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真・恋姫†無双〜冷静と情熱の狭間〜  作者: §K&N§
第三章 英傑達の胎動
11/14

~第十話~されど炎は飛び火する

side 劉備



 私は今、猛烈に困惑している。


 その原因は、今私の前で頭を下げている男性、義景君である。


「あの……義景君、とりあえず頭を上げて欲しいなぁ……?」


 そう言って、私は苦笑を浮かべる。


 義景君は申し訳なさそうに頭を上げる。


「桃香、本当にすまない……。まさか、三日前には張角が逃げ出していたとは、夢にも思わなかった。今回は情報収集不足が招いた結果だ。つまり、全ての責任は僕にある。本当にすまない……」


 そう言って、再度義景君は頭を下げた。


「まあ良いじゃねぇか。だいたい、他のどの諸侯も分からなかったんだろ? 弱小勢力の俺達が、分かる訳がねぇよ」


 そう言って、士陽君は笑う。


「確かにそうなのだが……士陽、お前は他にも言い方があるだろう?」


 複雑そうな表情で、愛紗ちゃんがそう言う。


「何言ってんだ? 現実を見ろよ。なぁ、桃香?」


「あはは……」


 士陽君の言葉に私は苦笑しか返せない。


 現実は確かにそうなんだけど、そこまでハッキリ言われると、ちょっとヘコむなぁ……。


「まあ、士陽君の言う通り、今回のことは仕方なかったと思うよ? 義景君の気持ちは分かるけど、そこまで責任を負わなくて良いからね?」


 私はそう言って、義景君に微笑みかける。


「……分かった。そこまで言うなら、この話はここまでにしよう……。で、これからどうする?」


 そう言って、義景君は私を見据える。


「そうだね……朱里ちゃん、雛里ちゃん、どうしたら良いかな?」


 私は隣に座る朱里ちゃんに意見を求めた。


「まずは大将軍何進に私達の手柄を報告すべきかと……」


 そう言って、朱里ちゃんは隣にいる雛里ちゃんに視線を向ける。


 雛里ちゃんは頷くと、朱里ちゃんの言葉を引き継いだ。


「幸い、一刀さんが敵の将の首を持ち帰ってきていますし、張角の首程の価値はありませんが、それでも多少の評価はして頂けるはずです」


 そう言って、雛里ちゃんは私を見つめる。


「……なら、今から大将軍の所に行こう。そういえば、一刀さんは……?」


「一刀殿なら、鈴々が連れて来るはずなのですが……」


 私の問い掛けに、困った表情を浮かべながら愛紗ちゃんが答える。


 その時――


「お姉ちゃーん! お兄ちゃんを連れてきたのだ!」


 満面の笑みを浮かべ、鈴々ちゃんが天幕に飛び込んできた。


 その後ろには、鈴々ちゃんに手を引かれた一刀さんがついて来る。


「申し訳ありません、桃香様。お待たせしてしまいましたか?」


 一刀さんはそう言って、私を見つめる。


「大丈夫だよ! それに、今日は一刀さんが一番疲れてるだろうし……」


 そう、今日一番苦労したのは、他でもない一刀さんだ。


 張角がいないと知った時、一体どれ程脱力感に苛まれたのだろう。


 明日まで、一刀さんは休みにした方が良いだろうか……?


「ハハハ……それはお互い様という奴です」


 そう言って、一刀は朗らかに笑う。


 本当に、出来た人だ。


 絶対疲れてるはずなのに、文句一つ言わない。


 そういう姿勢は、私も見習わないとなぁ……。


 そんなことを思っていると、義景君が一刀さんに話し掛ける。


「一刀、これから大将軍何進のいる天幕へ向かうことになったんだが、君にも来て欲しいんだ」


「えっ……大将軍? いや、行くのは構わないけど、俺なんかが行くより、愛紗達が行った方が見栄えが良くないか?」


 そう言って、一刀さんは不思議そうな表情を浮かべた。


「張蔓成を討ったのはお前だろ? そのお前が行かなくてどうすんだよ? 」


 呆れた表情で、士陽君がそう言い放つ。


「……そうだよな。分かった、行くよ。でも、大将軍相手に、俺は何を言えば良いんだ? 大将軍程の位が高い人には会ったことがないから、どうすりゃ良いか分からんのだが……」


 一刀さんは眉尻を下げ、困った表情を浮かべる。


「その辺りは心配しなくて良い。僕が上手いこと言い繕うさ」


 そう言って、義景君はニヤリと笑った。


「じゃあ、行こうか? 他の皆も、留守番よろしくね?」


 私がそう言うと、皆はコクリと頷いた。


 それを確認し、私は軽く微笑むと、義景君、一刀さんを引き連れ天幕を出た。


 大将軍何進って、一体どんな人なんだろう?


