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追跡

 次々とシャンデリアが落下し、辺りは暗くなる。

 爆音や物が壊れる音、人々の悲鳴で騒然となる。

 一体何が起きているんだ。

 シャンデリアがないため辺りは真っ暗で、何も見えない。さっきから色々な人に足を踏まれている。

 混乱のせいでリラ様とはぐれてしまった。ここは危ないから、早く見つけて避難させなければ。あの人のことだから、何をやらかすかわかったものではない。

 人の波をかき分けていると、突然腕を掴ま

れた。


「ハルだな」


 声の主に驚いて反応できないでいると、腕を引っ張られた。そのままズルズル引きずられていく。


「さっき、黒いローブを着た二人組が逃げていくのが見えた。追うぞ」


 悲鳴と爆音が混乱を巻き上げる中、何故か避難しない皇子サマは、がんとして僕の手を放そうとしない。


「ちょ、ちょっと待ってください!何で僕なんですか!?兵士がいるでしょう?それに僕はリラ様を……」

「兵士はここを落ち着かせようとしているから無理だ。リラはもう護衛がついているだろう」

「しかし、クラウス様がいなかったら問題です!あの女の子もどうするんですか!」

「あれは、大丈夫だ。俺は俺で対処する」


 淡々とした言葉にこっちが詰まってしまう。しかし、何とか失礼のないように逃れなくては。


「僕は戦えないので無意味です!」

「馬鹿言うな」


 バッサリ切り捨てられた。悲鳴の渦の中でもよく透る声が、更に冷ややかになる。


「お前が喧嘩を吹っかけられて、返り討ちにしたという噂が流れているぞ。黒髪と黒い目の、どう見ても普通の少年に、腕の立つ男が一撃で骨折させられた、と」


 僕は瞬時に凍りついた。

 バルクさんのことを蹴り飛ばした時だ。それ以外有り得ない。引きこもってからの人生で最大の汚点がこの人の耳にまで届くと言うことは、絶対に広まってる。

 しかも、黒髪なんて僕しかいない。人違いにして逃げることは実質不可能。

 今すぐ地面に穴を掘って埋まりたい。何やってるんだろう、カツラでも被ってればよかった。そもそも挑発に乗ったのが馬鹿なんだろうけど。

 根暗スイッチが入ってされるがままの僕を、クラウス様は冷然と引きずる。その動作にはひとかけらの温情もない。


「僕は……本当は平和主義で……戦いなんか……」

「お前の事情は関係ない。ちゃんと走れ」

「もう……争いなんて……」

「黙れ」


 酷い。愚痴すら言わせてくれない。

 情けなく引きずられ続けて、どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 ふと気がつくと、会場の騒ぎは随分と遠のいていた。

 少し安堵するとともに、リラ様に対する申し訳なさに、胸が痛む。

 リラ様は一人なのに、おいてきてしまった。あれでも王女なので保護されているだろうけれど、心細い思いをしているかもしれない。

 いつか見た寂しそうな顔を思い出して、ズキリと胸が痛む。噂が本当なら、彼女はとても気の毒な境遇なのに。あとで、ちゃんと謝ろう。

 罪悪感を振り切るように、速度を上げる。廊下は爆破されてはおらず、シャンデリアの光が眩しい。

 無言で進んで行くと、遠くに黒いローブ姿の人が見えてきた。一人は背が高く、もう一人はそれより低い。


「……何ですかね、あの怪しすぎる二人。不審者ですアピールまで感じるんですが……」

「あれに決まっているだろ。行くぞ」

「うえぇ……」


 げんなりする僕に見向きもせず、二人組めがけて駆けて行く。しかし、そちらもクラウス様に気がついたようだった。


「おい、ライト!気づかれたみたいだぞ!」

「げっ!とにかく逃げろ」


 ライトと呼ばれた男は、ハスキーな声の女らしき人物と共に走りだす。


「待て!」

「誰が待つか!」


 緊迫した雰囲気には不釣り合いなセリフを残し、二人組は階段の手すりを超え、一気に飛び降りる。


「ちっ!」


 クラウス様は軽く舌打ちすると、懐から短剣を取り出し、シャンデリアの接合部分めがけて投げつけた。短剣は宙を舞い、正確に破損させる。耳をつんざくような音と共に、落下してきた塊はローブの二人組を押し潰した。


「なっ……」


 何てことするんだ、シャンデリア一個がいくらすると思っているのかとか、これの片づけはどうするつもりなのかとか、そもそも殺す必要はないのではとか、思うことは色々あったが、何も言えない。

 クラウス様の様子には迷いは微塵もなかった。シャンデリアの残骸を眺める藍色の瞳は冷え冷えとしている。

 この人は、僕とは違うのだ。

 当たり前の話だということはわかっている。過去から、家族から、大切な人から、自分から、あらゆるものから逃げてきた僕と、王族として後継者争いをしてきた人を比べるなんて、あまりにおこがましい話だ。

