プロローグ
××は、今日も嫌な夢で目を覚ました。
彼がいなくなってしまう夢。自分を忘れ、笑顔を失ってしまう夢。
けれど、それは夢でも幻でもなく、現実だった。
遠い過去の話。それでも、××は深く傷ついて、同時に彼を傷つけた。深く、深く抉られた傷は、そのまま亀裂となり、彼を壊してしまったのだ。
彼は少女めいた顔立ちの、どこか浮世離れした少年だった。異国の血が混ざっているからなのか、たぐいまれな才能のためか。
彼はどこまでも純粋だった。優しくて、脆い。誰より強くあろうとして、本当は誰よりも弱かった。
彼の純白の心は踏み躙られ、歪み、汚れ続け、崩壊した。
『化け物』と呼ばれ、血を浴びながら。
彼から離れた××に、豪華で孤独な暮らしが待っていた。
綺麗な服も、宝石も、本も、××にとっては鳥籠だ。そんなものは欲しくなかった。
だって、ひとりぼっちだから。
たくさんの物を持っていても、たくさんの人にかしずかれても、名前を呼んでくれる人は一人もいない。
××の名前を呼んでくれたのは、母と彼だけだった。その二人も、もう××の前にはいない。
ここでは××は便利な道具でしかない。
それなら、名前なんていらないとさえ思った。
どうせ近い将来、××は使い潰され、消費され、ゴミのように棄てられる。誰からも忘れられて。
朝と夜を繰り返し、虚飾の中で無理に笑って、自分を見失い続けた。
そして、気づいた。
××の短い人生の中で、××ができること。××が本当にやりたいことに。
せめて、彼のために生きたい。
贅沢だとわかっていても、馬鹿な望みだとわかっていても、××は彼の存在を忘れることができない。
例え、彼が変わり果てていたとしても。自分が傷ついたとしても。
それでも、××は彼と向き合うと決めた。
それが自分にとって破滅の道だとしても、構わない。
自分の本性がどういうものか、もう自分ですらわからない。わかっているのは、自分が他人を、愛する人を不幸にしてしまうという事実だけ。
だから、これで最後だ。
扉をノックする音が響く。
凛とした眼差しで、唇には優しい笑みを浮かべながら、立ち上がった。