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嘘に嘘を重ねて

 アニーの言葉を理解した瞬間、急に全身の力が抜け、その拍子に木の根に躓き盛大にすっ転んだ。文字通り、地面に背中と後頭部が激突する。


「きゃあああっっ!だ、大丈夫ですか!?」


 悲鳴を上げながらアニーがしゃがんで僕の顔を覗き込む。


「大丈夫……」


 こんなのたいしたことない。いや、痛いけど。

 幼い頃から師匠にぶっとばされ、ステラ姉さんにもぶっとばされ、この年になっても何かのいじめか戦闘が絶えず、挙句剣で体を貫かれても毒を食らっても大量出血しても死なないのが僕だ。これくらいどうってことない。

 それよりも、非常に大きな問題がある。

 僕は無言で立ち上がると、カッと目を見開いて叫んだ。


「それさ、前にも違うっていったよね!?旅先で!何で会うたび僕とリラ様の恋人疑惑が浮上するの!?」

「え、でも、あれはだいぶ前のことですし!ハル様もリラ様もどうしても相思相愛にしか見えな……」

「だから違うっ!」

「違うようには見えません!」


 さっきまでおどおどしていたアニーが、急にキッと目をつり上げる。


「あんなにリラ様が尽くしているの見たら、恋人だと思っても仕方ないでしょう!?」

「尽くしてないよ!振り回されてるだけ!僕は被害者だ!」

「いいえ、それはハル様が気が付いていないだけです!殿方はお、女心が理解できないんですっ!」

「リラ様には女心のおの文字もないよ!」

「そんなこと言ったって無駄なんですからねっ。お、お見通しです。だいたい、王様がひた隠しにしてらっしゃる第四王女様が、わざわざハル様を遊び相手という名目で……」

「名目って何!?」

「話を遮らないでください!」


 ギャーギャー叫びすぎて喉が枯れそうだ。息も荒い。

 アニーもほとんど息継ぎせずに喋ったせいか、大きく肩を上下させて呼吸をしている。

 やがて呼吸が落ち着いてくると、アニーが涙目で僕を睨み、


「……本当にリラ様とはそういう関係じゃないのですか?」

「うん」

「即答しなくても……」


 アニーが微妙な表情で黙りこむ。


「だって、考えても見てよ!僕とリラ様じゃお互い大迷惑じゃないか!リラ様に出会ってから毎日毎日振り回されるし、『化け物』でてきちゃうし!」

「ば……『化け物』?」


 うわっ、やばい。

 アニーが僕の『化け物』の存在を知らないことを忘れていた。


「それはどうでもいいんだよ!とにかく、僕は色々と酷過ぎるし、リラ様はリラ様で問題あるし、絶対合わないから!このまま行ったら地獄まっしぐら!」

「……人間として酷過ぎるを自称する人と結婚するかもしれない私は何なのでしょうか……」


 ぼそぼそと呟かれた言葉にギクリとする。

 ごめんなさい、さっきまでの色々な件で、アニーが婚約者候補だということをすっかり忘れていました。

 僕はサッと笑顔の仮面を張り付け、曖昧に言葉を並べる。


「ごめん。でも僕、本当に駄目な奴だから。嫌だったら婚約の件も断ってくれて全然構わないよ?」

「いえ、それはいいのですが……。あの、本当に本当に、リラ様とは何でもないのですよね?」

「だから、さっきから言ってるだろう?というか、前から」

「あんなに美人で聡明でお優しいのに?」

「……否定はしないけど、幼稚で破天荒で理解不能も付け加えて欲しいな」


 ただの超絶美しい王女様と言うには、言動が滅茶苦茶すぎる。

 僕がぼやくと、アニーは一つ溜息をついた。


「わかりました。ハル様がリラ様とそのような関係でないということは信じます。たとえ、どういった噂が流れていようと」

「う、噂?」


 何だそりゃ。

 僕が首を傾げると、アニーは知りませんか、と意外そうな顔をした。


「私がメイドのふりをしてお城で働いていた時から、有名でしたよ?「容姿端麗で聡明、王様がひた隠しにする第四王女様の恋人は、黒髪・黒目とずば抜けた戦闘能力以外はどこもかしこも凡庸な貴族」という……あら?微妙に違ったかな?」


 聞いた瞬間、強烈な頭痛とめまいに襲われへたり込んだ。


「大丈夫ですか!?やっぱりどこか具合が悪い……」

「違う……大丈夫です……体は……」


 あまりにもくだらないゴシップのせいで、力が抜けただけだ。

 というかその噂、僕のことを馬鹿にしてるよね。黒髪・黒目とずば抜けた戦闘能力とか言ってくれるなら、すでに凡庸とは言い難いと思うんですよね。そんなことはどうでもいいけど。

 第四王女様=リラ様。……黒髪・黒目の男って、もはや僕しかいないじゃないか。


「あは……あはははははは……」


 馬鹿馬鹿しすぎて笑えてきた。


「ハル様?あの、顔が引き攣って……」

「え?大丈夫だよ多分」


 ここまでアホらしいと、いっそ清々しいな。

 僕は笑いすぎて滲んだ涙をぬぐい、アニーに向きなおる。


「その噂、全くの見当違いだから。リラ様にとって僕は暇つぶしでしかないよ」


 自分で言いながら、少し苦く感じる。

 ただの暇つぶしというには、一緒にいる時間が長すぎた。

 長いようで、短いようで。


「……そうですか。じゃあ、もう一つ聞いてもいいですか?」


 さっきよりも神妙な表情で問いかける。

 また、リラ様関係だろうか。それとも別の話?

