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裏切り

 息を切らし、必死に走って、走って、走る。少しでも気を緩めたら崩れてしまいそうだったから。

 めちゃめちゃに乱れて絡まった思考回路を振り捨て、ただひたすらに東の塔を目指す。

 城の内部は騒然としていた。あちこちで悲鳴が上がり、逃げ惑う人々と非難させようとする兵士でごった返し、思うように進まない。何度も人とぶつかったが謝る余裕もない。

 どうして。

 必死に考えないようにしても、セレナの文字が頭から離れない。筆跡からして、セレナを知る他の人間が書いた可能性はない。まぎれもなく、彼女の言葉だ。

 だが、彼女はクロフィナルなどという姓は持っていなかったはずだ。そもそもあれは、クロフィナルの王族だけが名乗ることのできる姓。セレナが使えるはずがない。……本来ならば。

 『女王』とやらがそういう意味だとしたら、そしてこの騒動もクロフィナルと関係があるのなら、戦争になりかねない。

 僕の、せいで。

 目の前が真っ暗になる。

 それでも足は止めない。止めたら、黒々とした絶望に押し潰されてしまう。

 東の塔に繋がる通路付近に差しかかった瞬間、風が頬を掠り、髪が数本落ちた。賊らしき男が数人とび出してくる。


「一般人だ!一般人がいるぞ!」

「ここで何をしている!危険だから離れなさい!」


 兵士が泡を食って走ってくるが、賊の方が速い。

 だから、腕を振り抜いて鳩尾に叩きつけた。そのまま反転して別の一人を蹴り上げ、落ちてきたところで踏み潰す。

 鼓膜が破れそうな不愉快な悲鳴と骨がひしゃげる音、敵も味方も関係なく僕に向けられる恐怖の眼差し。血の、匂い。

 纏わりついて離れないそれらは、いつの間にか僕の一部になっていたらしい。頭の中がかき混ぜられた状態でも、自然に感じるほどに。

 自嘲的な笑みがこぼれた。

 克服できたと、思っていたんだけどな。


『お前は弱い。何も知らない、何も知ろうとしない、逃げることしかできない。それは、お前が『弱虫』のままだからだ』


 知ってるよ、そんなの。

 僕の中の残酷な声が、僕を乗っ取ろうと囁いてくる。けど、『化け物』になるつもりはない。

 絶対にお前の手は借りない。

 影から躍り出た賊の腕を折り、放り投げる。ヒッと兵士が後ずさった。

 真っ青な顔で、ガタガタ震えながら、『化け物』でも見るように。


「怪しいものではありません、第四王女リラ・クラリス様に仕えている伯爵家の人間です。僕は一人でも大丈夫なので、どうぞ別の場所へ。僕はクラウス様を助けに行きます」


 はっきりとは名乗らなかったが、わかったらしい。あの狂戦士の、とか、『化け物』級のだとか呟くのが聞こえて、泣きたくなった。

 戦うのが好きなわけじゃない。誰かを傷つけるのも、誰かに傷つけられるのも嫌だ。

 それなのに、結局僕は力を取らずにはいられない。


『何て、愚か』


 どちらの声かわからなくなって、耳を塞いでもやまない。

 ただ、兵士たちに背を向け走り出した。血と死の匂いが漂う場所へ。




 人の波を走り抜けて、やっとのことで誰もいない螺旋階段を駆け上る。返り血を浴びすぎて、鉄臭いのが周りなのか自分なのか判別できなくなっていた。

 殺したかもしれない。

 もしかしたら、何人も。

 結果は見ていない。けれど、手加減する余裕はなかった。


『人殺し。覚悟がないまま、人の命を奪って、また言い訳でもするのか?』


 うるさい。うるさいんだよ。しばらく出てこなかったくせに。

