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〜第六話〜侍、仕えるべき主に忠誠を誓う

 大変遅れました!


 とりあえず、どうぞ!

side 陶応



 明朝に城を出た僕達は、黄巾賊が陣を張っているという場所まであと三里程といった場所で陣を張っていた。


 先程、桃香から張元へ偵察任務の辞令を出し、早速彼らは出陣した。


 まあ、その時、非常に面倒なことだが、一悶着があった。


 当初、張元は五百名の兵士を引き連れるはずだった。


 だが、いつの間に息をかけていたのか、さらに五百名の兵士が張元についていってしまい、総勢千名の兵士が偵察任務に行ってしまったのだ。


 正直、僕は愕然とした。


 朱里と雛里はハワワアワワと目を白黒させ、桃香に至っては呆然と立ち尽くしていた。


 まあ、当然の反応だろう。


 偵察のために千もの兵士を引き連れる者など、一体何処の世界にいるだろうか。


 だが、最早行ってしまったので、どうすることも出来ない。


 僕は新ためて、この軍はまだ未完成なものなのだと思い知らされた。


 張元と、途中から張元について行った者は、後で厳罰に処さなければならない。


 恐らく、今頃一刀は大変な思いをしているんだろうな……。


 ……無事帰ってきたら、酒でも奢ってやろう。


 僕はそう思いながら、自分の陣営を見据えた。


 僕達の陣営は、出陣してしまった張元達を除いて、総勢八千人。


 対する黄巾賊の陣営は、今のところ一万人程の人数を想定している。

 

 兵の数では負けているが、向こうは所詮雑兵の集まりであり、兵の質ではこちらが上だ。

 

 さらに、こちらには愛紗や鈴々など、一騎当千の将が控えている。


 故に、例えこちらの人数が足りなくとも、賊風情にならば勝てる、というのが朱里と雛里の考えだ。


 だが、僕の考えは若干違う。


 下調べの段階で、今向かっている敵陣は、各地に散らばる黄巾賊達に送るための補給物資が保管されている場所であることがわかっている。


 故に、黄巾賊にとってはとても重要な場所だ。


 にも関わらず、そんな場所にたった一万程の兵しか置いていない。


 どう考えてもおかしい。


 朱里や雛里は、逆にそんな重要な場所に一万程しか置いていないからこそ、敵は雑兵であると判断したようだ。


 確かに、朱里と雛里の考えていることは正しい。


 本来なら、重要な場所だからこそ、しっかりと守らなければならない。


 しかし、実際これだけ手薄だということは、その重要性に気付ける将がいないということだ。


 故に、そこにいる敵は雑兵でしか有り得ない。


 確かにその判断は正しいだろう。


 これから戦う敵の部隊が、“官軍を倒した”という実績さえなければの話だが……。


 そう、これから戦う敵の部隊は、官軍を倒しているのだ。


 この情報は、今朝入ってきたばかりで、あまり知られていない。


 なんせ、情報源はあの張元だ。


 張元曰く、彼がまだ官軍に所属していた頃、彼の部隊を壊滅にまで追い込んだのが、これから戦う敵の部隊だったのだそうだ。


 偵察任務の辞令を出した時に、怨みがましく顔を歪めながらそう言っていたので、間違いないだろう。


 彼の性格から考えて、自分に屈辱を与えた者達を忘れるはずがない。


 そうなると、一つ問題が出てくる。


 いくら今の漢王朝の軍事力が衰退しているとは言え、腐っても漢王朝直属の部隊だ。


以前、父上に連れられ、官軍の調練の様子を見学したからこそわかるが、実際、世間で言われているほど酷いものではなかった。


 故に、雑兵程度に負けるはずがない。


 だが、実際は負けている。


 もしかすると、敵は僕達が思う以上に、手強いのではないだろうか?


 さらに言えば、敵の将は中々の策士である可能性も捨て切れない。


 もし、自分達は雑兵だと僕達に思わせることが敵の狙いだとするならば……少々、いや、かなりまずい。


 今回、僕達の作戦は、力押しの正面突破。


 とても作戦とは言えない稚拙なものだが、もし敵が雑兵であるならば、これが一番手っ取り早い。

 

 例え二千程兵の差があったとしても、所詮は雑兵の集まりである。


 愛紗や鈴々の部隊ならば、さほど問題はない。


 そう結論づけ、正面突破という方法を取るに至った。


 だが、もし敵の将が策士だとしたら?


 僕達はすでに、敵の手の平の上で転がされているのではないだろうか。


 だいたい、黄巾賊は各地で官軍を破っているのだ。


 にも拘わらず、何故僕達は安易に敵を雑兵だと決め付けた?


 ……もう一度、状況を整理しよう。


 何故、各地で官軍が敗れているのか?


 それは、敵を雑兵と侮り、何の策も用いず突撃したから。


 逆に言えば、ただ突撃してくるだけの部隊ならば、撃退することが出来る将が黄巾賊の中にもいるということだ。


 もしそれが出来る将ならば、自分達の補給の要所を無下に扱ったりするだろうか?


 ……そんなことは、有り得ない。


 ならば何故、敵陣には一万程しかいないのか?


 それはつまり……僕達をおびき寄せるため……?


「っ!?」


 僕は戦慄した。


 僕達は今、まさに敗れていった数多くの官軍と、まったく同じ行動を取っているじゃないか!?


 まずい。


 まず過ぎる。


 このままでは、僕達は潰される。


 クソッ!


 僕は何をやっているんだ!


 冷静になって考えれば、わかることだったのに!


 僕はそう思いながら、桃香達がいる天幕へ歩みを進めようとした。


 その時、


「陶応様!張元小隊副官、北郷殿からの伝令です!」


 伝令兵が息を乱しながらそう言った。


「どうしました?」


 嫌な予感がする……。


「張元小隊は今、この先の森林地帯にて、賊の伏兵の襲撃を受け、応戦中です!」


 伝令兵の言葉は、今、僕が一番聞きたくないものだった。







side out







side 一刀



「貴方は一体、何を考えてるんですか!?」


 本陣から二里程離れた森林地帯で、俺は怒鳴り声を上げた。


 今、俺は猛烈に怒っている。


 当たり前だ。


 現在俺達は、当初の予定より二倍近く多い兵を引き連れてしまっているのだ。


 もし俺達が普通に戦う部隊だったのならば、この状況は喜ぶべきことなのだろう。


 だが実際、俺達は偵察部隊だ。


 偵察任務を遂行し易くするならば、兵はならべく少ない方が良い。


 にも関わらず、俺達は千人もの兵を引き連れている。


「さっきからうるさいぞ、北郷。この森林を抜けた先には敵の本陣があるのだぞ?だいたい、この小隊における権限は私にある。貴様のような小者が口を出す権利はない」


 勝ち誇った顔で張元はそう言った。


「そういう問題ではないでしょう!新しく五百人も追加するなんて、本陣の劉備様は許可していない!これは軍規違反になるぞ!?」


「軍規違反……ね。はっ、それがどうした?」


張元は俺の言葉を鼻で笑う。


「そもそも、私はあんな小娘ごときに仕える気などない」


「……どういう意味だ?」


 俺は敬語を使うことも忘れ、そう聞き返した。


「どうもこうもない。言葉通りの意味だ。私はいつの日か、この大陸を支配する王になる。この義勇軍など、我が名を広めるための通過点でしかないのだよ」


 張元はそう言って腰から直刀を抜き、俺に向けた。


 なるほど……。


 そういうことか。


 確かに、指揮官の不足しているこの義勇軍ならば、上手く行けばすぐにでも将になれる。


 将にさえなってしまえば、ある程度の名声と権力が手に入るし、後は息をかけた兵士達と共に抜けてしまえば、簡単に独立出来るだろう。


 張元の狙いはこれだった訳だ。


 ふざけやがって……。


「劉備様を裏切るつもりか?」


 俺はそう言って、千代桜の柄に手をかける。


「裏切る?違うね。見限るんだ。それに、言っただろう?私はあの小娘に仕える気などないと」


 サッと張元が手を挙げると、十人程の兵士が俺を囲んだ。


「北郷、貴様はこの小隊の中では、圧倒的な武を誇っている。正直、こんな所でみすみす手放すのは少々惜しい。どうだ?私の部下にならないか?今なら、私に対する数々の無礼も許してやる」


 張元はそう言って、ニヤけながら俺を見た。


 だが、俺の答えなどすでに決まっている。


「ハッ……ナメたこと抜かしてんじゃねぇよ。お前のような小者なんて、お呼びじゃねぇんだ!」


 俺はそう叫ぶと、千代桜を抜いた。


「そうか……残念だ。愚かな北郷殿は、不運にも選択肢を間違えたようだな」


 忌ま忌ましげにそう言った張元は、兵士達に攻撃命令を下した。


 だが、その瞬間、何かを貫いたような鈍い音が響いた。


「……ぐっ!?」


 苦悶の表情を浮かべる張元の胸に、一本の矢が刺さっている。


「ばっ……馬鹿……な」


 そう呟き、張元はその場に崩れ落ちた。


 それと同時に、周囲から悲鳴が上がる。


「てっ、敵襲だーー!」


 ある兵士の一人が、そう叫んだ。


「敵襲だと!?」


 おもわず俺もそう叫びながら、周囲を見渡す。


 すると、黄色い頭巾を被った兵士達が、俺達を囲んでいた。


 黄巾賊!?


