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【閑話】ある高級スイーツ店の苦悩

 都市カマーの貴族通りには、その名に相応しい高級な貴金属店、洋服店、食事処などが連なっていた。その中の一つに高級な素材を使ったスイーツが自慢のパティーアという店があった。


「最近売り上げが減ってきていないか? これはどういったことだ」


 店の主であるパティーア・ファポムは帳簿と睨み合いっこしながら呟く。


「貴族様からはいつも通り注文は来ているので、一般の客が減っているんでしょうね」


 男性店員が何気なくした返事にパティーアが怒りを露わにする。


「一般の客が減っているんでしょうねではない! 減っているってことは他所にウチの客が奪われているってことではないか! ベニグニ、何か知らないか? 最近ここらで出店したとかあるだろう」


「す、すみません! 新しく店が出来たとかは聞きませんね。ただ……」


「ただなんだ?」


 言い難そうにベニグニは頬を掻くが、パティーアからの無言の圧力には勝てなかった。


「一般客のほとんどは女性じゃないですか? その中でもギルドで働いている女性は収入も安定しているし、若い女性が多いですよね?」

 パティーアはベニグニの言葉にその通りだと頷く。パティーアの店に来る客の九割が女性であった。偶に来る男性客は自分達が食べるのではなく、女性へのプレゼントがほとんどであった。「その中でも冒険者ギルドで働く女性の常連様を最近見ないんですよ」


「なるほどな。もし本当に冒険者ギルドの女性客が来なくなったのなら大問題だ。確か……ベニグニ、お前の彼女は冒険者ギルドで働いていたな?」


「は、はい。ってことは俺の彼女に調べさせるってことですか?」


「な~に心配するな! お前にとっても悪い話じゃないぞ。原因が分かればお前の給料に多少は色を付けてやる」


 パティーアの言葉に非協力的な態度だったベニグニは、それならばと引き受けた。




 パティーアがベニグニに冒険者ギルドの女性客を調べるように言ってから数日が経っていた。


「おい、そろそろ何か分かったか? ってどうしたんだその顔は」


 ベニグニの顔は引っ掻き傷で無残な有り様になっていた。


「へへ、パティーアさん、苦労しましたが原因がわかりましたよ!」


 ベニグニの顔にドン引きしているパティーアとは対照的にベニグニの表情は何か大きな仕事をやり遂げた漢の顔をしていた。


「これを見て下さい」


 ベニグニは作業台の上にホットケーキと液体の入った小瓶を置く。


「んん? こりゃなんだ?」


「これを手に入れるのには苦労したんですよ? 彼女から半ば無理矢理奪ったんでこの有り様ですよ。いてて、何でもサトウって冒険者が、受付嬢達に差し入れと称して賄賂を送っているみたいなんですよ」


 パティーアはホットケーキを一口大に千切って食べる。


「サトウ? 冒険者がスイーツを作っているのか? ちっ、中々美味いじゃないか」


「あっ、パティーアさん、それはこいつを掛けて食べるそうなんですよ」


 ベニグニが差し出した小瓶を受け取り蓋を開けると、パティーアの鼻に甘い香りが届く。


「こ、こりゃ……ジャイアントビーの巣から採れる蜂蜜じゃねえかっ!」


 ホットケーキに蜂蜜を掛けて再度食べると、パティーアの動きが一瞬止まる。何も言わずに黙々とホットケーキを食べ続けるパティーアに、流石に不安になったベニグニが声を掛ける。


「あ、あの~パティーアさん」


「幾らだ? 差し入れって言ってもこれだけの品だ。タダってわけじゃないんだろう?」


「それが……タダで配っているそうです」


「っ!? 馬鹿な! このホットケーキに使われている素材はどれも上等な物ばかりだぞ? それに……この蜂蜜は只の蜂蜜じゃねえ。ジャイアントビーの巣から採取したもんだ。この小瓶に入っている量だけでも商店で購入すれば銀貨一枚、いや、二枚はするだろう。それをタダで配っているだとっ!? 理解できん。そのサトウって奴は何者なんだ」


 ベニグニが持って来た小瓶に入っている蜂蜜は、ユウが冒険者ギルドでコレットに渡した物を、受付嬢達で公平に僅かな誤差もなく分けた物であった。

 パティーアの店だって伊達に高級スイーツ店の名を掲げているわけではない。ジャイアントビーの巣から採れた蜂蜜を使った商品だってあるのだが、貴重な蜂蜜だけに僅かに使用するに留まっていた。その貴重な蜂蜜を惜しげも無く使うなど貴族から注文でもなければ無理であった。


「数カ月前に冒険者になったばかりの子供(ガキ)らしいですよ」


「こ、子供がこれほどの物を作ったのかっ。こうしちゃいられんな。ベニグニ、店番は任せるぞ! 俺は試作品に取り掛かる」


 一方的に言い放つと、パティーアはベニグニの返事も聞かずに奥の部屋に篭ってしまった。

 パティーアはここ数年感じることのなかった危機感とやる気に満ち溢れていた。都市カマーに店を構えて十年、周りからの高い評価に胡座をかき新商品の開発も怠っていたが、その地位を脅かす者が現れたのだ。ユウの知らぬ間に一方的にライバル扱いを受けることになったなど、ユウは知る由もなく。その後、パティーアのスイーツを作る腕は一層磨きが掛かり、店の人気を押し上げることになるのだが、冒険者ギルドで働く女性客を取り戻すことは出来ず。パティーアは毎夜悔し涙を流すことになる。

 一方残されたベニグニは引っ掻き傷だらけの顔で店番をすることになり、客からの彼女と喧嘩でもしたのかという冷やかしを顔の傷が治るまで言われ続けることになるのでった。

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