 上りながら意識が朦朧として、途中何度か転びそうになった。痛みは感じない性質だが、何カ所か切られた打撃は大きい。

 けれど、いかないと。

 人殺しになってでも、クラウス様を助け出さなければならない。

 別れる寸前、あの人の様子はおかしかった。投げやりで、絶望しているようにさえ見えた。

 あの時、傍にいればこうはならなかったかもしれないのに。

 クラウス様にもし何かあったら僕の責任だ。だから、絶対に助けないといけないのだ。


『セレナは捨てたくせにか?』


「うるさいって言ってんだろッ!」


 叫んだ声が狭い空間に反響して、ぼやけた頭に響く。息が、苦しい。

 何が間違っていて、何が正しいのか、もうわからない。

 けど、前に進まないと。僕はもう、これ以上間違えられない!

 焦げ付くような肺を手で押さえて、階段を強く蹴り一気に上りきる。錆びついた扉を破る勢いで開け放つと、暗いところに慣れた目に強烈な光が突き刺さり、よろめいた。凍るような風が吹きつけてきて耳がキンとする。


「遅かったなぁ、ハル・レイス・ウィルドネット。お貴族様にはなめられたものだ」


 そこで聞こえるはずのない声が、嘲笑を含んで響く。

 ドクンと心臓が鳴った。本能が目を開けるなと叫ぶ。


「あれっ、久しぶりだね~?どうしたのかい坊ちゃん、顔上げなよ。死にたいの?」

「黙ってろネリー」

「はいはい。同胞にむかって何て顔するんだか」

「勘違いするなよ。貴様のような一族の面汚し、同胞なんかじゃない。私は、私の目的のために協力してやっているだけ」


 少女らしい甘さの残る声なのに、背筋が凍りつくような殺意のこもった言葉だった。

 そして、その殺意はナイフとなって僕の頬を掠り、後ろの壁に突き刺さった。


「ふざけるのも大概にしろ。それとも、皇子様の断末魔でも聞きたいのか?」


 せせら笑う声にゾッとして、僕は目を開けた。

 気味が悪いくらいよく晴れた冬空の下、北風に金色の髪を靡かせる二人の女が立っている。

 肉食獣めいた灰色の双眸の女は、かつてセルシアの夜会をライトと共に襲撃したネリー・オルコットだった。手にした剣をくるくると弄び、肉感的な唇を愉悦に緩めている。

 もう一人は、僕がよく知っているはずで、けれど知らない少女だった。

 いつも頭の横で結っていた髪をほどき、白と黒のエプロンドレスの代わりに漆黒のベルベットのドレスをまとっている。金に黒い石をはめ込んだ腕輪は、華奢な腕にはふつりあいだった。

 その腕輪を見せつけるように太陽にかざし、彼女は凄絶な笑みを浮かべる。


「これが何かわかるか?代々オルコット家の当主が受け継いできた腕輪だ。本当はお父様の腕にはまるはずのものだった」

「お、お父様?ソフィア、何言って……」

「私はフィリア・オルコット。オルコット本家前党首の娘にして、国王の粛清から逃れた唯一の生き残り。ソフィア・フリスという侍女など、最初からまやかしだ」


 ソフィアは、ソフィアだったはずの彼女は、尊大な眼差しでそう言った。

 ただでさえ、リラ様のことやセレナのことで動揺していたのに、更に突飛な情報をぶちまけられて、もうついていけない。

 ソフィアは何を言っているんだ?オルコット家は王様の大粛清で女子供も残らず処刑された。一族から追放されていたネリーは例外だが、生き残りなどいるはずがない。

 そこまで考えて、ハッとした。

 初めて会った時から、僕が貴族だからと目の敵にしていた彼女。一方で、大の貴族嫌いにもかかわらず、立ち居振る舞いは洗練されていた。夜会でクラウス様と踊った時など、ヴェールで顔を隠しているとはいえ、誰もが貴族の姫だと思い込んだくらいに。

