始まる未来と消えた選択肢
どうして。
負けるはずがない。そんはずがない。どうして、どうしてどうしてどうして。
おかしい。
何もかもが間違っている。
自分が負けるはずがない。
暗闇に鈍く光る凶器。それらは、長年の成果だ。
一生のほとんどを棒に振って、強くなることだけを選んで生きてきた。強くなるために、血を吐き絶望しながらも立ち上がり、戦い続けた。
全ては復讐のために。
だからこそ、絶対の自信があった。……はずなのに。
差は歴然。スピードと正確さが自慢の攻撃はあっさり避けられた。
相手は、あまりにも速すぎて。強すぎて。
見きれない。かわせない。有り得ないレベルの速力と破壊力。そして、暗い嘲笑。
怖い?そんなのどうでも良い。
どうして負けた。
相手は常人を遥に上回る戦闘能力。けれど、軟弱な体系に、気弱な性格。負けるはずがない。……ない、はずだった。
だが、その相手に、負けた。
じゃあ、自分の今までの人生はどうなる。意味なんてあるのか?
敗者に存在意味があるか?
欠片もないではないか。
嫌だ。認めない。絶対に認めない。死んでも認めない。
ああ、時間がない。全てを断ち切るしかない。
じゃあ、あの人を傷つけるのか?……できるのか、そんなことが?
大切なあの人を傷つけるくらいなら、死んだ方がマシだ。
けれど。
自分の存在価値は、存在理由は、人生そのものは、復讐を遂げることにある。
時間がない。道もない。何もかもないんだ。
それはきっと、最初から決まっていたことだから。
暗闇の中、涙が一筋、流れ落ちる。
「……ごめんなさい。許さなくて、いいから」
それきり表情を失い、瞳が冷たく凍りつく。
愛する人も、幸せな日々も、全て壊し、捨ててしまおう。
そして、本来の自分に戻ろう。
それだけが、自分の十字架を解く、唯一の方法なのだ。
どのくらいそうしていたか。
急に恥ずかしくなって、僕はリラ様を離した。
「……すみません、急に」
体中が熱い。リラ様の顔をまともに見ることができず、目を逸らす。
「ううん、大丈夫。大丈夫なんだけど……」
困ったように言葉を区切る。上目遣いに見ると、困ったような苦笑が浮かんでいた。
「これから、どうするの?」
「うっ」
ギクリとする。……それは聞かないでほしかった。
「それは、その……」
「ほら、また逃げる」
「逃げたわけでは!」
「本当に?」
「……すみません。逃げようとしました。条件反射でした」
頭を下げると、まあまあと声をかけられる。さっきまでの深刻さはどこに行った。いや別にいいんだけど。
リラ様は唇に指を当て、憂いを帯びた瞳で僕を見た。
「そもそも、どうしてハルの言う『化け物』になるの?」
……それも聞かないでほしかった。
しかし、言わないわけにもいかないだろう。言いたくないけれど。
「……昔、ちょっとしたトラウマがあって、『弱虫』って言葉に過剰に反応してしまうんです。本当のことなんだけど、どうしても認められなくて。その反動か何かで、二重人格みたいになっちゃって……」
我ながら歯切れの悪言い方だ。それでも、続けるしかない。
「それで、普通は大丈夫なんですけど、『弱虫』とか『化け物』なんていう言葉を聞くとああなるんです。あと、物凄く怒った時とか」
「じゃあ、今までどうやってきたの?」
ビクッと体が跳ねる。どうしようもなく、僕はうつむいた。
思えば、これまで何の努力もしてこなかった。
「逃げたのね」
「……はい」
「逃げることは悪くないわ。でも、ずっと逃げ続けていたら、いつかは自分に返ってくる」
知っている。わかってた。
でも、それすらも見ないふりをして逃げ続けていた。
その結果、多くの物を失った。これも償いなのか。
再び冷えていく指先を、柔らかい手が包む。リラ様はそのまま、にっこりした。
「でもね、人間、いつでもやり直せるんだよ」
光が射すような、明るい声だった。驚いて見上げると、唇をほころばせたまま続ける。
「誰だって間違うよ。何で間違うんだって、そんなこと嘆いたって仕方ないし、だったら他のことに労力使った方が効果的。私も一緒に頑張るから」
ギュッと手を握りしめて、囁く。
どうして、こんなに真っ直ぐでいられるのか。大きな青い瞳は限りなく澄んでいて、優しい。
ああ、そうか。今頃になって、やっとわかった。
どうして、リラ様に惹かれるのか。
彼女に似ているからというのも理由の一つだ。しかしそれは、表面的なものでしかない。
リラ様は、僕と正反対なのだ。
だから、これほどまでに、どうしようもなく惹かれるのだろう。
「……はい」
自信が持てず、頼りない声でしか返事ができない。頷き方も小さい。
それでも、リラ様は花が咲いたような笑顔を返してくれた。
時間がない。
砂時計が割れ、ガラスと一緒に砂がこぼれ落ちていくかのように、幸せな時間は終わりを告げる。
時間がない。時間が足りない。今頃になって、また未練が生まれた。このままでは願いの一つも守れやしない。
この想いを、胸をかき乱す熱を、どこに仕舞えばいいのだろう。
隠しても、遠ざけても、封じ込めても収まらない。
嵐のように暴れ狂い、魂と共にどこかへ飛んで行きそうになる。
いけない。それは駄目だ。誰にも知られてはいけない。
この想いは、築き上げた現在を滅茶苦茶にする。
幸せだ。本当に本当に、幸せだった。
でも、これ以上は望んではいけない。望むことが怖い。
きっとまた、壊れてしまうから。
あの人が壊しに来るから。
ああ、でも、たった一つでいい。自分なんてどうでもいい。他に何も望まない。
神様じゃなくたって、悪魔でも構わない。魂だってくれてやる。
だから、だからどうか、今度こそ。




