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王女の姿とは?

 何も考えられなくなり、わけもわからない衝動につきあげられた時、


「失礼します」


 少女らしい甘さと棘を感じさせる、ハイトーンの声が空気を割って入ってきた。

 すうっと頭が冷え、同時に凍りつく。

 僕は今、何をしようとしていたんだろう。

 一体、何を。


「ソフィア?」


 クラウス様の声にのろのろと顔を上げれば、ソフィアが唇の端を不機嫌そうに曲げてこっちを睨んでいた。

 しかし、クラウス様と目があった途端、嬉しそうに頬を緩めにっこりする。あの、どれだけ僕のことが嫌いなんですか。

 いつも通りの激しい温度差に、むしろ落ち着いてきた。


「クラウス様、お客様がいらっしゃっています。陛下もご同席とのことです」


 ソフィアが王様と言った途端、周囲の温度が一気に五度くらい下がった。クラウス様の顔が、サーッと綺麗な無表情に変わる。

 ソフィアは酷く慌てて、


「すみません!あの、わざとでは……」

「わかっている。俺はあのクソ王に呼ばれたことが心底気にくわないだけだ。気にするな」


 そんなオーラを発せられれば、誰でも気にすると思います。


「その客とやらは誰だ?」

「はい。シャルキットと伺っております」

「ええっ?」


 思わず声を上げると、ソフィアがギロリと睨んできた。今思ったけど、僕の周りの人々ってすごい目で僕を睨んでくるよね。嬉しくない大発見だ。


「何か文句あるか」

「……ありません。すみませんでした」


 クラウス様な呆れたように僕とソフィアをかわるがわる見て、溜息を吐いた。


「で、用は何だ?シャルキットは何しにここに来た」

「それはよくわかりませんが……すぐに来るようにとのことです」


 完成度の高すぎる無表情で舌打ちすると、クラウス様は書物を元の場所に戻した。


「仕方ないな……ハル、話の続きはまたいずれ。お前達はいったんリラの元に戻ってくれ」

「かしこまりました」

「は、はい」


 ソフィアのおかげで、さっきの話は有耶無耶になった。よかった。

 内心、ちょっとだけ感謝しながらソフィアを見ると、何だか浮かない顔をしていた。




「えっと、どうする?僕はリラ様を看るけど、君は?」


 リラ様の部屋の前でソフィアに尋ねると、何故かターン。そのまま軽やかに回り続ける。

 どうしたんだよソフィア。発狂したのか。

 何となく憐みの目線を贈った瞬間、ナイフが五本ほど飛んできた。三本が風を切りながら通り過ぎ、避けきれない二本は直接つかむ。


「なっ!いきなり何するんだよ!」


 ソフィアは綺麗に元の位置で止まると、やけに偉そうに腕を組んだ。


「話がある」

「へ?」

「だから、話があると言っているのがわからないのですかこのクソ貴族……いえ、何も言っていませんよ」


 すでにクソ貴族って言っているし。というか今更敬語にしてもわざとらしいというか嫌味っぽいというか。


「あー……で、話って何?」

「重要な話。だが、貴様ご時のためにこれ以上リラ様から離れるわけにもいかない」

「はいはい」

「あ?」

「すみませんでした」


 部屋に通すと、ソフィアはすぐさまリラ様の元に駆け寄った。そうして、氷のうを変えたり、タオルで汗を拭いたりと世話を始めた。


「僕も手伝おうか?」

「ふざけるな」


 ふざけてはいないと思うよ。

 親切心を凄みで返されたので、ベッドの傍の椅子に座って待つことにした。