 そして、オルコットは武の名門で、ほとんどの人間が金髪だ。

 確かに、いくつか当てはまる。けれど、だからと言ってそう簡単に信じられるはずがない。

 ソフィアは僕が嫌いだから、嫌がらせで騙そうとしているだけかもしれない。きっとそうだ。それで、あとで全部嘘だったと言うのだろう。

 そう思いながら、ガタガタと手が震えるのは寒さのためではなかった。


「……それより、クラウス様はどこ?ここにいるはずなんだけど」


 やっとのことで声を絞り出すと、ソフィアは眉を顰めた。


「それより、だと?伯爵家のボンボン風情が生意気な」

「まあまあ、いいじゃないの。坊やの気持ちもわかるよ~。だ、か、ら、教えてあげよう!」


 ケラケラと愉快そうに笑って、ネリーが巨大な柱の後ろに引っ込み、何かを引きずってまた出てきた。


「はい、これ」


 目を疑った。

 ネリーに頭を鷲掴みにされているのはクラウス様だった。

 ほつれた髪が青ざめた顔にかかり、苦しげに顔を歪めている。腕や足にナイフがいくつも刺さっていて、そこから溢れた違い服を赤く染めていた。


「クラウス様!な……どうして!?」

「言っとくけどその人痛めつけたのあたしじゃないぜ?よっぽど怨みでもあんのか、フィリアがめちゃめちゃにやったんだよ。しかも毒付き!まあ、ナイフ見ればわかるだろうけど?」


 頭を殴られたような衝撃に眩暈がした。

 あのソフィアが、クラウス様を刺した?それも何度も?

 有り得ない。そんなはずがあるか。

 そう思ってソフィアを見ても、彼女は冷ややかな目でこちらを一瞥しただけだった。

 どうして否定しないんだ。


「で、どうすんの、フィリア?まだストレス発散したい?あの坊やはこの人を探しに来たみたいだけど」

「好きにしろ。もうそいつに興味ない」

「だってさー、それっ」


 どんな剛腕なのか、痩せ型とは言え高身長のクラウス様をネリーは片手で投げた。慌てて受けとめ、呼びかける。


「大丈夫ですか!?いったい何が……」

「……逃げろ」

「え?」


 血の気のない唇を動かす。毒のせいか意識が朦朧としているようだったが、以外にも声はしっかりしている。

 いや、違う。必死なのだ。


「ソフィアは本気だ……。本気で、復讐するつもりだ。お前が強いのは知っているけれど二対一は厳しいだろう……。俺を置いて早く行け」

「何言ってるんですか!僕はあなたを助けに……」

「悪いのは、俺だから。ハルは関係ない」


 諦念の漂う哀しげな眼差しで、噛み締めるように呟く。その言葉と表情に、心臓を鷲掴みにされたようだった。

 違うのだ。もしかしたら、全部僕のせいかもしれない。少なくともクラウス様のせいではない。


「いつまでそこでグダグダやってんの?そろそろフィリアが苛立ってるよー、まあ時間を稼げた方がこちらとしてもいいんだけどね」

「うるさいっ!」


 僕は思いきり顔を上げて睨んだ。

 ネリーではない。冷然とこちらを眺める、ソフィアに対して。


「あんたは自分が何やってんのかわかってるのか!?抵抗しないクラウス様の利き手を徹底的に潰して、痛めつけて、復讐とクラウス様に何の関係があるんだよ!」


 数カ所をナイフで刺されていたが、その中でも右手の怪我は酷かった。道理で剣すら握っていなかったわけだ。

 もし剣を使えたとしても、クラウス様がソフィアを斬れるはずがない。それを思うとよけいに怒りが湧き起こる。


「オルコット家にあったことは知ってるけど、粛清したのは王様だ!クラウス様じゃない!そもそも、今までのソフィア・フリスは全部嘘だったとでも言うの!?」

「ああ、そうだ」


 突き放すような言い方に言葉を失う。


「私が名と身分を偽り城の内部に潜り込んでいたのは、我が一族の恨みを晴らすため。王女付きの侍女がオルコット家の生き残りだとは誰も思わないだろう。皇子との恋人ごっこも隠れ蓑にはちょうどよかった。……本当のことなど、何一つありはしない」


