彼女が死んだ日
私は、永遠の眠りに溶け込む様にして、刹那目覚めの朝を迎えたのだ。
私は私の侭であり、家族も勿論私にとっての馴染みの面子であり、過去の経歴、及び
現在の状況に致る迄、見事な再現性だ。感服する、我が記憶力は覚醒している時よりも眠りに、ついて居る方が優れている事が現時刻を持って証明された。
おめでとう、睡眠時の私。
眠りに就いたのは、意識があったのは午前3時37分程だろうか、それ以後時計の針の動きを
脳に伝達した記憶が無い。
主が、寝ている隙にきっと時計は暴れ出すのであろう。
こっそり、悪戯をする。
誰も見てないのを良い事にがむしゃらに、針をぐるぐると狂った様に回すのかもしれない。
本日の私の目覚めは、いつもの朝に比較すれば、ありえない早さである。
それを、考えると時計は人知れず、暴れ回り
後片付けの段階に入っている所で、手も足も・・・いや、秒針も分針も動かせぬ様になったのだろう。
でなければ、こんな時刻に目覚める筈がない。どうやら時計の奴も、不意打ちを喰らったのかもしれない
時刻は8時に差し掛かった頃合いだ。
実に珍しい目覚め。
そして、私は死んだのだ。
私は病人だった。
何の病気かは知らないが、胃の当たりが酷く重く。
怠さと眠さが身体の上に、ぶらぶらとぶら下がり、不安定な足取りをしている。
場所は二階の居間に同じ様な子供達と、両親、兄と暮らしている。
あまり長くは持たないので、あろうか
所狭しと並べた布団のクローゼット側に身を委ね。
ちょこんと、そこに居座っている。
壁紙の色と入り込む風の臭いは
鮮明に覚えている。
どうやら、死期は間近に迫っているようだ。
似た様な症状の子供達が二人。
それから、一階にある、リビングでは祖母を始め、従兄弟達が揃っている。
最初は何故存在するのか、理解出来なかった。
私が死ぬのを待っているのだろう。
私は決心をした。
こんなに、辛いのなら死んだ事にしてしまおう。
男の子にそれを告げると
当然と言わんばかりに、彼は理解して笑った。
そもそも、私は何の病気なのであろう。
深く目を閉じる。
少年は寝室から飛び出すと
お医者様が駆け込んで来る。
私は、これで楽になると言う安心感に満たされた。
お医者様の陰が迫る。
私は息を殺した。
屍の降りをするのだ
医者が、私の閉じた瞼を無理矢理開いた。
光りが網膜を刺激する。
堪らない痛みが走る。これは、まずい私は内心焦った。
これでは私は、楽にはなれない。
医者は何を思ったのであろうか、視界には白衣を着た初老の男が入る。
「これは、まずい」
そう一言を告げると、私を布団に下ろす。
いまいち、落ち着かない位置に身を置いた私は寝返りを一つ打った。
これで、楽だ。
そう思うと寝たふりならぬ、死んだふりを決め込んだ。
誰も泣いてもいなかったし、
両親も訪れなかった。
時間の感覚もなく、ただ漠然と死体のふりをしていた。
しかし、あまりにもつまらないものである。
手も足も身じろぎ一つ出来ず、
夜が来れば家族の温かな談笑が
耳を刺激した。
私は、心配して構って欲しかった様だ。
二十歳になって尚も、幼稚な考えである。
そうして私は死体ごっこを辞める。
私は、自室でお気に入りのR&BのCDをかけ、お気に入りのスプリングの利いたベッドに腰をかけお気に入りの、ファッション雑誌を手に取ったり、
時には、階下に下りてリビングに居る親戚達と楽しく、談笑し食事を共にした。
どれ程の時が過ぎたのだろう、瞬きする程の早さでは無いが、
懐かしむ程長くも無い。
私は死ぬ、そう実感したのだ。
恐らく目を閉じ、気を抜いたら この世界が絶たれるであろう。
胃が熱く、身体が重い意識は朦朧とする。
私は布団から、身体を起こすと
隣の少年に
「死ぬみたい」と告げた。声を出すのが、こんなに億劫だったとは
私は泣きそうになりながら
「お母さんを呼んで来て」
と哀願する。
少年は跳び起きると、跳ねる様に部屋を出ていく。
私の意識は、一人ぼっちで死んでしまったらどうしようと不安になり
少年に使いを頼まなければ、良かったと後悔した。