 変な人じゃないと良いけど……。










side out










side 一刀



 ひんやりと冷えた風を頬に感じながら、俺達は大将軍のいる天幕へ向かっていた。


「うぅっ……何か着るものを持ってくれば良かった……」


 そう言って、桃香様はブルッと体を震わせる。


「春とはいえ、まだ夜は冷えるからね」


 苦笑を浮かべながら、義景が答える。


 辺りは雲一つない夜空が広がるが、逆にこういう日は冷えるからな。


 女の子には少々キツイだろう。


「桃香様、大丈夫ですか?」


「アハハ……大丈夫だよ。ごめんね? 気を使わせちゃって……」


 そう言って、桃香様は苦笑を浮かべる。


「はぁ……。桃香、これを着てなさい」


 溜息をつきながら、義景は羽織っていた深紅の長衣を桃香様の肩に掛ける。


「…………ありがとう、義景君」


 桃香様はそう言って、嬉しそうに頬を染める。


 …………居づらい。


 この二人、こういう桃色の空間を作り出してることが最近よくある……。


 まあ、劉備軍の君主とは言え、桃香様もまだ十代の女の子だからな。


 そりゃ、恋愛感情の一つや二つ、あってもおかしくはない。


 ただ、二人きりの時なら好きにやってくれて構わないんだが、今は俺もいるんだから、正直勘弁して欲しい……。


「……桃香様、大将軍の天幕が見えましたよ?」


 俺はそれとなく言葉をかけた。


「っ! そっ、そうだね!」


 俺がいたことを今さらながらに思い出したのか、桃香様は真っ赤な顔でうつむいた。


 あーあ……。


 そんな表情を浮かべちゃって……。


 義景に恋慕の感情を向けていることが丸分かりだ。


 まあ、とりあえずこれで見せ付けられることはないだろう。


 そんなことを思いながら、俺は視線を前に向けた。


 その時――


「あ……」


 大将軍の天幕から出てくる、見知った顔ぶれ。


「曹操さん……」


 桃香様も思わずそう呟く。


「あら、劉備じゃない……?」


 そう言って、曹操は疲れた表情を浮かべる。


 後ろに控える夏侯惇、夏侯淵も心なしか心配そうにしている。


「春蘭から聞いたわ……。劉備、やってくれたわね?」


 眉間にシワを寄せながら、曹操は桃香様を軽く睨む。


「……それはお互い様じゃないですか?」


 ムッとした表情を浮かべながら、桃香様もそう返す。


「ふっ……まあ良いわ……。それより、貴女も大将軍に戦果報告でしょ? ……少々覚悟しとくと良いわ」


「えっ……? それってどういう……?」


「そこから先は自分で考えなさい。春蘭、秋蘭、行くわよ?」


「「はっ」」


 曹操はそう告げると、後ろの二人を連れ、立ち去った。


 立ち去る際、夏侯惇が俺に鋭い視線を向けてきたが、まあそれは想定内だ。


 ついさっきまで、張角の首を巡って戦っていたからな。


 そりゃあ、そんな状況で互いに顔を合わせれば、互いにいい気はしない。


 当然、俺も睨み返した。


「曹操さんの言ってたこと、どういう意味だろう?」


「……どういう意味かは分からないけど、とりあえず気を引き締め直す必要があるね」


 桃香様の問い掛けに、義景がそう答え、俺もそれに頷く。


「そうだね……。よしっ」


 桃香様はそう呟くと、天幕の前に立つ兵に、何進との面会許可を求めに向かった。










「それで、劉備とやら? この私に一体何の用だ?」


 何進はそう言って、大き目の玉座に足を組み深く腰掛け、桃香様を見据える。


「はい……今回、私達は賊の将、張蔓成の首を上げました。故に、その首を献上したく思い、閣下の下に参上しました」


 そう言って、桃香様は何進の前にひざまずく。


「私に献上……か。なるほど。だが、私は辞令でも出した通り、張角の首を所望したはずだが?」


「っ……それは……」


 張角の名が出た瞬間、桃香様の表情が強張る。


「しかも、だ。張角は三日前にはこの地を出たそうじゃないか? このことについて、お主はどう説明するつもりだ?」


「…………」


 完全に痛い所を突かれているため、桃香様は何も言えない。


 でも、それを言うなら、何進にだって責任はある。


 あんな檄文を送っておいて、何一つ情報を提供しなかったじゃないか。


 まあ、それを言ったところで、何進が怒るだけだろうから、余計なことは言わないけど。


 そんなことを思っていると、桃香様の隣で同じように跪き、頭を下げ、地面を見つめる義景が口を開いた。


「閣下、私の名は陶応。劉備様の下で軍師をしている者です。……恐れながら、意見を具申してもよろしいでしょうか?」


「……よかろう。申してみよ」


「はっ……。閣下は先程、張角が三日前に逃げおおせたことについて、説明をしろと言われましたね? 故に、私はその説明を致しましょう」


 頭を上げ、何進を見つめると、義景は微笑を浮かべる。


「ほう……? 張角を逃がしたことについての上手い言い訳でも考えついたのか?」


 面白い玩具を見つけたように、何進はニヤリと笑う。


「意地悪な言い方をしますね? そもそも、張角が済南から逃げおおせたことが発覚したのは、こちらに控える北郷が、張蔓成に直接確認を取ってからです」


「ほう……そうなのか? 北郷?」


 義景の言葉に、何進はそう言って俺を見る。


「事実でございます、閣下。私が敵本陣にて、張蔓成と対峙した際、張蔓成本人から、張角が逃げおおせたことは自分ともう一人の将しか知らないという証言を確認しており、実際、賊兵一人一人は張角が本陣にいると思い込んでいました」


 俺はそう言って、義景の隣で跪き、頭を下げた。


「北郷の言う通り、そもそも黄巾賊の中でも、張蔓成ともう一人の将しか知らない情報を、我々が知り得ることができるはずがありません。案の定、この済南の地に集まった全ての諸侯は、敵本陣に張角がいるものだと思っていたようですし……それは、閣下も同様でございましょう?」


 俺の言葉の後に続き、義景はそう言って何進を見つめる。


「はっ、なるほど……。まあ良い……。それで、わざわざ張蔓成の首を私に献上して、一体何が目的だ?」


 ズイッと身を乗り出し、何進は義景に近付く。


「…………我々が統治権を有することができる領地……。それを所望致します」


「何だと?」


 義景の言葉を聞いた途端、何進は表情を険しくした。


 実際、それは俺も驚いた。


 あまりこういう言い方はしたくないが、張蔓成の首にそこまでの価値があるとは思えない。


 良くて報奨金がいくらか渡される程度だろうし、義景がそれに気付いていないというのはちょっと考えられない。


 にも拘わらず、堂々と領地を求めるということは、何か考えがあるのだろうか?


 いや……あるだろうな。


 義景は考えなしにそんなことを言う奴じゃない。


 そう思いながら、俺はふと桃香様に目を向ける。


 桃香様はジッと何進を見つめ、この成り行きを見守っているようだ。


 その姿に動揺の類いは見受けられない。


 つまり、この話は事前に義景としていたってことか……。


「陶応? お主、本気で言っておるのか? いくら何でも、妄言が過ぎるのではないか?」


 呆れた表情を浮かべ、何進はそう言った。


「無論、ただでこの条件を呑んで貰おうとはおもっていません」


「ほう……? では、他にも何かあると?」


「いえ、物ではありません。……閣下、張譲なる人物はご存知ですね?」


「っ! お主……何故奴の名を今ここで出す?」


 何進は驚いた表情で義景を睨む。


 が、義景はその問いには答えず、話を続ける。


「私が手に入れた情報では、張譲は皇帝陛下に“我が父”などと言われる程頼りにされているようですが……それを良いことに、宮廷における権力を欲しいままにし、好き放題私服を肥やしているようですね? そして、当然それに反発する勢力も生まれた。そこで一つおうかがいしたいのですが……その勢力の筆頭が閣下であるというのは、本当ですか?」


「はっ……お主がどこでその情報を手に入れたかは知らんが……それは事実だ。で、それが何だというのだ?」


 何進は忌ま忌ましげに顔を歪めると、そう尋ねる。


「張譲を始めとする十常侍と呼ばれる者達の権力は絶大です。特に張譲は、河東太守董卓という切り札も持っています。閣下もご存知かと思いますが、董卓軍は、飛将軍呂布、神速の張遼、猛将華雄、この三名が将として兵を率いています。失礼を承知で言わせて頂きますが……いくら閣下の勢力が軍属中心とはいえ、董卓軍を相手取るには少々厳しいのではないでしょうか?」


 そう言って、義景はそのギラつく目を何進に向けた。


「そんなことは分かっている! お主は何が言いたいのだ!?」


 ついに業を煮やしたのか、何進は険しい表情でそう怒鳴った。


「……私が言いたいことはただ一つ。張譲が董卓を切り札とするならば、今後は我等が閣下の切り札となりましょう」


「……何?」


 そう言って、義景は何進に頭を下げる。


 っていうか、俺達が何進の切り札って、どういうことだ?


 それって、何進に従属するってことだろう?


 おいおい……そんなこと言って良いのかよ?


 桃香様はどうなる?


 俺達の主君は桃香様だろ?


 そう思いながら、俺は桃香様に視線を向ける。


 真剣な表情で、少なくとも“表面上は”義景と何進の話を聴き入っているように見える。


 だが、俺は気付いた。


 何でもなさそうな表情の下で、桃香様の両手はスカートの裾をギュッと握り締め、微かに震えている。


 その手が、桃香様の心境を物語っていた。


 まあ、こんなにギリギリな交渉をしているのだから、不安がるなという方が無理だろう。


 だいたい、臣下である俺ですら不安なのだ


 君主である桃香様は、もっと不安だろう。


 それでも、桃香様は前を向いて交渉の場から目を逸らさないのだから、大したものである。


 そう思いながら、俺は視線を義景に戻す。


「陶応、お主のいる軍は、董卓軍を撃破できる、そういうことか?」


「それにつきましては、実際に戦ってみないことには何とも……。ですが、我が軍の将、関羽と張飛の両名は、共に一騎当千の武を誇っています。故に、少なくとも対抗することはできる、そのように思う所存でございます。ただし、兵力と財力が安定すればの話ではございますが……」


「……だから領地を寄越せ……か」


「はい」


 何進の言葉に、義景は真剣な表情で頷く。


 なるほどな。


 つまり、俺達が安定した兵力と財力を持つということは、何進にも得がある、ってことか。


「お主の意見は分かった。なるほど、確かに両者にとって悪い話ではないな。だが私は、劉備、お主の意見を聞いておらぬ。お主の軍師はこう申しておるが、お主はどう考えておるのだ?」


 そう言って、何進は桃香様を見つめる。


「今、彼が発言した内容は、私と軍師達で決めたものです。故に、その発言の責任は、君主である私にあります。もし、今言った発言に対して私の軍が反抗するようなことがあれば、その時は全ての責任を取って、君主である私の首を捧げましょう」


