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友達?

 幸いなことに部屋は開いていて、すぐ通された。しかし残り二部屋だったので性別でわかれる。

 夕食後部屋に戻ると、クラウス様は窓辺に寄り掛かっていた。物憂げな瞳は月を眺めている。


「夕食持ってきました」

「すまない」


 月から目を離し、ひんやりした眼差しを僕に向ける。

 クラウス様は頭痛が酷いということで、部屋に残っていた。


「大丈夫ですか?」

「ああ。あれは一時的なものだったから。もう心配はいらない」

「お茶淹れますか?」

「いや、俺が淹れる」


僕が持っていた茶筒を取り、優雅な動作で紅茶を淹れ始める。普通、王族の人はお茶を淹れる機会がない。しかしクラウス様は随分と慣れているようだった。


「ずいぶん慣れてますね」


 僕が言うと、クラウス様の顔に苦笑が浮かんだ。


「ある人から教わったんだ」

「教わった?」

「紅茶を淹れたことなかったから、茶葉を丸ごとカップに入れて、お湯を注いだ。そうしたらものすごく不味くて」


 そりゃそうだろう。僕は紅茶は好きだけど、そんなものは飲みたくない。


「で、それを飲んだやつがいきなり説教し始めた。こんなこともできないのかって」

「え、そんなこと言ったんですか!?」


 思わずギョッとして叫ぶ。


「俺も驚いた。まあ、変わったやつなんだろうけどな。……それから紅茶の淹れ方を無理やり覚えこまされて、今に至る。変だよな」


 クラウス様に再び笑みが浮かんだが、今度は限りなく優しい微笑みだった。

 普段冷たい印象のせいか、意外だ。同時にクラウス様にこんな風に微笑まれたらたいがいの女性は見惚れると思う。というか、絶対惚れる。

 僕がじっと観察していたからか、クラウス様がまた元の無表情に戻り、不機嫌そうに眉を寄せる。


「俺の顔に何かついてるか」

「違います。ただちょっと……」

「何だよ」

「……こ、今夜は月が綺麗ですね!」


 慌てて話を変えて誤魔化す。すると、クラウス様は静かに目を伏せ、


「確かにな。……月って、不思議だと思わないか?」

「へ?」


 クラウス様はカップに紅茶を注ぐ。白い湯気と共に、良い香りが柔らかく立ち昇る。


「時によって形を変える。雲に隠れれば見えない。金色の時や銀色の時、赤い時もある。……輝いていても、いつも闇と隣り合わせ」


 冷たい夜の始まりを思わせる瞳を揺らし、クラウス様は自嘲気味に笑った。


「俺は、月は嫌いじゃない。夜も。青空は、少し眩し過ぎる」


 静かな呟きは、白い湯気の中に溶けて消える。

 クラウス様はスッと感情を消すと、紅茶を注いだカップを僕の方に押しやった。


「ありがとうございます」


 口に含むと、通常の紅茶より酸味が強く、癖がある。この地方独特の茶葉だ。確か、心を落ち着かせる効果があったため、軽い鎮静

剤にもなっているはず。


「美味しいですね。やっぱり、特訓の成果ですか?」

「かもな」

「僕もその人にちょっと習ってみたいです。一応淹れられるけど、ここまで美味しくはできないので」

「……それはやめとけ」

「え?」

「絶対後悔する」

「どういう意味ですか?」

「どういう意味でもない」


 クラウス様にしては歯切れが悪い。よくわからないけど、これ以上突っ込まない方が無難か。

 僕は黙って紅茶を楽しむ。クラウス様はもともと口数は少ない方なので、部屋は静まり返った。

 隣の部屋ではリラ様達が喋っているようだが、よく聞こえない。……あまり聞きたくもない。

 そういえば、クラウス様とこんなに喋ったのは初めてだ。時々顔を合わす場面があっても、ろくに話していない。パーティーの時は強引に引っ張られて戦闘に参加させられただけだから、僕がまともな状態じゃなかった為、問題外。