 リラ様は眠っている。まだ熱が下がっていないのだろうか、大分苦しそうだ。

 少し前の、見たことがないリラ様の表情の数々。涙。それらが蘇って、胸が締め付けられるように痛んだ。

 次に目が覚めた時、リラ様は覚えているだろうか。覚えていたら、僕はどんな顔で、どういう行動をとればいいのだろう。

 不安が胸の中で渦巻き、残っている罪悪感を巻き込んで吹き荒れる。

 僕は昔から、いつも精神状態が不安定だ。自分で言うのも恥ずかしいことだが、それくらいの自覚はある。

 だけど、わかっているだけで、どうしたら安定させられるのか、まるでわからない。

 自分のことが、わからない。

 情けない。馬鹿みたいだ。でも、本当にわからない。いつも滅茶苦茶だ。

 だんだんと苛立ってきた時、ふわりと紅茶の香りがした。

 リラ様の看病を終えたソフィアが、どうやって用意したのか紅茶を淹れていた。しかも二人分。

 これは、僕も飲んでいいということだろうか。それとも罠とか。例えば毒入り。もしくは、用意しただけで飲んでいいとは言っていない的な展開か。

 さっきまで深刻に考えていたことが、紅茶のせいでいったん脇に逸れた。というか、紅茶飲みたい。ああでも駄目か。でももしかしたら……。

 たかが紅茶。されど紅茶。ということで真剣に葛藤していると、ソフィアが蔑みの視線を向けてきた。


「何をしている。人が嫌々ながら淹れてあげたのに。……念のために言っておくと毒は入っていません。すごく入れたかったけど」

「入れたかったって……。あの、本当に入ってないの?」

「しつこいうるさい気持ち悪い。神に誓って入れてませんよ。一応」

「い、一応……?」


 ものすごく怪しい。しかも、ソフィアの手際の良さなら、簡単に入れられそうだ。飲まない方が絶対安全。

 でも飲みたい。好物だし。喉乾いているし。

 少しの間僕は悩み、結局ありがたく頂くことにした。せっかく淹れてくれたわけですし。


「文句言ったら許さない」

「死んでも言わないよ」


 ソフィアの殺気に当てられながら席に着く。砂糖にジャム、クッキー、スコーン、クリームまであった。だからいつ持ってきたんだよ。

 まず、手元にあったクッキーを口にほうりこむ。さっくりした触感と、バターの味が良い。冷たいが、十分美味しい。


「これ、美味しいね。どこの?」


 愛想笑いを浮かべながら聞くと、ソフィアは完全に無視して自分の紅茶に砂糖を入れ始めた。粉砂糖がスプーン五杯。そして角砂糖を五個。更にスコーン用のクリームをたっぷり加え、かき混ぜる。すでに紅茶は紅茶と呼べないほど変色していた。

 見るからに胸やけしそうな液体を淡々とかき混ぜるソフィア。なかなかシュールな光景だ。


「……何か?文句でもあるの?」


 僕がじっと見ていたせいか、不審そうに眉を寄せる。手は止めない。


「い、いや。甘そうだな……と」

「甘いものが好きじゃおかしいか?」

「おかしくはないと思うよ」


 しかし、紅茶にそれはやりすぎだ。

 リラ様も甘いものに目がないし、思い返せば母さんや二人の姉さんもお菓子が好きだった。女の人は甘いものが好きな人種なのかもしれない。

 因みに師匠は甘いものより断然酒!な人だが、あの人はどう考えても性別とか人間とかそういうカテゴリーを超えてしまっているので論外。

 それからしばらく、無言でお茶をしていた。紅茶もお菓子もすごく美味しいが、相手と状況があれなので全く楽しめない。が、こっちから話しかけようものならナイフをぶっとばしてきそうだし、頑張ってお茶するしかない。

