表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/118

檻から放たれた殺意

 あれから数日。


 リラ様の風邪はやはり大したことがなかったので、もうそろそろ元気になるだろうという話を聞いた。

 だが、僕は実際には会っていない。

 いや、会いにいけていない、といった方が正しいかもしれない。

 リラ様が回復し始めてから、一度も。

 会いに行かないのは酷いと思うし、薄情だ。

 更に追い打ちをかけるように、ソフィアにナイフを投げつけられる回数が増え、クラウス様も困ったような、不審そうな目で見られる日々。ステラ姉さんからも脅迫まがいの手紙が届いた。何故ステラ姉さんが。いや、軍の人だから、噂か何かで聞いたんだろうけど。

 僕だって、リラ様の顔が見たくないわけじゃない。遊ぶのは面倒だし疲れるし絶対負けるから嫌だけど、話したくないとは言わない。

 でも、行って、会うのが怖かった。

 理由の一つは、この前知った、リラ様の闇のような部分。

 あれをリラ様が覚えているのかは知らないし、覚えていようがいなかろうが、気にせずにいればいいのかもしれない。いざとなったらとぼければいい。作り笑いをしながら。

 でも、『弱虫』な僕は、一度距離を置くと踏み込む勇気がなくなってしまう。

 それに、もう一つ、理由がある。

 いつからか芽生えたこの想いを認めたくないがために、会うのが怖い。

 認めてはいけない。想ってもいけない。駄目だ、絶対に駄目だ。

 気がついても見ないふりをして、消すしかない。

 だって、裏切りなのだ。彼女のへの。せめてもの贖罪だけは、やめるわけにはいかない。

 けれど。

 リラ様の笑顔や、優しさに触れてしまったら。これ以上は、引き返せなくなる気がして。

 自分勝手だ。

 自分勝手な理屈でしか、動くことができない、最低な人間なのだ、僕は。




「でも……そろそろ会いに行かないと……マズイよなあ……」


 ぼーっと窓の外を眺めながら、独りごとを呟く。

 今日は午前だけで三十本以上ナイフを投げつけられた。もちろんソフィアから。

 まあ、それはいい。ちょっと量が増えたくらい大したことない。

 しかし、クラウス様からの無言の非難とステラ姉さんからの脅迫(まだ暴力は来ていない)はちょっと……いや、かなりキツイ。ていうかこれ以上は死ぬ。

 それに、怖いとか何だとか言って引きのばししているうちに、どんどん踏ん切りがつかなくなっていくのに気がついた。これ以上ビビリになるのは人としてどうなのだし。

 しかも、いつも忘れそうになるけど、僕は王命でリラ様に仕えているのだ。この有り得ないレベルの職権乱用な王命さえなければ、僕は一生外に出ることはなかっただろう。

 つまり、恨むべくは王命、つまり王様だ。

 しかし、この国で一番怖いのも間違いなく王様。

 あまり王命に逆らって逃げてばかりいると、良いことにはならないだろう。左遷とか。いや、それならまだいい。

 もし万が一、再び暗殺隊に入れなんて言われたら最悪だ。

 このままダラダラと逃げるか、それとも最悪を回避するために行くか。

 考えること数分。


「……まあ、仕方ないな」


 自然と溜息がこぼれ、こめかみがズキンと痛んだ。

 行きたくはない。

でも、たまには自分から動いてみよう。最悪を回避するためなら、安いものだ。

 僕は隣の部屋の王女に会いに行く用意をのろのろとし始めた。


 壁の向こうで、何が起こっているのかも知らずに。




 後から思えば、自分でも本当に不思議で、不可解だ。

 何故あの時、気がつかなかったのか。

 そして、何故あの時、彼女が助けを求めなかったのか。

 わからない。どうしてもわからない、けど。

 もしわかっていれば、こんなことにはならずに済んだのだろうか。

 それとも、結局はいつかこうなっていたのだろうか。

 どちらにしろ、結果は変わらない。

 最悪だってこと以外には。




 ああ、気が重い。すごく重い。

 扉を叩こうとしては、手をひっこめるの繰り返し。傍から見たらただの馬鹿だ。

 いい加減覚悟決めろよ。どれだけ根性無しなんだよ僕。

 三回ほど深呼吸。

 それから、やっと心をきめて扉をノックした。


「リラ様、僕です。入ってもいいですか?」

 扉越しに声をかけると、何かがぶつかる音がした。ついで、叫び声。


「ハル、駄目!早く逃げて!」

「リラ様?どうしたんですか!何が……」


 その時、ドアが開いて何かが飛び出してきた。寸前で右に飛ぶも、頬を鋭い刃が切り裂く。鋭い痛みがはしり、血が流れ出す。

 目の前に黒ずくめの男がいた。そして、部屋の奥にも同じような格好の男が数人。ここからだとリラ様は見えない。

 何だ。こいつらは誰なんだ!?

 混乱で頭が回らない。ただ、こいつらが敵なのは間違いないだろう。早く、リラ様を助けないと。

 しかし、気持ちばかりが焦って前に進めない。気を抜けば、この男に殺される。

 男が剣を振りかぶる。速い。訓練を受けた人間だ。


「ハル、いいから逃げてっ!」

「リラ様!?」


 思わず部屋の方を見た瞬間、肩に激痛が走った。見れば、剣が左肩を貫いている。

 ああ、うるさい。邪魔だ。


「いい加減にしろ!」


 剣を引き抜こうとして動けない男を、真正面からぶん殴った。男が吹っ飛び、床に倒れる。まあ、どうせ気絶してるだけだろう。

 肩に刺さった剣を力任せに引き抜く。血が噴き出したが、気にしている場合ではない。剣を捨て、部屋にとびこむ。


「リラ様!大丈夫で……」


 ドクンと、心臓が音を立てた。

 血が逆流し、煮え滾り、足だけはその場に立ち尽くす。

 さっきの男と同じような格好をした男が五六人。そのうちに一人がリラ様の首に剣を突き付け、もう一人が捕らえている。

 リラ様の首から、細く血が流れていた。


「ハルッ!お願いだから行って!お願い……」

「それ以上喋るな。……あの男を殺せ」

「逃げてよ!」


 リラ様が泣きそうな顔で叫ぶと、もう一人がリラ様を殴った。

 リラ様を。


 こいつらは、リラ様を、傷つけた。


 体中の血管という血管が、全て切れていくようだった。体の奥から真っ黒な何かが流れ出し、埋め尽くすような感覚。


『殺せ殺せ殺せ消せ殺せ殺せ消せ排除しろ殺せ殺せ殺せ』


 殺す。そうだ、殺そう。殺しテしまエ。

 リラ様を傷つけた、お前らを、殺してやる。


『さあ、早く。いらないものは全部消す。それこそが『僕』だろう?あの時のように『弱虫』のガキになりたくなければ……』


 皆、殺シテシマエ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