 まさか、伏兵か!?


 俺がそんなことを思っていると、周囲の黄巾賊から次々に矢が放たれ、兵達が討たれていく。


 それに伴い、こちらの兵達はパニックを起こし、まったく連携が取れていない。


 これは……まずい。


 唯一の救いは、連携が取れていないだけで、隊列自体は乱れていないということ。


 これならば、まだ立て直せる可能性は残っている。


 でも、状況はかなり厳しい。


 降り懸かる矢を避け、飛び掛かってくる敵を斬り捨てながら、俺は焦った。


 もし、このまま俺達が全滅した場合、黄巾賊達は本陣を次のターゲットにするはずだ。


 恐らく、黄巾賊の本隊が、俺達の本陣に突撃したとしても、負けることはないだろう。


 だが、甚大な被害は免れない。


 今後も戦い続けなければならない俺達としては、今、大きな被害を出すことは致命的だ。


 ならば、このままこの小隊が全滅するわけにはいかない。


 今俺達がすべきことは、本陣が策を練り直すための時間を稼ぐこと。


 そして張元亡き今、この小隊の責任者は……俺だ。


 副官である俺が、この小隊の指揮を執るしかない。


 なら、今俺がすべきことは……


「皆!落ち着くんだ!」


 俺は声の限り叫んだ。


 すると、兵達が応戦しながらも、俺の言葉に耳を傾けている気配を感じた。


 皆、まだ俺の声を聞く余裕が残っているのか?


 これなら何とかなるかもしれない!


「応戦しつつ、森の奥に撤退だ!皆、急げ!」


 俺がそう叫ぶと、兵達は一斉に動き出した。


 森の奥へ逃げれば、とりあえずしばらくの間、本陣の位置はバレないはずだ。


「伝令兵はいるか!?」


「はっ!」


「本陣の陶応殿に、今の現状を伝えてに行ってくれ」


「御意!」


 他の兵達と一緒に撤退しながら、俺は伝令兵に指令を出す。


 伝令兵が本陣へ向かったことを確認し、俺は皆と共に森の奥へ急いだ。







 しばらく走り続けると、賊の伏兵からの攻撃が、止んでいることに気が付いた。


 何とか撒いたか?


 なら、一旦隊列を組み直さなければ。


「全隊、止まれ!今一度、隊列を組み直すぞ!」


 俺の言葉に応じるように、皆は隊列を組み直す。


 それにしても……トップが変わるだけで、こうも全体が変わるとは……。


 そういえば、昔じいちゃんが言ってたな。


『人の上に立つ者は、人の痛みがわからなければならない。ただ優秀であれば、部下がついて来るわけではない。その者の人格、真心、そして気高い生き様が、人を率いて行くのだ。良いか一刀、部下も人だ。人は機械ではない。部下が心からついて行こうと思わない上司など、上司失格なのだ』


 当時の俺は、返事をしながらも、その意味がよくわからなかった。


 だけど、今、その状況に直面して、初めてじいちゃんが言った意味を理解した。


 張元が隊長だった時、何故皆動きが鈍かったのか?


 それは、皆が心の底から張元について行きたいとは思っていなかったからだ。


 実際、皆、仕方ないからついて行くという雰囲気が漂っていた。


 でも、今はどうだ?


 皆、キビキビ動いてくれる。


 まあ、今が危機的状況だからってのもあるかもしれない。


 それでも俺は、皆が俺に従ってくれることが嬉しかった。


 ふと、整列している兵達に目を向ける。


 隊列の状況から見て、今残っている兵の数は、八百人程だろうか。


 その八百人が、俺に視線を向け、俺の指示を待っている。


 俺は今、責任ある立場なのだということをはっきりと自覚した。


 ならば、例え代理の隊長であっても、しっかりと務めなければならないな。


 そう思いながら、俺は皆に声をかけた。


「皆、改めて自己紹介するけど、俺は北郷 一信という。張元隊長が亡くなったことにより、代理で隊長を務めさせてもらう。よろしく頼む」


 俺はそう言って、皆に頭を下げた。


 皆は隊長らしからぬ俺の行動に、驚いた表情をしている。


「今回、こういうことになってしまったのは、張元の勝手を止められず、周囲の警戒を怠った、副官である俺の責任だ。まず、そのことを謝らせてくれ。申し訳なかった」


 俺はそう言うと、再び頭を下げた。


 そう、今回のことは、完全に俺に非がある。


 確かに、勝手なことをしたのは張元だ。


 だが、副官としてそれを止められず、加えて周辺への警戒を怠った。


 その所為で、二百人もの尊い命が失われてしまったのだ。


 この事実だけはどう足掻いても変えることは出来ない。


 故に、俺は心から謝罪した。


 散ってしまった二百人の兵達と、今ここにいる八百人の兵達に。


 謝罪して済む問題ではないが、そうせざるを得なかった。


「北郷殿、頭を上げてください」


 一人の老兵が俺にそう言った。


 俺はおもわず顔を上げる。


「北郷殿、貴方は私達のような雑兵に、本気で謝ってくれた。私はそんな上官を今まで見たことがない。貴方のその気持ちだけで、私達は十分です。そうだよな、皆!?」


 野太い声で老兵がそう言うと、周りの兵達はそうだそうだと同意した。


「北郷殿、これが我等の総意でございます。我等は貴方について行きます故、どうかご指示を」


 そう言って、老兵は俺の前にひざまづいた。


 ゾクリとした。


 皆、俺について来てくれるようだ。


 なら、やるしかない。


 いや、やってみせる!


「皆……ありがとう。ではまず、この周辺の地理に詳しい者はいないか?」


 戦をする上で大事なことは、まずその地域の地理を把握すること。


 それによって、様々な策を練ることが出来るからだ。


 美玲様に教わったことを思い出しながら、俺は周りを見渡す。


 すると、臙脂えんじ色の着物を着た一人の少年が、怖ず怖ずと手を挙げた。


「俺、少しならわかります!」


「そうか、ならこっちへ来てくれ。他の皆は、周辺への警戒を頼む」


 俺の言葉に従い、少年はこちらに歩み寄った。


「君の名は何と言う?」


「俺は、姜維きょういと言います」


 ん?


 姜維?


