りするわたしに気付いたのか、対面からそんな声が届いた。

 タルトかぁ。でもケーキも捨てがたい。

「そっちは決まってるの?」

「ん、決まってる。ゆっくり悩んでいいぞ」

 わたしの問いに答えつつもその視線はスマホに向けられていた。

 決まっているなら文句は言うまい。お言葉に甘えてゆっくり悩ませてもらうとしましょうか。



「こんな店を知ってるなんて、意外だったなぁ」

 注文を済ませ改めて店内を見回す。白を基調とした壁紙に観葉植物。照明は明るく、それでいて落ち着いた感がある。

 地元にこんな店があるとは全然知らなかった。何故シュウがこんな店を知っているのか、不思議でならない。

「たまたま、と言いたいところだが、前に連れて来てもらった事があってな」

「誰に?」

 間髪いれず問い返せば、シュウは眉根を寄せてみせる。

「……従姉だよ」

 そしてぽつりとつぶやかれた言葉に、わたしは「ああ」とうなづいて見せた。

 三つ年上の従姉が同じ市内に住んでいる事は以前に何回も聞いていたし、一度だけ会った事もある。

 それも今日シュウと行った地元のショッピングモールで、だったはずだ。とても勢いのある、言ってみれば姉後肌の女性だった記憶がある。

 シュウのお母さんとその従姉のお母さんが姉妹だという。その仲は良く、家族ぐるみの付き合いが現在でも続いているらしい。

 まぁわたしにはその距離感というものが分からないのだけども。

 一人っ子の自分にはよく分からないけれど、姉がいたのならばあんな感じなのかもしれない。そんなざっくりとした感想を抱いたものだ。

 そんなわたしの感想はさておき、従姉がシュウにとって頭の上がらない人なのは確かだ。

 その人も結局は親戚でしかなく、ある種都合よくシュウを使っていただけであり、他に特筆すべき事があるような関係では無い。と聞いてはいるのだけれど。

「ままならないものね」

 思わず小さくこぼしてしまう。

「ん? どうした?」

 声が届いたのだろう。シュウがスマホから視線を上げてこちらを見た。

「イトコのお姉さんは、そこまで面倒は見てくれなかったんだな、と」

 シュウの隣の席に置かれた袋に目をやりつつ返事をすれば、対面からは押し殺した笑い声が届いた。

「あの人はそんな面倒見の良い人じゃないからな。俺の役目は単なる荷物持ち、兼男除けだよ」

「それも残念ね」

 心にもない言葉を発し、グラスの水に口をつけた。

 もし面倒見の良い従姉だったなら、今日のこの時間は無かったはずだから。

 まぁ感謝するつもりもないけれど。


 会話が途切れ、二人して自分のスマホへと視線を落とす。ここ数日のメッセージを読み返し、今日の目的が達成されている事を改めて実感して小さく息をつく。

 多少予想外の出来事もあったけれど、文句を言うほどではなかったわけだし。

 スマホをテーブルに伏せて視線を上げれば、ちょうど店員さんが注文の品を運んできたところだった。

 わたしの前に苺のタルトが置かれる。その隣にはホットのブレンドコーヒー。

 対面にはガトーショコラが。その隣には同じくブレンドが置かれている。

 何も入れずコーヒーに口を付ければ、香りと共に苦味が広がる。この苦味も嫌いではない。

 熱い息を吐き出しておもむろにフォークを手に取る。それを手元のタルトに突き刺せば、サクッと小気味良い感触がした。

「あ、美味しい」

 タルト生地の食感と共に苺の酸味とクリームの甘さが口の中に広がる。

 タルトを食べる機会はあまり無かったけれど、これは美味しい。

 先ほど口をつけたコーヒーにミルクを入れて混ぜる。琥珀色へと変わったそれを口にすれば、先ほどより落ち着いた香りが口の中に広がった。

 それから再びタルトを口に運ぶ。

 うん、やっぱり美味しい。

「よかった」

 対面からそんな声が聞こえた。

「何が?」

「気に入ってくれたみたいでさ」

 何の気も無く言い放たれた言葉に、わたしはコーヒーを一口喉に流し込んで大きく息を吐いた。

「美味しいよ。でもそういうのを訊くのはわたしに、じゃないでしょ」

