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繰り返しのその次は

「おいし~」


 リラ様が屋台で買ったパンを頬張りながら言う。さっきから食べ物しか買わないのだが、いいのだろうか。

 おまけに、リラ様は豪華な料理を食べ慣れているはずだ。その辺で買うものは粗悪品だと思うのだが、普通に美味しいと言って咀嚼している。物珍しさがそう思わせているのかもしれない。


「ハルも食べる?」

「いいです。……楽しそうですね」

「ハルは楽しくないの?」

「一緒にいるのがリラ様じゃなければ楽しかったかもしれませんね」

「何それ」


 ムスッと頬を膨らませるリラ様を無視して、辺りを見渡す。特に不審な人間はいないけど、リラ様は相変わらず注目を集めまくっている。いい迷惑だ。

 けれど、楽しくないわけでもない。僕にとってもこういう体験は珍しかった。


「よーし、次はどこに行こうか!」

「城に帰りましょう」

「いやでーす。……あ、あそこで何かやってる!」


 指さす方を見ると、奇抜な格好をした数人の男が変わった踊りを披露していた。跳んだり跳ねたりと結構激しいし、笛吹の伴奏も奇怪だ。それがうけているのか、周りにはたくさんの人がいて、麻袋には銅貨がぎっしり詰まっていた。