 桃香様はそう言って、力強い目で何進を見つめた。


「……覚悟はある、ということか……。……良いだろう。その話、乗ってやる」


「本当ですか!?」


 何進の言葉に、桃香様は嬉しそうな表情を浮かべた。


「ただし、決して私を裏切るなよ? そのような真似をすれば……分かっているな?」


「もちろんです」


 ギロリと桃香様を睨む何進を前に、桃香様は頭を下げる。


「よろしい。では、今後の話は、こちらから使者を送る」


 何進の言葉に、義景も桃香様も安心した表情を浮かべた。


 どうやら、話は穏便に済んだようだ。


 二人の表情を見て、知らず知らず俺も安心した表情を浮かべた。








 話が纏まり、何進の天幕から出た俺達は、自軍の天幕へ戻っていた。


「それにしても、びっくりしたよ。まさか何進と手を結ぶとはね……」


 俺はそう言って、義景に視線を向けた。


「ふっ……。一刀、君はこの策を、僕が考えたと思っているだろ?」


 ニヤリと笑い、義景も俺に視線を向ける。


「は? お前じゃないのか?」


「ふふふ……一刀さんもやっぱりそう思った? でも実は違うんだよね」


 そう言って、桃香様はクスクスと笑う。


「えっ……義景じゃないんですか?」


 そんな桃香様に、俺は以外そうな表情を向けた。


「実はね、この策を考えたのは、朱里ちゃんと雛里ちゃんなんだよ」


 そう言って、桃香様は嬉しそうな表情を浮かべた。


「あの二人がですか!? ……まあ、あの二人ならこれぐらい考えそうですけど……」


 俺が言うのも何だが、あの二人はまだ未熟だった。


 もちろん、経験不足という意味でだが……。


 でも――


「そっか、あの二人が……」


 そう呟きながら、俺は納得していた。


 例え今はまだ未熟だとしても、あの二人は“臥龍鳳雛”と呼ばれる程の逸材だ。


 これくらい考えついたとしても、不思議ではない。


「あの二人も成長しているのさ。しかも、あの二人は自分がまだ交渉に不慣れなことを理解し、僕にそれを託した。自分の弱点に目を向けることは、中々できることじゃない。本当に、成長したよ」


 嬉しそうな表情で義景は微笑む。


 義景は特にあの二人には色々と教えていたからな。


 妹分の二人の成長は、やっぱり嬉しいんだろうな。


「朱里ちゃんと雛里ちゃんが私の所にいて良かったよ。私も頑張らないと!」


 そう言って、桃香様は胸の前で握り拳を作る。


「桃香はまず、一人で財務表を見れるようにならないとな?」


 ニヤリと笑いながら、義景はそう言う。


「うぅっ……頑張りますぅ……」


 先程の表情から一変し、ガックリと肩を落とす桃香様。


「ハハハ……」


 俺は苦笑しながらそれを見た。


 一人で財務表が見れないんだ……。


 まあ、完璧な人なんていないもんな。


 俺だって、じいちゃんに比べれば、まだまだ未熟。


 もっともっと研鑽けんさんを積まないとな。


 そう思いながら、俺は和やかに話す義景と桃香様の邪魔をしないよう、静かに後ろに控えるのだった。










 そんな俺達の下に、袁紹が張角を討ったという知らせが届くのは、今から二日後のことである。







side out







side 審配



「おーっほっほっほっ!」


 隣の玉座に座る麗羽様は、ご機嫌な表情で高笑いをしている。


 いくら演技とはいえ、この高笑いは疲れるだろうな。


 そう思いながら、俺は玉座の隣で直立姿勢を保っていた。


「審配さん、この度は本当によくやりましたわ! 皆さんも、審配さんを見習うのですよ?」


「私は大したことなどしていません。司隷校尉という役職を授かることが出来たのは、ひとえに本初様の“実力”があってこそでございましょう」


「審配さん、事実とはいえ、誉め過ぎですわよ? おーっほっほっほっ!」


 そう言って、麗羽様は大袈裟に髪をなびかせた。


 俺はチラリと横を見る。


 そこには、忌ま忌ましそうに歯ぎしりをする、郭図かくとの姿があった。


 なるほど、麗羽様の言う通りだな。


 麗羽様曰く、この男こそが、袁家に巣くう害虫共の筆頭なのだそうだ。


 まあ、そんな奴からすれば、ポッと出の、しかも元黄巾賊の俺が、麗羽様に重宝されていることが屈辱的なのだろう。


 さて、そんな奴を相手に、どうやって接触を図るか……。


 そんなことを考えながら、俺は今朝麗羽様と交わした会話を思い起こしていた。







「郭図……ですか?」


 そう言って、俺は麗羽様に渡された書類を見つめる。


「えぇ……この男こそが、わたくしの家に巣くう害虫の筆頭ですわ」


 忌ま忌ましげな表情を浮かべながら、麗羽様はそう答えた。


「しかし麗羽様、不正の証拠がこれだけあるなら、わざわざ泳がせる必要はないと思うのですが……」


 俺はそう言って、麗羽様に向き直る。


「確かに、郭図個人の不正を上げるだけなら、それだけで充分でしょうね。ですが、例え今郭図を処断したとしても、また第二、第三の害虫が現れるだけ。それでは意味がありませんわ」


「つまり、害虫共を一網打尽にする……と?」


「そういうことですわ。そのためには、伸、貴方の力が必要不可欠ですのよ?」


 そう言って、麗羽様は柔らかく微笑む。


「俺が……ですか? 失礼ですが、俺に害虫共を翻弄するだけの頭脳はないと思いますが……」


 俺は困った表情を浮かべながら、麗羽様を見つめる。


 そう、俺にそんな能力はない。


 第一、俺には軍師のような仕事はできない。


「ああ、そうではありませんわ。伸、貴方には、斥候として郭図の一派に加わって欲しいのです。今の貴方は、非常にそれに適していますから」


「何故適しているのです? 俺は今まで、斥候なんてやったことはないですよ?」


「理由は一つですわ。貴方は最近この袁家に来ました。故に、郭図の息がかかっていません。そう考えれば、貴方は一番信用できます。それに、郭図は私と貴方との間にあるこの関係を正しく理解していません。大方、貴方が私に媚びを売って、気に入られている程度にしか思っていないでしょう。だからこそ、その認識の違いに付け込みます」


「なるほど……」


 麗羽様の言葉に、俺は頷きながら納得する。


「別に、難しいことをやれとは言いません。やることは一つ。敢えてわたくしを裏切り、郭図の味方になるフリをして、郭図一派に所属する者達を割り出して欲しいのです。できますか?」


 そう言って、麗羽様は俺を見つめる。


 どうやら俺は、麗羽様に期待されているらしい。


 ならば――


「できます。いえ、やらせてください!」


 俺にはその期待に全力で応える義務がある。


 麗羽様は俺を拾ってくれた。


 その恩義に応えずして、何が武人か!