 どっかで聞いたことあるような……。


 まあ、今はどうでも良いか。


「姜維、早速この辺りの地理を教えてくれ」


 俺はそう言って、持ってきた地図を広げた。


「えっと……今いる森がここで、敵の本陣はこの位置になります」


 姜維は地図を指差しながら、様々な場所を言っていく。


「あと、ここから一里ほど離れた所に川があるんですけど、この川はもう死んでます」


「ん?死んでるとはどういうことだ?」


「枯れちゃってるんですよ。水なんて影も形もありません。今は谷になっちゃってるらしくて……」


「ちょっと待った!谷だって!?」


 俺は姜維の言葉に驚いた。


「ってことは、今、そこは峡間きょうかんになってるのか!?」


「まあ、川が干上がって出来た谷ですからね。そりゃあ、峡間にもなるでしょう」


 姜維は俺の様子を見て、不思議そうな表情をする。


 俺は頭をフル回転させ、状況を整理した。


 今、俺達に残された兵力は約八百。


 対する黄巾賊は約一万。


 どう逆立ちしたって勝てるわけがない。


 それはわかってる。


 だが、ここでただ待っていても、賊の兵に見つかるのは時間の問題だ。


 今、この場で戦っても、勝てる見込みは少ない。


 ならば、他の道を選ぶのみ。


 もし、姜維の言う、川が干上がって出来た谷に辿り着ければ、何とかなるかもしれない。


 美玲様だって、自軍が敵軍よりも圧倒的に少ない場合は、迷わず峡間で戦えと言っていたじゃないか。


 しかも、これによって敵の将が“勘違い”する可能性もある。


 これだ。


 やるなら今しかない。


「……俺達は、この谷まで移動する」


 俺は姜維を見てそう言った。


「正気ですか!?ここから谷まで行く間に、賊の本陣の前を通り過ぎなきゃいけないんですよ!?」


 そう言って、姜維は驚愕の表情を浮かべる。


「もちろん正気だよ。姜維、君の言いたいこともわかる。でも、だからと言ってここにいても、結局戦うハメになる。なら、より生き残れる可能性に、俺は賭けたい」


 俺はたじろぐ姜維をまっすぐ見据えそう言った。


「で、でも……」


「良いんじゃないでしょうか?」


 姜維が迷っていると、先程の老兵がそう呟いた。


「貴方はさっきの……」


「先程は名乗りもせず申し訳ありません。私は徐晃と申す者です。北郷殿、現状ではそうするしかないのでしょう?」


「俺としては、それしかないと思います」


 老兵、徐晃さんの問い掛けに、俺はそう答えた。


「ならば、そうしましょう。貴方は代理とは言え隊長だ。貴方が決めたならなら、我等はそれに従うのみです」


 微笑を浮かべながら、徐晃さんはそう言った。


「……俺は、どうなっても知りませんよ?」


 姜維も、渋々だが納得してくれたようだ。


「二人共、ありがとう。ついでのようで悪いんだけど、今だけ副官をやってくれないか?流石に、八百人を一人で纏めるのはちょっとキツイ」


「わかりました。この徐晃にお任せください」


「……嫌と言ってる場合じゃないですね。俺も了解しました」


 二人はそう言って、持ち場に戻った。


「伝令兵、いるか?」


「はっ!」


 俺は伝令兵に、一言だけ伝えた。


「あの……これだけで良いんですか?」


「良いんだ。陶応殿ならこれだけで十分だからな。じゃ、頼んだよ」


「御意!」


 そう言って、伝令兵は本陣の方へ駆けた。


 あまり多くのことを言っても、伝令兵を混乱させるだけなので、一言しか伝えなかったが、義景なら俺の意図に気付いてくれるはずだ。


 俺はそう思いながら、整列している兵達を見据える。


 準備は整った。


 後は実行あるのみだ。


「皆、聞いてくれ!」


 俺がそう叫ぶと、兵達の視線が俺に集まった。


「これより、我等はここから一里先にある谷に移動する。その途中、賊の本陣の脇を通るが、決して応戦するな」


 俺の言葉に、兵達がざわつく。


「落ち着け!俺はただやられろと言っているのではない。まずは、谷まで賊を誘い込む。その後、反転し賊を迎え撃つ」


 ざわつきは収まったものの、兵達の目には不安が浮かんでいた。


「皆が不安になるのは最もだ。俺も、皆にこんな無茶な要求をして、申し訳ないと思っている。だけど、考えてみて欲しい。このままここに隠れていても、いずれは見つかり、この場で戦わなければならないだろう。そうなれば、俺達が勝てる見込はない。守りたいものも守れず、ただ死んでいく。皆はそれで良いのか?」


 俺の問い掛けに、首を横に振る者、何も言わずただ聞いている者と様々だが、全員真剣に俺の話を聞いている。


 ならば、俺は真心を込めて言葉を紡ぐだけだ。


「良いわけないよな?俺だって、そんなの嫌だ。だからこそ、行動するんだ。意味もなく死んでいくなんて、冗談じゃない!俺達は勝って、生き残るんだ!」


 俺の言葉に呼応するように、そうだそうだと兵達がまくし立てる。


「故に、俺はここに宣言する!代理とは言え俺が隊長になった以上、皆を犬死になんてさせない!俺は必ず皆を勝利に導いて見せよう!だから、皆にお願いしたい。俺に協力してくれ!」


 俺は想いの丈を全て込め、力の限り叫んだ。


 すると、兵達から歓声が上がる。


「俺達は北郷隊長について行くぞー!」


「俺も協力する!」


「俺もだ!」


 所々で、興奮した兵達がそう言っていた。


 自分が本気でぶつかれば、相手に想いは伝わる。


 昔じいちゃんがそう言っていたけど、本当だった。


 兵達は皆、良い顔をしている。


「ありがとう!皆……勝つぞ!」


『おぉぉぉ!』


 総勢八百人による咆哮は、まるで雷のようだ。


 やってやる。


 絶体絶命のピンチの傍には、必ず千載一遇のチャンスが眠っているはずだ。


 俺達は、絶対に生き残る!


 俺は改めて心にそう誓い、行動を開始した。







side out





side ???



「程遠志将軍!官軍が攻めて来ました!」


「……何?」


 私は兵の言葉に疑問を覚えた。


 先程、伏兵による襲撃は成功したと報告を受けた。


 先程の部隊は先遣隊だろうな。


 だが、その部隊は撤退したと聞いた。


 撤退した先は、恐らく本陣だろう。


 我等はまだ、敵本陣を確認していない。


 ということは、敵本陣はまだ遠くにあるはずだ。


 私の経験から考えるに、官軍の本陣は三里程先だろう。


 故に私は、今はまだ攻めてこないと考えていた。


 にも関わらず、今、攻めてきただと?


 いくら何でも早過ぎる。


 敵は官軍ではないのか?


 今まで我等が戦った官軍は、全て事前に位置を把握出来ていた。


 だからこそ、我等は策を用いて迎え撃てた。


 今回の官軍は今までと違うのか?


「それで、敵の人数は?」


 私はそう思いながら兵に聞いた。


「はっ、それが……」


「どうした?」


「敵は総勢八百人。今攻めてきた部隊は、先程我等の伏兵が襲撃した部隊かと」


「何だと!?」


 馬鹿な!?


 たった八百人の兵で、一万の兵を相手取るつもりか!?


「して、前線の状況は?」


「それが、これまた不可解な動きをしていまして……」


「どんな動きだ?」


「戦う気が感じられないのです。我等の目の前を、北西の方角に全速力で駆け抜け、我等との戦闘を極力避けようとしています。まるで、どこかに逃げるようで……」


「ふむ……」


 私は地図を広げた。


 この地図は、私が官軍に在籍していた時代に持っていた物だ。


 故に、一般的に出回っている地図より詳しく載っている。


 私は地図を凝視した。


 ここから北西は川しかない。


 ……待て。


 川だと?


 あの川は確か干上がっていて、船などは……っ!


 そうか!


 敵は、干上がって出来た谷で我等を迎え撃つつもりだな?


 なるほど。


 確かに、今まで戦った官軍より賢いじゃないか。


 だが、一つだけ不可解なことがある。


 この部隊は何故、本陣に戻らなかった?


 いくら狭間とは言え、八百と一万では結果など見えている。


 にも関わらず、何故わざわざ自分から死地へ向かうのだ?


 ……まさか、この部隊自体が本隊か?


 そう考えれば、色々と納得がいく。


 だが、そうだとすれば、難儀な話だ。


 官軍の上層部は、恐らく撤退を許さない。


 今までの戦いで、我等のような賊風情にここまで無様を晒しているのだ。


 恐らく、あの部隊の将も、撤退が許されていないからこそ、峡間で戦うという選択に至ったのだろう。


 そこそこ優秀なのにも関わらず、ここで散らせてしまうとは、何と哀れなことだろう。


 だが、敵対した以上、情け容赦をかけるわけにはいかない。


 あの部隊の将には悪いが、討ち取らせて貰おう。


「波才はいるか?」


「波才将軍ですか?波才将軍は今、陣頭指揮を執っているはず…」


「もういるぜ」


 兵の言葉を区切るように、言葉を発した者がいた。


 天幕の入口に目を向けると、そこには黄巾賊の将軍、波才が立っていた。


「来ていたか……。お前はもう下がって良いぞ」


 そう言って、私は兵を下がらせ、波才に話しかけた。


「お前は陣頭指揮を執っていたんじゃなかったのか?」


「あ?てめぇは馬鹿か?あんなもん、わざわざ俺が指揮を執るまでもねぇよ。敵は全員逃げ帰ったぞ?」


 波才はけだるそうにそう言った。


「奴らは逃げ出したわけではない。あれは、ここから北西に一里程離れた川まで全速力で向かっただけに過ぎん。今あの川は干上がって谷になっているはずだ。恐らく、奴らはその谷で我等を迎え撃つつもりなのだろうな」