「お礼なのに気に入らなかったら申し訳ないだろ」

 確かにそうかもしれない。けれどこれもゴリ押しした事実があるのだから、そこまで気にしなくてもとは思う。

 また同時にマッチポンプ感がぬぐえない。だからこそ意識してやんわりと笑ってみせた。

「いやでも本当に助かったからな。気に入ってくれたなら幸いだ」

「懐具合が厳しいなら、貸しにしてもいいけど?」

「いや大丈夫だ。思ったよりも安く済んだからな」

 シュウは言いながら自分の隣の袋をぽんっと叩く。もっとも特に音はせず、袋が少しへこんだだけだ。

 袋の中身は洋服。自分の隣にあるのも同じだ。自分のを買うつもりは無かったのだけれど、店頭で見た一品を衝動買いしてしまったのだ。

 まぁ買った物に対して後悔はしていないけれど。


「でもシュウが小田先輩とねぇ」

「しつこいね、西尾も」

「だって気になるじゃん」

 タルトを口に運びながら会話を続ける。

 シュウと友達としての付き合いもそこそこ長い。特にここ二年は連続で同じクラスというのもある。

 受験を挟んだにもかかわらず同じクラスというのは単なる偶然だろうけど。

「いつから先輩のこと狙ってたのさ?」

「いつからって言われてもな」

 軽く頭をかくシュウ。いつからなのか、それが気になっていた。

 出身中学が同じである小田先輩の存在は知っている。別段有名人というわけでもなく、わたし自身会話をした記憶は無い。

 それでも何の拍子か忘れたけれど、その顔と名前は記憶していた。

 向こうがわたしを知っているかは分からないけれど。

 いったいシュウと先輩の間にどんなつながりがあったのか。それがどう今回の事につながったのか。

 気にならないワケが無い。

「中学の時に同じ委員会だった、というのがきっかけではあるか。つっても大した仕事も無かったんだけどな」

 ケーキを頬張りつつ、シュウは言葉を続ける。

「高校始まってすぐにさ、先輩から声をかけられたんだよ。俺の事を覚えていてくれたみたいでさ。学校について色々教えてくれたんだ。向こうにしてみりゃ、後輩に世話を焼いただけかもしれないけど」

 言い終えてコーヒーをすするシュウ。あっさりとした言い方とは裏腹に、本人は満更でもなさそうだ。

 結局、印象の悪くなかった先輩に優しくされて転がったということなのか。

 いや、もちろんここ数ヶ月の間に転機となるような出来事があったのかもしれない。

 わたしが知らないだけで、二人の間だけで通じる何か、があるのかもしれない。


 でもそれはそれで、なんだか面白くない。


 かといって、それに文句を言う資格が、わたしにあるだろうか。

 わたしはあくまでシュウの友達だ。思うところは色々あれど、客観的に見ればそうでしかない。

 気持ちを抑えつつタルトにフォークを突き刺す。割れたタルトを口に放り込み、ゆっくりと味わっていく。

 さらにはコーヒーを飲み込んで、ひとつ意識して息を吐き出した。

「ま、今日買った服なら印象も問題ないと思うから。あとはアンタ次第ね」

 冗談めかして言えば、シュウは苦笑いをしながら残りのケーキを平らげた。

「どうも俺一人だと偏りがちでな。正直今回の話は本当にありがたかったよ」

 ほっとしたように言いながら、シュウは隣の袋に視線を向ける。

 友達としての付き合い自体はそこそこの年数になると言っても、あくまで学校内での付き合いがほとんどで、今日のように私服で会った回数は数えるほどしかない。

 その数回とも友達グループで遊ぶ時だった。高校に入って早々にも新しいクラスメイトとそういう機会に恵まれたのは運が良かったと思う。

 ただシュウにとっては少しばかり苦い思い出だったかもしれない。原因は私服へのダメ出しだ。

 正直中学時代からシュウの私服はぱっとしない印象だった。でもあの頃の友達の大半が小学校からの持ち上がりだったから、それほど気にもされなかった。

 色気づき始める高校生ともなれば、その辺を気にする人も増える。その日のシュウの服は全体的に黒色ばっかりだったから、仕方ないとは思うのだけど、同級生女子からの評判は良くなかった。

