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旅は道連れ世は情け?

「……レウィン・ウル!?」


 ギョッとしたように叫んだのは、意外なことにクラウス様だ。

 しかし、ソフィアはそれ以上に過敏な反応をした。青ざめた唇を噛みしめ、睨んでいる。


「師匠はむやみに攻撃してきたりしないよ?」


 ソフィアはこくりと頷いて目を伏せる。さらりと落ちた前髪が、青ざめた頬に影を落とす。


「大丈夫?」

「……こんなやつがあの伝説の戦士だと知って落胆しただけですから」

「今のちょっとへこんだ……」


 ソフィアの言葉に師匠はガクッと肩を落とす。こっちはほっといてもすぐ復活するから大丈夫だろう。


「ということはやっぱり、あの『瞬殺のレウィン』か?」

「あはは。あたしって有名なんだね。『瞬殺のレウィン』とか、物騒で好きじゃないけど」


 師匠は照れ笑いしながら言う。

 そこに、今まで隠れていたアニーが、おずおずと前に出てきた。


「あの……「『瞬殺のレウィン』って、五千人もの大軍に単騎で乗り込んで、一瞬で屍の山にしたという伝説の……?」

「あーうん。そんなこともあったね。一瞬ってのは大きな間違いだけど」

「あれって、僕が無理やり弟子入りさせられた一週間後くらいのことでしたっけ?」

「そうそう。以前王様に「いくらお前でも、大軍相手に一人で戦えばすぐに死ぬだろう」とか言われたことあってさ。すっごくむかついたから、実際にやってみたのよ。そしたら案外あっさりと片付いて拍子抜けしちゃった。まあ、大軍にも王様に勝利したから、満足だけどねー」


 しーんと沈黙が落ちた。

 レウィン・ウルの伝説の裏側は、こんなにも軽いものだった。

 こんな人が師匠だなんて、考えると哀しくなってくるから考えまい。

 師匠のことを唯一知らないらしいリラ様は、不思議そうに首を傾げた。


「何で私が知らないんだろう?」

「いや、知らなくてもおかしくないと思いますよ?城から出ていなければ、尚更」

「そういうんじゃなくて……」


 何かを言おうとして、ハッと口をつぐむ。


「……何でもないの」


 そうして、少し苦笑いする。

 何だろう。よくわからないけど、もやもやする。

「……おい、お前ら。いつまでぼーっとしているつもりだ」


 冷やかな声に我に返ると、クラウス様が冷めた表情で師匠を見据えていた。


「何がしたかったのかは理解不能だが、俺達は旅の途中だ。邪魔するな。……馬車に戻るぞ」


 心なしか足取りの覚束ないソフィアをさりげなく助けながら、クラウス様が踵を返す。

 しかし、あの師匠が素直に聞くわけがない。


「まあまあ、そう言わずにさ。あたしもそれに乗せてってくれないかなー?」

「……はあ?」


 クラウス様が冷たい視線を向ける。


「いい加減歩くの疲れちゃって。御者になってあげるからさ……」

「却下。師匠なら地獄の果てまで歩いてもピンピンしてますよ。一人でどこへでも行ってください」


 師匠を連れていくなんて冗談じゃない。恥さらしだ。

 みんなだって納得しないはず……。


「ハルはああ言ってるけど、私は大歓迎!」

「わ、私も、伝説によくでてくるレウィン様とは、お話ししてみたかったんです……」


 リラ様とアニーは了承しやがった。


「ちょっと待て!リラ様、王様の言った条件忘れたんですか!?人数制限があったでしょう」

「でも、途中からのお客を乗せてはいけないなんて、どこにもなかったわ」

 そんなの屁理屈だ。

 でも、他の二人が賛成しなければ大丈夫。


「……私は……そいつに頼みがある。頼みをきいてくれれば……ついてこさせてやっても……構わない……」


 ソフィアは今にも消えそうな声で、とぎれとぎれに呟く。

 ちょっと待て。ソフィアまでどうしちゃったんだ。

 予想していなかった展開に焦り始める。

 最後の希望であるクラウス様に視線を向けると、いつもの無表情が崩れて、何とも言えない微妙な顔をしていた。


「……こんなのと一緒にいるのはものすごく嫌だ」

「ですよね!」

「おいハル!師匠を裏切る気か!あとクラウ

スは本当に嫌そうな顔するな」


 裏切るも何も、ある日唐突に姿を消した人間が何を言うか。

 都合の悪いことは自動的に抹消する師匠に、やっぱりかかわらなければよかったと後悔の念が強まる。

「……しかし、レウィン・ウルと会う機会なんてそうないし、お前達がそう言うなら、少しの間だけ我慢してやる」


 溜息混じりの返答に、僕は唖然とした。

 それってつまり、一緒に行くってことじゃないか!

