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朝の知らせは不吉です

闇の中で不吉にきらめく、数多の銀色の光。

 音もなく、灯りもない孤独な世界に存在する唯一の希望。

 あの時。全てを失い、人生を恨みと憎しみ、絶望と嫌悪に染めることになったあの時から、望みはただ一つ。

 それを叶えるためならば、何を犠牲にしても構わないと思っていた。もう、失うものはなかったから。

 それなのに、何故。何故、今更大切なものができるのだ。

 世界の全てが嫌いだったはずなのに。

 少女を救ってくれた、優しく純粋な恩人。苛立つし決して好きではないが、今では嫌いでもないあいつ。騒がしく、結局は楽しくて、平穏な日々。

 そして、何よりも大切で、愛しい存在。

 望みを叶えれば、せっかくできた大切な人を、優しい日々を失うことになる。

 以前なら躊躇うことなんて何一つなかったのに。

 失いたくない。

 それに、あの人を傷つけることにもなる。

 傷つけ、真心を踏みにじり、嘲笑って。

 そんなの、嫌だ。

 あの人を苦しめるくらいなら、望みを諦めたっていいじゃないか。そうすれば、何も失わずに済む。罪悪感に苦しむことなく、あの人を愛することができる。

 そう、その方が……。


「どうした?らしくない」


 掠れて艶のある、ハスキーな声にギクリと肩を震わせる。

 動揺を悟られないよう、背を向けたまま答える。


「また、勝手に入ってきたのか」

「いいじゃん別に。仲間なんだし」

「……らしくないって、何がだ」

「ん?何か弱々しいっていうか」

「弱々しい?貴様、誰に言っている」

「確かにあんたに弱々しいは似あわなすぎるかも……」


 背後で苦笑する気配がした。

 少女はまだ振り向かない。


「……そろそろあたし達の女王様も、動きだすみたいだ」

「そうか」

「あんたは自分の欲望に忠実だから、失敗なんてしない。……信頼してるよ?」

「気持ち悪い言い方するな。私は自分の望みを叶えるために、動く」


 ゆっくりと少女の声が硬く、冷たくなっていき、紅い唇に冷酷な笑みが刻まれる。


「例え、何を犠牲にしようとな」


 凍てついた声に、ハスキーな声の主、ネリーは満面の笑みで頷く。


「合格。やっぱり、あんたは向いてるよ。残酷で冷徹で、失うことを恐れない。……期待してる」

「ああ」


 静かに肯定の言葉を紡ぎ、少女は目を閉じる。そして瞳から一粒、透明な雫がきらめきながらこぼれ、闇に消えた。

 涙をこぼした瞳を開き、くるりと向きを変えネリーを見つめる。

 その双眸は、少し前までの儚さや迷いなどど初めからなかったかのように、冷やかに凍っていた。

 少女らしからぬ、ひどく冷たい炎が宿る表情。


「さあ、始めようか」


 この国の、世界の、そして自分の日常の革命を。



 翌朝。

 見るだけで胸やけしそうな量の朝食をリラ様がハイスピードで咀嚼していくのを眺めながら、僕も朝食をとっていた。


「……いっつも思いますけど、よく食べますね」

「ぬ?ほらはふみなう……」

「食べながら喋らないでください」

「お腹空いちゃうでしょ。しっかり食べなきゃ」


 頬にパンくずをつけた状態でにっこりする。……子供か。


「それにしたってその量は以上です」

「そう?」

「そうですよ」


 僕は干し葡萄入りのパンをかじりながらしかめっ面になる。

 育ちざかりでもそんな量絶対に食べられない。この人の胃はブラックホールなんじゃないだろうか。

 しかも妖精のごとく華奢なのだから、どういう体の構造をしているのか、本当に謎だ。


「……ところで、いい加減教えてください」

「何のこと?」


 きょとんと首を傾げる姿は小動物のように愛らしいが、むしろ苛立ちが募る。


「誤魔化さないでください」

「誤魔化すって何が?」

「何度も聞いているでしょう!?昨日、ステラ姉さんと何を話してたんですか」


 盗み聞きなんかする気はないし、そもそも眠ってしまったので内容は知らない。でも、やはり気になるものは気になるのだ。

 というわけであの後、自分でもうんざりするくらいしつこく聞いているのだが、のらりくらりとはぐらかされる。

 ちょっとした反応も見逃さないように真っ直ぐ見つめる。すると、リラ様はクスリと笑い、作り物めいた華奢な指を唇にあて、


「秘密。ハルには教えないよ~」


 天使の微笑みで拒否されました。


「どうしてですか!」

「べっつに~?ハルには関係ないし。多分」

「多分て何だ多分て!嘘つくな!どうせ僕の悪口で盛り上がってたとか、そういうオチでしょう!?」

「盗み聞きしてたの!?」

「してません!ていうか本当にそんな話だったのか!」


 ステラ姉さんのことだから、あることないことたっぷり喋ってくれたことだろう。くっそう、あの上から目線じゃじゃ馬娘め。

 ムッとして睨むと、リラ様はすでに食事を再開していた。


「……今日の遊びはナシで」

「えっ!何でよ!」


 途端にパンを放り出し、身を乗り出す。


「そりゃ、僕の気が乗らないからに決まってるじゃないですか。朝から色々疲れました。その上負けるとわかっているゲームをやる気にはなりません」

「えー!それこそナシ!ハルは何をしにここにきてるの」

「リラ様にこき使われて寿命を減らすためみたいですね」