 かなり近寄りがたい雰囲気があるが、案外普通に会話できた。

 今まであまり同年代の人と話すことなんてなかったから、嬉しかった。


「お前、何を笑っている?」

「え?笑ってましたか」

「ああ」


 真顔で頷かれると、ちょっとおかしい。笑うのを我慢すると、クラウス様に冷たい目で睨まれた。


「何がおかしい」

「何もおかしくないです」


 僕を疑うように視線を投げかけ、クラウス様は夜食のサンドイッチを食べ始めた。

 再び、部屋に沈黙が訪れる。でも、決して居心地の悪いものではない。

 女子組の部屋から楽しそうな喋り声が聞こえてくる。

 クラウス様はサンドイッチを食べ終わると、感情の読めない瞳で僕を見つめて、ぽつりと言った。


「体調悪いというのは嘘だ」

「……へ?」


 つい間抜けな声が飛び出してしまう。


「お前らはともかく、俺だと誰かが気づいてしまうかもしれないだろう。……王に従うのは気にくわないが、狙いはわからなくもない。本当はわかりたくもないが」


 最後に小さく吐き捨てる。鋭い双眸に、一瞬殺意を帯びた光が閃く。

 感情を押し殺したような声音に、ドキリとする。

 何と言ったらいいだろうか。

 言葉に詰まり、紅茶を一口飲んでカップを置く。それから僕はちょっと笑った。


「気がきかなくてすみませんでした。気をつけます」

「……いや、そういうつもりじゃ」

「いいえ、僕も全然気がつかなくて。……それと、ありがとうございます」


 すると、クラウス様は驚いたように目を見開き、戸惑うような表情を浮かべた。

 ふと、気がつく。

 クラウス様は基本無表情だけど、その無表情の中にも感情が見え隠れしているのだ。ただ、わかりにくいだけで。

 本当に小さなことだけど、やっぱり嬉しかった。


「……礼を言われるようなことなんて、何もしてない」

「そんなことないです」

「そうか?」

「はい」


 躊躇いなく頷くと、クラウス様はふっと表情を和らげた。


「こっちこそ、ありがとう」

「何がですか?」

「色々と」


 教える気はないらしい。こっちとしては気になるのですが。

 しかし、クラウス様があんまり優しい笑みを浮かべていたので、言葉が出てこなかった。

 辺りに光が舞い散るような微笑。おそらく、大多数の女の子が気絶するような。

 ギャップがあり過ぎる。

 ふいに、さっきから思っていたことを、言ってみようかと思った。

 今なら言える気がする。

 いや、今言えなかったら多分一生言えない。

 大きく息を吸い込み、クラウス様を見据える。


「クラウス様、お願いがあるんです」

「……何?」

「えっと、実は、その……」

「……何だ」

「ですから、あの……になってほしいのですが……」

「何て言ったんだ?」

「その……やっぱりいいです……」


 やっぱり無理だった。

 諦めた瞬間、今の季節では有り得ない冷気が僕を包んだ。


「言いたいことがあるなら言え。俺はそういう中途半端なことが嫌いだ」


 氷のような無表情で淡々と語る。怖い。さっきの笑顔は欠片もない。

 僕は溜息をつき、そのとても恥ずかしいセリフを口にした。


「よかったら……と、友達になってくれませんか……」


 言葉の最後の方は完全に消えた。

 クラウス様は硬直していた。おそらく、唖然を通りこして呆然。

 居心地の悪い空気が部屋に漂う。

 どのくらい経っただろうか。やがて、クラウス様はゆっくりと口を開き、


「……今のは、聞き間違い……か?」

「えっと……」

「……本気か?」

「う……」


 もはや言葉にもなっていない。

 クラウス様は無表情のまま続ける。


「友達って、お前いくつだ」

「……すみません」

「友達ってわざわざ契約してなるものなのか」

「本当にすみません」

「……しかも、お前人選間違ってるぞ。俺が誰だかわかっているのか?」

「本当にすみません

でしたごめんなさい許してください」

 僕は思いきり謝罪した。頭が上がらない。


「……怒ってるわけじゃないぞ」

「で、でも、失礼ですよね。すみません。ただの一般貴族がこんなこと……」

「別に失礼だとも思わない」

「いや、でも。こ、こんな風に言っちゃうとあれですけど、僕友達とかいないので、その……」


 もう自分が何言ってるのかもわからなくなってきた。

 あーあ、何やってんだろ、本当に。思わず溜息がこぼれた時。


「……別に、構わないが」


 突然降ってきた声に、有り得ない気持ちでバッと顔を上げる。そこには、気まり悪そうな、困ったような顔で横を向いたクラウス様がいた。


「構わないって、何が?」

「……友達とやらの話」


 その瞬間僕は数秒固まり、クラウス様の言葉を理解した途端叫んだ。


「本当ですか!?」

「……一応」

「ありがとうございます!」


 思わず頬が緩む。すごく、嬉しい。

 今まで、男の子の友達なんて一人もいなかったから。

 幸せいっぱいな気持ちでいると、クラウス様が思い出したように、


「そういえば、友達がいないってどういうことだ?」

「そ、それは!あの……僕の黒歴史につながるものなので……」

「黒歴史?」

「つまりそれはほっといてください!」

「何故?」

「思い出したくないからです!」


 慌てて言うと、クラウス様はやや呆れたように溜息をついた。

 そういえば、友達って何だろう?

 当たり前のことのはずなのに、考えてみるとよくわからなかった。

 まあ、いいか。

 答えを探す時間は、これからいくらでもあるんだから。

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