 わたしも以前からの友達ということで意見を求められたけれど、まだ慣れない新しいクラスメイトの前ではやんわりとしたフォローを入れる事しか出来なかった。

従姉のお姉さんがその辺りも気にしてくれていたら、そんな事にもならなかっただろうに。

 そう思いながらフォロー仕切れなかった分、服選びに付き合おうかと打診をしたのが二週間ほど前の話だ。


「今後もう少し気をつけるといいかもね。なんなら先輩に見繕ってもらうのもいいんじゃない?」

 わたしも残りのタルトを口に運ぶ。食べ終わってしまうのが残念だけど。

 わたしもセンスに自信があるかというと、そういうわけでもない。慣れない男物なら尚更だった。

 それでも一般的に女の子から見てアリかナシか、くらいの助言は出来る。

 幸いな事に、私服が教室内でのシュウの評判を落とす事にはつながらなかった。むしろクラス男子の中では女子受けが良い方だ。

 件の従姉のおかげか、女子に対しても自然体でいるあたりがその理由だと思う。

 女慣れしている、というと何か違う気がするな。気後れしないというのだろうか。

 それにイケメン、と言うと言いすぎだけど、悪いほうではないと思うし。

 何にせよ、わたしはクラスの中でシュウとの距離が一番近い女子であるのは事実だった。ちょっと優越感があったのも否定は出来ない。

 ま、そんな優越感も吹っ飛んでしまったワケだけど。


「しっかし、シュウも大胆になったものだね。学校で聞いた時はほんと驚いたよ」

「……蒸し返すなよ。俺だってらしくないと思ってんだからさ」

「でも、だからこそ先輩も応じてくれたのかもしれないじゃん」

「そうなんだけどな」

 ぼやきながらコーヒーに口をつけるシュウ。その顔は少しばかり赤くなっているように見えた。

 あの時を思い出しているのだろう。いくら放課後とはいえ廊下で先輩をデートに誘っていた場面は、忘れられそうにもない。

「いくら近くに人がいなかったとはいえ、ねぇ。わたしみたいに通る人がいる可能性は分かっていたんでしょ?」

「そりゃなぁ……。まぁその場の勢いというか、何というか」

 シュウは視線を泳がせながらつぶやく。わたしに見られてしまった事はまさに不覚なのだろう。

 わたしとしても聞きたくて聞いたワケじゃない。その場面に通りかかってしまったのは、本当に偶然だった。

 でもシュウが何も言ってこなければ黙っているつもりだった、のだけど。

 気になってわたしにカマをかけてきたのが運のツキね。

 わたしはそんなシュウから逆に情報を引き出し、今日のセッティングをした。服を見繕うのを表向きの目的として。

 クラスメイトでもなく、直接の知り合いでもない相手だ。牽制球を投げる事も出来ない。

 こうやって遠回しに影を見せるしかない。ま、本人に意識が無ければどうしようもないけれど。

 残りのコーヒーを飲みながら他愛無い話を続ける。今の学校の話。中学までの友達の話や共通体験。

 思い出しても、直接二人きりで話す機会はほとんど無かった。そこそこつるむ友達の一人、というのがお互いの立ち位地だった。

 自分でも明確な理由なんて分からない。印象的な出来事を上げてと言われたら、押し黙ってしまうと思う。

 でも同時に思う。理由なんかいらないんだろうな、と。

 