「よろしい。では、頼みましたよ?」


「お任せを」


 そう言って、俺は麗羽様に頭を下げた。







 そんな朝の会話を思い出しながら、俺は郭図の部屋の前に立っていた。


 先程、軍議(そう呼べるかどうかは甚だ疑問だが)は無事終わり、俺はすぐに行動を開始した。


 侍女の一人に、郭図へ話したいことがあるという旨を伝えに行って貰い、先程侍女が帰ってきた。


 侍女によると、郭図は“私の執務室に来い”と言ってきたようだ。


 俺は侍女に礼を言うと、すぐに郭図の執務室へ向かった。


 そして今に至る。


 さてと……ここまでは麗羽様の読み通りか……。


 だが、ここからは違う。


 郭図は、腐ってもこの軍の筆頭軍師だ。


 そんな男が、そう易々と部外者の俺を信用する訳がない。


 気を張っていかねば……。


「郭図様、審配でございます」


「…………入れ」


 俺は扉の前でそう告げると、郭図は一言だけそう言った。


「失礼致します」


 そう言って、俺は執務室に入った。







「それで、貴様の話したいこととは何だ? 私も忙しくてね。あまりくだらぬ話には付き合ってられんのだが?」


 心底面倒そうな表情を浮かべながら郭図はそう言って、机の書簡に筆を入れている。


 話を聞く前から“くだらぬ話”……か。


 加えて、俺が話をしているのに、視線をこっちに向ける気配すらない。


 ナメやがって……。


「お忙しい中、時間を取って頂き、ありがとうございます。まあ、用件としましては、一つ確認しておきたいだけですから、すぐに終わりますよ」


 俺はそう言って一息入れると、間髪入れずに切り込んだ。


「郭図様は……一体どのようにして袁家の財を横領しているのでしょうか?」


 俺の一言に、郭図の筆がピタッと止まる。


「…………何のことだ?」


 顔を上げた郭図は、ジロリと俺を見据える。


「おや、お惚けになられるのですか? この書簡を見る限りでは、どう見ても横領の跡がうかがえるのですが……」


 わざわざ見せつけるように書簡を広げ、困った表情を浮かべながら、俺は郭図を見つめた。


「………………」


 苦虫を噛み潰したような表情の郭図は、何も話さず俺を睨む。


 まあ、そりゃあ言い訳できねぇよな。


 この書簡は、麗羽様から渡された、郭図が不正を行った決定的証拠なのだから。


「こんなに分かりやすい横領を、本初様は何故気付かないんでしょうね?」


 もちろん嘘だが、俺は敢えてわざとらしく首を傾げる。


「貴様……何が目的だ? ……金か?」


 俺を睨みつけながら、郭図は一言そう言った。


 まったく……下世話な野郎だ。


 こういう奴は、基本金で何でも解決できると思ってやがる。


 まずその根性が気に食わないし、何より麗羽様を苦しめていることが腹立たしい。


「いいえ、私が欲しいのは金ではありません」


「では何だ? 女か?」


「それも違います。郭図様……私は、安定が欲しい。つまり、郭図様の一派に、私をお加え頂きたい」


「何……?」


 郭図は怪訝な表情を浮かべながら、そう呟く。


「悪い話ではないと思いますよ? 何せ、私は何故か本初様に気に入られているようですからね。私を一派に加えて頂けるなら、貴方達に有利な献策を、私が本初様に口添えすることで、今より通しやすくしてみせましょう。どうです? 素晴らしい協力関係だとは思いませんか?」


 うやうやしくそう言いながら、俺は郭図の机に両手を乗せた。


「貴様……中々面白いことを言うな?」


 ニヤリと笑いながら、郭図は腕を組んだ。


 食いついた!


 一瞬、俺の体の中で緊張感が走るが、即座に心を鎮める。


「……良いだろう。貴様を我が一派に迎えてやる。ただし、まずは貴様の実力を見せてもらおうか?」


「私の実力……ですか? 一体何を?」


「何、そんなに難しいことではない。ちょうど、我等で考えた策を一つ、献策しようと思っていてね。袁紹様にどう説明しようか悩んでいたところなのだよ。故に、貴様は今からこの策を袁紹様に届け、そこで貴様がどこまで袁紹様を説得できるか、計らせて貰う」


 そう言って、郭図は俺に一つの書簡を渡した。


 なるほど、試そうって訳か。


 中々警戒心が強いな。


「今、私の目の前であれだけの啖呵たんかを切ったんだ。当然、できるよなぁ?」


 威圧的にそう言って、郭図は俺をジッと見つめる。


「……無論です」


 俺の言葉に、郭図はニヤリと笑った。


「ふんっ……精々頑張ることだな……。話はこれで終わりだ。今すぐ行ってこい」


「はっ」


 俺は郭図に一礼すると、いそいそと執務室を出て行った。








「そう……郭図がそんなことを……」


 眉間にシワを寄せながら、麗羽様は郭図に渡された書簡を睨む。


 麗羽様の執務室に戻った後、二人きりになるのを確認し、俺は麗羽様に先程の郭図との会話の内容を説明した。


「まったく……見れば見るほど、酷い策ですわ。新しい馬車を製造させるのに、どうしてこんなに代金がかかるのかしら? まあ、あの者達は、わたくしが馬車の相場を知らないと思っているからこそ、ここまで派手に嵩増かさまし請求をするのでしょうけれど……。正直、ここまでナメられると、流石に腹が立ちますわ」


 溜息をつきながら、麗羽様は持っていた書簡を机に置いた。


「それにしても、郭図は意外と警戒心が強いんですね? まさか、俺を計るだなんて言われるとは思っていませんでした」


 俺がそう言うと、麗羽様は苦笑を浮かべた。


「確かに、警戒心だけは人一倍強いでしょうね。ここまで派手に不正を繰り返しているのにも拘わらず、中々尻尾を出してくれないのですから。貴方に渡した不正の証拠も、最近になってようやく掴んだものですし……。まあ、今回はようやく釣り針に引っ掛かってくれたようですけどね」


「そのようですね。では、第一段階は完了と見てよろしいですか?」


 俺はそう言って、麗羽様を見つめる。


「……我が袁家の財を、あの者達に渡す形になるのはいささか不愉快ですが……まあ、致し方ないでしょう。今は一刻も早く、郭図一派を洗い出す必要がありますから……」


 麗羽様はそう言って、疲れた表情を浮かべた。


「……心中、さぞお苦しいかと思いますが、もうしばらくの辛抱です。必ずや、俺が連中の情報を引っ張り出してみせますから」


 麗羽様は今まで、たった一人で戦い続けてこられた。


 さぞ、辛く、孤独な戦いだっただろう。


 だが、今はもう俺がいる。


 麗羽様も俺を信頼してくださっている。


 なら、俺がその期待に応えずして、誰が応えるというのか。


 俺が麗羽様を支えるんだ。


「……ありがとう、伸。貴方が我が袁家に来てくれて、本当に良かったと思いますわ」


 そう言って、麗羽様は朗らかに笑った。


「はっ、ありがたき幸せ」


 俺は麗羽様の前で静かに頭を下げた。


「……そのように畏まらなくとも良いですわ。せっかく二人だけの秘密を共有していますのに、何だか距離を感じてしまいますの……」


「……はい?」


 そう言って、麗羽様は身を乗り出して、頭を上げた俺に顔を近付ける。


 何だ?


 麗羽様の様子が……変わった?


「若い男女が二人きり……。つまり、そういうことですわ」


 そう言って、麗羽様は妖艶な表情を浮かべる。


 おいおい……これってまさか……!


 そうこうしている内に、麗羽様の顔がドンドン近付いてくる。


「なっ、えっ、ちょっとっ!?」


 みるみる内に顔が赤くなるのを感じる。


「伸……」


 頬を桃色に染めた麗羽様は、とうとう目を閉じた。


 ああ……これはヤバい。


 そう思った瞬間、俺は動いた。


「だっ、駄目です! 麗羽様!」


 俺はそう叫び、後ろに飛び退いた。


 勢い余って尻餅をついてしまったが、そんなことはどうでも良い。


 とにかく、今の麗羽様は変だ!


 近くにいたら、理性が持たん!


 そう思いながら、麗羽様に視線を移すと――


「クックックッ…………アハハハハ!」


 腹を抱えて笑い出した。


 ……どういうことだ?


