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砂上の宴

 身支度を終え、何気なく外に目をやる。贅を尽くした馬車が次々に門をくぐり、会場を目指す。

 今日は国王様の新たな側室入り、そしてアンジェラ様の婚約祝いのパーティーの日。

 話ではそれなりに内輪な集まりにするとは言っているが、きっとお偉い様方がたくさん来るのだろう。

 それはそうと、早くリラ様を迎えに行かなければいけない。僕は隣の部屋に行き、ノックした。


「リラ様、入っていいですか?」

「ちょっと待って~!もうちょっとだから」


 遅い。

 メイドに手伝わせないからこんなに時間がかかってるんじゃなかろうか。せめてソフィアを呼べばいいのに。

 と思った時、急にドアが開いた。


「えへへ、どう?」


 銀髪を高く結い上げ、菫色のドレスを纏ったリラ様が軽く照れ笑いを浮かべながら言った。


「どうって、何がですか?」

「え?ほら、衣装の話」

「いつもとたいして変わらないので、大丈夫です」


 すると、子供っぽく頬を膨らませて。


「ハルの馬鹿!」

「何ですねるんですか」

「すねてなんかないわよ」


 どう見てもすねてるとしか言いようがない表情で、先に歩きだしてしまう。

 リラ様がどんな言葉を欲していたのかはわかっている。わかっているけど、言えるはずがないだろう。……本当に綺麗だったから。

 僕は顔が赤らむのを感じつつ、リラ様の後ろについていった。




 会場はすでに人で溢れかえっていた。

 貴族特有の愛想笑いを浮かべつつ、商談や政治の話に花を咲かせる人々。華やかな装い、眩い宝石や煌びやかな音楽の中、交錯する冷ややかな眼差し。少し、気持ちが悪い。

 思い返せば、僕は社交界の場に出たことがほとんどないのだ。のこのことついてきたことに、今更ながら後悔の念が押し寄せる。


「五日間でよくこんなに人が集まったわね~」


 リラ様は感心したように言った。いつ入手したのか、ちゃっかり淡いピンク色のカクテルを手にしている。


「あの……お酒飲めるんですか」

「飲めるわよ。十五歳からだもの」

「それは知ってます。僕が言ってるのは、お酒を飲んでも平気なのかってことです」


 リラ様はカクテルをじっと見た後、何を思ったかいきなり飲み干した。

 カクテルグラスを通りかかったのメイドに渡し、にっこり笑う。


「ね、大丈夫でしょう」

「……そうでしょうか」


 あれくらいの量でない胸を張られても困る。

 しかし、リラ様は珍しそうに色とりどりのカクテルに見入っているので、もはや止めようがなかった。

 楽しそうにカクテル選びをするリラ様を横目で見守っていると、突然袖を思い切り引っ張られた。驚いて振り返ると、目をつり上げたミーナ様が睨んでいた。


「どうかしましたか?」

「どうもこうもないわ!あれ見てよあれ!リラも酒飲んでないでこっち見てよ!」

「ほへ?」


 どこで入手したのか白身魚の香草あえの皿を右手で抱え、左手でオレンジ色のカクテルを持ちこっちを向く。

 ミーナ様は愛らしい唇を尖らせて、


「あれ」


 指さす方向には、玉座に腰掛ける王様がいた。長い栗色の髪をきらびやかな長衣にたらし、誰もが目を奪われるような魅力的な微笑を浮かべていた。遠目にも華やかで眩い。

 その隣で無表情でたたずむクラウス様は王様と顔立ちはそっくりだが、醸し出す雰囲気がまるで違う。シャンデリアの光を浴びる様子は冷え冷えとして、どこか苛立っているようにも見えた。そして、ふと気づく。


「……あれ、誰?」

「知らないわよっ!」


 ミーナ様が噛みつくように言う。今にも歯ぎしりしそうだ。

 クラウス様に寄り添うように、小柄な少女が佇んでいた。

 黒レースのドレスは裾がかなり短く、膝辺りまでしかない。そこから伸びる足は華奢だがしなやかで、小さな足を光沢のある黒い靴が覆っている。頭から漆黒のヴェールを被っているため顔は見えないが、ヴェールからこぼれる金色の髪は艶々とシャンデリアの光に輝いている。

