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王女様とトランプはいかが?

「一応確認しておくけど、君がハル・レイス・ウィルドネット君だよね?」

「は、はい、そうです」


 リラ様はちょっと首を傾げて、僕を見つめた。銀色の髪がさらりと揺れ、その綺麗な髪に飾られた紫水晶の髪飾りも小さく揺れる。

 どもってしまう僕に、リラ様は少し笑いかけて、今度は僕の後ろにたたずむ侍女に話しかける。


「ほら、ソフィア。自己紹介をして」

「もうしました」

「じゃあ、もう一回」


 先ほどから冷たい目をした侍女が、スッと僕に顔を向けた。相変わらず表情は硬い。


「ソフィア・フリス。主にリラ様のお世話をさせていただいている侍女です」


 可愛らしい少女に似合わぬ、冷めた話し方だった。冷たい雰囲気が僕の一番上の姉さんに少し似ていて自然と苦笑が浮かぶ。

 すると、ソフィアの淡い水色の瞳が更に冷たくなる。そこに浮かんだ感情は、間違いなく嫌悪だった。

 慌てて視線をリラ様に戻す。

 リラ様はしょうがないわね、という風に微笑んだ。


「ハル君」

「は、はい!」


 いきなり呼ばれて、またもやどもる。僕のアホ。もっとコミュニュケーション力でもつけておけばよかったな。十数年来の引きこもりじゃ今更だが。

 リラ様もソフィアも、間抜けな奴だと思っただろう。

 心の中で自己嫌悪していると、リラ様がちょっとだけ心配そうな表情になり、


「ハルと呼んでも、いい?」

「ど、どどどどうぞ、ご自由に!」


 まただ。もういい、諦めよう。

 自己嫌悪に疲れた僕は、出来るだけ口をつぐむ。


「下がっていいわよ、ソフィア」

「かしこまりました」


 ソフィアは丁寧にお辞儀をすると、静かに扉の向こうへ消える。

 ソフィアの小さな背中を微笑みを浮かべて見届けると、リラ様は長い髪をかきあげた。月の光の色の髪が、さらさらと指の間を零れていく。

 まるで天使が月夜から現れたような、幻想的な美しさに息を飲む。

 リラ様は澄んだ瞳を僕に向けた。


「ハルは、これから、私の遊び相手になってくれるよね?」


 あ、本当に遊び相手になるのか。ていうか忘れてた。


「え、まあ……はい」


 まあ、王女様のことだし、少しお話しする程度だろうな。

 そんな甘い考えを持つ僕にリラ様は笑いかけた。それも、さっきまでの優雅な笑みではなく、悪戯っぽくて無邪気で、子供みたいな笑みで。

 リラ様の笑顔の変貌ぶりに、ちょっと驚く。何だか、王女様らしくなかったのですが。

 疑問を抱く僕を更に惑わせるかのように、青い瞳を悪戯っ子のように輝かせて、僕の顔を覗き込む。さらさら揺れる銀色の髪と、大きな瞳が近づいてきて、固まってしまった。

 甘く優しい香りが、ふわりと香る。リラ様の行動に、思い切り心が乱れる。

 どうして、彼女のような目で笑うんだ。

 ギュッと目を閉じて、強く頭を振る。思い出しちゃ駄目だ。忘れるんだ。いいや、忘れてはいけないのだけど、今は。


「どうかしたの?」


 リラ様が再び王女様の顔になって、心配そうに尋ねる。

 さっきのは一体なんなんだ。変わり身の早さにますます混乱しながらも、僕はへらっと笑って答える。


「大丈夫です。何でもありません」

「そう、よかった。じゃあ……」


 リラ様はニヤリと笑った。

 一体何を言い出すのかと訝しむ僕に、リラ様は無邪気ににっこりして、桜色の唇を開く。


「早速、トランプでもしましょうか?」




「何でトランプなんですか?」


 太陽がさんさんと降りそそぐ庭園で、パラソルつきのテーブルをはさんで椅子に座り、リラ様と正面から向き合った。


「駄目だった?」


 首を傾け、可愛らしい仕草で言葉を返す。思わず言葉に詰まり、


「いえ、別に……」

「じゃあ、始めましょうか」


 唐突に言うと、さっとトランプを切って、リラ様はゲームを始めた。


「じゃあ、まずはポーカーでいい?」

「はい」


 リラ様は頷くと、自分と僕の手元に、五枚のカードを置く。

 はっきり言うと、僕は昔からトランプだけは強い。いや、本当はもっと得意なことはあるのだが、それはもう二度とやりたくない。

 取りあえずトランプは家族にも負けたことがないくらいだ。だから、リラ様が機嫌を損ねないといいけど。

 不安を感じながらトランプを裏返す。そして、内心仰天した。

 これは自慢でも嘘でも何でもないけど、未だかつて、ノーペアだったことは一度もない。

 それなのに、今僕の前に並んでいるのは、クラブの4、ダイヤの1、ハートの10、ダイヤの7、スペードの13。

 見事なほどにバラバラだった。

 内心動揺しながらも冷静になろうとしていると、


「じゃあ、お互いの切り札を見せあいましょう!」

「え、それ、ありですか!?」

「ええ」


 またもや唐突に言う。仕方なく僕はノーペアの手札を見せ、リラ様のカードに更に仰天する。

 何と、リラ様はロイヤルストレートフラッシュだった。

 これ、インチキなんじゃないか。なんて、情けないことを考える僕に、リラ様は容赦なく言う。


「私の勝ち。ハルは、意外と弱いんだね」


 その言葉が、僕のプライドに音を立てて突き刺さったのは間違いない。元からそんなものないだろとか言わないで。ないけど。


「……も、もう一度、お願いします」

「喜んで」


 リラ様は楽しそうにカードを切り始めた。




 三十分後、見事に惨敗した。

 普通の人より強いつもりだったんだけど、全く歯が立たなかった。何なんだこの人。

 トランプごときでがっかりするなんてどうかと思うが、たいして取り柄のない僕の気持ちをわかってほしい。


「そう落ち込まないで。また遊んであげるから!あ、でも、私が勝ったから何かいただくわよ。後で決めるね」


 満足げな笑顔で、とんでもないことをさらりと言う。


「ぼ、僕はそんな約束してませんから!」

「私が今決めたの。お願いくらい、聞いてくれたっていいでしょう?」


 楽しげな話し方に嫌な想像が浮かび、冷や汗が流れていく。

 リラ様の遊び相手の初日で、わかったことがある。

 一見、天使のような清らかさと可憐さを併せ持つ美しい王女は、実はかなりの問題児だったのだ。とんでもない貧乏くじを引いてしまった。

 退屈でも鬱々としていても、平穏だった引きこもり時代を思い出し、何だか泣きたくなった。心底家に帰りたい。

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