「ククッ……伸、貴方今、本気にしましたわね?」


 そう言って、麗羽様は目に溜まった涙を拭う。


 ……ああ、そういうことか。


 つまり、俺はからかわれた訳だ。


「ふふっ……耳まで真っ赤にしちゃって……意外と可愛いところもあるのですね?」


「……勘弁してください。心臓に悪いです……」


 気恥ずかしさを抑えながら、俺は麗羽様から視線を外す。


「でも、距離を感じるというのは本当ですわ」


「そっ、そうでしたか? そんなつもりは……」


「貴方がわたくしのために努力していることはちゃんと分かっています。ですが、もっと身近な存在になって欲しいのです。現在、この袁家で信じられるのは、貴方だけですから……」


「麗羽様……」


 まあ、そうだよな。


 信頼できる人が周りにいないなんて、そんなの辛すぎる……。


 いくら当主とはいえ、麗羽様はまだ十代の女性だ。


 寂しくない訳がない。


「麗羽様、俺にできることなら、何でもおっしゃってください」


 俺はそう言って、麗羽様を見つめた。


「そう……なら、わたくしと二人きりの時は、敬語や様付けをやめて頂けますか?」


「えっ……?」


「駄目……ですか?」


 ……反則だ。


 そんな寂しそうな表情で言われたら、断れるはずがない。


「……分かった。これで良いか? 麗羽?」


「えぇ、よろしいですわ!」


 そう言って、麗羽様……麗羽は嬉しそうに微笑んだ。


 まったく……そんな表情を見たら、守ってやりたくなるじゃないか。


 寂しい思いは、もうさせない。


 俺は、そう固く心に誓うのだった。










 ちなみに、麗羽の嬉しそうな笑顔に、一瞬心が高鳴ったのは、俺だけの秘密である。








side out







side ???



「七乃ー! 蜂蜜水の準備はできておるのかえ?」


 我が主君である、袁術様こと美羽お嬢様は、慌ただしく動き回りながらそう言った。


「お嬢様、そんなに慌てなくても大丈夫ですって。凰蓮ふぁんれん様をお出迎えする準備は、もう終わりましたよ?」


 私はそう言ってお嬢様を落ち着かせる。


「うぅむ……七乃、凰蓮殿はいつ来るのじゃ?」


 お嬢様は私を見つめ、楽しみを抑え切れない表情を浮かべる。


 うん、今日もお嬢様は可愛い過ぎますね。


 眼福眼福♪


「多分、もうすぐお着きになられると思いますよ? まあ、城門では雄聖ゆうせいさんが待っていますから、何も問題ないかと。凰蓮様がおいでになられた際には、侍女を送って知らせると言っていましたし……」


「む、そうなのか? まあ、雄聖なら悪いようにはならんと思うが……」


 そう言って、お嬢様が溜息をつきながら玉座に座ったその時――


「失礼致します」


 一人の侍女が、玉座の間にやってきた。


 噂をすればなんとやら……ですね。


 そう思いながら、私は侍女の報告に耳を傾ける。


「孫堅様御一行が到着なされました。今、紀霊将軍がこちらまで案内されるそうです」


「おぉっ、来たか! 七乃! すぐにもてなしの用意じゃ!」


 侍女の言葉に、お嬢様は太陽のような笑顔でそう言った。


 ああ……可愛いなぁ……。


 っと、そうじゃなかった。


「あの〜お嬢様? 気持ちは分かりますが、それより先に、凰蓮様の用件を聞いてからの方が良いと思うんですけど……?」


 苦笑を浮かべ、私はお嬢様に語りかけた。


「何を言っておる! 凰蓮殿は疲れているはずじゃ。ならば、先にもてなした方が良いじゃろう!?」


 お嬢様は鼻息荒くそう言い放つ。


 うーん……困った。


 お嬢様の言うことも分かるけど、今回凰蓮様はかなり重要な話を持ち込んでくるようだし……。


「公路様、もう一つご報告が」


 私がそう思っていると、侍女はそう言ってお嬢様の前にひざまずいた。


「ん? 何じゃ? 妾は今、忙しいんじゃが……」


「はい、申し訳ございません。ですが、紀霊将軍から伝言を承っているのです」


「伝言じゃと? ……良いじゃろう。申してみよ」


「はい……。紀霊将軍からは、“あまりはしゃぎ過ぎるな”と公路様に伝えるよう言われました」


「っ!」


 侍女がそう言った瞬間、みるみる内にお嬢様は顔を紅潮させる。


「では、失礼します」


「はい、ご苦労様です」


 苦笑を浮かべ退室する侍女に、私も苦笑を浮かべながら労いの言葉をかけた。


「…………」


「あの……お嬢様?」


 今だ顔を赤くさせてうつむくお嬢様に、私は声をかける。


「……七乃……」


「はい?」


「妾は……はしゃいでおったかえ?」


「……はい、残念ながら……」


 私がそう答えると、お嬢様は恥ずかしそうに玉座に座った。


「じゃから今朝方から侍女達が生暖かい微笑みを妾に向けておったのか……。うぅ……恥ずかしい所を見られたのじゃ……」


「アハハ……少しは落ち着かれましたか?」


 耳まで赤くなったお嬢様の姿に、私は苦笑を浮かべる。


「まあまあ、お嬢様、気を取り直してください。もうすぐ凰蓮さんが来ますよ?」


「……そうじゃな……」


 溜息をつきながら、お嬢様はそう呟く。


 その時、玉座の間の扉を叩く音が響く。


「……来たようじゃな」


「ですね」


 互いに顔を見合わせ、そう言って居住まいを正した。







 “江東の虎”


 孫文台を知る人々は、彼女のことをこう評する。


 この“虎”という渾名あだな、何も彼女の風貌が虎のようだからついた訳ではない。


 南部地方特有の黒肌を持つ彼女自身は、容姿端麗で桃色の美しい髪を持ち、妖艶な体つきと勝ち気な笑みを常に浮かべ、“虎”とは似ても似つかない風貌である。


 そんな彼女が“江東の虎”と評されるのには、彼女のこれまでの生き様が関係している。


 彼女がまだ十代の頃、彼女は義勇軍を結成し、呉の富春周辺を根城としていた海賊達を一網打尽。


 この働きが評価され、彼女は司馬の役職に就く。


 そして、彼女は江東一帯で起こった反乱を鎮圧し、その功績により、各地方の太守を歴任することとなった。


 その後、韓遂が起こした“涼州の乱”鎮圧のため、司空の張温、幽州刺史の陶謙らと共に出兵した。


 一年にも渡る激戦であったが、見事に反乱軍を鎮圧。


 その功績から別部司馬べつぶしばに就任、そして現在は、三年前まで太守を務めていた盧植の後任として、廬江(ろこう)太守を任され、今に至る。


 このように、彼女は常に戦場で戦い、勝利を収めてきた。


 さらに言えば、戦場での彼女は、一騎当千の強さを誇り、たった一代で大陸全土に孫家の名を知らしめた。


 故に、そんな彼女だからこそ、人々は畏敬の念を込め、彼女を“江東の虎”と呼んだ。


 そして……今、私達の目の前には、“江東の虎”孫堅こと凰蓮様と、その忠臣、黄蓋こと祭さんがいつものように勝ち気な笑みを浮かべて佇んでいる。


「美羽ちゃん。忙しいこの時期に、このような歓迎、感謝するわ」


「構わんのじゃ。凰蓮殿には妾も世話になっておるからの。これくらい当たり前じゃ」


 凰蓮様の言葉に、お嬢様はにこやかに答えた。


「祭殿もご苦労じゃった。我が領内の良質の酒を用意した故、今宵の宴は楽しみにしてくれなのじゃ」


「ほう……これは、老体に鞭を打って堅殿に着いてきた甲斐がありましたな?」


 お嬢様がそう言うと、祭さんがニヤリと笑う。


「雄聖も、案内ご苦労じゃった」


「ん……」


 私の隣に立つ黒髪の青年、雄聖さんこと紀霊将軍が、お嬢様の言葉に頷く。


「ふむ……雄聖は一段と良い男になったわね? どう? ウチの雪蓮の婿にならない?」


「「なっ……!?」」


 ニヤリと笑い、突如そう言った凰蓮様に、私とお嬢様は絶句した。


「あー……凰蓮様? そこまで評価して頂けるのはありがたいんですが、そんなことを言うと……」


 雄聖さんは苦笑を浮かべながらそう言った。


 けど、今はそんなこと気にしている場合じゃない!