 喪服のような黒づくめ、丈の短いドレスに厚いヴェール。この場にはとても相応しいとは言えない、異様な姿だ。

 少女に気づいた貴族達も、奇異の目を向けつつひそひそ話している。

 リラ様は少女をじっと見つめ、こてんと首を傾げた。


「せっかくあんなに綺麗な金髪なんだから、ヴェール外せばいいのに……」

「そこですか!?」

「だって、もったいないじゃない」

「そういう問題じゃないですから!もしかして酔ってるんですか」

「失礼な。私は正気よ!」

「茶番劇やってる場合じゃないでしよ、馬鹿コンビ!」

「ミーナはあの子の髪、綺麗だと思わないの?」


 すると、ミーナ様は顔を真っ赤にした。


「あ、あたしが赤毛だからって……!別に、そんなの気にしてないもん!」


 悔しそうに赤いツインテールを握り潰す。リラ様が何か言おうとするのも遮って、


「そんなことより、あの女、お兄様と踊るのよ!」

「………………は?」


 リラ様とはもったが、そんなことよりも今の言葉に気を取られて、固まってしまった。

 誰が、誰と踊るって?


「お兄様は世継ぎの君だから、こういう時は嫌でも踊らなきゃいけない。そういう時、いつもお父様が選んだどこぞの馬鹿女と踊ってたのよ」

「そういえば、そんなこともあったような……」

「忘れてたの!?馬鹿ね、ばかばかばーか!」


 今の言葉は完全に八つ当たりだ。ミーナ様が叫ぶたび周りの人が何ごとかと振り返る。注目されているのが僕ではないとは言え、視線が痛い。

 しかし、怒りはまだまだ収まらないようだった。


「もうやだぁ……やだやだやだ!今までは、お父様が選んだ相手だからしょうがないって言う前提があったからよかった。けど、今回は……お兄様自身が連れてきた女だったのよ!」


 最後の言葉を理解するのに、かなり時間がかかった。

 クラウス様が?女を?連れてきた?……は?


「何それ、新手の冗談?」

「ちっがーう!」


 正直、今はリラ様に同感だった。

 クラウス様は王様と違って、全ての縁談を容赦なく切り捨て、何かの際言いよってくる全ての女性を冷たい瞳であしらい、女嫌いだとか潔癖症だとか、男が好きなのでは、なんて酷い噂が流れるほどだ。

 そんなクラウス様が、つれてきた?