「へぇ……峡間なら数の差をひっくり返せるってか?敵の将は随分と面白いことを考えるんだな」


 そう呟いて、波才はニヤリと笑う。


「程遠志、俺が兵を率いて討伐に向かう。異論はないな?」


 面白い玩具を見つけたように笑う今の波才には、何を言っても無駄だろう。


「……良いだろう。して、お前は何人連れていく気だ?」


 溜息をつきながら、私は波才に尋ねる。


「たかが八百人の部隊だ。多めに見積もっても、二千くらいで十分だろ?」


「……いや、三千だ。敵の将は中々に頭が回ると見た。何か策がある可能性も否めない。だから、三千だ」


「あぁ?敵はたかが八百だぞ?どう考えてもそれは多過ぎだろう?馬鹿かてめぇ?」


「馬鹿でも何でも良いから、三千だ」


 異論など、許さぬという気迫を込めて、私は波才の目を見ながらそう言った。


 何かあってからでは遅いのだ。


「……ちっ、わかったよ!」


 舌打ちをしながらそう言って、波才はめんどくさそうに天幕を出た。


 やれやれ……。


 しかしながら、敵の将は我等を侮り過ぎだな。


 例え峡間だとしても、八百人しかいなければ、全滅するのは時間の問題だ。


 まあ、お手並み拝見といこうじゃないか。


 名も知らぬ将に、心の中でそう言いながら、私は波才達が出陣する様を眺めた。








side out







side 諸葛亮



 はわわ……大変なことになっちゃった。


 敵将にここまで頭が回る人がいるなんて……。


 隣にいる雛里ちゃんも、想定外の出来事に、顔を青くしてる。


「状況としては最悪だ」


 先程天幕に駆け込んできた義景さんは、そう言って顔を歪めた。


 伝令兵によると、張元さんが敵の伏兵により戦死。


 それに伴い、副官の北郷さんが代理で隊長を務めているようだ。


「まんまと罠に嵌められた。このままでは、僕達は大きな損害を出す」


「それでも、負けることはないだろ?そりゃ、損害が出ないことに越したことはねぇけど、起きちまったことは仕方ねぇ。なら、今から迎え撃つしかねぇだろ」


 そう言って、士陽さんは難しい表情をした。


 確かに、士陽さんの言う通り、私達が負けることはない。


 でも……


「確かに、負けることはないだろう。でもな、士陽、僕達の目的は何だ?」


「そりゃあ…………ああ、そういうこと」


 士陽さんは苦々しい表情をしながら納得した。


 そう、私達は目の前にいる黄巾賊だけを倒せば良いだけではない。


 桃香様の理想を実現するため、まだまだ戦いは続く。


 だからこそ、今、こんな所で余計な犠牲は出せない。


「桃香、今回は敵を雑兵だと侮った僕の失態だ。本当に申し訳ない」


 そう言って、義景さんは桃香様に頭を下げる。


「あっ、あの、ちょっと待ってください!今回の基本方針を決めたのは私達です!」


「ぎっ、義景さんは、私と朱里ちゃんが決めたものを最終確認しただけですぅ……」


 私と雛里ちゃんは驚いた表情でそう言った。


 多分、義景さんは一人で責任を負うつもりだ。


 でも、そんなことさせられないよ!


「えっ?えっ?あの、私はどうしたら良いの!?」


 桃香様も、突然謝られてびっくりしている。


「……まあ、責任の所在は後で考えれば良い。現段階で、不幸中の幸いは、一刀の機転によって、僕達が策を練る時間を得たことだ。今は、この現状をどうするかに集中しよう」


 義景さんは頭を切り替えたのか、机に広げた地図を凝視した。


「……そうだね。じゃあ、朱里ちゃん、雛里ちゃん、今私達はどうなってるのかな?」


 桃香様が私達の方を見ながらそう言った。


「当初の予定では、敵に見つかる前に突撃をして、奇襲のような形にしようとしました。ですが、現在は敵の部隊がこの森林地帯まで侵攻していますので、私達が見つかるのは時間の問題です。故に、奇襲はもう出来ません」


 私は自分でそう言いながら、悔しさが込み上げ目元が潤む。


 どうして敵を侮ってしまったのか。


 自分の至らなさが、堪らなく悔しい。


「さらに、現在私達は敵に誘い込まれた形になっています。もし、このままただ突撃したら、どんな罠が仕掛けられているかわかりません……」


 私は隣でそう言う雛里ちゃんに視線を移す。


 雛里ちゃんも泣きそうになっていた。


「そっか……。義景君、それで、これからどうするの?」


 桃香様は義景さんに尋ねる。


「敵の出方次第だな。敵がどんな行動に出るか予測出来ない以上、僕達が下手に動き回れば、反って危険だ」


 義景さんは眉間にシワを寄せながらそう言った。


「で、一刀達はどうすんだ?」


 愛紗さんの隣にいた士陽さんが呟く。


「一刀達は……自力で何とかしてもらうしかない……」


「はぁっ!?お前本気で言ってんのか!?」


「現状では、僕達は動き回れない。それは君もわかるだろう?」


「…………ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!」


 士陽さんはそう叫んで、義景さんの胸倉を掴む。


「「ひゃっ!」」

 

 私と雛里ちゃんは驚いて、桃香様の背中に隠れた。


 こっ、怖い……。


 士陽さんがいつになく怖い。


「お前、一刀を見殺しにする気か!?一刀は俺達の親友だろうが!」


「…………」


「黙ってないで何とか言えよ!」


「っ!……仕方ないだろう!?僕だって、こんなことしたくないさ!でも、他にどうすれば良いんだ!?そこまで言うなら、君こそ当然何か策の一つでもあるんだろうな!?どうなんだ!士陽!」


 義景さんも負けじと、士陽さんの胸倉を掴んでそう叫んだ。


「お前……!」


 そう呟いて、士陽さんは拳を握り締める。


 はわわ、喧嘩に発展しちゃいます!


「よせ、士陽!落ち着け!」


「義景君も!熱くならないで!」


 愛紗さんと桃香様が、間に割って入り二人を宥める。


 良かった……。


 何とか落ち着いたみたい。


 その時、


「失礼します!伝令です!」


 一人の伝令兵が、息を乱しながら天幕へやって来た。


「それで、内容は何だ?」


 愛紗さんが伝令兵に声をかける。


「北郷隊長代理より、陶応様に伝言です!」


「僕に?それで?」


「北郷隊長代理は一言だけ、我々は、ここより北西に一里離れた峡間にて待つ、と」


「はっ?それだけか?」


 士陽さんは驚いた表情でそう尋ねる?


「はい。北郷隊長代理は、陶応様ならば、これだけで十分だと……」


 伝令兵も困った表情を浮かべた。


「にゃー?愛紗、鈴々には何のことだかさっぱりなのだ」


「私に言うな。私だってさっぱりだ」


 鈴々ちゃんと愛紗さんも、首を傾げている。


 私は義景さんに視線を移した。


「…………」


 義景さんは顎に手をやり、何かを考えていた。


「……っ!朱里!雛里!ちょっと来てくれ!」


 何かに気付いたように、義景さんは地図に飛び付いた。


 私と雛里ちゃんは、それに続き地図を見つめる。


「張元小隊は、この森林地帯にいた。ここから北西に行くと、この川にぶつかる。二人共、今この川がどうなっているか知ってるか?」


「えっと……ここ数年続いた日照りの所為で、枯れてしまったはずですけど…………っ!?」


 雛里ちゃんも気付いたみたい。


 多分、北郷さんが言っている峡間は、ここのことだと思う。


 でも、どうしてここで待つなんて…………っ!


 まさか、北郷さんの狙いって!?


「朱里も雛里も気付いたみたいだね。それにしても……ククッ……一刀の奴、やってくれたな」


 心底可笑しそうに、義景さんは笑う。


 本当にすごい!


 これなら!


「おいおい、お前らだけで納得するなよ。俺達にもわかるように説明してくれ」


 士陽さんが困った表情でそう言った。


 あっ、そうだった。


 皆さんに説明しなきゃ。


 でも、どう説明したら……?


