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楽しい旅は人次第?

 心地よい馬車の揺れは眠気を誘い、窓からは新緑の景色が見渡せ、爽やかな風がそれらを包み込む。ああ、何て素晴らしい日なんだろう……周りの人々がいなければ。


「ハル、何暗くなってるの。せっかくだからトランプやろうよ~」


 また例の変なデザインのミニドレスを着たリラ様が、これまた風変わりな剣を指でもてあそびながら言う。

 その横では、完璧な無表情で外を眺めつつ、リラ様が騒ぐと氷のような眼差しで空気を凍らせるクラウス様がの姿。

 そして、たまに後ろの方から殺気を感じたり、ナイフが飛んでくることもある。数少ない召使の中で、彼女がついてきたのは災難だった。

 と思った途端、風を切るような音ともに僕の真横にナイフが突き刺さる。もはや振り返る気力もない。

 何でこんなことになったんだっけ……。

 リラ様に肩を揺さぶられながら、情けない気持ちで目を閉じる。




 元凶は王様だった。

 ある日、例の(リラ様に八つ当たりされた)秘書さんが、今から一週間以内に、旅行に行けという王様のむちゃくちゃすぎる命令を伝えにきた。

 内容は、「召使は三人まで、兄弟同士または一人で行くこと。場所は自由。他人にばれないように身分を隠しながら行く。ただし今回の企画対象は十五歳以上」

秘書の女性が義務的に告げると、僕らが呆然としているうちに逃げてしまった。

 頭が回らない。

 この命令は一体ナニモノ?

 前代未聞にもほどがないでしょうか?


「旅行!すっごく楽しそう!」


しばらくフリーズしていた僕は、リラ様の声で我に返った。

目をキラキラと輝かせ、子供っぽい無邪気な笑顔で僕を見つめる。


「ね、ハルも行くよね?」

「……は?」


 空耳が聞こえたような気がする。


「あの……今、何て言ったんですか?」

「だから、一緒に行こうって」


 きょとんと首を傾げる様子は無駄に可愛らしい。

 僕は溜息をつき、こめかみを押さえる。


「ちゃんと聞いてたんですか?兄弟同士でしか行けないって話を」

「でも、召使は三人までオッケーだよ」

「……僕は召使じゃありません」

「同じようなものでしょう?」

「全然違います!」


 一体どこの誰が召使だ!


