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7巻番外編 ボツ原稿

「えいっ!」


 銀髪の少年が気合と共に槍を突く。少年はまだ七、八歳くらいだろうか。幼い顔立ちとは裏腹に少年の放つ突きは鋭く、突きを放つために踏み込む足元からは砂が舞い上がり、放たれた槍は空気を纏い唸り声を上げていた。驚くことにこの少年が持っている槍は、木でできた練習用の物ではない。鋼で作り上げられたこの槍の重さは、通常の物と比べて約二倍。大の大人ですら使いこなすどころか、持つのにも苦労するほどの物であった。

 無論、そのような槍を振り続けているのだ。少年の手の皮は破れ血が滲んていた。おそらく靴で隠れている足も同様なのだろう。


「おう。頑張ってるじゃねえか」


「父上!」


 ジョゼフが声をかけると、少年は先ほどまでの険しい表情が嘘のように笑みを浮かべた。


「その槍。お前にはまだ早いんじゃないか?」


「そのようなことはありませぬ! 父上は五つの頃には同じ重さの槍を振るっていたそうではないですか。私も、もう七つ。『槍天のジョゼフ』の息子として、恥じぬよう鍛えねばなりません!」


「おー、怖っ。頑張り過ぎて手だけじゃなく尻の皮まで裂けても知らねえぞ」

「ち、父上っ!」


 ジョゼフは肩を竦めると、少年から逃げるように去っていった。


 またいつもの夢だ。


「本当ですか?」


「ああ、本当だとも。あいつの身体は弱かったが、それ以外は強かった。どれくらい強かったって言うとな。あの頃の俺は、あー、なんだ。荒れてたというか。とにかく毎日イライラしてたんだよな。まあ、そんなだから会う奴はどいつもこいつも俺とは目も合わせようとすらしねえ。そんな態度だから逆にイラついてな。一日に何人貴族をぶん殴るかとかくだらねえ遊びとかしてたんだよな」


「父上……。私は恥ずかしいです……」


 ジョゼフは悪びれもせず「そうか?」と言いながら豪快に笑う。


「そんなときよ。シャーロットに会ったのは。弱そうな女が物怖じもせずに、俺に話しかけてきやがった。睨んでも全然怯まなくてな? 逆に淑女に対してなんて目を向けるのですかってなもんよ」


「さすがは母上です」


「ああ、さすがだよな。身体が弱いのに、それでもお前を生むって聞かなくてな。生んだ後もお前が原因で死んだとは言わせないって、死にそうな(つら)しながら五年も生きやがった。大した女だぜ」


 本当に大した女だった。


「槍技『三段突き』!!」


 少年の目にもとまらぬ刺突が、かかしに三箇所の穴を同時に開ける。穴の空いた箇所は、顔、首、心の臓と素晴らしい精度であった。


「やるじゃねえか」


「いえ。まだまだです」


「謙遜するんじゃねえよ。嬉しいときは素直に喜べや」


「わっぷ。ち、父上、やめて下さい。私はもう八つですよ!」


 頭を強引に撫でられたために、少年の髪の毛がくしゃくしゃになる。怒りながらも、少年はジョゼフに褒められて嬉しそうであった。


「いつか父上に追いついて。いいえ、追い抜いて見せますからね!」


 お前ならできるさ。


「父上は貴族としての自覚をもっと持つべきです」


「まーた説教かよ。お前は真面目だな。ほら、もっと肩の力を抜いてみろや」


「父上、それはどのようにですか」


「それだそれ。父上って呼ばれ方はどっか固いんだよな。よし、親父って呼んでみろ」


「お、親父……」


「ぷっ、ぷははっ! なんだよそれ。なーにが、お、親父……だよ」


「ち、父上っ!!」


 ここまではよかった。


「パンドラで顕現した魔王は、軍勢を引き連れて真っ直ぐ南下してきているそうじゃないですか」


「みたいだな」


「父上、なんですか他人事みたいに。魔王の南下しているルートはデリム帝国領なんですよ。これでは聖国ジャーダルクや自由国家ハーメルンにまで拡大した領地がズタズタです。この機を両国が逃すはずがありません。父上はセブンソード筆頭としてのご自覚が薄いのでは?」


「わははっ! こいつガキのくせに難しい言葉使いやがって」


「父上っ! 私を子供扱いするのはやめて下さい!!」


 もう、いいだろ。ここから先は見たくねえ。


「ジョ、ジョゼフ様っ! 帝都に魔王の軍勢がっ。至急、帝都へお戻り下さい!!」


「わかった。俺は一足先に戻る! お前らは鷲爪騎士団、鳳凰騎士団と合流しつつ向かえ!!」


 やめろ。これは夢だ。


「大変だ……。帝都が……俺達の帝都がっ」


「帝都が燃えてやがる」


 ジョゼフはわずかな手勢を引き連れて帝都に戻ると、そこには魔王の軍勢に蹂躙されている地獄の光景が拡がっていた。


「行くぞ!!」


「「「応っ!!」」」


 何度同じ夢を見ればいいんだ。


「舐めるな! 私は『デリムセブンソード』筆頭、ジョゼフ・パル・ヨルムの息子、アベル・パル・ヨルムなるぞっ!! 魔王の軍勢などに容易く屈すると思うなっ!!」


 夢なんだから覚めろ。


「しかと見よ! 魔王の傀儡共っ!! このアベル・パル・ヨルム、父上の足手まといになるくらいなら――」


 やめろ。


「ジョゼフ」


 やめろっ!!