「僕が説明しよう。朱里と雛里は、兵達に出陣の用意と、これからの予定を説明しに行ってくれ。……副官である僕が、上官である君達にこんなことを言うなんておかしいって分かってる。けど、今は一瞬でも時間が惜しい。申し訳ないけど、頼む」


 義景さんはそう言って、私達に頭を下げた。


「そんな!頭を上げてください!現状が現状ですので、身分を気にしてる場合ではありませんから。でっ、では、私達は行ってきますね?雛里ちゃん、行こう!」


「うん!朱里ちゃん!」


 そう言って、私と雛里ちゃんは天幕を飛び出した。


 義景さんの言う通り、今は一瞬でも時間が惜しい。


 焦る気持ちを抑えて、私達は兵達の下へ急いだ。







side out






side 陶応



 朱里と雛里を見送った後、僕は伝令兵に休むように指示を出し、桃香達に向き直った。


「さて、まずは皆に吉報だ。この戦、僕達が有利に立ち回れる可能性が出て来た。まず、この地図を見てくれ」


 僕がそう言うと、桃香達は驚いた顔をした。


「一刀……北郷隊長代理がこの峡間に向かってくれたおかげで、恐らく敵の目はこの小隊に向いただろう。これにより、僕達が奇襲する条件が整った」


 僕はそう言って、桃香達を見る。


「だが、私達から注目が逸れたと何故言い切れる?」


 愛紗は怪訝な表情を浮かべた。


「簡単さ。愛紗、森林地帯から、北西にある川まで一直線に線を引いてみてくれ」


「一直線に?…………っ!これは!?」


「分かるだろう?森林地帯から、この川まで一直線に線を引くと、ちょうど敵陣の脇を通る軌道になる。これなら、敵はどうしても北郷隊長代理が率いる小隊に注目せざるを得ない」


 愛紗は僕の言葉に納得した表情を浮かべた。


「あの、こんなことは考えたくないけど、もし北郷さん達が峡間に辿り着く前にやられていたらどうするのかな?」


 桃香は怖ず怖ずとそう言った。


「本当に考えたくないことだね……。まあ、もしそうなったとしても問題ない。桃香、例えば君が先遣隊の隊長として、千の兵を率いていたとしよう。自分達の近くには一万の敵兵がいる。その時、君ならどうする?」


「えっ?それは……当然、一度本陣に戻ると思う。だって、普通に千と一万じゃ勝ち目がない…………あっ!」


 どうやら、皆気付いたようだな。


「そうだ。普通なら、本陣に戻る。ところが、北郷隊長代理は、あえて狭間で戦うことを選んだ。こんな時、ある程度頭の回る敵将ならば、どう思うだろうか?」


「この部隊は帰る場所がなく、戦うしかない。つまり、小規模だが、この部隊こそが本隊だ。……俺なら、そう思うだろうな」


 士陽は頷きながらそう呟く。


「つまり、そういうことだ。さらに、もし北郷隊長代理が峡間に辿り着いた場合、敵はこの小隊を放って置かないだろう。例え小規模でも、奇襲されたら困るからね。故に、敵は全員ではないにしろ、ある程度人数を揃えてこの小隊に突撃するはずだ。その時、敵本陣の人数は減り、尚更僕達が攻撃し易くなる。これが、現段階での全体像だ」


 僕はそう言って説明を締め括った。


「ほぇ〜……北郷って人はすごいのだなぁ……」


 鈴々が溜息をつきながら、そう呟く。


「まったくだ……」


 僕は鈴々に同意した。


 これでは、どちらが軍師かわからないな。


「とりあえず、一刀達がやられてたとしても、俺達の有利は変わらないんだな?」


 士陽は僕に向き直りそう尋ねた。


「ああ、変わらない。それに、一刀が簡単にやられると思うか?」


「ハッ!有り得ねぇな。森林地帯にいるならまだしも、もう動き出してんだろ?一刀は俺と肩を並べられる程の実力者だ。今頃、峡間で俺達を待ってるだろうよ」


 僕の言葉を鼻で笑いながら、士陽はそう言った。


「フッ、僕もそう思う。……さて、桃香、方針は決まった。後は君の決定次第だ」


 そう言って、僕は桃香に向き直る。


 桃香は真剣な表情で、僕達全員を見回した。


「…………私達は、義景君が言った通り、これから奇襲をかけるよ。各隊の編成は、軍師陣に任せるね?それじゃあ皆、準備をお願い!」


「「「御意!」」」


「鈴々に任せるのだ!」


 鈴々らしい返事に苦笑しながら、僕達は行動を開始した。


 まったく……今回は一刀の機転に助けられたな。


 これじゃあ、酒を奢る程度では足りなくなってしまったじゃないか。


 僕はそう思いながら、隊の編成作業に取り掛かった。









side out






side 程遠志



 波才が出陣してから、もう半刻が過ぎた。


 峡間での戦闘は、苦戦を強いられているのだろうか?


 状況がまったくわからん。


 波才は大雑把な男だ。


 故に、伝令で状況を報告するなんて真似はしない。


 私としては、こまめに情報伝達をして欲しいところだが、奴の場合、何を言っても無駄だろう。


 それにしても……戦闘は半刻で終わると思っていたが、存外あの敵将もやるじゃないか。


 やはり、殺してしまわず、こちらに引き込むべきだったか?


 ……まあ、今更遅いか。


 私はそう思いながら、地図を眺めた。


 念のため、こちらに七千程兵を残したが……この胸騒ぎは一体何だ?


 まさか波才の奴、敗れるなんてことはないだろうな?


 まあ、三千対八百という戦いで、敗れることなど有り得ない。


 もし、そんなことが起きようものなら、笑い事では済まされないな。


 ……仕方ない。


 こちらから伝令兵を送って、様子を見るか。


 そう思い、伝令兵を呼ぼうとしたその時だった。


「敵襲!官軍だ!官軍が攻めてきたぞ!」


 外からそう叫ぶ声が聞こえた。


 何?


 今、何といった?


「程遠志将軍!敵襲です!」


 そう言って、一人の兵が血相を変えて天幕に飛び込んできた。


「何だと!?」


 有り得ない。


 敵本隊は今、狭間にいるはずだ。


 まさか、波才の奴、やられたのか!?


 そう思いながら、私は天幕を飛び出した。


「馬鹿な……」


 その目に飛び込んできたのは、先程の部隊とは比べものにならない規模の部隊が、我等の部隊に奇襲をかけている所だった。


 ……ああ、なるほど。


 やはり、先程の部隊は先遣隊だった。


 恐らく、目の前にいる部隊が、本物の本隊だろう。


 つまり、敵を罠に嵌めたと思っていたら、実際は我々が罠に嵌まっていた、ということか……。


「侮っていたのは……私の方……か」


 私は自嘲ぎみに苦笑する。


「あの、程遠志将軍?我等はどう動けば……?」


 兵が不安げな表情を浮かべる。


「全員で応戦する!敵を一刻も早く排除するぞ!」


「はっ!」


 部下にそう命じて、私は薙刀を手に戦場へと走った。


 恐らく、この戦はもう駄目だ。


 敵の兵と我等の兵では練度が違うし、こちらより格上の相手の突撃を許してしまった以上、もう我等に敵本隊を撃ち破るすべはない。


 だが、賊に身を堕とした私は、最早止まれないのだ。


 いつの間にか、黄巾党は賊に成り下がり、民を救うはずが、民の恐怖の対象になってしまった。


 私は……一体何がしたかったのだろう?


 何のために官軍を辞めたのか?


