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誰も知らない

「フェルクさんはいつごろからハルのお友達になったの?ステラともお知り合いのようだけど、軍の方なのかしら?」

「フェルク君、この論文をどう思うかい?」


 父さんと母さんがクラウス様を取り囲み、ちやほやする様子を僕はできるだけ見ないようにしていた。

 今クラウス様と目を合わせたら、逃げ出さずにいる自信がない。




 クラウス様は宣言した通り、本当に僕の家までついてきた。

 ステラ姉さんはクラウス様を仕事の同僚で僕の友人のフェルク・アリネと紹介し、父さんと母さんはそれを信じて家に上げてしまった。

 因みに、フェルク・アリネとはクラウス様の名前であるクラウス・フェルク・ド・アラネリアから取ったそうだ。

 ……父さんも母さんもちょっと待って。どう見たって自分達の住んでる国の第一皇子ですよ。次の王様ですよ。

 特に父さんは王様やクラウス様を目にする機会も多い。だから顔は知ってるはずだ。

 なのに、何故気がつかない!?何故!

 と、内心悲鳴を上げつつも、眼力のある二人(クラウス様とステラ姉さん)に睨まれて何も言えなかった。

 おまけに父さんも母さんもクラウス様を気に入ったようで、お茶や菓子、珍しい本などを大量に持ってきてひっきりなしに話しかけている。

 特に母さんはとっておきのケーキや焼き菓子を出しては世話を焼き、楽しそうだ。

 クラウス様はいつもの無表情で僕の両親に接し、時々冷たい視線を僕に送る。

 絶対、あっちを見たら死ぬ。


「ハル、どうして隠れているんだ。こっちに来なさい。フェルク君に失礼だろう?」

「そうよ、ハル。お茶もお菓子もあるのに」


 無理です。この状況じゃ絶対に無理です。

 僕は聞こえなかったふりをして本に目を走らせる。が、背中に当たる冷たい視線のせいで集中できず、一文字も頭に入ってこない。

 ステラ姉さんは医者に診てもらっているためここにいないのが救いだが、非常に居心地が悪い。

 僕は本を閉じ、自分の部屋へ逃げることにした。


「おい、ハル!どこへ行く」

「自分の部屋に行くだけだよ。疲れたから。フェルクさん、すみません。少し休みます」


 出来るだけクラウス様の目を見ないように早口で言い、逃げるように階段を上って行った。




 ソフィアは今、不機嫌だった。ものすごく不機嫌だった。

 自分とクラウスの関係がばれるのではないかと常にピリピリし、暗黒ヘタレ貴族に目を光らせる毎日。最近は特に色々あって精神的にきつい状態で、その上クラウスが見当たらないのだ。

 どこかに出かけているだけだ。そう言い聞かせても、隣国の王女とのお茶会が目に浮かび、どうしようもなく不安になる。

 こういう時八つ当たりに便利なのがあのヘタレ貴族なのに、暇を取って帰省している。何て役立たずな奴なのだろう。

 理不尽な怒りがわいてくるのをどうにもできず、とにかくリラに会いに行こうと足を速める。

 ソフィアとすれ違うメイド達は、怯えたような眼差しを向け、睨みつけるとサッと目を逸らす。

 それが一層ソフィアの不快感をかきたてる。

 自分は別にむやみやたらとナイフを投げているわけではない。ヘタレ貴族にだけだ。……睨んではいるが。

 そんなに怖がることもないのに。

 でも、これはこれでいい。変に関わってこられても迷惑なだけだ。基本、人間は嫌いだし。

 冷たい笑みを唇に刻む。

 すると、更に周りの人間は目を合わせないようにする。

 ……貴族なんて嫌いだ。

 ここで働いている者は、護衛だろうと雑用係だろうと、それなりにいい境遇で生まれ育っている。

 侍女など、ほとんどが貴族の娘だ。下流だろうと中流だろうと、貴族には変わりない。

 周りは敵ばかり。こんな場所で働いていること自体、ソフィアにとっては地獄だ。

 救いはほんの少ししかない。しかも、限りなくあやふやな。

 ……こんなところで、落ちぶれてたまるか。

 唇を噛みしめ、一瞬でも隙を見せぬよう歩き続ける。カッカッと靴を鳴らし、スカートとエプロンの裾を揺らす。

 とあるドアの前に立ち、ノックしようと手を伸ばした途端、妙な音が聞こえてきた。

 鈍い音。何かが割れる音。水しぶき。

 ソフィアは勢いよくドアを開け、とびこんだ。


「リラ様!?どうかされましたか!」


 サッとナイフを抜き構え、呆然とした。


「リ……リラ様?」


 王女の部屋は、酷い有様だった。

 本棚がいくつも重なって倒れ、そこから本が流れ出し溢れかえっている。花瓶やグラスが何本か割れて絨毯や本の上に散らばり、水がこぼれている。美しい家具だったものがかなり壊れており、避けたカーテンが風に吹かれてゆらゆらと揺れる。

 部屋の中心に、リラはぼんやりと立っていた。あの奇妙なデザインの異国風のドレスを着て、髪をポニーテールにし、やや湾曲した細長い剣を握りしめている。剣は折れていて、ドレスは半分ほど血に汚れていた。

 水に濡れて張り付いた前髪の隙間からのぞく青い目は、いつもの光に満ちた瞳とはほど遠い、虚ろなものだった。

 酷く荒れた部屋。そして、明らかに様子のおかしい王女。

 ソフィアは呆然と目を見開き、それから慌ててリラに駆け寄った。


「リラ様!何があったのですか!賊が入りましたか?お怪我は!?」


 ぼんやりと宙を見つめていたリラがふいに、小さく吐息を吐いた。

 そうして、悪戯が見つかってしまった子供のような表情で、


「ごめんなさい。ちょっと実験してたの」

「実験?」

「うん。この剣はどれくらいのものを壊せるのかなって」


 肩をすくめて笑って見せるリラに、ソフィアは目をつり上げた。


「嘘をつかないでください!」

「嘘じゃないわ。本当よ。……私、嘘って嫌いだから」


 寂しげな口調にドキリとする。


「あーあ。お父様にもらった刀、折れちゃった。この服も高かったのにな。部屋も滅茶苦茶……いいことないな」


 疲れたように呟き、にっこりする。


「ソフィア、悪いけど片付けるの手伝ってくれる?」

「その前にリラ様、怪我は?見せてください」

「駄目よ」

「何を言っているのですか!」


 思わず声を荒げると、リラは血に染まった自分のドレスに視線を落とす。


「これくらい……平気だと思うけど」

「平気じゃありません」

「そうかな?じゃあ、止血とかに必要な道具、取ってきてくれる?……このことは内緒にしてね」


 声のトーンを落とし、内緒話でもするように囁く。

 ソフィアは目を見開き、溜息をついた。

 どうせこの人は、一旦決めたことは絶対に譲らない。優しいが意外にも頑固な人なのだ。


「わかりました。でも、私が戻ってくるまでにまた変なことしないでくださいね?」

「はぁい」


 適当な返事にソフィアはもう一度溜息をつく。そうして、駆け足で部屋を出て行った。

 

 その時リラが、どんな顔をしていたのか知らずに。

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