 『王子』ではなく『皇子』と呼ばれる者は、他国の王や皇帝との権力闘争に置いて、素晴らしい王に成長するであろう。セルシアで発掘された歴史書に書かれた、有名な一節だ。

それ自体はガセネタだったかもしれないが、そこから『皇子』という表記がたまに使われるようになった。『皇子』の敬称を与えられるのは、王家の後継者争いを勝ち抜けると判断された人間だけ。現王も『皇子』と呼ばれていた。

次の王ということで命を狙われたことも少なくはないであろう彼の人生は、過酷なものだろう。今の判断も、その覚悟の表れ、なのだろうか。

 少し、息苦しい。有りもしない鉄と蜜の匂いが鼻腔を掠り、眩暈がする。遠い遠い、昔の記憶。忘れようとしても身体に刻まれ、それは呪いのように僕を縛る。


「死んだら面倒だな。どこから送り込まれたのか、見当がつけにくい」


 淡々とした声に我に返る。

 いつの間にか、クラウス様はシャンデリアの残骸の傍に立っていた。慌ててあとを追うと、こちらに顔を向ける。


「お前は、こいつらが死んだと思うか」

「……普通なら死んでるでしょう」

「まあな。だが、もしかしたら、まだ生きて……」


 クラウス様の言葉が途切れた。同時に、ガラガラと耳障りな音が轟いた。シャンデリアの、残骸から。

 嫌な予感に残骸の方に顔を向けると、四本の手がガラクタをかき分け、黒い布の端が見え、ついに上半身があらわになった。


「ぷはー!死ぬかと思った」

「いや、お前、それくらいじゃ死なないだろ」

「でもさー。おかげでローブがボロボロになっちゃったんだよねー」

「俺も。これじゃ意味ないじゃん」


 残骸から出てきた二人は、呑気な会話を繰り広げている。黒いローブは擦り切れだらけになっていたが、全くと言っていいほど無傷だった。

 有り得ない。

 息が止まりそうなほどの衝撃で、体が硬直する。

 何で、無傷なんだ。シャンデリアの下敷きになったはずなのに。そんな、人間らしくない人間が、何人もいていいはずがない。

 ふいに、二人組がこっちに顔を向け、ニヤリとした。


「驚いたかな?悪いけど、俺らはこんなんじゃ死なないよ。まあ、一介の皇子サマってだけで追ってきたその自信は褒めてやるよ」


 からかうような男の言葉は、クラウス様に向けられていた。冷やかな無表情が、僅かに歪む。

 クラウス様は腰に挿していた長剣をスラリと抜いた。


「ちょっと待った!自己紹介もしてないのに、剣を向けるのはやめてよ。あたしはネリー。で、そっちがライト」

「おい!何名乗ってんだよ!」

「いいじゃん別に」

「よくねー!旦那に怒られるのは俺なんだぞ!」

「知るか」


 ネリーと名乗った女はそっぽを向き、ライトと呼ばれた男はこめかみを押さえる。この二人はどうしてこんなにも余裕なのだろうか。

 ネリーは長い金髪に鋭い灰色の瞳、ライトは鳶色の髪に同色の瞳。どちらも二十代後半で、様子からはパーティーの乱入者とは思えない。

ネリーは僕らを品定めでもするように見ると、唇の端をつり上げた。


「そこの黒髪の坊やは戦う気もなさそうだけど、世継ぎの君はそうでもないみたいだね。よっしゃあ、ライトよろしく」

「何でだよ!」

「あたしは傍観者も好きなんでね〜」


 ライトは迷惑そうに溜息をつくと、シャンデリアの残骸を蹴っ飛ばし、数歩前進する。ボロボロになったローブの内側に手を突っ込み剣を取り出すと、困ったような笑みを浮かべた。


「俺は、できれば穏便にことを運びたいんだよね。だから見逃してはもらえ……」

「ふざけるな。貴様らは俺が始末する」

「……やっぱりそうなるか」


 ライトは肩をすくめると、剣を構えた。クラウス様も体制を整える。

 皇子と不審人物が対峙する場面、何て非現実的なんだろう。いっそ、これは夢なんじゃないだろうか。

 遠くでは未だに騒ぎが収まらないようで、こちらに誰かが来る様子はない。

 仕方がない、ここは大人しくしていよう。

 憂鬱な気分で部屋の隅に移動し、二人の様子を見守る。ネリーは反対側の壁に寄り掛かって眺めている。

 どうしてこんなことに巻き込まれてしまったのだろう。僕は平穏な日々を送りたいのに。

 遠くで何かが爆発する音が轟いた瞬間、クラウス様が跳び上がった。


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