 こんなはずではなかったのに……。


 今まで、何度となく自問自答し、ついに今日まで答えが出なかった。


 答えが出ない段階で、私にはその程度の器しかなかったということなのだろう。


 私は走りながら、敵本隊を睨みつける。


 恐らく、私はここで死ぬだろう。


 ならば、一人の武人として、一矢報いるまで。


「うおぉぉぉ!」


 叫びながら、私は敵の本隊に突っ込んだ。









side out







side 陳登



「どけぇぇぇ!」


 俺はそう叫び、漆黒の青龍偃月刀“覇黒”を振り回しながら、敵兵を蹴散らしていた。


 義景の言う通り、賊の本陣は完全に隙だらけで、俺達の奇襲は見事に成功した。


 さらに、森林地帯で捕らえた敵兵の情報から、今一刀達は狭間で戦っていることもわかっている。


 それに伴い、一刀達の援軍には、鈴々が率いる張飛隊が向かった。


 今、流れは完全に俺達のものだ。


 愛紗が率いる関羽隊も、どんどん敵を押している。


 この流れは、無駄にはしない。


「士陽!ちゃんと着いてきているか!?」


 愛紗は敵兵を吹き飛ばしながら、そう叫んだ。


「ハッ、当たり前だ!俺を誰だと思ってるんだ!?」


「ならば良い。鈴々がいない今、私の背中はお前に任せるぞ!」


 そう言って、愛紗は走り出す。


 その時、愛紗の前にいた義勇兵達が吹き飛んだ。


 俺達は警戒しながらそこに視線を向けると、一人の男が薙刀を持って立っていた。


「むっ?何者だ!」


 愛紗が叫ぶ。


「我が名は程遠志。黄巾党が将の一人。貴様は敵軍の将か?」


「いかにも、私が義勇軍の将、関羽 雲長だ!」


「義勇軍だと?……まあ良い。関羽とやら、貴様が将と言うのなら、いざ尋常に勝負!」


 薙刀を構えた男、程遠志はそう言って、愛紗を睨みつける。


「良いだろう。行くぞ、程遠志!」


 愛紗もそれに応じて、己の獲物を構えた。


「はっ!」


「くっ!」


 愛紗の突きを弾き、程遠志は薙刀の刃を愛紗に振り下ろす。


 しかし、愛紗はそれを後ろに飛んでかわすと、縦横無尽に偃月刀を振るう。


「ぬっ……ぐっ!」


 程遠志はそれを何とかさばくが、堪らず後ろに飛び退いた。


「どうした!その程度か!?」


「黙れぇぇぇ!」


 愛紗の挑発に、程遠志は咆哮を上げ突進した。

 

「はっ!」


 愛紗は程遠志の突きを薙刀ごと弾く。


 くるくると薙刀が宙を舞う。


「決まったな……」


 傍から見ていた俺はそう呟く。


 事実、己の獲物を弾き飛ばされ、ガラ空きになった程遠志の胴に……


「やぁぁぁぁっ!」


 愛紗の偃月刀が突き刺さった。


「がっ……!」


 程遠志はドサリと地面に両膝を着く。


「私の……勝ちだ!」


 愛紗はそう叫ぶと、ズブリと音を立て偃月刀を引き抜いた。


「ぐぁっ……はっ……!……見事……」


 程遠志は微かに笑い、そう呟くと地面に倒れ伏した。


「敵将程遠志、義勇軍が将、関羽が討ち取った!」


 愛紗が高らかに宣言すると、義勇兵達が咆哮を上げた。


 周りを見回すと、敵兵達の目に恐怖が浮かんでいる。


 今が絶好の好機だ。


「お前ら!この勢いで敵を押し潰す!行くぞ!」


 俺はそう叫び、士気が下がっている敵兵に突進していく。


 それに従い、士気の上がった義勇兵達も敵兵に突撃した。


 敵陣が崩壊するのも時間の問題だな。


 後は、一刀達だけか……。


 こればかりは、一刀達の粘り強さと、鈴々の部隊が間に合うかに懸かっている。


 無事でいろよ、一刀!


 俺はそう思いながら、敵兵を斬り捨てるのだった。










side out






side 一刀



 敵本陣の前を何とか通り過ぎた俺達は、川が干上がって出来た谷に到着した。


「全隊、止まれ!」


 俺がそう叫ぶと、兵達はそれに従い止まる。


「徐晃さん、今兵達はどれくらい残っていますか?」


 俺は徐晃さんの方に向き直り、そう尋ねる。


「ざっと七百くらいでしょう」


 徐晃さんは顔を歪めながらそう答えた。


 やっぱ、全員無事とはいかなかった。


 わかってはいたけど、胸が痛くなる。


「大丈夫ですかな?」


 徐晃さんが心配そうな表情を向ける。


 いかんな……。


 今はとにかく、戦場に集中しよう。


 悲しむのは、戦いが終わってからだ。


「大丈夫だ……。恐らく、敵もすぐに追って来る。いつでも迎撃出来るよう、皆に準備するように言ってくれ」


「……御意」


 徐晃さんはそう言って兵達の下へ向かった。


 気を使わせちゃったかな?


 申し訳ない気持ちを感じながら、俺は兵達を眺める。


 皆、大小様々な怪我をしているが、それでも戦う意思は消えていない。


 強いな……。


 俺は心からそう思った。


 そして、権陽様に以前言われたことを思い出した。


『高い志と、斬った相手に恥じぬ気高き生き様が、周りの者に真の武人と呼ばせるのだ。』


 果たして俺は、皆にこう思って貰えているのだろうか?


 …………まあ、こればかりは、自分ではわからない。


 でも、だからこそ自己研鑽を忘れてはならないのかもしれないな。


 そんなことを思っていたその時、


「隊長!敵の部隊を確認しました!あと数分でこちらに突撃してきます。どうします?」


 そう言って、姜維が俺の所へ駆けてきた。


 来たか!


「もちろん迎撃だ。いつでも突撃出来るよう、皆に徹底してくれ」


「御意!」


 姜維はそう言って、兵達の下へ戻る。


 俺もそろそろ行くか……。


 俺はそう思いながら、気を引き締め隊の先頭に向かった。






 先頭に着くと、敵が近くまで来ていることが、立ち昇る砂煙の様子でわかった。


「皆、見てわかるように、敵はもう真近に迫っている。いよいよ決戦だ。俺達はこれから、敵の部隊に突撃する」


 馬上にいる俺の言葉に、兵達は緊張した面持ちを向ける。


「緊張している者も多くいるだろう……。だが、どうか今だけは、心を奮わせて欲しい! 断言しよう! 皆の勇気は、必ず勝利に繋がる!」


 俺は心の底から叫ぶ。


「俺達は、誇りを懸けて戦う!故に、誇りなどない賊共に、見せつけるのだ!誇り高き狼が、負けることなど在りはしない!勝鬨かちどきをあげるのは、俺達だ!」


 俺は腰に差した千代桜を抜き、天に掲げた。


「さあ、皆!行くぞ!全隊、突撃!」


 俺はそう言って、馬の腹を軽く蹴り、敵の部隊へ向けて走り出した。


『おぉぉぉぉ!』


 それに従い、咆哮を上げながら兵達も走り出す。


 生き残りを懸けた俺達の戦いが、今、幕を開けた。










「はあっ!」


 馬上から、俺は敵兵を斬り捨てた。


 今斬った敵兵で、何人目だろうか?


