手紙
「お姉ちゃんが……シャルキットだっていうの?」
ステラ姉さんが困惑した顔で聞く。
「多分。この部屋を見る限りは」
「でも……それって、おかしいじゃない!お姉ちゃんがそんなこと……あっ」
何か思い当たる節があったのか、ステラ姉さんは目を見開き、唇を戦慄かせる。
「一つ……おかしいことが、あったの」
「おかしいこと?」
「あんたがリラ様に呼ばれて、うちを出てってから一ヶ月くらい、だったと思う。新しいお手伝いの子がやって来たのよ」
「お手伝い?」
「そう。それでおかしいのは、お姉ちゃんが、そのお手伝いだけは部屋に入れて、よく喋っていたことよ」
僕はあまりの驚きに、調べていた書類の束を取り落とした。
僕がいない時に、そんなことがあったなんて。
「その子は今、どこにいる!?」
「それが……つい最近、やめちゃって。どこかに行ってしまったわ」
ステラ姉さんが悔しそうに俯く。
そのお手伝いは、おそらく、ミシュア姉さんと誰かのパイプ役だったのだろう。だから、尻尾を掴まれないように逃げた。
もう少し早く、気付けていたなら。
「あのお手伝い、よく大量の手紙や封筒を、お姉ちゃんの部屋に持ち込んでた。お父さんもお母さんも、お姉ちゃんが誰かに心を開くなんてこと、なかったから、すごく喜んでいたのに……。私が、気がつかなかったからっ!」
「姉さんのせいじゃないよ。ステラ姉さんは、一人で頑張りすぎだ。僕のせいだけど……」
「自覚してるなら何とかしなさいよ愚弟」
ちょっと不自然ではあるが、ステラ姉さんはいつもの上から目線で言った。やっぱり、姉さんは強い。
僕は落とした書類を拾いながら、
「他に何か、気になったことはない?そのお手伝いの子意外にもいた、とか」
「知るわけないじゃない。私は、暇人のあんたと違って超多忙なのよ?」
「僕は王命で遊び役になってるんだけど」
「そうじゃなくてもただの引きこもりでしょ」
「……すみませんでした」
謝りながら、ザッと目を通す。どれもシャルキット宛てで、絵の依頼や報酬など、あまり目ぼしいものはない。依頼人は全てクロフィナルの貴族や、王族から来ている。
クロフィナルは富豪国だ。貴族のように余裕がなければ、シャルキットに依頼などできない。
だが、そもそもシャルキット、つまりミシュア姉さんはセルシアの人だ。セルシアとクロフィナルは、同盟を結んでいるとは言え、お世辞にも仲がいいとは言えない。いくらシャルキットが天才でも、わざわざ頼むだろうか。
おまけに、さっきからクロフィナルしかないのもおかしい。隣国のルスチェカや、他の国々からは一枚もない。
そして、セルシアさえも。
もしかしたら、クロフィナルが関係している?
「姉さん、お手伝いの出身地って、わかる?」
「え?えーっと、確か……クロフィナルだったと思うけど?」
「……やっぱり」
不安と恐怖に、感覚が冷たく麻痺していく。
ミシュア姉さんの正体、大量の書類、消えたお手伝い、そしてクロフィナル。
これは、想像以上に大きな事件かもしれない。
だが、どうしてミシュア姉さんがこんなことを?
昔のミシュア姉さんは内気で優しい人で、いつも穏やかに微笑んでいた。ローグ・ゼルドのことがあってからは、誰にも心を開かなくなった。
そんなミシュア姉さんが、これほど大きなことに出を出すのは納得がいかない。
何か、あったはずだ。決定的な何かが。
僕が王命で外に引きずり出されたように、どうしても動かなければならない要因が、どこかにあるはずなのだ。
じっと考え込んでいた時、ステラ姉さんが悲鳴を上げた。
「いやあああああああああっっ!」
さっきまで読んでいた手紙を放り出し、へなへなと座り込む。
そうして、両手で肩を抱き、ガタガタと震えた。
「姉さん!?どうしたの!」
慌てて肩を支えると、力尽きたように寄り掛かってくる。紙のように白くなった頬に、金色の髪が降りかかる。
「どうしたの?何か、思い出したの?」
「……ち、ちが、う。何で、あの男、が」
酷く混乱しているらしく、上手く言葉にできていない。
「あの男?って、誰のこと?」
「……て、手紙に、書いて……あって」
見開かれた目を恐怖でいっぱいにし、自身が放り投げた手紙を指さす。
僕はステラ姉さんを壁際に移動させ、手紙を開いた。
血の気が引く。凍りつき、指先が痺れていく。読み進めるほど、呼吸が乱れ、上手く息が吸えない。
どうして。どうして、あいつが。それに、これは何だ。
僕はまた、間違った?
あまりの衝撃に、脳が正常に機能しない。情報を整理しきれず、この空間のように、混沌の渦に呑まれる。血の海が広がり、淡い紫の霧に包まれる。
それを強く唇を噛んで振り払う。切れて血が滲むほど強く噛むことで、どうにか理性を取り戻す。
落ち込んでる場合じゃない。
守ると決めた。今度こそ、絶対に守ると誓った。
僕は手紙を、右手で握りつぶした。
「姉さん、城へ戻ろう!リラ様が危ないっ!」
『ミシュア・ウィルドネット様
この頃は世話になっている。お前のおかげで、多くの権力者を味方につけることができた。これで、女王も楽になるだろう。
だが、お前の仕事はそれだけではない。わかっているな?
セルシアの城に行き、様子を探れ。そして、お前の弟がいない隙を見て、実行しろ。忘れたとは言わせない。
リラ・クラリスへの警備は手薄だ。お前の弟さえいなければ、容易いだろう?
絶対にやり遂げろ。失敗は許されない。
ローグ・ゼルド』