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ラーメンでマフラー

もくもくと湯気のたつどんぶりを前に、割り箸の端を持って二つに割る。うまく割れなくて、持つ部分の辺りがいびつな形になってしまった。不服で顔が歪んだが、致し方ない。

「ねぇ」

どんぶりの中に箸を浸ける。ちゃぷん、と音が鳴り、次の瞬間には黄色い麺が箸にまとわり着いていた。

赤を基調とした店の、二人掛け席で、向かいに座っていた妹がどんぶりの中を除き混みながら、険しい表情で唸る。

「コックローチでも入ってたの?」

「入ってねぇよ、それ今世間的にネックだからやめとけ」

コックローチは言うまでもなく、黒いアイツだ。我が家では奴をそう呼んでいた。コックローチなんてどっかのブランドみたいだね、と母親がいい始めたのがきっかけだ。

妹は割り箸を綺麗に割ると、その二つをまとめて持たず、両手に一本ずつ持ってからどんぶりの中に浸けはじめた。

「やめてよ。行儀悪いじゃんよ」

「姉ちゃんはさ、ラーメン見たら編み物したいって思わない?」

いって妹は、箸一本で麺を掬い上げる。それから器用に、もう一本の箸も駆使して、編み物をしようと試みていた。

どんぶりの中に視線を落とし、黄色い麺が網状になったのを想像する。それを口に入れて咀嚼するところまで想像した。

「……思う」

「でしょー。編み物は大人になっても女のたしなみだからね」

とかいう妹は、小学校の時流行ったリリアンを一時間でゴミ箱に投げ入れた愚か者だ。良かれと思って娘にリリアンを与えた母親が、血相変えて妹を部屋の外の廊下、一メートル先の階段下まで蹴り飛ばしていたのを思い出す。

「てわけで、今からロングマフラー編む編むするよ」

言って妹は、糸巻きみたいに箸をくるくる巻きはじめた。想像してたのと違う動きに、がっかりする。

「そもそもアンタ、マフラーなんて編めないでしょ」

「メリヤスとかカメリスだろ? できるよ」

カメリスなんて知らねーよ、と呆れながら麺を口まで運ぶ。すでにコシもくそもない、べちゃべちゃに伸びていた。

妹に「伸びるから早く食え」と促すと、突然深いため息を吐かれる。まだ一度もラーメンを含んでいない口から出た冷たい息が、向かいの私の肌にかかる。

「ラーメンで編み物は、私の努力に似てる気がする」

「なにがよ」

「時間をかけて努力しても、口に入るのは伸びたびちゃびちゃの、くそ不味い小麦粉なんだぜ」

「その努力が無駄だったって証拠でしょうよ」

「努力に無駄があるなら、私は努力するのが怖くなるよ」

箸を置き、妹がどんぶりの中を覗く。すでに麺が一回り太くなっていて、汁も心なしか減って見える。

「短期的な努力のし方を知らない我輩たちは、努力しても一生報われないのである」

「くそ不味い小麦粉でも、食べたら腹の足しになるじゃん。太るじゃん。糧になってるのよ、チンタラな努力でも」

どんぶりから顔をあげた妹は、目を瞬かせ私を見る。伸びてふやけた麺は二回噛むとすぐ飲み込めた。てかここ麺伸びるの早すぎだろ。もう少しゆっくりと取り組む努力家に優しくしてくれてもいいじゃないの。

でもさ、と。妹はわりとでかい声で話を続ける。

「腹の足しになった小麦粉はいずれ糞になって外に排出されるじゃん」

「ぼっとんトイレとかだと糞汲み取って畑の肥やしにしてんじゃん」

「くそを肥やしにした野菜食べて大腸菌とかにやられるのがオチだってばよ」

「その前にクソを糧に成長した野菜食すことにツッコめよ」

カウンター向こうの厨房から、ハゲ頭の大将の咳払いが聞こえた。

結局伸びた麺は、クソどころか腹の足しにもならず、どんぶりの中で泳ぎ続けた。


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