「召使ってことにすれば一緒に行ける

し……」

「いけなくて結構です。勝手に楽しんできてください」


 すると、急に肩を落とし、しょんぼりとうなだれる。


「ハルは……私と行きたくないんだね……」


 思いがけない反応にぎくりとする。


「いや……そういうわけでは……」

「いいよ、別に」

「いいえ、できれば一緒に行きたいと……」

「本当!?」


 ばっと顔を上げたかと思うと、頬をほんのり染めて


「じゃあ、決まりね!他には誰を誘おうかなあ?アンジェラ姉様はいないし、ミーナは年齢制限で行けないし……」


 あまりにも切り替えが早くて、僕は呆けてしまった。何なんだこの人。ついていけない。

 しかし、僕が呆然としている間にも一方的に計画を立て、


「誘ってくるわ!待っててね~!」


 軽やかな足取りで部屋を出ていった。

 扉の閉まる音に再び我に返り……頭を抱えた。

 やられた。

 いい加減慣れてきたはずなのに、またやられた。

 せっかくの休暇がリラ様のせいで暗黒化するのは目に見えていた。




 回想を終了し、引きつった笑みが浮かぶ。

 兄弟で行くのはいいことだろう。しかし……何故それがクラウス様なのか。

 あと、召使にソフィアはやめて欲しかった。もう慣れてきたけど、視線が痛い。

 現在馬車を走らせているもう一人のメイドは、かなり顔色が悪かった。

 楽しい休暇バカンスも、周りの人だけでもこんなに変わるものなのか。全然役に立たないけど、学びました。

 半ば現実逃避状態で背もたれに寄り掛か

る。


「具合でも悪いの?」


 心配そうな顔をしたリラ様が、僕の顔を覗き込む。ポニーテールにした銀髪の先が首筋をかすり、ちょっとくすぐったい。


「あ、いえ……。何でもないです」


 顔が赤くなるのを感じつつ答えると、後ろから冷ややかな声が降ってきた。


「心配しなくても大丈夫です、リラ様。もしその男が死んだら、馬の餌にして荷物にならないようにしますから」


 微笑みを浮かべながら毒を吐くソフィアは、僕にだけ見えるようにナイフをちらつかせる。

 一方、おそらく本当に天然なのであろうリラ様は


「馬は人の肉なんて食べないわよ。鳥なら食べるかもしれないけど」


 さりげなくフォローになっていない突っ込み。


「ああ、それがいいですね。鳥レベルの頭の男ですから、共食いになってちょうどいいでしょう」

「共食いのどこがちょうどい……」

「貴様には何も言っていない」


 すでに敬語すら使われなくなっている。もう嫌ですこんなところ。

 ふいに我関せず外を眺めていたクラウス様が、馬を操作しているメイドに声をかける。


「今はどのへんだ」

「あ、はい。もうすぐルスチェカに入ります」


 緊張したような声が返ってくる。クラウス様は無表情のまま、


「じゃあ、いったん休憩を取ろう。……リラ、お前は着がえろ」

「何で?」

「目立たないようにっていうのが基本だろう。その格好は目立ちすぎる」

「仕方ないなぁ……」


 頬を膨らませて、子供のような顔をする。

 クラウス様は氷雪色の瞳を伏せ、


「フラウィールはまだまだ遠いな……」


 ひとりごとのように呟く。

 僕らの目的地、フラウィール。何百年もの間中立を貫いてきた国。

 海が多く、海産物や特殊な貝が豊富にとれるのが特徴だ。

 観光にはピッタリだが、セルシアからはかなり遠く、リラ様が選んだ時にはかなり驚いたものだ。

 クロフィナルの大通りを真っ直ぐ進めば日数はかなり縮まるが、身分検証されるので使えない。つまり、大回りしなくてはならなか

った。


「ルスチェカが見えてきました!」


 前方で歓声が聞こえる。何時間もぶっ通しで馬を操作していたら、疲れるだろう。

 リラ様はうきうきした様子でトランプをしまう。


「ルスチェカって美味しいお菓子がたくさんあるんだよね!お土産も買いたいな~」

「その前にお前は服を着替えろ」

「はいはい」


 リラ様は荷物が積んである後ろの席に飛び乗る。

 僕は外の景色を眺めることにした。

透き通るような透明な風に、少し草の匂いが混じって運ばれてくる。温かな木漏れ日は、決して眩しくなく、優しい。時折馬車の中に入ってくる木の葉は輝くような緑。

緑といっても、一枚一枚の色が少しづつ違って、見れば見るほど飲みこまれてしまいそうに深い。さやさやと風に揺れる音は小鳥の鳴き声や遠くの川のせせらぎと混じって、優しい音楽のようだ。

