有り得ない王命
「ああ……もうついてしまった……」
目の前に広がる城を見て、溜息をつく。あれほど外に出るのが嫌だったのにどうしてこんな場所にいるのでしょうか。
乾いた笑いをこぼす僕を、訓練中の兵士が不審そうに見てくるのが辛い。辛すぎる。
王命と家族と、自分のどうしようもない人生が恨めしい。
この世界の東に位置する王国。それが、ここセルシアだ。
長かった戦争も終結し、平和と発展を享受するこの大国の首都のど真ん中。壮麗な王城の前に、現在僕は立っている。それは何故か。
ふざけた王命を受けたからだ。
始まりは、一通の手紙だった。
僕、ハル・レイス・ウィルドネットは、伯爵家の長男にして末息子として生まれた。
一番上の姉は内気だが美しく、恐るべき天才だった。もう、その才能を発揮することもないのだけれど。
また、二番目の姉はちょっと偉そうだが快活でしっかり者だったため、一家を両親と共に支えている。
この中で一番役立たずだったのが、僕だった。
家から一歩も動かず部屋にこもりきり、皆に迷惑をかけているにもかかわらず、退屈な人生を送り続け、もうすでに十七歳。子供の頃のトラウマに囚われたまま、うじうじと未練たらしく生きている。
我ながら、何とろくでもない野郎だとは思っていた。
そんな僕に、今までの人生をひっくり返すような事件が起こった。
王様の側近から、直々に手紙が来たのだ。
内容は、セルシア王国の第四王女、リラ・クラリス様の遊び相手になれとのこと。
有り得ない。いくらなんでも有り得ないよね。常識的に考えて狂ってるし何故ここに僕の名前が。
何度も読み返したけれど、一文字たりとも変わらなかった。
両親に訴えたところ、社会に出るいいチャンスだと大喜び。僕が嫌がっているのにも一向に気がつかない。
二番目の姉など、
「王命なら従うしかないでしょ。覚悟決めなさいよこのヘタレ」
と、傲岸不遜にあしらいやがった。
誰も僕の味方になってくれない。そもそも、王命をひっくり返すことなど不可能だ。
仕方なく、僕はリラ・クラリス様の遊び相手になることを了承した。この先にどんな運命が待っているのかも知らないまま。
それにしても妙だ、と思う。リラ・クラリス様は十五歳のはず。もう遊ぶような年頃ではないと思うのだけど。やっぱり騙されているのではないだろうか。
艶やかな金髪を片側で結った、小柄なメイドの後をついていきながら思案する。ソフィアと名乗った彼女が案内役らしい。
可愛らしい顔立ちだが、僕を見た途端冷たく目を光らせたのが気になる。しかも、若干嫌そうな顔をしたし。
しばらく通路を進むと、少女は一つの扉を開けた。
「リラ様、ハル・レイス・ウィルドネット様がいらっしゃいました」
部屋に向かって呼びかけると、僕に入れと手で示す。
その仕草までもが子供らしくない刺々しさがある。優雅だが、どこか軽蔑するような。
もしかして、嫌われているのだろうか。初対面なのに。いや、僕が他人と接触しなさすぎて問題をきたしているのかもしれない。
侍女に睨まれながら、遠慮がちに部屋に入る。
そこは、この城の面積からいえばかなり小さめな部屋だった。おそらく召使いなどの部屋だろう。この侍女の部屋なのかもしれない。
白い壁と赤いカーペット、木の椅子や机、観葉植物があるくらいの、シンプルな部屋。小さな窓にはベージュのカーテンがかかっていて、風が入ってくると柔らかに揺れる。
そして、ベッドに天使が腰かけていた。
いや、天使がいるわけない。そんなのがいたら僕はとっくに逃げだしている。
しかし、その少女は天使と錯覚するほどに美しかった。
雪のように真っ白な肌に、風にさらさらと揺れる月の光のような銀色の髪。人形のように長い睫毛と、優しく澄んだ青い瞳。花弁のような唇は桜色に染まり、ほっそりした華奢な肢体は、乱暴に扱ったら折れてしまいそうだった。
清楚な雰囲気の、絶世の美少女。
少女は僕を確認するようにじっと見つめると、優雅な歩調で近づいてくる。
ほっそりと白い手でドレスの裾をそっと持ち上げ、ふんわりと微笑む。そして、どこまでも優しい、澄んだ声で言った。
「初めまして。私がこの国の第四王女、リラ・クラリスよ。よろしくね、ハル」