 欠片の躊躇いもなく、高慢に、冷ややかに、残酷な事実を突きつける。

 クラウス様が苦しげに顔を歪めるのを見て胸が軋む。同時に、足元がぐらついた。

 あれほどクラウス様を慕っているように見えたソフィアの姿は嘘だった。彼女は復讐鬼だったのだ。

 以前見た、ソフィアの憎悪に満ちた眼差しが脳裏を横切る。

 『化け物』とよく似た瞳。激情に取り憑かれた彼女に、何の言葉も届かないだろう。

 もし僕がクラウス様だったら絶望のあまり発狂するかもしれない。そして、その可能性がないわけではない。

 信じていた日常は、いとも簡単に崩れ去ってゆく。

 何が本当で、何が嘘なのか。誰が悪いのか。こびりついた疑問がいっせいに降りかかり、目の前を黒く染める。

 『化け物』が笑っている。嗤って、いる。


『殺そう。僕らにはそれしかないんだから。全部殺して壊して消してしまえば、嘘も本当も関係なくなる。楽になりたいんだろ?』


 ゾクリと肌が泡立つ。

 僕の中の『化け物』は、僕の心の柔らかい部分に入り込んで、唆してくる。

 殺せ、壊せ、消してしまえ。お前は『化け物』だ、どうせ何も変わらない。だって繰り返しているだろう?

 ズキズキとこめかみが痛みだす。これは、今頭に響くこの声は、どっちのものだ?


『セレナは裏切者のお前を許さないだろうね』


 やめてくれ。今、セレナの話を出さないで。


『セレナを裏切ってまで愛したリラ様も、お前に嘘をついている』


 リラ様は僕に嘘なんかついてない!

 消えろ、消えろ。もう『化け物』の声なんか聞きたくない。


『だったら、ここで見殺しにする?』


 いきなり意識が現実に引き戻されたのは、『化け物』の声のためか、それとも僕にも痛覚が残っていたからか。

 僕の腕にナイフが刺さっていた。それに続くように、ソフィアが放ったナイフが空を裂いて飛来してくる。

 避けようとしてハッとする。今のクラウス様は動けず、これ以上怪我をさせるわけにはいかない。しかも、あのナイフは毒付きだ。クラウス様と、いくつかの毒に耐性がある僕とではわけが違う。

 思わず舌打ちして、飛んでくる位置を把握し全て叩き落す。不愉快な金属音が響き、刃が皮膚を掠り赤い雫が床に滴り落ちる。

 ヒュウッと囃し立てるようにネリーが口笛を吹いた。


「さっすがぁ、黒の狂戦士ちゃんは違うね~。そっちの皇子サマは裏切られたってのにフィリアに剣すら向けられなかったけど、あんたは誰が相手でも殺しそうだ」

「うるさい!僕はそんなことはしない!」


 血を吐くような声で叫ぶ。

 ネリーが目を丸くし、ソフィアが眉を顰める。


「僕は殺したりしない、そんなことはしない、『化け物』なんかじゃない!裏切ってない裏切られてない……そんなの、そんなこと、は」

「黙れ屑が」


 飛んできたナイフが頬を掠める。ソフィアが靴音を高く鳴らし、蔑んだ目で近づいてくる。


「貴様のような汚物に負けた私の屈辱がわかるか?復讐のため、オルコット家の誇りにかけて磨いてきた技術を、錯乱状態の貴様に踏み躙られた。あまりの悔しさに何度死のうと思ったか知れない。皮肉なことに、それで踏ん切りもついたがな」

「は……?何言って……」

「王女リラ・クラリスが賊に襲われた時のことだよ、それとも覚えてないのか?嗤いながらヒトの骨を折り目を潰し、返り血を浴びてまた嗤って、私なんて絞め殺されるところだった」


 ソフィアは憎悪のこもった目で僕を睨む。

 そう言えば、確かにあの時以来ほとんどソフィアを見かけることはなくなった。

 なら、ソフィアがネリーの側についたのも、クラウス様を刺したのも、僕のせいなのか?