「何でしょうね、あれ。異民族の踊りかな……って、ちょっと待ってください!」


 僕の制止も聞かずにリラ様が駆けていく。そうして、ちょうど横切ろうとしていた通行人に派手にぶつかった。華奢な身体を慌てて抱き留める。


「何してるんですか!」

「いたた……ごめんごめん。ありがとう」


 一方、ぶつかられた男は大袈裟に喚き立てていた。


「おいテメエ、誰にぶつかってんのかわかってんのかぁ、ああん!?」


 何だこのデジャヴ。前にもこんなことあった気が。

 男は成金趣味な服装に大量の指輪と腕輪をつけた下品なオッサンだった。後ろに屈強そうな護衛らしき人間を五人も連れている。


「知らないわ。初対面だし」


 リラ様の無邪気な返答にオッサンは青筋を立てて怒鳴った。


「調子乗ってんじゃねえぞ!ここらでオレのことを知らねえ奴なんかいないってんだよ!」

「そんなこと言われても、この辺詳しくないし」

「ちょ、リラさ……リラ!」


 念のため敬称を外して叫ぶと、リラ様がびっくりしたようにこちらを見た。その隙に割り込んで頭を下げる。


「本当にすみませんでした」

「すみませんでしたで済むとでも思ってんのか、ガキ!?」


 そんなにぶつかられてくなかったら馬車にでも乗ってろ、成金が。大方、金と護衛で威張り散らしているろくでもない奴なのだろう。

 オッサンの言う通りここらでは名が知られているらしく、周りの人々は青ざめた顔で遠巻きに見ている。笛の音も踊りも止まっていた。


「ぶつかったこと、ごめんなさい」


 リラ様が進み出て、上目遣いに見上げた。大きな瞳がキラキラと光り、しおらしそうにしている。絶対猫被りだけど。

 オッサンがまじまじとリラ様を見つめる。それからニヤリと厭らしく笑った。


「それじゃあ、お嬢ちゃんで弁償してもらおうか」

「弁償ってなに?何も壊してな……」


 オッサンがリラ様の手首を無遠慮につかみ、腰に腕を回した。嘗め回すようなその視線に虫唾が走る。


「久々の上玉……」

「黙れ」


 オッサンのにやけた面を殴る。勢い余って、奴はそのまま吹っ飛んだ。

 あまりにムカついたため、力を加減するのが大変だった。歯の一本や二本は折れたかもしれないが、どうせろくでなしなのだからかまいやしない。

 護衛達が吹っ飛んだオッサンの元に駆けてゆく。少しして、あちこちから悲鳴が上がった。


「大丈夫ですか?手首、捻られてましたよね?」

「う、うん。大丈夫だけど。それより……」


 リラ様が困ったように眉を下げる。


「大騒ぎになっちゃったね。ごめんなさい」

「いいですよ。殴ったの、僕ですし」


 本当は顔を殴らなくても、穏便にリラ様を取り返す方法はいくらでもあったのだ。リラ様のせいではない。


「おい兄ちゃん、何やってんだ!早く逃げろ!」

「あの護衛達にボコボコにされて、酷い殺され方するぞ!そっちの女の子も早く!」


 親切な何人かが叫ぶ。やはり、威張り散らしていたということか。

 なら、いいよね。


「ハル、どうする?今なら逃げ……」

「こんのガキがあああっ!」


 オッサンが醜く顔を歪めて走ってきた。頬が腫れ上がり鼻血が出ている。が、王女様に手を出したとなれば、普通はその程度では済まないだろう。


「殺せ、こいつを殺せっ!八つ裂きにして広場に晒せぇ!」


 ふがふが叫ぶオッサンを追い越し、護衛が剣やらナイフやらを持ってこっちに来る。

 ふと、思い出した。既視感の理由。

 リラ様に仕えてすぐの頃、バルクという兵士にぶつかり、喧嘩をふっかけられたことがあった。あれと状況が少し似ている。だが、大きな違いがあった。

 僕に直接やってきたか、リラ様に手を出したかの違いが。


「ハル、いいから逃げよう!大事になったらマズいよ!」

「大丈夫です。すぐに終わらせますから、そのあと逃げましょう」


 顔も見ずに答え、パキリと指を鳴らす。久々の感覚だ。

 剣を振りかぶる護衛の間をすり抜け、ナイフの軌道を躱し、遅すぎる攻撃をよける。所詮金で雇われた護衛じゃ、相手にならない。

 うち一人の懐にとびこみ、腕をつかんで放り投げる。くるりと反転し、背後の男に蹴りを入れて気絶させた。

 どよめきが上がる。それが気に食わないのか、オッサンは残りの人間に汚らしい罵声を浴びせている。

 僕がこうしている間にリラ様に何かあったら大変なので、相手をしつつ視線はほとんど彼女に向いていた。そのため、よけたり殴ったりは全く問題ないのだが、力の加減が難しい。でも本気でやったら取り返しがつかなくなりそうだし。

 そうやって、色々考えて油断していたのがよくなかった。

 急に強く風が吹いて、僕は咄嗟に顔を腕で庇った。かなりの突風にあちこちで悲鳴が上がる。


「く、黒髪だ!あの兄ちゃん黒髪だぞ!?」


 うん?