「あの女、ふざけてるのよ!名前は名乗らない、一言も喋らない、絶対にヴェールを取らない!きっとお兄様は騙されてるんだわ!」

「ですが、ミーナ様、まだそこまで親しいかどうか……」

「あたし決めたわ」

「は?」

「あの女を抹殺する」


 大変物騒だし冗談みたいな発言だが、ミーナ様は大真面目だった。


「お母様の友人に、有能な占い師がいたはずよ。その人に呪いのやり方を教えてもらって、お兄様に近づく女はすべて排除するわ」


 因みに言うと、占い師は別に呪いの専門家ではない。


「それ、本気?」

「本気に決まってるでしょ。お兄様のためなら、何だってやるわ」

「ミーナ、落ち着いて!呪いなんてよくないわ」

「……いいの。お兄様を守るために、あたしは占い師として呪いの道を極めるわ」

「あのー、占い師は占いをするんであって、呪いは関係な……」

「その占い師もパーティーに来てるはずだから、お母様に聞いてくるわ!」


 決意に燃える緑色の瞳をつり上げ、口元を結び、止める間もなくぱたぱたと走って行ってしまった。

 呆気に取られて固まる僕と、苦笑いをするリラ様が場に残された。


「……行っちゃいましたね……」

「うん……。ミーナはちょっと……クラウスに執着しすぎというか……」


 ブラコンにもほどがあるというか、あのお姫様は将来他国に嫁げるのだろうか。

 クラウス様もあんな妹がいると大変だろうとぼんやり思っていると、突然周りの談笑がやんだ。

 玉座に座っていた王様が、スッと立ち上がる。


「今日は、私の新しい妻と娘のアンジェラの婚約のために、このパーティーを開いた。集まってくれた皆の者には、心から感謝している」


 よく透る柔らかな声が、朗々と響き渡る。王様は華やかで凄みのある美貌に、微笑みを浮かべて言った。


「それではまず、新しい我が妻を紹介しよう」


 王様が手を差し伸べ、美しく着飾った女性が優雅に歩み寄る。

 宴の始まりだ。そして、僕の日常の終わりの合図だとは、まだこの時は知る由もなかった。




「始まったようだな」


 無機質な声が淡々と言った。光のない部屋に、冷たく響く。


「やっぱり女王様はすげぇな」

「当たり前なこと言ってんじゃねえよ、馬鹿」

「馬鹿って何だよ!この怪力女!」

「んだとてめえ!」

「……お前ら、油断しすぎだ誰かに聞こえたらどうする」


 呆れたような声に、二つの影が縮こまった。


「すいません」

「ちょっとは悪かったかもな。ちょっとは」


 暗がりに長い溜息がこぼれ、そよ風にすらかき消されてしまいそうな、ひそやかな会話は続く。


「で、いつ動き出すんだ」

「もう少し……様子を見よう」

「はあ!?もう行っちゃえばいいじゃん!」

「その意見には俺も賛成。待ったって関係ないだろ」

「いいや、ある」

「どこに」

「このパーティーの興奮を一気に高まったところで壊せば、最高の演出になる」

「ふーん。それっていつ」

「わからない。だから、もう少しだけ待つと言ってるだろう。……それ以上口ごたえするなら、その不要な口を裂くぞ」

「わ、わかったよ」

「時間まで待機。いいな」

「了解」




「話……長いよ」


 リラ様が不満げに唇を尖らす。

 祝辞やら何やらで、リラ様の退屈度は増したらしい。


「仕方ないでしょう。これが普通なんですから」


 他の人に聞こえないように、声を潜めて言う。すると、


「それにしても驚いたわ……」

「何がですか?」

「アンジェラ姉様の婚約の件よ」

「……クロフィナルですからね」


 玉座から少し離れたところで微笑むアンジェラ様の嫁入り先、クロフィナルを思い浮かべた。


 クロフィナルは医術や薬の開発が進んだ大国だ。薬草が豊富にあり、医者も薬剤師も大勢いる。各国の王族や貴族は、どれほどの大金を払ってでも病気や怪我を治そうとするので、当然のようにクロフィナルには政治力も経済力もある。

 多くの国が、クロフィナルと同盟や婚姻を結び、医療技術や有能な医者を取り入れたいと思っている。他の国ならクロフィナルの王族や有力な貴族と婚姻関係を結んだって、別に驚いたりはしない。

 しかし、ここセルシアは、長い間クロフィナルと敵対関係にあった。

 始まりは、クロフィナルが雑草を薬草と偽り、セルシアの王族に売ったことからだと言われている。その頃のセルシアの王女は重い病気だったが、クロフィナルの詐欺行為のため、結局そのまま亡くなってしまった。王女が助からなかった原因が判明したのちに、セルシアはクロフィナルへの貿易を停止。クロフィナルはこれに対抗して、セルシアから医者を撤退させるなど圧力をかけた。

 そうこうしているうちに、セルシアとクロフィナルは他の同盟国も巻き込んで、何万人もの犠牲者を出した大規模な戦争を起こした。

 遠い昔の戦争だが、それによる遺恨はあまりにも大きい。こじれにこじれたセルシアとクロフィナルの関係は、すでに修復不可能なはずだった。


「なのに……そのクロフィナルに自分の娘を送り込むなんて……」


 まるで人質だ。


「あの突拍子もないお父様だから、仕方ないのよ。アンジェラ姉様は可哀そうだけど……。でも、末の王子と結婚するみたいだし、勢力争いや暗殺の心配はないわ」

「ええ。王様も、それを考えて力のない末の王子を選んだのでしょう」


 それに、今のクロフィナルの末の王子は階級の低い貴族が母だ。一方アンジェラ様は名家・ファーネス家と王族の血をひく王女。政治の問題も絡んでくるし、そう酷い扱いはしないだろう。

 クロフィナルの経済力を考えれば、王様の判断は優れていると言える。

 それでも、この婚約は危険だった。王様が宣言した時、空気が音を立てて凍りついたほどだ。

 しかし、リラ様は別段心配そうな様子も見せず、にっこりと笑った。


「……それにね、アンジェラ姉様なら絶対大丈夫」


 温かな、信頼に満ちた声。リラ様の笑みから、アンジェラ様を信じているのが伝わってくる。

 心の柔らかい部分を針で突き刺されたみたいに、胸が小さく痛んだ。

 これ以上、純粋な心を見せないでもらいたかった。自分が嫌で、嫌で、どうしようもなくなる。


「……それでは、私の息子であり将来のセルシアの王であるクラウスに、一曲踊ってもらおう」


 長い祝辞も終わり、王様が晴れ晴れとした顔で告げる。

リラ様が喋るのをやめてそちらに目を向けたので、僕はほっと胸をなでおろした。

クラウス様が例の少女の手をひき、中央で足を止める。

 相手が濃いヴェールを被っているからか、それとも場違いな衣装のためか、にわかにざわめきが起こったが、優雅な曲が流れてくるとすぐに静かになる。

 燦然と輝くシャンデリアの下、クラウス様が無表情でステップを踏みはじめた時。

 突然、ホール全体が激しく揺れた。

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