 結局、元凶は全て僕だった。

 僕さえいなければこんなことにはならなかった。


「リラ王女にはまあ、感謝はしているよ。わざわざこの私を指名してくれたおかげで、下っ端から成り上がれた。おかげでスパイ活動も楽になったものだ。全く、愚かな女だよ」

「ふざけるな」


 黒々とした感情が、それまでの自己嫌悪や後悔を飲み込んで怒りに変える。チカチカと視界が明滅した。


『お前を責める人間も、お前の大事なものを奪おうとする人間も、全部殺してしまえばいい。だってお前は、僕は、できるんだから』


 『化け物』の声が、不思議と心地よく感じた。ひたひたと、黒い液体が視界の端から流れ、鮮血と混じり合って足元を濡らす。


「君を殺しはしない。クラウス様を哀しませたくはないから。……けれど、ただで帰れると思うなよ」

「殺さないだの帰るだの、戯言とも大概にしたらどうだ?……だが、やっとやる気になったようだな」


 ソフィアは唇を歪め、初めて笑った。殺意と侮蔑のこもった陰惨な嘲笑を浮かべ、八本のナイフをきらめかせる。


「もともと私の目的はお前だ、ハル・レイス・ウィルドネット。そこのそいつは単なるおまけにすぎない。……あの日受けた屈辱を、お前を殺すことで晴らす。そして我が一族の名を掲げ、国王を始めとした豚どもを血祭りにあげてやるのだ!」


 歓喜の叫びを上げるソフィアに、ネリーが呆れたように、


「あんた、本当に面倒くさいやつだね……。まあいいや、あの坊やを殺すのあたしも手伝ってあげよっか?」

「断る。私一人の手で殺すことに意味がある。邪魔をするなら貴様を殺すぞ」

「本気で僕を殺せるとでも思ってるの?」


 自分でも驚くほど抑揚のない声だった。ソフィアの顔が歪む。


「何だと?」

「そうだ、どうせ僕は『化け物』をやめられない。破壊が僕の身体に染みついている限り、僕は『化け物』のままなんだ。その僕を、痛覚すらなくなってしまった僕を、殺そうって?」

「ああ、そうだ。殺してやるよ害獣。あの時の私とはわけが違う……貴様の身体をバラバラにして、王女にプレゼントしよう」


 挑発しながらも、怒りによる震えは隠せない。強烈な殺意はナイフよりもずっと重量を持って突き刺さる。

 足を一歩前に出すと、ぱしゃんと黒い水が跳ねた。繰り返し見た幻覚、吐き気がするほどの血生臭さ。結局僕は、何も変わっていなかった。

 『化け物』の言う通り、何もなかったことにしてしまいたかった。全部壊してしまえば楽になれるだろう。ソフィアに対しても、クラウス様を刺しリラ様を侮辱したことに怒りはある。力を抑えられるかどうかも怪しい。

 けれど、もし。

 本当に僕を殺せるなら。


『殺せ、殺せ。お前の進む道は、屍で創るしかない』


 嘲笑うこの声を消せると言うなら、その方がいい。

 狂気に染まりきれないのは、僕が変わったからではなく、何も変わっていなかったことに絶望したから。

 誰も信じられない。自分すら、嫌自分自身こそグラグラと不安定で、本当に消えてしまいたかった。

 これ以上間違えてはならないと思っていた。けれど、僕がこれまで生きてきたことが間違いだったのだ。


「本当にできるなら、『化けぼく』を殺してみろ」


 無理に挑発に変えた嘆きがソフィアの憎しみを煽るのがわかった。

 パキリと指を鳴らす。彼女がナイフに指を滑らせる。

 ほぼ同時に、僕らは殺し合うために地面を蹴った。

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