「酷い!私はそんなことしてないわ。第一、ハルはお見合いのために里帰りしちゃうんでしょう?今のうちに遊んでおかなきゃ」


 子供のように頬を膨らませて主張するのを無視し、僕はパンの欠片を飲みこむ。

 食事終了。

 同時に会話も終了。


「ご馳走様でした。僕は部屋に戻るので、絶対に遊びに来ないでくださいね」

「あ、ちょっと待って……」


 僕を引き止めようとリラ様が立ち上がったのと同時に、勢いよくドアが開き、赤と白とフリルのちっちゃい塊が弾丸のように飛び込んできた。


「きゃあああ!何か変なのが!」


 リラ様が悲鳴を上げる。

 それに反応するように、絨毯の上に転がった塊がむくりと起き上がった。


「誰が変なのだ誰が!相変わらず人の神経を逆なでしやがって!」


 まだ幼い甘い声。

 ふわふわの赤いツインテールと、怒りに燃える緑の瞳、白いフリルのドレス。


「あ、ミーナだったんだ。おはよう」


「……何がおはようよ」


 不機嫌そうに唇を尖らせ、リラ様を睨む少女は、超絶ブラコン王女ミーナ様だった。

 そういえば、以前にも朝から部屋に突っ込んできたことがあったような。あの時はアンジェラ様の婚約パーティーの少し前で……。

 半年はたっていないが、ずいぶん昔のことのように感じる。懐かしい。思わず頬が緩んだ。


「おはようございます、ミーナ様」


 愛想笑いを浮かべながら挨拶すると、ミーナ様は仏頂面のままこくりと頷いた。

 外見はまだまだ小さな子供なのに、態度だけ王女ぶっているせいか、少し滑稽だ。同時に微笑ましくもある。

 今日は一体どんな要件だろう。

 もしかして、休暇にクラウス様を連れていったことへのクレームか。出かける前、クラウス様がきちんと諭してくれたので出発の時は落ち着いていたが、文句を言いに来たとしてもおかしくはない。

 何故かリラ様を敵視しているし、この人のクラウス様への愛はどこかおかしいので、何をしてくるかわからない。

 胸の内で警戒する僕に対して、ミーナ様はにこりともせずに言った。


「全世界を揺るがす大事件が発生したわ」


 ……はい?今、何と?

 リラ様も僕と同じく、ポカンとした様子でミーナ様を見つめる。


「……大事件?」

「そうよ」


 深刻そうに、重々しく頷く。しかし、ふわふわのツインテールや、可愛らしいフリルがたっぷりついたドレス姿でシリアスムードも無理がある。


「あんた達は知らないだろうけど、今朝、大事件が起こったのよ」

「……そ、そうなの。それは大変ね。一体何?」


 ものすごい棒読みで尋ねるリラ様を緑色の瞳が捕らえる。ぱっちりしたその目に一瞬炎が宿り、しかしすぐに涙がかき消した。


「う……うぐ。ふえぇぇぇぇ……」


 おかしな泣き声を上げて、ミーナ様はペタンと座り込んだ。小さな顔が涙でぐしゃぐしゃになり、いつもより更に幼く見える。


「あ、あの……?」

「どうしちゃったの、ミーナ?」


 僕らが声をかけても反応なし。ボロボロと涙を流し続ける。

 僕はリラ様と顔を見合わせ、再び視線をミーナ様に戻す。

気まずい空気の中、やっと泣きやんできたミーナ様が、うつむきがちに目をこすりながら話し始めた。


「うっ、ぐすっ。……お、お兄様、に」

「クラウスがどうかしたの?」


 リラ様がミーナ様の隣に座り込んで、優しく尋ねる。ふんわりしたお姉さんらしい笑顔に、不覚にもドキッとした。

 別に、リラ様に惚れたとかそういうことではない。絶対ない。有り得ない。

普段の幼稚な態度とのギャップが激しすぎるせいだ。それ以外ない……と思う。


「……何で赤くなってるの?」


 不審そうな目で見られ、頬が更に熱くなる。


「違います違います!絶対に違いますから!」

「違うって何が?」

「……こっちの都合です。気にしないでください」


 思い切り不自然な態度をとってしまった。

 一生の不覚だ。穴があったら入りたい。


「何のことだかさっぱりだけど、まあいいや。話を戻すけど、クラウスが何?何かあったの?」


 リラ様は慈愛に満ちた表情で語りかける。

 綺麗に流してくれたのはありがたい。でもその表情は今の僕には毒だ。色々な意味で。

 というわけでリラ様達に背を向け、話だけ聞く姿勢をとる。


「ほら、話してみなさい。そのために来たんでしょう?」


 辛抱強く話を促すリラ様に、ミーナ様は涙声で、


「お兄様……に、こ……こ……」

「こ?」

「こ……婚約者があああああああっっ!」


 ピシッと空気が凍りついた。まだまだ暑さは残っているはずなのに。

 再び泣き出したミーナ様の声だけが、硬直した部屋に響き渡る。

 リラ様の表情をうかがうと、完全にフリーズしていた。

 何だこれ。昨日似たような話を聞いた気がする。

 あのクラウス様に。婚約者が。……何の冗談だ。

 ああでも、恋人はいたんだ。凶暴で貴族嫌いなメイド様が。


「婚約者って誰……」

「どこかの国の王女よっ!もういやあああああああっっっ!」


 激しく泣きわめくミーナ様の答えに、僕も硬直した。

 そうだろうとは思ってたけど。

 ソフィアのあの性格だとかなりマズイ。絶対にマズイ。

どこかの国の王女様をただのメイド(ソフィア)が殺害し、それがもとで戦争勃発とかシャレにならない。

 この状況、どうしたらいいんでしょうか。本当に。

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