 三十人を超えた辺りから数えていないのでわからない。


 両軍がぶつかってから、だいたい三十分ほど経ったが、俺達の本隊からの援軍はまだ来ない。


 だが、今は援軍が来ることを信じて戦うしかない。


「どうした!?臆せずかかって来い!」


 俺は敵兵を睨みつけ、そう叫ぶ。


 敵兵は俺を警戒しているのか、中々かかって来ない。


「どけ!俺がやる!」


 そう言って、一人の男が俺の前に躍り出た。


「黄巾党が将の一人、波才だ!俺はてめぇとの一騎打ちを所望する!」


 その男、波才はそう叫び、その手に持つ槍を構える。


「……わかった。その一騎打ち、受けて立とう!」


 俺は馬から下りて千代桜を構えた。


「良いねぇ……。ノッてくれるのは嬉しいぜ。てめぇの名は何だ?」


「張元隊、隊長代理、北郷 一信だ」


「北郷か……。聞いたことはねぇ名だが、まあ良い。せいぜい俺を楽しませてくれよ!?」


 そう叫ぶと、波才は突進した。


 俺は波才の突きを左にかわし、槍の刃が空を斬った所で、波才の右脇に横一閃を叩き込む。


 だが、それを波才は引き戻した槍で受け止めた。


「やるじゃないか。一撃で決まると思ったんだがなぁ……」


「ナメるな!」


 ニヤリと笑う波才を強引に押し返し、俺は千代桜を上段から振り下ろす。


 波才はそれをヒラリとかわし、突きを出すために腕を引いた。


 そうはさせまいと、俺は下段から斬り上げ、波才の槍を弾く。


 そこから、打ち合いが始まった。


 一合、二合、三合…………。


 互いに、一歩も退く気はない。


 当然、俺は初動をひたすら狙い、振り切られそうなものは避け、じっくりと波才が隙を見せるのを待つ。


 対する波才は、時折舌打ちをしながら、強引に槍を押し込む。


 苛立っているようだな。


 悪いが、俺は我慢比べで負ける気はしないんだ。


 俺は心の中でそう言いながら、ひたすら波才の初動を潰した。


「ちっ!うざってぇ!」


 そう言って、波才は体ごと俺にぶつかる。


「うっ!」


 その衝撃で、俺は僅かに体勢を崩す。


 それを見逃さず、波才は突きを放った。


 俺はおもわず後ろに飛び退き、波才から距離を取る。


 中々隙を見せないな……。


 俺は心の中で舌打ちをしながら、槍を構え直した波才を観察する。


 “あれ”を使うか……。


 俺はそう思い、千代桜を下段に構え、微かに腰を落とす。


 あれとは、北郷御影流剣術奥義、“双閃そうせん”のことだ。


 これは、その名が示す通り、二撃必殺の業。


 蛇歩で敵の懐に潜り込み、その勢いを殺さず下段からの斬り上げで相手の武器を弾き、二撃目でガラ空きになった胴へ上段から斬り下ろし、相手にとどめを刺すのだ。


 これは、最初の蛇歩がキーポイントとなる。


 もし、蛇歩自体が避けられれば、双閃は完成しない。


 外せば決定的な隙が生まれてしまい、俺にとっては色々とリスクの大きい業だ。


 だが、幸い波才はまだ、蛇歩を見たことがない。


 故に、簡単にかわすことなど出来はしないし、させるつもりもない。


これで、終わらせる。


 俺は心の中でそう決め、波才の動きを凝視する。


 少しの隙さえ、見逃してなるものか!


 ジリッ、ジリッ、と互いに間合いを探り合う。


 刹那、微かに波才の足が踏ん張る。


 ここだ!


 俺は足に力を込め、蛇歩を発動し、一気に波才に詰め寄る。


「なっ!?」


 驚いた表情の波才を尻目に、俺は下段から千代桜を斬り上げ、波才の構える槍を弾く。


 その瞬間、波才の胴が開いた。


「おぉぉぉ!」


 俺は反す刀で、上段から波才の胴目掛けて、千代桜を一気に振り下ろした。


 そして…………


「馬鹿……な……」


 左の肩口から、右の下っ腹まで、所謂袈裟を一直線に断ち斬られた波才は、驚愕の表情を浮かべながら、仰向けに倒れた。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


 息を乱しながら、俺は波才を見る。


 微かな呼吸しかしていない波才は、視線だけ俺に向け、微笑を浮かべると、やがて静かに目を閉じた。


 終わった……。


 俺は……勝ったんだ!


「敵将、北郷 一信が討ち取った!」


 俺は高らかに叫んだ。


「おぉぉ!隊長が勝ったぞ!」


「すごい!隊長がいれば、生き残れる!」


 周りから、張元隊の兵達の歓声が聞こえる。


「皆!このまま敵を殲滅するぞ!」


『おぉぉぉ!』


 俺の声に答えるように咆哮を上げた兵達は、士気の下がった敵兵達へ次々に突撃していく。


 だが、兵数の差が徐々に出始め、次第にこちらが押されだした。


 いくら狭間とはいえ、やっぱ七百じゃ厳しかったか……?


 俺はそう思い、これからどうするか考え始めたその時、敵の部隊の後方で、敵兵が吹き飛んだ。


 吹き飛んだ!?


 何で!?


 俺はそう思いながら、敵の部隊の後方を凝視した。


 すると、“張”の文字が入った軍旗が見えた。


 あれは……張飛将軍か!?


 ってことは、義景はやっぱり俺の意図に気付いて援軍を送ってくれたんだ!


 良かった……。


 何とか間に合った。



「皆!張飛将軍の率いる援軍が到着したぞ!これでもうじき戦いは終わる!だから、あと少しだけ頑張ってくれ!」


 俺は激化する戦場で戦う義勇兵達にそう叫んだ。


 ここで張飛将軍の援軍は、かなり助かる。


 張元隊の皆も、張飛将軍が来たとなれば、心強いはずだ。


「よしっ!」


 俺はそう思いながら、再び気合いを入れ直すと、敵兵の群れに飛び込んだ。







 張飛将軍が援軍に来て僅か二十分後、敵兵は完全に戦意を失い、次々に投降していった。


 まあ、投降していった理由のほとんどが、張飛将軍の武を見て意気消沈したことなんだけどね。


「お兄ちゃんが、隊長代理の北郷って人なのかー?」


 投降していった敵兵を眺めていた俺に、張飛将軍が話しかけてきた。


「はい、私が今回隊長代理を務めさせてもらいました。北郷 一信です。この度は、張飛将軍のおかげで助かりました。ありがとうございます」


 俺はそう言って、張飛将軍に微笑む。


「気にすることはないのだ!鈴々は、鈴々の仕事をしただけなのだからなー」


 そう言って、張飛将軍は元気な笑顔を浮かべた。


「それでも……です。私達が助かったことは事実ですから」


 俺は頭を下げながら、感謝の気持ちを伝える。


 もし、張飛将軍が援軍に来なかったら、本当にやばかった。


「にゃはー……そこまで言われると、何だか照れるのだ。ま、そんなことより、北郷のお兄ちゃんが、勝鬨を上げるのだ!」


「私が……ですか?張飛将軍がおやりになられた方が、兵達も喜ぶと思いますが……?」


 張飛将軍の言葉に、俺は呆気に取られた表情を浮かべる。


 って言うか、何で俺?


 こういうのって、普通将軍がやるものじゃないの?


 俺が疑問に思っていると、張飛将軍が答えた。


「むー……鈴々は難しいことはよくわかんないけど、義景のお兄ちゃんが、北郷のお兄ちゃんのおかげで戦に勝ったと言っていたのだ。」


「義景がそんなことを?」


 俺は別に、何かすごいことをやったわけじゃない。


 必要最低限の仕事をしただけだ。


「それに、北郷のお兄ちゃんはここの敵将を討ち取った人なのだ。だから、鈴々は一番活躍した北郷のお兄ちゃんに譲るのだ!」


 張飛将軍はそう言って、満面の笑みを浮かべた。


 素直で良い子だなぁ……。


 って、そんなこと考えてる場合じゃなかった。


「わかりました。では、私が代わりに務めさせてもらいます」


 俺はそう言って、兵達に向き直る。


「皆!聞いてくれ!」


 俺の声が聞こえたのか、兵達が俺の方へ顔を向けた。


「今回、俺達張元小隊は、張飛将軍率いる張飛隊の援護もあり、無事勝利を収めることが出来た。これはひとえに、皆の頑張りと協力のおかげだ。改めて言わせてくれ。本当にありがとう!」


 俺はそう言って、皆に頭を下げた。


 頭を下げてばかりで、皆は情けない隊長だと思ったかな?


 でも、俺はこういうことは大事だと思う。


 ありがたいと思った時に頭を下げることは、俺にとって当たり前のことだ。


 そこに身分は関係ない。


 まあ、これを誰かに押し付ける気はない。


 これは俺だけの決まりのようなものだからね。


 俺はそう思いながら、頭を上げて兵達を見る。


 兵達は、真剣な眼差しを俺に向けていた。


 気持ちって、伝わるもんだなぁ……。


 まあ、チンタラ話すのもあまり良くないし、そろそろ締めるか。


「我等が義勇軍の戦いは、これからもまだまだ続く。でも、今日だけは勝利に酔いしれよう!皆、勝鬨を上げろ!」


『おぉぉぉ!』


 俺の叫びに伴い、兵達の咆哮が天に響いた。


 ああ……本当に無事終わって良かった。


 俺は天を仰ぎ、しみじみそう思った。








side out







side 陳登



 愛紗が程遠志を破った後は、一方的な展開だった。


 敵は指揮官を失ったことにより瓦解。


 その隙に、俺達が一気に攻め込んだため、敵兵達は恐れをなしてぞくぞくと投降し、実質的にこの部隊は崩壊した。


 その後、戦後処理を終えた俺達は、敵陣の天幕で束の間の休息を取っていた。


「ふぅ……とりあえず何とかなったな?」


俺は隣にいる義景に話しかける。


「ああ……一刀のおかげで何とかなったが、僕達軍師陣は落第点も良いところだ。」


 義景はそう言って、溜息をついた。


 一刀達のことは、先程伝令兵を通して聞いた。


 伝令兵曰く、一刀は立派に隊長を務め、しかも敵将まで討ち取ったらしい。


 あの野郎……大活躍じゃねぇか。


 さらに、活躍したことは誇らず、兵達のおかげだと言っていたようだ。


 アイツらしいと言っちゃアイツらしいが……相変わらず真面目な野郎だ。


 まあ、そこが良いところでもあるんだがな。


「まあ、最悪の事態にはならなかったんだ。お前もあんまり気にすんな」


 俺はそう言って、義景の肩を軽く叩く。


「はぁ……。君に心配されるとは、僕もまだ未熟な証だな」


「お前……存外失礼な奴だよな」


 俺は義景に訝しげな視線を向けるが、義景は気にするそぶりも見せずに溜息をついた。


 まあ、そんな冗談を飛ばせる辺り、義景はまだ元気だろう。


 朱里と雛里において言えば、さっきまで桃香の胸でわんわん泣いていた。


 そんな二人を優しく抱きしめ、次は頑張ろうと諭す桃香の姿は、君主というより二人の姉のようで少し笑えた。


「お前は桃香の胸で泣かないのか?」


「馬鹿か君は……」


 義景は俺の言葉に呆れたように溜息をつく。


「へぇ?お前も朱里や雛里のように泣くと思ってたんだがな?」


「誰が泣くか。あの二人は確かに優秀だが、まだ精神的に幼い部分もある。今回はそれが出てしまったのだろう。……まあ、今回のことは、僕達軍師陣にとっては厳しい教訓になったよ。僕は生涯忘れないだろうね……」


