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旅の終わり

「もうすぐ城に到着します!」


 アニーが歓声を上げる。

 すると、隣でうつらうつらしていた師匠が目を開けた。


「お?やっぱり馬車は歩きより早いねえ。まああたしが御者やった方が絶対早いけど」

「師匠のは暴走馬車ですから!そこちゃんと考慮してください」

「でも絶対あたしの方が……」

「黙れ野獣」


 クラウス様が氷のような双眸で師匠を睨む。

 しかし師匠はどこ吹く風。逆におどけて笑ってみせる。


「うわっ!何そのあだ名サイテー!鉄皮仮面よりはマシだけど」


 馬車の中の空気が瞬間的に冷凍される。何回馬車凍らせたら反省するんだよ、師匠。ああ、頭痛い。


「……貴様、それはやめろと言ったはずだ」

「あっはっは。そんなの覚えてないね~」

「……一回死んでこい」


 クラウス様が腰にさした剣を抜こうと手をかけた時、後ろからナイフがとんできた。きっちり師匠と僕の頭めがけて。

 殺気のこもった短ナイフ右手でキャッチし、溜息をつく。


「……ソフィア、師匠ならまだしも、僕にまで投げなくたっていいよね?」

「何のことでしょう?言っている意味がさっぱりわかりませんが」


 リラ様とのトランプにつきあっていたソフィアがしれっと笑う。うわあ、わざとらしい。


「ちょっと待て。お前、お師匠様を見捨てるつもりか?」

「見捨てるも何も一人でもじゅうぶん生きていけるでしょう」

「水と食料がなくても一年はもちそうだな、この野獣」

「何なのあんたら!勝手に結託していじめやがって!あとで覚えとけ馬鹿弟子と鉄皮仮面!」


 ギャーギャー喚くだけ喚いて、大人しくなったと思ったら低く呻きだす。

 野獣という表現がぴったりだ。

 と、そこに、場違いなほど朗らかな声が乱入してきた。


「レウィンさんってハルよりよっぽどカッコイイね!」


 白く華奢な指でトランプをもてあそびながら、リラ様は言った。

 悪意ゼロのストレートなお言葉。しかも天使のような微笑みつき。

 ……さすがにへこみました。

 クラウス様と比べられるんだったら、そりゃレベルが違いすぎてショックでも何でもないけれど、あの馬鹿師匠以下とくると大打撃だ。

 素直に言っていることが分かるからこそ、余計にショック。

 僕は無言でうつむいた。


「馬鹿かお前。ウルのどこが格好いいんだアホ」


 フォローありがとうございます、クラウス様。でもいいんです。どうせ僕は駄目人間ですから。

 声に出したら余計へこみそうだったので、胸の中だけで呟く。


「そんなこと言ってるクラウスもレウィンさんより劣ってると思うけど?」


 ピシリ、と空気が凍りついた。

 自分のことなんかで落ち込んでいる場合じゃない。僕は慌ててクラウス様を振り返った。

 意外なことにクラウス様はいつも通りだった。

 人間味のない完璧な無表情。凛とした美しさと、王族特有の気品にあふれた姿。

 しかし、少し不自然だった。

 凍りついたかのように動かず、常に鋭い光を宿した瞳だけが、彷徨うように揺れている。

 もともと美形なので固まっていると本当に彫刻のように見えるが、今はそうでもなかった。

 しかも心なしか、クラウス様の周りの空気がよどんでいる。


「……あの、クラウス様?もしかして結構落ちこんで……」

「悪い、それ以上言うな。限界だ」


 低めのトーンで遮ると、クラウス様は再び口を閉じた。

 や、やっぱり相当落ち込んでる。

 リラ様恐るべし。……とか言ってる場合ではない。

 ソフィアに目で助けを求めると、彼女にしては珍しくおろおろしていた。

 敬愛する王女と大切な恋人との板挟みになってフォローできない、というところか。