そういえば、セルシアから出たのって何年ぶりだろう?全くと言っていいほど記憶がないから、もしかしたら旅行に行ったことがないのかもしれない。

 爽やかな空気は心が洗われるようで、これからの旅の道のりに少し胸がはずむ。

 しかし、すぐに現実に引き戻されて、突っ伏した。……この人達と一緒なんだ。

 僕の心を読んだかのように、座席の隅にザクッとナイフが刺さった。





「わあ!何あれ美味しそう!あっちの大きなドーナツも食べたいな~」

「あんまり騒がないでくださいね」

「はぁい」


 白いローブを着たリラ様が、楽しそうにくるりと回る。……この人を大人しくさせようとした僕が馬鹿だった。


「ねえねえ、屋台で食べよう!」

「断る。こんなところで落ち着いて食事できるか」


 無邪気な笑顔を向けてくるリラ様を、バッサリ切り捨てる。冷たい声音に妥協の余地なし。

 すると、ソフィアが控えめな笑みを浮かべ、


「では、あちらの店はいかがでしょうか?以前、召使の間で評判だった店です」

 前方に見える赤レンガの店を指さす。

「何でもいい」

「私は賛成!」

「では、あそこにしましょう」


 ソフィアとリラ様とクラウス様の独断決定。別に何でもいいから構わないけど、何となく虚しい。

 ふと、侍女の少女を見ると、うつむいて歩いていた。


「疲れた?」


 何気なく話しかけると、ピクリと肩を揺らす。


「いえ。大丈夫です」


 少し照れたような、困ったような表情を浮かべた。三つ編みにした赤い髪と蜂蜜色の丸い瞳が、幼げな印象を醸し出す。


「えーと。その、名前は?」

「言ってなかったですよね、すみません」

「あ、いや。普通は名乗る必要ないから、謝らなくていいよ」


 慌ててフォローするも、メイドは申し訳なさそうにもう一度謝り、「アニーと申します」と今にも消えてしまいそうな声でつけ足した。


「じゃあ、アニー。よかったら、馬の操作変わろうか?」

「大丈夫です!私は空気みたいなものなのですから、お気になさらず……」

「でも僕は召使ってことでついてきたわけだし、あまり気にしなくていいよ。体力なさそうに見えるだろうけど、それくらいはできるから」


 そもそも、あそこにいる方が僕は危険だ。

 アニーは困ったように視線をさまよわせ、僕の目と会うとスッと背筋を伸ばし、微笑ん

だ。


「では、お言葉に甘えさせていただきます。……ありがとうございます」

「ううん、僕の方こそありがとう」


 僕も微笑み返す。まだ旅は始まったばかりかもしれないが、今までで一番和やかな雰囲気だ。

 そこに突然リラ様が乱入してくる。


「ねえ、何の話してるの?」

「何でもありません」

「え、えっと……」

「アニー、この人にも気を使う必要ないからね。あとあと、大変なことになっても困るから」

「えっ、何それ!?何言ってるのよハル!君の方こそすぐ弱気になるし逃げるし卑怯だし面倒じゃない!」

「僕の短所を上げ連ねないでください!リラ様は短所が90パーセントでしょう」

「ひっどおおおい!」


 僕とリラ様の言い争いに道行く人が何事かと振り返る。恥ずかしいやら情けないやら。

 すると、僕らのやり取りを驚いたような顔でじっと眺めていたアニーが、少し表情を和らげつつ言う。


「仲がよろしいのですね」


 一瞬何を言われたかさっぱりわからなかった。

 リラ様と顔を見合わせる。


「それは違うよ。僕はいつも迷惑かけられっぱなしなだけで、仲良くないよ」

「そうそう。ハルはただの遊び相手」

「ただって何ですか」

「ただはただよ」


 またわけのわからない話に持ち込む。アニーは楽しそうな顔で、僕らの様子を眺める。

 まあ、嫌なわけではない。……決して仲がいいわけじゃないけど。

 リラ様の話に適当に相づちを打ちつつ、少し前の方を歩く二人を見ると、意外なことに喋っていた。

 しかも、会話がはずんでいるように見える。

 ソフィアは頬を紅潮させ楽しそうに、クラウス様はいつも通りの無表情でいながら、鋭い双眸が優しく見える。気のせいだろうか。

 ふと、背筋に悪寒がはしり強い視線を感じて、バッと振り返る。

 しかし振り向いた途端に視線は消える。


「どうかした?」


 リラ様が怪訝そうな顔をする。

 嫌な予感がする。

 考えすぎかもしれないし、リラ様やクラウス様への視線かもしれない。地味な装いをしても隠しきれない二人の美貌に、さっきから視線が集まっている。当の本人達は無頓着だけど。

 ギュッと拳を握り、吐息を吐く。

 ただの懸念であればいいけれど。


「ねえ、ハルってば!」

「おい貴様、リラ様を無視するとは死刑にあたいするぞ」

「あの、入らないのですか……?」

「置いていくぞ」


 飛び交う声にハッと顔を上げる。もう、目指していた店は目の前だった。

 もういいや。多分、この前のパーティーと慣れない旅で、神経が過敏になっているだけだろう。

 説明するのも面倒なので、僕は愛想笑で誤魔化した。

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