 どちらにしろ、さっきのような失態は絶対にやるもんか。


「いいよ」


 心の中でいくつか想像しつつ、質問を待つ。

 一瞬、アニーの蜂蜜色の丸い目に弱々しい光が宿った。何かを拒むかのように、首を左右に激しく降る。

 まるで、聞きたいのに聞きたくないと言っているような表情で。

 それでも唇を引き結んで僕を見上げる。


「ハル様は、リラ様の恋人ではないとおっしゃいましたよね?」

「うん」


 アニーは迷うように目を伏せ、スッと開いた。


「ハル様は、リラ様のことが……好きですか?」


 思わず体が硬直した。

 そうくるとは思わなかった。

 心臓がバクバクと荒れ狂っているのを悟られないように、愛想笑いのまま聞き返す。


「どういう意味で好きか聞いてるの?」

「……ご察しだと思いますが」


 アニーの声が低くなる。こりゃ、逃げるわけにもいかなそうだ。

 表情筋に力を入れないと、愛想笑いが苦笑に変わりそうになる。


「まあ、嫌いではないかな。多分」


 嫌いではない。

 ただし、好きかどうかはわからない。


「例え好きだとしても、それは親しみだよ。僕がリラ様に恋愛感情を抱くことは有り得ない。……以前聞かれた時にも、そう答えたよね?」

「ええ。ですが、前と今じゃ……」

「違わないよ。僕はリラ様を恋愛対象として見ることはない。きっと、リラ様もね」


 そもそも、あのリラ様に恋愛感情が存在するかどうかも疑問だ。

 僕にはある。いや、あった。

 遠い昔。何よりも大切だった存在。

 守りたいと焦がれ、何をしても彼女の顔が浮かび、ただ、彼女と一緒にいることが幸せで仕方がなかった。

 あの甘く苦い、激しい感情が恋なんだろう。

 僕はすでに失ってしまった感情。彼女と共に。

 もう二度と、恋はしない。

 彼女以外に恋することはできないから。


「だから、何か心配しているんだったら、全然問題ないよ?」


 僕がいつも通りの笑顔を見せる。しかし、アニーはまだ不安そうな表情を崩さない。


「本当に、本当なんですね?」

「うん。本当だよ」

「リラ様が別の男性と結ばれても、本当にいいのですね?」


 もちろん。むしろ、祝福するよ。

 そう言おうとした瞬間、胸がザックリ斬られたような感覚に襲われた。

 思わず胸を押さえそうになり、グッと拳を固める。

 誤魔化せ。


『何をだ?』


 ドクンと心臓が音を立てた。

 ……僕は、何を誤魔化そうとしている?

 どうして、こんなにも胸が痛いんだ?

 頭の中では混乱しつつも、笑顔のまま言葉を紡ぐ。


「もちろん。むしろ、祝福するよ」


『嘘つけ』


 『化け物』の、嘲笑うような声が頭に響いた。

 戦慄がはしり、嫌な汗が流れていく。

 嘘なんかついてない。本当だ。本当のことだ。

 僕が、彼女以外に恋をするはずがない。

 『化け物』の声を忘れようと、愛想笑いに意識を集中させる。

 アニーはほうっと深い溜息をつくと、安心したようににっこりした。


「安心しました。私、政略結婚はずっと嫌でした。でも、ハル様となら何とかやっていけるような気がします」

「うーん……僕はかなりの駄目人間だよ?」

「そんなことありませんよ」

「あはは。ありがとう」


 だって、嘘だったらこんなにスラスラ言葉が出てくるはずがないじゃないか。


『嘘はお前のお得意だろう?』


 でも、今僕は嘘なんかついてない。


『嘘をついてないこと自体が嘘だとしたら?』


 頭をハンマーで殴られたような衝撃に、眩暈がした。

 僕は、自分で嘘をついていることすら気づけなくなっていた?

 そもそも、僕の本当って、何だ?

 嘘に嘘を重ねて、その上に更に嘘を上乗せし、嘘という名の檻に入れて鍵をかけて。

 そうやって嘘をつき続けなきゃ、もたなかった。だから、作り笑いで場をしのいで、嘘をついて。

 でも僕は、自分にさえ嘘をついていたのか?

 もうどこまでが嘘で、どこからが本当なのか、見分けられない。

 どれが、本当の自分かも。

 ああ、僕はどこまでも最低な奴だな。


「……さま?ハル様?」


 ハッと我に返ると、アニーが心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。

 それがあの人の顔と重なって、また胸が痛む。


「ごめん。ちょっとぼーっとして。もう、戻ろうか?」

「はい」


 ふんわりと笑うアニーが、どうしてもあの人を思い起こさせる。

 胸が苦しい。息が止まりそうだ。

 ……もしかしたらもう、気がついているのかもしれないけれど。

 それでも、絶対に認めるわけにはいかないんだ。

 自分の本心らしきものも嘘と決めつけて、目を逸らして蓋をする。

 それでも、胸の痛みは消えなかった。

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