「黒髪だ!目も黒いし、外人か?」


 いえ、僕はセルシアで生まれ、ほとんど国外に出たことがないほどのセルシア育ちですけど。いや、そんなことはどうでもよかった。

 帽子で隠していたはずなのに、僕の容姿のことで騒ぎが大きくなる。


「ハル!帽子が風で飛んじゃったのよ!」

「……ですよね!だと思いました!」

「ハル……黒髪に、黒い目?」


 護衛のうちの一人が首を捻って呟く。そして、みるみる青ざめた。


「ハル・レイス・ウィルドネット!『化け物』の!」


 ゾクリと肌が泡立った。

 何故僕の名を知っているのかよりも、『化け物』という言葉に動揺した。指先が冷たく痺れてゆく。


「は?なんじゃそりゃ」

「知らないのか?あいつは……」

「何をごちゃごちゃ喋ってる!早くそいつを痛めつけて、娘を連れて来い!」


 娘という言葉に、遠のきかけた意識が戻る。振り返ると、心配そうに、少し悲しげにリラ様が僕を見つめていた。

 そうだ。『化け物』なんてただの単語に過ぎない。何より、リラ様がいるのにまた同じことをするわけにはいかないのだ。

 大丈夫ですと言う意味をこめて、へらっと笑ってみせる。リラ様が目を見開いた。

 強く拳を握り締める。恐れていた言葉を、平気なように装って、放った。


「そうだ、あんたの言う通り、僕の名はハル・レイス・ウィルドネット。ウィルドネット伯爵が子息。第四王女リラ・クラリス様に仕えている、『化け物』だよ」


 今までで一番大きなどよめきが広がった。


「は、伯爵様!?……には見えないけど……?」

「リラ・クラリス様って誰?」

「聞いたことある!噂によると確か、絶世の美女で……」

「ば、『化け物』って……そういえばこいつ、黒髪だ!」

「まさか、本人じゃ……」

「本人だよ、もちろん」


 たくさんの視線が一斉にこちらを向く。冷汗がだらだらと流れ、今すぐ間の前の男を気絶させて逃げたい衝動に駆られる。

 けれど、それじゃ駄目なのだ。

 リラ様の隣にいるには、もう『弱虫』のままでは許されないのだと、わかってきたから。


「そ、そんなのガセネタに決まってる!テメエ、ふざけるのもたいがいに……」

「確かめてみる?貴族の僕に不当に手を出したとなれば相応の罰が待ってるよ。……それとも」


 パキリと大袈裟に指を鳴らした。ヒッとすくみ上ったオッサンに向けて、一歩足を踏み出す。


「僕がどうして『化け物』と呼ばれているかのほうを、試してみる?」


 にこっと愛想よく笑って見せる。

 それでも引く気がないようなので、もう一歩、歩み寄る。震えそうになる唇を噛み締めて。


「お、お前が本人だって証拠はどこにある!?噂の狂戦士がそんな女みたいな顔の子供なわけあるか!」

「僕の噂は知ってるんだね。なら、これも知ってる?」


 ふらりと重心を傾けて、腰の引けている護衛の後ろに回り、腕をつかんだ。


「その女みたいな顔した子供が、王女様を襲った賊の四肢を素手で折ったって話」

「え?……や、やめろ!やめてくれ!」


 遅れて状況を理解した護衛が悲鳴を上げる。もう一人は主人と仲間を置いて逃げ出した。


「どうする?力の加減を間違えると折れちゃうかもよ?」

「頼む、助けてくれっ!悪かったから!」

「なら、とっとと消えて」


 パッと手を離す。護衛がよろめき、青ざめた顔で逃げ去ってゆく。

 一人残されたオッサンに向き直り、言った。


「どうする?今すぐ立ち去るならなかったことにするよ」

「このっ……『化け物』が!死んでしまえ!」


 一瞬、視界が紫に霞んだ。哄笑と、怨嗟の声が頭の奥で響く。

 僕は死んだ方がよかったのかもしれない。生きている価値はないのかもしれない。

 けれど、僕は図々しく、死にたがりながら生きてゆく。

 甘い笑い声を振り切り、思い切り舌を噛んだ。痛みと血の味が広がり、視界が元に戻る。

 あのオッサンはどこにもおらず、かわりに割れるような拍手が僕とリラ様を囲んでいた。


「……えっ?な、なにこれ」

「えっと、普段から乱暴を働いている人たちを追い払ったから、英雄視されてるみたい」

「何ですかそれ!?」


 ギョッとしている間に人が押し寄せてくる。あれはどうやったんだとか、偉いだとか、およそ僕には不つりあいな賛辞が溢れ返って、目が回りそうだ。恐怖も嫌悪も覚悟していたけれど、こんな反応は予想外だ!

 どうしよう。そもそも目立たないことが第一なのに、目立ちまくっている。僕のせいで。どこかで暗殺部隊が見張っているだろうから、あとでお咎めがあってもおかしくない。

 一気に血の気が引く。助けを求めるようにリラ様を振り向き、息を飲んだ。

 興奮する群衆の中で、泣きそうな表情でうつむいていた。潤んだ瞳から今にも雫がこぼれそうで、それに耐えるかのように苦しげな笑みが浮かんでいる。

 こちらまで、哀しくなりそうな痛ましい笑み。泣くかわりのようなそれに、心が決まった。

 あとで処罰されるかもしれないが、構わない。


「ごめんなさい!急いでいるので!」


 声を張り上げつつ、リラ様の手を取った。そのまま抱き上げ、地面を蹴る。


「ちょ、ちょっと、ハル!?」

「逃げます!しっかりつかまって!」


 囃し立てるような口笛を無視し、リラ様を抱えたまま走る。屋台の間をすり抜け、裏路地に入り、グネグネと曲がりながら逃げ続ける。


「と、止まって!落ちる、落ちるから!ていうか、もういいでしょう!」

「まだです!あと、つかまってくださいって!」

「何でまだなの!」

「王家直属の暗殺部隊を振り切ってやるんです!」

「な……馬鹿じゃないの!そんなことしたら、お父様につけこまれるわよ!」

「いいんです!……この体制じゃスピード上がらないので、すみません!」

「何が……きゃっ!」


 リラ様を真上に投げ、背中で受け止めた。軽い衝撃を確かめた後、また走る。少しの間大人しく背負われていたリラ様が、我に返ってギャーギャー叫んだ。


「ひっどおおおい!人を荷物みたいに扱って!ていうか、何で暗殺部隊を振り切ろうとしてるのよ!」

「あとで言うので黙ってください!」

「最低!そんなんだからモテないのよ!」

「僕が好きなのはリラ様だけだから別にいいですっ!」


 暴れていたリラ様の動きが止まった。


「なっ……なに、言って……!」


 怒ったような照れたような声に、思わず足を止めた。

 勢いで僕は何を言った?ものすごく恥ずかしいこと言わなかったか?

 自分で叫んだ言葉の意味を理解し、カアッと頬が熱くなる。気が付けば、また僕らに視線が集まっていた。


「うわあああっ!忘れてください!今のナシ!ナシで!」

「自分で言ったんじゃない!しかも全然かっこよくないし!」

「悪かったですねダメ人間かつ普通顔で!」


 恥ずかしさから速度をめちゃくちゃに上げる。穴があったら入って埋まりたい。リラ様を背負ってるからやらないけど。

 かなり乱暴な扱いになったことに、リラ様は文句を垂れ流している。が、僕はこれ以上何も言うまい。口を開いたらまた変なこと言いそうだし。

 無視し続けていると、唐突に文句が切れた。諦めたのかと思うと、それまで控えめに僕につかまっていた腕が首に回された。軽すぎる身体が、ほんの少しだけ重さを増す。


「……ばか」


 掠れた声が鼓膜を揺らした。

 また、泣きそうな声だった。


「馬鹿じゃないの。私が何のために……頑張ってるか……」


 ドキリとした。

 何のことかわからないのに、どうしてか後ろめたいような気持になる。

 それきり、リラ様は何も言わず、僕も暗殺部隊を振り切ることに専念した。


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