 師匠は満面の笑みを浮かべ、僕の肩に手を置いた。


「ほらほら、みんな歓迎してくれてるんだ。弟子一人が反対するなんてこと、ないよな?ハルはそんなに冷たくないよねぇ?」

「嫌ですね。それ以上のことは迷惑です」


 きっぱりと言い放つと、師匠は皆を振り返り、

「あーあ!弟子が冷たくてあたしは哀しいよ!どうやらハルは、あたしに消えて欲しいらしい」

「なんてこと言ってんのよ!ハル最低だわ!」

「もともと……人間のクズですからね……」

「お師匠様はもっと大事にするべきだと思います」

「……だってさ」


 女性陣の容赦ない攻撃に沈没している僕に、師匠はニヤッと笑いかけた。

 ……もうどうなっても知るもんか。こんなバカンス、めちゃくちゃになればいい。


「……皆さんがいいって言うなら、勝手にすればいいでしょう」


 苦い気持ちで吐き捨てると、師匠は意気揚々と馬車に駆けていく。

 ふとクラウス様と目が合い、酷く申し訳なさそうにしているのが見て取れた。

 いいんですよ、別に。むしろ、巻き込んじゃってすみません。

 僕が目で伝えると、クラウス様はほっとしたように吐息を吐き、いつもの無表情に戻った。




「ところであんた達、フラウィールのどこに泊まるご予定かな?」


 馬車を馬鹿みたいに(本当に馬鹿だから馬と鹿がよく似合う)ぶっとばしながら、師匠は前を向いたまま聞いてきた。


「まだ決めていない。そもそも、俺たちはここに来たことがない」

「ふーん。じゃあさ、あたしが泊まる予定の場所に来るかい?」

「えっ?」


 師匠は今度は振り返って、唇の端をつり上げた。


「実は、ちょっとした用事で、そこに長期滞在する予定なんだよね」

「用事?」

「うん。あ、極秘だから教えてやんないよ?」

「別に知りたくないです」

「どうでもいい」

「極秘とバラしている時点で、情報としての価値が下がってる」


 体調が良くなってきたらしいソフィアがいつものように毒づく。ついでに僕の足元にナイフがサクッと刺さった。


「つれないねぇ。……話を戻すけど、あたしが泊まるとこ豪邸だから、あんたらぐらい頼めば泊めてくれると思うよ。どうする?」

「そんな……レウィンさんにご迷惑をおかけするわけにはいきません」


 リラ様がしとやかな微笑みを浮かべつつ、猫被りモードで謙虚に答える。師匠に猫かぶ

ったって意味ないのに。


「遠慮するなって。弟子がいつも世話になってるお礼なんだから」

「何保護者面してんだ!」

「そういうことでしたら、ぜひ!」

「リラ様もそれにのるな!」

「……いや、案外その方がいいかもしれない」


 クラウス様がポツリと呟く。


「え、何でですか?」

「見知らぬ宿に泊るより、知っている人間の家に泊まった方が、安全だろ」


 それはそうか。


「ウル」

「レウィンって呼んでよ」

「断る。……安全は保障するって言ったな?」

「うん。言った」

「……よし、そこに泊まらせてもらおう」


 クラウス様が言うなら、しょうがない。

 とりあえず、豪邸と言っているんだから、普通に豪邸だろうし。


「よっしゃあ!何かのってきた!ぶっとばすぜぇっ!」


 妙な掛け声とともに、馬に鞭を入れる。途端、破壊的なレベルで馬車の速度が上がった。




 その日、フラウィールの近場で、狂ったように駆け抜けていく馬車らしきものと、複数人の悲鳴が大勢の人に目撃されたという。

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