「今日はありがとな」

「いやいや、もういいから。こちらこそご馳走様でした」

 会計を済ませて店を出たところで、改めてお礼を言い合う。それから並んで駅の方へ歩き出した。

「頑張りなさいよ。年下でもあんたが男なんだからさ」

「あ、ああ。頑張ってみるさ」

 なんとも弱気な声が返ってきて、わたしは思わずため息を吐いてしまう。

「ほんとしっかりしなさいよ。遠慮しすぎは相手にも失礼だからね」

「分かってる。つってもお前相手のようにはいかないだろ」

「……当たり前よ」

 思わずジト目をしてしまう。

 まったく。気遣うのは上手いくせに、察するのが鈍いのは相変わらずだ。

 その辺も従姉のせいなのだろう。そういう事にしておきたい。

 それでもいちおう女子として気になる点だけは上げておく。それにどう対処するかがシュウの腕の見せ所だろう。

「ま、失敗した時は慰めてあげるわよ。カラオケでも何でも付き合ってあげる」

 分かれ道となる交差点で、わたしはそう言ってシュウの背中を軽くはたく。これが最後の応援だ。

「サンキュ。ま、その時は頼むわ」

 微苦笑を浮かべ返事をくれたシュウは、軽く片手を挙げて「またな」と言い残し横断歩道を渡っていった。

 そんな背中を少しだけ眺め、わたしは反対方向へと足を踏み出す。手にはブランドロゴの入った袋が揺れている。

「まったく、やれやれだわ」

 つぶやきながら視線を上に向ければ、夕暮れ前の空にはいくつかの雲が浮いていた。

 だいぶ日も長くなったなぁ。この調子だと夏ももうすぐな気がするけど。

 でもこの前みたいに急に夏日になるのは勘弁して欲しい。

 今日は吹き抜ける風も心地良い。こんな風も今の時期だけだ。梅雨になれば当然ジメジメするだろう。

 天気予報を信じるなら、シュウと先輩のデート日の天気は悪くない。

 行く予定なのは隣町のショッピングモール周辺と聞いている。

 この辺りでは最も大きい商業施設だ。今日行った地元のと比べると五割り増しほどだ。

 映画とか娯楽には事欠かない。その分お客さんも多いから大変だろう。

 ああ、でも従姉のおかげで慣れているのかもしれないな。

 そういえば今日わたしが自分の服を見ていた時も、シュウは特に居心地悪そうには見えなかった。

 わたしの質問にも当たり障り無く答えてたし。意識されてないのかもしれない。

「ま、そんなの分かりきっていた事だけどさ」

 微かな期待をしなかったか、と問われれば否定は出来ない。それでも今日の事で何かが動くとまでは思っていなかった。

 実際、リアクションが無いのを目の当たりにすると、来るものがあるけれど。


 結局、わたしは何がしたかったのだろう。

 シュウの手伝いではあったけど、視点を変えれば、いや変えなくても牽制どころか後押しでしかない。

 いや、その時間が楽しかった事も事実なんだけども。

「何とも、めんどくさい女になっちゃったな」

 押しきる事も出来ず、中途半端に後押しをする。

 友達に知られたら、何やってんのと呆れられると思う。

 それでも一緒に出かけたかった。デートをしたかった。

 シュウの初デートの相手、という立場を奪いたかったからか。

 自分の初めての相手はシュウが良かったからか。

「どっちもなんだろうなぁ」

 憧れもある。周りから話を聞けば聞くほど、焦りの様なものも感じていた。

 どちらが重いのか。本当にそう思っているのか。

「結果を聞いた時、思い知るのかもしれないな」

 交差点、赤信号で立ち止まり、手にした袋を眺める。

 シュウは似合うと言ってくれたけど。

 少しの間しまっておこうかな。夏本番にはまだ早いもん。

 スマホを取り出しメッセージを確認する。返信もしなくちゃならないけど、それは家に着いてからにしよう。

 天気予報を見直すと、デート予定日の翌日、月曜日は雨の予報が出ていた。


 誰にとっての雨になるのか。


「考えるだけ無意味かな」

 青信号を確認してスマホをしまい歩き出す。

 どちみち今日の事実は消えない。

 分かっているのは、わたしの立ち位地が変わるほどの事態では無いという事だ。

 そう思っている時点で本気じゃないのかもしれない。

「信じ込むほうがラクかもね」

 手元の袋をちらりと見て足を速める。

 帰ってクローゼットの服の整理をしよう。こういう時は気分転換をするに限る。

 磨くのを忘れて、イザという時に遅れをとる事だけは避けたいし。

 ライバルがいるのも、悪くないのかもしれないな。

 なんて思う程度に、わたしはまだ迷っているんだろう。


 わたし、西尾早智の初恋は、まだまだ出口が見えそうにもない。

 ならば手探りでも進み続けるしかないかな。

 そうでもしないと、ずっと迷ったままになりそうだから。

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