「だっ、駄目です!」


 私はそう叫んで、隣の雄聖さんの腕に抱き着き、凰蓮様を涙目になりながら軽く睨む。


「雄聖さんは私のですっ! 雪蓮さんにはあげませんっ!」


「……こうなると言おうと思ったんですが……もう遅いですね……ハァ……」


 私の言葉に、雄聖さんが溜息をつく。


「どうして溜息をつくんですか! もしかして、雪蓮さんの婿になる気だったんですか!?」


「おい待て。そんなこと一言も言ってないだろ!?」


「じゃあ何で……!?」


 困った表情を浮かべる雄聖さんに、私は睨みながら問い詰める。


「のぅ、七乃? そこまでムキにならんでも良いじゃろう?」


 苦笑を浮かべながら、お嬢様はそう言う。


「お嬢様、何を言っているんですか!? 雄聖さんが婿に行くということは、私達の軍から一人将軍がいなくなるということですよ!?」


 キッとお嬢様に視線を向け、私がそう言うと、お嬢様は顔を青くする。


「そっ、それは確かにヤバいのじゃ……。凰蓮殿、悪いんじゃが、雄聖はやれな……凰蓮殿?」


 お嬢様は凰蓮様に視線を向けると、そう言いかけた。


 ん?


 何で途中で止まった?


 そう思いながら、私も凰蓮様に向き直る。


 すると――


 凰蓮様が、プルプルと体を震わせながら、笑いを堪えていた。


「クフッ……アッハッハッハッ! 相も変わらず貴女達は面白いわね! 冗談に決まっているじゃない」


 そう言って、凰蓮様はひとしきり笑う。


「まったく……凰蓮様、少々意地が悪いですよ?」


 呆れた表情を浮かべ、雄聖さんが溜息をつく。


「やれやれ……堅殿、あまり若い二人をからかい過ぎるのも野暮ってもんじゃろうて……」


「フフッ……二人共、ごめんなさいね?」


 苦笑を浮かべながら祭さんがそう言うと、凰蓮様はクスリと笑う。


 うーん……からかわれてしまった。


 私は思わず頬が熱くなる。


「むむ……まあ、冗談ならば良いんじゃが……。まあ良い。凰蓮殿、今日は何故なにゆえ妾の下にやってきたのじゃ?」


 気恥ずかしそうにしながら、お嬢様は強引に話を変える。


 凰蓮様もそれを分かっているのか、苦笑を浮かべながら口を開いた。


「実はね……そろそろ雪蓮に家督を譲ろうかと思っているのよ。今日はその報告に来たの」


「……凰蓮殿、それは、隠居するということかえ?」


「体も昔のようには動かなくなってしまったし、ゆくゆくはそうしたいわね? けど、まだそれは無理。一応、私はまだ別部司馬の役職に就いているから、隠居なんてできそうもないでしょうし……。とりあえず、今のところは、雪蓮の教育係といった感じかしらね。まあ、孫家の中で最終決定権を持つのが雪蓮に替わったということだけ覚えてくれれば、今はそれで良いわ」


「そうじゃったか……。まあ、凰蓮殿がそう決めたのなら、妾は何も言わん」


 そう言って、お嬢様は少し寂しそうな表情を浮かべた。


 お嬢様の母上、袁逢様はお嬢様がまだ幼かった頃に亡くなった。


 その所為か、お嬢様は凰蓮様を母のように思っていたのだろう。


 私達がその代わりをできなかったことは悔しいが、こればかりは致し方ない。


 凰蓮様はその武勇の割に、身内に対しては溢れんばかりの母性を見せる。


 その器の大きさに、お嬢様は惹かれたのだろう。


「もう……そんな寂しそうな顔をしないで頂戴。今日は小蓮も来てるのよ?」


 苦笑を浮かべ、凰蓮様はそう言うと、お嬢様の表情が変わった。


「シャオが来ておるのか!?」


「えぇ。小蓮も貴女に会いたがっていたわ。会ってあげて貰えないかしら?」


「もちろんじゃ! あっ……でも、二人をここに置いていく訳には……」


 そう言って、お嬢様は気まずそうに凰蓮様と祭さんを見る。


 最近ではこういう気遣いもできるようになった。


 子供の成長というのは、本当に早いとつくづく思う。


 まあ、お嬢様は今年で十三歳になったので、もう子供とは言い辛くなってきたけど……。


「私達のことなら構わないわよ? そこの二人と、世間話でもするわ。ねぇ、祭?」


「そうですな。美羽殿も、儂達(わしら)のことは気にせず、小蓮様に会ってやってくだされ」


 柔和な笑みを浮かべ、凰蓮様と祭さんはそう言った。


「……七乃、雄聖、二人のことを頼んでも良いか?」


 私達の方へ向き直ると、お嬢様は上目遣いで尋ねる。


 あぁ……可愛いなぁ……。


「はい、大丈夫ですよ、お嬢様」


「ああ、俺達のことは気にせず行ってこい。……それと、七乃はその緩みきった顔を何とかしろ」


 私達はそう言って、お嬢様に笑みを向けた。


「では、頼んだぞ! 凰蓮殿と祭殿は、ゆっくりしていってくだされ!」


 そう言って、お嬢様は一目散に玉座の間を飛び出した。


 ちなみに、顔の緩みはもうどうしようもない。


 お嬢様が可愛い過ぎるのがいけないのだ。









side out









side 袁術



 凰蓮殿を七乃達に任せ、妾は孫家の一団が陣を張っている広場に向かっておった。


 この広場は、妾が七乃に命じて用意させた城内広場であり、当然場所なら知っておる。


 それにしても……シャオと会うのは何ヶ月ぶりじゃろうか?


 まあ、妾は前よりも“大人の女”らしくなったからのぅ。


 胸も、以前より一分(いちぶ=約3ミリ)程大きくなった。


 きっとシャオは驚くに違いないのじゃ!


 ニヤリと笑いそんなことを思いながら、妾は広場に繋がる通路を駆けた。







 通路を通り抜け、広場に出ると、眼前には孫家の一団が陣を張り休んでおった。


 相も変わらず朱の目立つ軍勢じゃな。


 まあ、凰蓮殿は朱が良く似合うからのぅ。


 これもまた、凰蓮殿らしいといったところか。


 これは妾の憶測じゃが、凰蓮殿はわざと目立つ色を使っているのではなかろうか?


 生まれた時から既に名の知れた名家じゃった妾と違い、凰蓮殿は名も知れぬ地方の武人から始まった。


 じゃから、敢えて目立つ色を使い、少しでも大陸に己が孫家の名を広めようとした。


 もちろん、そんなことをしなくても、凰蓮殿の実力を以ってすれば、放って置いても名は広まっておったじゃろう。


 じゃが、凰蓮殿はあれでいてお優しい方じゃ。


 恐らく、孫家の繁栄のためなら、それくらいやるはず。


 まあ、名の広まった今となっては、孫家を象徴する色となっておるから、凰蓮殿が当初どう思っておったかなどは、瑣末事さまつごとでしかないのじゃろうな。


 それでも、妾はそんな優しさを持つ凰蓮殿を尊敬しておる。


 元々、幼い頃に母上を亡くした妾には、家族と呼べる者がおらんかった。


 まあ一応、七乃や雄聖がそれに当たるのであろう。


 じゃが、あの二人からはどこか部下としての一線を感じておった。


 ……まあ、今思えば、妾は寂しかったのであろう。


 誰を信じて良いか分からず、心細い思いをしておった、そんな時じゃったな。


 賊退治のため、妾の領地での武力行為の許可を求めに凰蓮殿が現れたのは。


 最初、妾は凰蓮殿が発する覇気が恐ろしゅうて怯えておった。


 じゃが、そんな妾を馬鹿にせず、凰蓮殿は優しく微笑んでくれた。


 恐らく、その時からなんじゃろうな。


 凰蓮殿のその優しさに、母上のような暖かさを感じたのは……。


 それからというもの、凰蓮殿率いる孫家とは何かと関わるようになり、軍事的、商業的にも同盟を結び、今も良好な関係を続けておる。


 そして、妾にとって親友とも言える者との出会いもあった。


 あの時、凰蓮殿と出会っておらんかったら、妾は一体どうなっていたんじゃろうか……?