 アニーはさっきから頑なに前を向き続けているし、そもそも性格上仲立ちは無理だ。

 リラ様や師匠に助けを求めるという選択肢は初めからない。

 現に、


「リラちゃん可愛いしいい子だし、あたしが男だったらお嫁さんにもらたいよ、ほんとに」

「私もすごく残念です!レウィンさん、そこらにいる男より百倍素敵なのに……」

「気が合うねえ、あたし達」

「はい!セルシアに戻ってもよろしくお願いしますね」


 と、ノリノリで会話している。

 クラウス様をどうしてくれるんだ。責任とってよ、ド天然王女。

 行きから帰りまで滅茶苦茶な旅に、僕は何千回ついたかわからない溜息を吐いた。




 あの後、すぐにフラウィールをたった僕達は、休憩をはさみながらセルシアへと急いでいた。

 行きと違い、盗賊の集団に絡まれたり、変人に出くわしたりすることはなかった。なので、戦闘などもない。ソフィアには相変わらずナイフを投げられてきたが。

 僕としては家に帰りたいところだが、大変横暴な王命で縛られてしまっているので帰るわけにもいかない。

 因みに師匠は、僕らと同じく城に行くらしい。そこにいる知人に用があると言っていた。

 全員のゴールはセルシアの城で、そこへはもうすぐだった。




 僕の初めての旅は、はっきり言って最悪だった。

 序盤から盗賊に襲われ、変人師匠と再会し、皇子と侍女の恋愛事情を知ってしまい、ミシュア姉さんの仇であるローグにまで再会し、とうとう数年振りに『化け物』になってしまった。

 あまりにも波乱万丈で、眩暈がしそうなほど凄まじい日々。

 ……でも、まあ。

 悪いことばかりでも、なかった。

 家に閉じこもり、全てが灰色だった数年間と今ではどちらがいいかなんて、わかりきっている。


「あ、お城見えてきた!」


 澄んだ声につられて外を見れば、豪奢なセルシアの城がはっきりと視界に映る。


「……ただいま」


 誰にも聞かれないように、僕は低く小さな声で呟いた。




「はあ……疲れたあ……」


 ベッドに横になり、ぐったりと天井を見上げる。

 城についた後、遊びたがるリラ様をなんとか宥め、一人きりの休憩時間を手に入れることに成功した。

 悪いことばかりではなかったけれど、何しろ疲れた。ものすごく疲れた。

 一度ベッドに体を預けてしまうと起き上がる気力がなくなる。

 僕は自分の手を見つめ、苦笑した。


「あーあ、『化け物』になっちゃったよ……」


 うんざりだ。

 これからは更に嘘と笑顔で自分を固めていかなければ。

 僕が『化け物』になっているところを誰かに見られるわけにはいかない。過ちを繰り返さないためにも。

 でも、今は一人だし、すごく疲れているから、気をぬいても罰は当たらないだろう。

 少し睡眠を取ろうと目を閉じかけた直後、無音だった部屋にノックの音が響いた。


「ハル様、お客様がいらっしゃっています」


 無慈悲な声が扉越しに告げる。

 誰だ、僕のせっかくの休みをつぶしてくれた客人とやらは。

 ものすごく不機嫌になったものの、すぐに他人用の愛想笑いに切り替え立ち上がる。


「わかった。今開けるよ」


 鍵を解除し、ドアを開ける。


「……え?」


 僕は絶句した。

 侍女の隣で仁王立ちしている、平均よりも少し背の高い女性。

 肩の上でカットした金髪に、貴族的ながらやや幼さの残る顔立ち。均整の取れたしなやかな体躯をセルシアの軍服に包んでいるせいか、中性的な雰囲気をまとっている。


「……な、何で」


 何で、こんなところにこの人が。

 呆然とする僕に向かって、軍服姿の女性……ステラ姉さんは、少年ぽく笑った。


「久しぶり、ハル。あんたに用があってきたのよ」

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