 ほとんど音がなしない、非常に気まずい時間が流れた。

 やがてお菓子が半分ほどなくなった頃。


「で、話があると言ったのは覚えていますよね」


 ソフィアがおもむろに口を開いた。また、砂糖をどばどば入れながら。

 頷くと、やや気弱そうな目になり逸らす。

 悩んでいるようで、弱々しい感じがソフィアらしくない。そのため、何とも居心地が悪かった。


「それで、話って?」


 先を促すと睨まれた。余計なお世話というところか。


「そうだな……ですね。あなたのような人間の屑にお話しするのは癪ですが、仕方ありませんので」

「……そんなに嫌なら、敬語使わなくてもいいよ」

「嫌なわけではありませんので」

「嘘だ!」

「まあ、それはともかく」


 パンと手を叩き、遮る。いや、話が始まらないのは君のせいだから。

 ソフィアはリラ様に視線を向け、また僕に戻し、


「話というのは、このところリラ様の様子がおかしいということなんです」


 ドキリとした。

 様子がおかしいのは知っている。ついさっきのことだから。


「ソフィアも気がついていたの?」

「え……お前……コホン、あなたもですか?」


 ソフィアが戸惑うような顔をする。


「うん、まあ。いつもと違うというか、その、さっきなんだけど」

「要領を得ない話し方ですね」

「う、うるさいなあ。とにかく、変だったとは思った。てっきり熱のせいかと思ったけれど……」

「それは違うと思います。リラ様は、風邪をひく前から様子がおかしかったので」


 それは初耳だ。

 風邪をひく前から様子がおかしかったということは、僕がちょうど帰省していた時のことだろう。


「それで、一体どんな……?」


 すると、ソフィアの表情が曇り、瞳が不安げに揺れた。


「まず初めに、自分の部屋をあの妙な剣で荒らしていました」

「妙な剣って、王様にもらったとかいうアレ?」

「はい。それで、そこら中にあるものを片っ端から壊し、リラ様自身も怪我をしていて……」


 その時の状況を想像して、サーッと血の気が引いた。

 明るくて天真爛漫なリラ様と、ソフィアの語る姿はあまりにもかけ離れている。もし僕がそれを見たら、どう対応して良いかわからなくなるだろう。


「それで、リラ様はどんな様子だったの?」

「いつも通りでした」

「え?」

「いつも通りの笑顔で、『ごめんなさい、ちょっと実験していたの』って……」


 ソフィアは歯切れ悪く言葉を切った。

 確かにリラ様はちょっと、というかかなり変な王女様だが、自分の持ち物を破壊するような人だとは思えない。ましてや、正常でなんて。

 絶対に、何か変だ。自然と顔が強張る。


「……それで、他には?」

「一人で庭に出て歌を歌ったり、雨の中わざわざ外に出て踊ったり……ですかね。失礼ですが、リラ様なら有り得なくもない話なので、それらは気にしなくてもいい気がしますが……」

「まあ、確かにね」

「それで、貴様……じゃなかった、あなたは何か知りませんか?原因など」


 僕は少し考え、かぶりを振った。残念ながら、何一つわからない。ただ、変だと思うだけで。


「君は?」

「私もわかりません。というか、わかっていればあなたごときに……」

「あー、はいはい、わかったから」


 適当に話を遮るとキッと睨まれる。僕はソフィアの殺気のこもった目を避けるように、冷めきった紅茶を口に含む。

 それにしても、リラ様はどうしてしまったんだろう。

 そもそも、リラ様は何を望んでいるんだろう。

 自由なようでそうではなく、明るくて子供っぽく見えれば大人びた優しさもあり、激しさも秘めている。

 リラ・クラリスという少女の多面性に惑わされて、本質が見えない。

 それに、胸騒ぎがするのだ。

 根拠はない。けれど、嫌な予感がする。

 これから先、何か悪いことが起こるような。


「あ、そういえば」


 ソフィアの声にハッと我に返る。同時に、殺気が増していることにも気がつく。

 ソフィアを見れば、目に嫉妬をはっきりと浮かべ、殺気を放ちながらも可愛らしく微笑んでいた。

 あ、あれ。嫌な予感って、これのことだったり。


「貴様この前、クラウス様と一緒にどこかに行っていたでしょう?」

「え?……いや、うん。それが?」


 ぶわっと殺気が膨れ上がり、ソフィアのにっこりが更に深まる。

 僕は本能的に生命の危機を感じた。


「お、お、お、落ち着こう!話せばわかるって!」

「落ち着いていないのはそちらの方でしょう?私は冷静ですよ、とっても」

「うわあああっっ!ナイフ出すのやめて!リラ様が危ないし、紅茶やお菓子が無駄になっちゃうよ!」

「そんなのどうでもいいんです。……さあて、事情を説明していただきましょうか?」

「ちょっと待って!説明するから!」

「さもなくば……」

「だから待って!」

「数日間の苛立ちと不安と怒りともろもろの負の感情、発散させていただきます」

 



 その後、リラ様の部屋が再び荒らされたのはいうまでもないだろう。

 因みに僕は悪くない。

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