 ……恐らく、ずっと孤独なままなんじゃろうな。


 尊敬できる者、見本となるような者はおらず、友と呼べる者すらいない。


 残るものは、名門出身という肩書と、虚栄だけが膨れ上がった価値のない自尊心だけ。


 ……想像するだけでも恐ろしいのじゃ……。


 身震いしながら、そんなことを思っておると、眼前の陣に、孫家の臣下達に混じって見慣れた桃色の髪の少女がおった。


 妾は思わず頬が緩む。


「シャオ!」


 大声でそう呼ぶと、妾の声に気付いたシャオが破顔した。


「美羽!」


 シャオはそう叫んで、妾の下まで駆けてくる。


 妾の目の前まで来ると、シャオは駆けてきた勢いのまま、妾に抱き着いた。


「久しぶり! 美羽!」


「うむ! シャオも壮健そうで何よりなのじゃ!」


 数ヶ月ぶりに感じる親友の温もりに、妾は心の底から喜びを感じた。


「あれ? 美羽がここにいるってことは、お母様と祭は……」


「二人なら、七乃達と何やら世間話をしておるぞ」


「へぇ……? 美羽はその場にいなくて良いの? 一応、美羽はこの寿春の太守でしょ? いた方が良いと思うけど……」


 そう言って、シャオは不思議そうな表情を浮かべる。


「うむ……妾も最初はそう思っておったんじゃが、凰蓮殿が構わぬと言ってくれてな。それでシャオに会いに来たんじゃ」


「そうだったんだ……」


「まあ、そういう訳じゃから、今日はしばらくシャオと一緒にいれるのじゃ!」


「そっか! じゃあ、美羽に頼みたいことがあるんだけど……」


 そう言って、シャオは胸の前で手を合わせる。


「何じゃ?」


「前にさ、“実際に蜂蜜を採ってる瞬間は迫力満点じゃ”って、美羽は言ったでしょ? その時から、シャオも見てみたいって思ってたんだよね」


「おぉっ! そうじゃったのかっ!? ならば、今から行ってみるか?」


「良いの?」


「うむ、勿論じゃ!」


 得意げな表情を浮かべ、妾は胸を張る。


「やった! じゃあ、今から雪蓮お姉様に言って来るから、ここで待ってて?」


「む? ああ、シャオ、待つのじゃ。雪蓮殿はもうすぐ家督を継ぐのじゃろう? 一言祝辞でも言いに行きたいからの。妾も雪蓮殿のところへ行くのじゃ」


「そう? じゃあついて来てっ!」


「うむっ!」


 妾はそう言って、シャオの背中を追った。






 シャオの背中を追い、シャオ達が使っている天幕へ戻る。


 シャオ達孫家の天幕は、一般の兵達の天幕と違い、真っ赤に染められているので、見つけるのは簡単じゃのう。


 そんなことを思っていると、その天幕の前で、雪蓮殿とその父君、程普ていふこと陽昇ようしょう殿が何やら話し込んでいた。


 この二人との出会いは、凰蓮殿が初めて妾の城に来た時じゃった。


 そう言えば、妾と初対面したあの時、凰蓮殿の傍らに立っておったこの二人は何者かと、妾は(いぶか)しく思っておったのう……。


「おねーさまー! おとーさまー!」


 シャオは大声で二人に呼び掛けた。


「あぁ、小蓮。おかえり」


「ただいまっ!」


 柔和な笑みを浮かべ、シャオの頭を撫でながらそう言う陽昇殿に、シャオはニッと笑った。


 シャオの言葉から分かる通り、陽昇殿は凰蓮殿の夫であり、雪蓮殿達の父君だ。


 更に言えば、陽昇殿は凰蓮殿の夫という、権力だけなら孫家第二位の立場にいるにも拘わらず、『そんな権力はいらない』と言って、一将のままでいる変わり者中の変わり者である。


 陽昇殿曰く、


『私には凰蓮の一歩後ろに控えていることこそ相応しい。凰蓮と同じような権力など、私には不要だよ』


 だそうだ。


 正直、妾から言わせれば、こんなに勿体無いことはないと思うのじゃが、孫家の皆がそれで納得しておるのだから、妾が口をはさむ隙はないじゃろう……。


「あら……美羽じゃない?」


 そんなことを考えておると、妾に気が付いたのか、雪蓮殿が驚いた表情を浮かべた。


「うむ、雪蓮殿、久しいのう。この度は、家督を継ぐそうじゃな? おめでとうなのじゃ」


「フフッ……ありがと! お母様から聞いたのかしら?」


「うむ。今は七乃達と世間話をしておるんじゃが……予想外であったぞ? まさか、もう家督を譲るとはの……」


「まあねぇ……私も予想外だけど……お母様にも色々考えがあっての決断なんでしょ? まあ、その辺りのことは、お父様が一番良く知ってると思うけど……」


 雪蓮殿はそう言うと、シャオと話している陽昇殿に目を向けた。


 雪蓮殿の視線に気付いたのか、陽昇殿はこちらに近付く。


「やあ、美羽ちゃん。壮健そうで何よりだ」


 朗らかに笑みを浮かべ、妾の頭を撫でる陽昇殿の顔を、妾は見上げた。


 以前会った時より白髪が増え、顔の皺も少し増えた気がする。


 それでも、変わらぬ優しい笑顔に妾は安堵した。


「陽昇殿も壮健そうじゃが……少々老けたかえ?」


「ッ……君までそんなことを言うのかい?」


 妾の言葉に、陽昇殿は引き攣った苦笑を浮かべる。


「プッ……アハハハッ! お父様、もう諦めたら? 美羽にまで老けたって言われてるんだから」


「そーそー。お父様だってもう四十後半なんだから。もう若くないよってシャオは前から言ってるのにさー」


 雪蓮殿とシャオがそう言うと、陽昇殿はガックリと肩を落とす。


「ふっ二人とも、言い過ぎではないか?」


「アハハ、良いの良いの。さ、お父様が遊びに行っても良いって言ったから、シャオ達も行こ?」


 そう言って、シャオは妾の手を引く。


「むぅ……陽昇殿、元気を出すのじゃぞ?」


「はあ……まあ、気にしないでくれ。それじゃ、二人とも気をつけて行くんだぞ?」


 溜息をつきながらそう言うと、陽昇殿は苦笑を浮かべた。


「はーい! じゃあ美羽、連れてって?」


「うむ! 妾に着いてくるのじゃ!」


 そう言って、妾はシャオと共に走り出した。


 久しぶりにシャオと共に居れる。


 その喜びに、妾は思わず微笑んだ。









side out







side 孫策



 走り去っていく二人を見ながら、私はお父様に話しかけた。


「ねぇ、お父様、今、お母様達は七乃達と世間話をしてるそうだけど……違うわよね?」


 私の言葉に、お父様の表情が険しくなる。


「まあ、敢えて美羽ちゃんを遠ざけている辺り……恐らく、例の話をしているのだろうな……」


「でも、本当に美羽に話さなくて良いの? 美羽だって袁家の人間でしょ? 関係ない話じゃないと思うけど……」


「美羽ちゃんと袁紹の関係はお前も知っているだろう? 凰蓮はそこを懸念しているんだ。……アイツは情に厚いところがある。今回の件は、袁紹が深く関わっているからな。まだ幼い美羽ちゃんが傷付くとアイツは考えたんだろう」