「ジョゼフったら!」


 汗だくで目が覚めたジョゼフの目に飛び込んできたのは、頬を膨らませているクラウディアの姿であった。


「もうっ、やっと起きたわ」


「……クラウディアか?」


「他に誰に見えるのよ。失礼しちゃうわ」


「ここでなにしてんだ?」


 ジョゼフは木にもたれかかり周囲を見渡す。目の前には綺麗に整えられた庭が拡がっている。ようやくジョゼフは、自分がムッスの館の内庭で昼寝していたのを思い出した。


「ジョゼフがうんうん、うなされていたから起こしてあげたんじゃない」


「そうか……夢だよな」


 普段のジョゼフからは考えらないほど覇気のない姿に、クラウディアは心配そうにジョゼフの顔を覗き込む。


「大丈夫?」


「あ? ああ、大丈夫だ。夢を見てただけだ」


 クラウディアは「ふ~ん」と言いながら、ジョゼフの横に座り込む。悪夢から目覚めたばかりのジョゼフは一人にして欲しかったのだが、クラウディアが動く気配はない。


「なんだよ。俺は一人でゆっくりしたいんだよ」


「ふんっ! エルフの王族である私が、わざわざ横に座って上げているのよ! なにか気の利いたセリフの一つでも言えないのかしら」


 ジョゼフは内心「うぜえ」と思ったのだが、それを口にすることはなかった。そんなことを言えば、クラウディアの性格から一日中つきまとわれて嫌味を言われるのは容易に想像できるからだ。


「まあいいわ。私はジョゼフに聞きたいことがあって来たのよ」


「聞きたいことだ?」


「そうよ。あのナナシとかいう狐面の人族と九尾の女を見逃したでしょ?」


「それがどうしたってんだよ」


「やっぱり納得できないのよ。昔のジョゼフなら見逃さなかったわ」


 クラウディアの言葉には力が込められていた。それはジョゼフなら絶対に負けないと確信しており、相手がいかに強大であろうが立ち向かうと信じて疑っていなかった。


「怒らないで聞いて欲しいんだけど」


 憮然とした表情のジョゼフに、クラウディアは様子を窺いながら言葉を紡ぐ。


「子供のことを言われたから? それとも弱くなったって言われたから見逃したの?」


 ジョゼフが頭を掻くと、クラウディアは怒られると思ったのか、身体をビクッ、と震わせる。


「あの狐面野郎が言ってたアベル――息子が俺のせいで死んだってのは本当だ」


「嘘よっ! 私、知ってるんだからね。魔王の軍勢がデリム帝国の帝都を襲撃して、そのときに、あの……ジョゼフの子供は……亡くなったんでしょ?」


「どんなに言い訳しようが俺のせいで亡くなったのは間違いねえ」


 息子が亡くなったのは自分が原因だと言い切ったジョゼフを見て、クラウディアは泣きそうな顔になる。長耳もこれ以上ないほど垂れ下がり、人差し指同士を合わせてモジモジする。いつもは傲岸不遜で小生意気なくせに、こういったときは途端にしおらしくなるクラウディアの姿に、ジョゼフは大きく溜息を吐くと。


「おらっ、いつも生意気なくせにどうした」


「きゃっ、な、なな、なにするのよ!」


 ジョゼフに尻を叩かれたクラウディアが跳び上がる。尻を擦りながらジョゼフを見下ろすクラウディアの顔は真っ赤である。


「あんたね! レディのお尻を気軽に叩かないでよね!」


「くくっ。それでいいんだよ。元気なのがお前の良いところなんだからな」


「はうっ」


 クラウディアの顔がさらに真っ赤に染まる。恥ずかしさに耐えきれないのか、ポニーテールを前に持ってきて顔を隠した。


「なに恥ずかしがってんだよ」


「う、うるさいっ! ジョゼフには繊細な乙女心なんてわからないんでしょうね!」


 モジモジしたり急に真っ赤になったりと忙しないクラウディアの姿に、ジョゼフは先ほどまでの憂鬱な気持ちが晴れていくのを感じた。


「お前は変なエルフだな」


「なっ!? 珍しく褒めたと思ったら今度は悪口っ!?」


「褒めてんだよ」


「ええっ! ジョ、ジョゼフがこんなに素直だなんて。そ、そう。わかったわ」


 クラウディアは髪を弄りながらジョゼフに流し目を送る。本人は色気を出しているつもりなのだが、普段のクラウディアを知っているジョゼフからすればギャグにしか見えない。


「なにがわかったんだよ」


「私と結婚したいんでしょ?」


「するわけねえだろ」


「ムッカー! なによ! 素直じゃないわね!!」


 手をグルグル回して殴ってくるクラウディアを、ジョゼフは頭を押さえて防ぐ。


「なに怒ってんだか。ああ、そうだ。狐面野郎を見逃したのは、あいつからロイ(・・)と同じ匂いを感じたんだよな」


 ムキーッと興奮していたクラウディアの動きが止まる。ジョゼフに向ける顔は露骨に嫌そうであった。


「ロイってあの勇者ロイのこと?」


「そうだ」


「私、あいつ嫌いなんだけど」


「お前、ロイと仲悪かったもんな」


「私も嫌い」


「きゃああっ!? あんたいつからいたのよ!」


 ジョゼフとクラウディアの会話にララがしれっと混ざる。さも最初からいたというような態度である。


「ま、まま、まさか。私とジョゼフのやり取りを……」


「最初から見てたし聞いてた。私がジョゼフを慰めたかったのに。クラウディアのエッチ、スケベ、変態」


「なーっ!? 違っ!! この! 待ちなさい!!」


 クラウディアがララを捕まえようと腕を伸ばすが、ララはスルリと躱して逃げて行く。そのあとをクラウディアが「待ちなさいよー!」と追いかけていった。残されたジョゼフはなにやら思案顔である。


「狐面野郎……ロイだけじゃなく、あいつ(・・・)とも同じ匂いがしてたんだよなぁ」

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