そして落ちる手袋
しばらく二人は、公園のベンチで仲良く話をしていました。
「でねー、かんなちゃんったら、また次の日もボールペン貸してって、手合わせて来たんだよー。」
「へー。上無さん、本当に忘れ物癖ひどいな。」
上無かんなとは、二人の友人で、水奈と同い年です。この仲の良いカップリングの成立の基礎を作ったのもこの人で、同じバイトの文夜を、大学の友人である水奈に紹介したのでした。
「でも、かんなちゃんがいなかったら、文夜みたいにいい人とは会えなかったよ。」
自分の素直な気持ちを伝えるのに恥ずかしさを覚えない水奈は、笑顔でさらりと言ってのけました。
一方、恥ずかしがりの文夜は、ふうんと適当な相づちを打って黙り込みました。その頬はやはり赤みが差していましたが、彼の顔には嬉しさはなく、むしろ悲しさがあるように思われました。
その曇った表情は、さすがに水奈でも気にかかりました。しかし、もしかしたら自分の今の発言に困っているのかも。と考えて、あえて触れることを避けました。
そしてその代わり、文夜の横から腰を浮かせました。
「そろそろ寒くなってきたね。どこか温かいとこに行かない?」
そう言って文夜を見下ろすと、文夜はしんみりとした表情を慌てたように崩し、返事の代わりに立ち上がりました。
二人は仲良く通りを歩いています。
片方だけの手袋を一人だけするのはやはり抵抗があるので、水奈も右手袋をポケットの中にしまっています。
向かう先はレストランです。携帯の時計を見るともう十二時半くらいだったので、とりあえず昼食をとるのです。
「よく二時間もあの公園で話していられたな、俺たち。」
文夜がおもむろに口を開けました。
「そうだね。文夜といると時間の流れが早いなあ。」
携帯を開いて時刻を確認しながら、水奈はそう答えました。
文夜は、自分より背が五センチ低い彼女を見下ろして、小さくため息を漏らしました。文夜には大事な話がありました。しかし、自分と一緒にいて幸せそうにする彼女に、なかなか言い出せずにいるのでした。
それから何時間が経ったのでしょうか。夕日が沈む頃二人はまた、通りを歩いていました。しかし今度はレストランとは反対方向、駅の方向です。
文夜は、新しい白色のマフラーを巻いていました。レストランで彼女から貰った誕生日プレゼントです。
そして、未だに大事な話を言えずにいました。これ以上引き延ばしてしまえば、言う機会はもう二度と手に入らなくなってしまうのです。
「うう…やっぱり寒いね。片方だけど手袋しようかなあ。」
右隣では彼女が白い息を吐きながら、ポケットから桃色の手袋を取り出しているところでした。
文夜は急に、周りに人がいないことを確認すると、立ち止まりました。
「どうしたの文夜?」
驚いた水奈は、手袋を左手に持ったまま慌てて足を止め、後ろに置いてきた彼氏を体ごと振り返りました。
文夜は精一杯に水奈の顔を見て言いました。
「水奈。実は俺、実家に帰ることになったんだ。」
突然の告白に、水奈は左手を開きました。桃色の手袋が、ガードレールの根本めがけて落ちていきます。
「なんでいきなり?」
「父さんが倒れたんだ。俺が店を継がなきゃならない。」
文夜の実家は、この町から何十キロも離れた場所にある靴屋でした。
「そっか、じゃあ会いに行くよ。」
水奈はニコリと笑ってみせました。しかし心の中ではわかっていました。そんな遠くに行くための交通費など、大学生である自分の財布には無いということを。
文夜は最初、交通費を指摘しようとしました。しかし止めて、代わりにこう言いました。
「ありがとう。でも、無理はするなよ。メールはなんとかできるかもしれないからさ。」
もちろん、メールだってしょっちゅうはできません。料金もかかりますし、文夜はこれから忙しくなるでしょうから。ただ、慰みになればと思って言ったのです。
水奈もそれを承知の上で、うなずきました。
「うん。そっちも無理はしないでね。さあ、とりあえず歩こう。日が暮れちゃうよ。」
「ああ、そうだな。」
手袋が落ちたことに全く気づいていない二人は、これからの遠距離生活を考えながら、不安を引き連れて駅へ向かったのでした。