「まあ、お母様が考えてることも分かるけど……でもそれって、本当に美羽のためになるかしら? それに、美羽だっていつまでも子供じゃないのよ?」


 私がそう言うと、お父様は溜息をつく。


「勿論、お前が言っていることも、凰蓮は分かっている。だからこそ、先に七乃ちゃん達に話しておきたいのだろう。それに……」


 そう言って、お父様は一息つくとまた話しだす。


「美羽ちゃんも馬鹿じゃない。恐らく、薄々察していると思うぞ?」


「……そういうものかしら?」


「そういうものさ。お前だって、薄々気付いていただろう? 凰蓮がお前に家督を譲ろうとしていたことを……な?」


 そう言って、お父様は私に笑いかける。


「まあ、それはそうだけど……」


「フッ……そう気に病むな。心配せずとも、事は上手くいくさ」


 微笑を浮かべ、私の頭を撫でるお父様に、私は微かに照れる。


「もうっ、子供扱いしないでよ」


「お前が私を年寄り扱いするのと一緒だろう? それに、どこまでいっても、お前は私の娘だ」


「むぅー……」


 お父様の言葉に、私は唸ることしかできない。


 まあ、お父様の手の温かさが気持ちよくて、手を振り切れない段階で、私もまだまだ子供ってことかな……。









side out









side 孫堅



「つまり、袁紹様のところから流れてきた暴徒が、賊となって廬江で暴れている……ということですか?」


 険しい表情を浮かべてそう言う七乃は、私が持ってきた竹簡をじっくり眺める。


「まあ、袁紹様のところは荒れてますからね。しかし……凰蓮様の領地まで行きますか。てっきり、徐州で暴れまわると思っていましたが……」


 そう言って、七乃の隣で竹簡を見る雄聖は私に視線を向ける。


「雄聖、お主の予想は間違っておらぬよ。現に、儂らの領地に来た賊共は、徐州を経由しておったからな」


 祭がそう言うと、今度は七乃が怪訝な表情を浮かべた。


「徐州って……確か陶商が刺史として治めていましたね。でも、どうしてわざわざ徐州から?」


「七乃、お主は“黒髪の山賊狩り”という者を知っておるか?」


「確か……乱世を鎮めるためにあちこちを旅している豪傑、という噂の人物ですよね? ……ひょっとして、その者が徐州にいると?」


 祭の言葉に、七乃が意外そうな表情を浮かべる。


「どうやらそうみたいね。まあ、真相は(さだ)かじゃないけど、こっちで捕えた賊の話では、その“黒髪の山賊狩り”が率いる軍勢に徐州から追い出されたらしいわ」


 私はそう言って、七乃に視線を向けると、七乃は難しい表情で口を開く。


「とりあえず、“黒髪の山賊狩り”については、私の方で調べておきます。それはさて置き、問題は袁紹様……ですね。お嬢様をわざわざ遠ざけたのも、それが理由……ですよね?」


 七乃の言葉に、私は静かに頷く。


 美羽ちゃんと袁紹の関係を、私は知っている。


 美羽ちゃんは一昔前まで、従姉である袁紹のことを実の姉のように慕っていた。


 だが、袁紹が袁家の当主の座についた時から、関係は変わった。


 袁紹は傲慢な態度を取るようになり、以前のような優秀さは失われてしまったらしい。


 そして、美羽ちゃんに対しても、以前のような優しさは失われ、自分の側から遠ざけた。


 これに傷付いた美羽ちゃんも、これを機に袁紹と距離を置くことになったのだが……。


 母である袁逢亡き後、美羽ちゃんにとって袁紹は唯一の家族だった。


 それを失ったも同然の関係になってしまったのだから、さぞ悲しかっただろう。


 だからこそ、私は美羽ちゃんの前で袁紹の話をしたくなかった。


 陽昇は、袁家のことだからこそ話すべきだと言ったが、私としてはまだ早いと思っている。


 もっとも……陽昇は私がそう言うとすぐ賛同してくれた。


 流石、私の愛する夫だ。


 私が悩んで決めたことは変えないという性格をよく分かっている。


「まあ、陽昇は美羽ちゃんにも伝えるべきだと考えていたようだけど、私は嫌でね。そんな訳で、お前達だけに伝えようと思ったのよ。袁家のことについては、同じ袁家に調べて貰う方が良いでしょ?」


 私がそう言うと、七乃は心得たと言わんばかりの表情を浮かべる。


「分かりました。その辺りについても、こちらで調べておきます。そうですね……だいたい一月だけ待って頂ければ、報告書を纏められると思いますので……」


「ありがと。とりあえず、主要な用事はこんなところかしら、祭?」


「ですな。まあ、後はゆっくり世間話でもしておれば問題ないかと」


 クスリと笑う祭に、私も笑顔で答える。


 さあ、これからどうなるか、慎重に見極めないとね……。








side out







side 孫尚香



 美羽が資金を出し、力を入れている養蜂業を営んでいる農家から出た後、シャオ達は街の茶屋で一息ついていた。


「あんな蜂の群れに突っ込んでいくなんて……あのおじさん、凄かったなぁ……。シャオじゃ絶対できないよ」


 そう言って、シャオは先程の光景を思い出した。


 巣箱らしき木の箱の蓋を開け、一気に中から大量の蜂が出てきた瞬間、正直気絶しそうになった。


「それはそうじゃ。じゃから蜂蜜は貴重なんじゃ。誰でも出来る産業ではないからの」


 杏仁豆腐を口に運ぶ美羽の口振りは、どこか誇らしげだ。


 シャオはふと、辺りを見回す。


 美羽が治めるこの寿春は、養蜂業を中心に、商業的にも発展した地域だ。


 治安も比較的よく、美羽が頑張って寿春の(まつりごと)をしていることがよく分かる。


「のう、シャオ……」


 考え事をしていたシャオに、美羽が声をかける。


「何?」


「今回の訪問……雪蓮殿のことより、麗羽姉様のことについての方が大きいんじゃろ?」


「っ!?」


 美羽の言葉に、思わず目を見開く。


 どうしてそれをアンタが知ってるのよ……。


「妾とて、何も知らぬ訳ではない。これは七乃と雄聖には内緒じゃが……妾も自分で色々調べておるのじゃよ。特に、麗羽姉様のことはのう……」


「…………」


 苦笑を浮かべる美羽に、シャオは何も言えない。


「我ながら、情けない話じゃが……まだ、麗羽姉様のことが気になってのう……。麗羽姉様のところから、暴徒が流れておるのじゃろう? 本当に申し訳ないことじゃと思うておる……」


「なっ……何で美羽が謝ってんのよ! 寿春だってちゃんと治めてるし、美羽は関係ないじゃない!」


「関係ないはずがなかろう。袁家の人間が起こしたことなんじゃぞ?」


「それでもよ! だいたい、悪いのは全部袁紹じゃない。美羽が謝る必要なんてない!」


 シャオはそう言って、机を叩く。


 周囲の人が驚いた表情を浮かべてたけど、今はそれどころじゃない!


「シャオ……そうは言ってものぅ、麗羽姉様にもしものことがあれば、袁家を継ぐのは恐らく妾じゃ。なればこそ、妾は母上のように、袁家の責任を負わねばならぬのじゃ。まあ……本音を言えば、今すぐにでも逃げ出したいのじゃが……。ああ、この愚痴は親友であるシャオだから言うのじゃからな? 誰にも言ってはならんぞ?」


「…………」


 悲しげな笑みを浮かべる美羽に、シャオはかけてあげられる言葉が見つからない。


 どうして美羽がこんな重荷を背負わなければいけないの?


 シャオには分からないよ……。


 でも……


「愚痴ならいくらでも聞いてあげる。泣きたくなったら一緒に泣いてあげる。だから……一人で苦しむのは無しだからね?」


「……ありがとうなのじゃ、シャオ……」


 嬉しそうに微笑む美羽に、こんなことしか言えない自分に嫌気がさす。


 だからこそ、シャオは思うの。


 美羽の力になってあげたいって。


 だって、シャオ達は親友なんだから……。














side out

 皆さん、ご無沙汰しております。


 §K&N§でございます。


 にじファン騒動があってから、色々ごたごたしましたが、ようやく落ち着いたので、更新致します。


 お待ちして頂いた皆さん、遅くなり、ごめんなさい。


 またこちらで頑張っていくので、どうかよろしくお願いします。





 まあ、とりあえず今月中にもう一回更新出来れば良いなぁと思います。


 では、また次回でお会いしましょう!


 

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