 義景はそう言って苦笑した。


 その時、


「失礼します。張飛隊、張元小隊、共に帰還しました」


 伝令兵は一礼すると、そう言った。


「おぉ!来たか!それで、鈴々も一刀も無事か?」


「張飛将軍も、俺も無事だよ」


 聞き慣れた声のする方へ視線を向けると、一刀が天幕の入口に立っていた。


「ありがとう。もう下がって良いよ?」


「はっ」


 一刀はそう言って伝令兵を下がらせると、俺達の方へ向き直る。


「一刀!お前、大活躍じゃねぇか!」


 そう言って、俺は一刀の肩を叩く。


「そうでもねぇよ。隊の兵達が頑張ってくれたんだ。褒めるなら、彼らを褒めてやってくれ。それに……」


 一刀は義景に視線を向ける。


「一刀……僕は……」


「義景、すまん!」


「……はっ?」


 一刀の突然過ぎる謝罪に、義景はあんぐりと口を開けた。


「おいおい、お前何を突然謝ってるんだ?」


 流石に俺も驚いたので、口を出した。


「いや……俺、張元を止められなかったからさ……。その所為で、兵達にも犠牲を出しちゃったし……」


 一刀は申し訳なさそうな表情で頭をかく。


「それは一刀の所為じゃないさ。むしろ、謝らなければならないのは僕だ」


 そう言って、義景は一刀に視線を向ける。


「一刀、今回君達が襲撃に遭った件だが、あれは僕達がもっとしっかり考慮していれば回避出来たことだ。完全に、賊だと思って慢心していた。本当に済まない」


 義景はそう言って、一刀に頭を下げた。


「よっ、止せよ!頭を上げてくれ!俺はこの通りピンピンしてるし、誰にでも失敗の一つや二つくらいあるさ!なぁ?士陽?」


「……まあな」


 その理論で行くと、お前も謝る必要はなかったと思うんだがな。


 そんなことを考えてるいると、俺はあることを思い出した。


「おい、義景。そういえば、さっき桃香が、一刀が来たら連れて来るように言ってなかったか?」


「ああ……そういえばそうだったね。一刀、桃香達がいる天幕まで、着いて来てくれるかい?」


 義景は思い出したように一刀に尋ねる。


「俺は別に構わないけど……一体何だろう?」


 一刀は不思議そうな表情をした。


「さあ?まあ、行ってみればわかるんじゃねぇか?」


 俺は一刀にそう声をかける。


「そう……だな」


 一刀はそう呟くと、桃香達の天幕に向かう義景の後ろを追う。


俺はその後ろに静かに着いて行くのだった。







side out










side 一刀



 義景の後ろに着いて行くと、とある天幕の前で止まった。


「桃香、北郷隊長代理を連れて来たぞ?」


 義景は天幕の中にいると思われる劉備様に声をかけた。


「あっ!義景君!じゃあ、入ってくれる?」


 劉備様はそう言って、俺達に天幕へ入るよう促す。


「失礼します」


 俺は一礼して、天幕に入った。


 天幕の中には、円卓の机が置いてあり、中心に劉備様、その両サイドに諸葛亮軍師と鳳統軍師、さらにその両側に、関羽将軍と張飛将軍が座っていた。


「あっ、北郷さん。お疲れ様でした。とりあえず、座ってくれるかな?」


「はい、失礼します」


 劉備様に促され、俺は劉備様の正面にある椅子に座る。


 義景と士陽も、空いている席に座った。


「えっと……とりあえず、今回は北郷さんのおかげで、私達は勝利を収めることが出来た。北郷さん、本当にありがとう」


 劉備様はそう言って、俺に笑いかけた。


「評価して頂けることは大変嬉しいです。ですが、褒賞ならば、私ではなく張元隊の兵達に与えてやってください。彼らの協力と頑張りがあったおかげで、私も自分がやりたいように出来たのですから」


 俺はそう言って、劉備様の目を見る。


「もちろん、兵の人達にも褒賞は与えるよ。でも、北郷さんにもないとね?」


 劉備様は笑顔でそう言った。


「一刀、遠慮している君の気持ちもわからなくはないが、ここは貰っておけ。じゃないと、今後の兵達の士気に関わってくる」


 義景は横目で俺を見ながらそう言った。


 …………ああ、そういうこと。


 俺は一人で納得した。


 義景が言っていることは、多分、信賞必罰のことだと思う。


 確かに、これがしっかりしていないと、軍は纏まらないもんなぁ……。


「わかりました。ありがたく頂戴致します」


 俺はそう言って、劉備様に頭を下げる。


「良かったぁ!貰ってくれなかったら、どうしようかと思ったよ!」


 劉備様はそう言って苦笑する。


「話しは纏まったようだね?なら、北郷 一信、君に言い渡す。君は今日から、劉備隊の副官、及び新たに小隊を率いる権限を与えよう。これで良いね?桃香?」


「うん!北郷さん、そういうことでお願い。あと、私の真名を預けるよ。私の真名は桃香って言います」


 劉備様は花が咲いたような、満面の笑みを浮かべてそう言った。


 それにしても、一気に劉備様の副官に昇進か……。


 まあ、自分でありがたく頂戴するって言っちゃったし、言ったからには言葉に責任を持たないとな。


 俺はそう思いながら、劉備様……いや、桃香様に頭を下げた。


「私こと、北郷 一信は貴女様に改めて忠誠を誓いましょう。その証として、我が真名、一刀を預けます。どうぞこれからは、一刀とお呼びください。他の幹部の皆様も、同様です。若輩者ですが、どうぞよろしくお願い致します!」


 桃香様に一生従う覚悟を、俺は今決めた。


 受けたからには、本気で忠誠を誓おう。


 真名は、その証だ。


 桃香様の理想は、本当に美しい。


 いつか、それが現実に出来るように、俺は主君である桃香様を支えていこう。


 そう思いながら、俺は頭を下げ続けるのだった。











 まず、遅れてごめんなさい!


 いやぁ……今回はすごく悩みました。


 まあ、ポイントとしては二つです。


 まず、義景達軍師陣の失敗をどう描くか、という所ですね。


 私は蜀√で、軍師陣が楽観的過ぎるだろうと思っていました。


 なので、今回はちょっときつ目の灸を据えました。


 次に、一刀の活躍についてです。


 義景達が失敗するので、その尻拭いという形で活躍させました。


 まあ、ウチの一刀君は、美玲様から兵法を学び、義遠様と権陽様の下で一年研修期間のような日々を過ごしていたので、当然あれくらいの策は立てられます。


 その辺りも踏まえて、一刀を活躍させましたが、ご都合主義だったでしょうか?


 ご都合が過ぎるぞ馬鹿野郎って感じた方は、どうぞ感想の方へお書きください。




 さて、内容の話はここまでにして、次は文章の話です。


 若干書き方を変えましたが、どうでしたか?


 読みにくいと感じた方も、感想の方へお願いします。


 それにしても、私は相変わらず文を纏めるのが下手ですね。


 書きたいことが多すぎて、気付いたら二万字を超えていましたwww


 まあ、少なすぎるよりは良いのかもしれませんが、私の場合描写が下手なので、くどく感じてしまう方もいるかもしれませんね。


 そう感じた方も、感想の方へお願いします。


 では、今回はここまで!


 また次回でお待ちしています!


 

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