私は、死ぬ間際になり、焦り出した。別れの準備は何一つ済ませていない。
お酒を飲んだ時によく起こる、
気持ち悪さを押さえ込む様に私は立ち上がる。
無理矢理身体を動かしてやった。布団の合間を拭い、紙を捜す。落書きや、在学中に使用していたのであろうか、裏表にびっしりと、ヘアアイロンの使用方法と名称が自筆で表記されている。これは、駄目だ。あれも
駄目だ。
5枚程のルーズリーフを視界から追いやると、今度は愛読の小説が目にとまる。
少し考えてから、まずいと理解する。
もう、猶予は無いと身体が告げて来る。
私は窓辺に、置かれている木目ベースの鉛筆を手に取る。
芯は丸く角は無い、私はそう言った鉛筆は元来使用しない。
メモを取るなら0・3ミリの青いボールペンや、カラフルなサインペン、シャープペンシルを好むのだ。
丸い芯の鉛筆は先日、映画館での買い物に記入した思い出と
幼い頃旅先で入った古い蕎麦屋のアンケートを記した際の記憶を連れて着た。
私は裏に、美容師法がぎっしりと刻まれたルーズリーフを手に取ると机に向かう事も出来ず、
必死に鉛筆を走らせる。
愛情深く、やさしい家族に少しでも、私の死を乗り越えれる様に、
悲しませない様にと必死で鉛筆を走らせる。
薄く、丸まったいびつな字が私の最後の言葉か、母は弱い人だ。
幼い頃に、私や兄が死んだら壊れてしまうと言っていた。
私は怖かった。私は両親から娘
を奪う。兄から妹を奪う。それなのに、母を奪う事は許されない。
1番上に母に向けたメッセージを書く。
三行、四行と言葉は膨れ上がる
二番目に父に向けたメッセージを書く。
途中で、気付き後悔した。
三人平等で言葉を書けば良かった。私には時間が無い。兄に向けるメッセージは最後まで綴れるだろうか?
間隔をあけ兄と父のメッセージを交互する
好き。と一生懸命に綴る。
口から液体が、目から涙が零れてくる。
母が来た。少年は間に合わせてくれたのだろう。
母がきつく、私を抱きしめる
私の涙腺は爆発した。涙が溢れ留まらず、それでも膝に抱えた
紙切れに、好きだよと書き続ける。
母は温かく、安心した。
泣いている私を宥める様にと
優しく抱き寄せた。
幼い頃に甘えた時の様な懐かしさが、幸福感が満たしてくれる
「いっぱい血を吐いちゃったね」
母の一言に私は唇あたりに右手の人差し指を滑らせる。
オムライスを食べた後の様にチャップ色の血がくっついていた。
あぁ、この胃の熱さは
私は納得した
「お母さん、お母さんありがとうありがとう」
感謝の気持ちと後悔の念が押し寄せてくる。あの時あぁしていれば、死にたく無い。助けて
「お父さんのオクスリよ、」
そう言い母は私の唇に何かを塗り付ける。
母の視界と私の視界はしっかりと結びあっていた。
「お父さんには内緒ね、仕事どころでは無くなっちゃうから」
母は諭す様に言ってくれた
うん。それが、良い。泣いてる父も兄も見たくない。尚更に私は死にたくないと思う。伝えたい言葉を消化しきるには、まだまだ時間が足りない。
涙声で
母を呼ぶ、あぁ父と兄に言葉を母が私の死を受け入れられる様に
「お母さん、お母さんありがとうありがとう、ありがとう」
狂った様にありがとうを言い続ける。
これだけじゃ足りないんだ。
母に抱き着きはしなかった縋る様に母を見ていた。
苦しい苦しい苦しい
嘔吐する前の胃の圧迫感
しかし、吐くのは血であろう。
そして命を吐き出すのだろう
14才で母の身長を越えてしまい、母より10センチも高い私は母の二の腕を掴み腹部に頭を寄せた。
お母さんお母さんお母さん
意識が爆ぜる
私は腹部の怠さで目を覚ます。
私は私の部屋の天井を見ていた。時計を確認すると、8字を差し掛かる頃であった。
夢、そう夢だ私は生きている。
私は目覚めた。何でも無い日常が始まった。
そうして夢の中の私は死んだのだと理解した
私の死を持って私は生きるのであろう。
今晩の夢に彼女が現れる事を私は願った。
お疲れ様です。読んで頂きありがとうございます。よろしかったら、感想評価をお願いします。この作品は唯茅の、見た夢をそのまま小説にしてみました・∀・