山道
高校生活が始まった、、
治の村からだと、高校までの道のりは、、
村からバス停まで徒歩で30分、それからバスで約1時間20分かかる、、
しかし、、肝心のバスは「学生対応」の運行になっていない・・朝一番のバスに乗ったとしても、、
学校に遅刻してしまうのだ。
治もヒロちんも入寮の準備も下宿の準備もしていない・・
二人とも、そんなことなど全く気にしていなかったのだから仕方ないのではあるが。
高校通学初日、二人は仕方なく歩くことにした、、山を三つほど越えた幹線道路まで出るのである。
そこまで行けばある程度の本数のバスが有る、それでも一時間に3本ほどであるが。
二人とも、弁当二つ持って歩き慣れた山道を歩きだす、、時刻は朝の5時半。
朝の風が気持ち良い、この山道は山の中腹に一直線に続いている、
山肌に沿ってクネクネ曲がりながらではあるが、上り下りがあまり無いので、楽ではあった。
眼下にはコバルトブルーの海が見える、小高い山道からよく目を凝らしてみると、
海の中の魚の姿が太陽の光に時には反射して、「キラキラ」光る。
水平線の方を見ると、青い空と青い海がどこまでも続いている、、
遠くの方に大きな船がゆっくりと通っているのが見える。
余談ではあるが、、
その当時、噂になった「50万トン級の世界最大のタンカー」が試験航行で沖合を通った時も治たち中学生は珍しくて
この山道までやって来て、その巨大な船を眺めていた。
遥か遠くを航行しているのにもかかわらず、その船は巨大に見えた。
その治たちの「沖合」にはいろいろな船が通って行く。。
アメリカの巨大な航空母艦なども有った。空母の巨大さに治たち少年は圧倒された、、
潜水艦も通る。。とのうわさを聞いて見に来たが、、姿は見れなかった・・
昭和天皇が島を訪れたこともあった、。
少年たちはいつものようにこの山道から見に行こうとしたら、大人たちに「日の丸の小旗」を手渡されて、
「船が見えたらこれを振るんだよ」と言われた。
山道の海がよく見えるいつものポイントに来ると、、白い綺麗な船が沖合を優雅にすすんでいた。
すると遥か遠くの空から「爆音」が聞こえてきて、、空のかなたの一つの点がみるみる大きくなってこちらに向かって来た。。
「ジェット戦闘機」が二機ものすごいスピードで少年たちの頭上を飛び過ぎて行った。
空の遥か彼方からやってきた戦闘機は、「本土」の方からやってきた、、
本土へは船で3時間半は掛かるのに、、その戦闘機は多分1分と掛かって無いだろう、、
治たち少年は白い大きな船よりも戦闘機の方が驚きであったのは言うまでもない。
そんな歩き慣れた山道を二人は並んで歩く。
二人とも当然、カバンを持っている。
治はノートと鉛筆と弁当二つだけ、、教科書は入学式からほとんど目を通していたから、持ってこなかった、、
それが後々大問題となることを治はそのころ知らなかった。
ヒロちんは、治とは違って学校でもらった、教科書は当然で、、緑色の分厚い英語辞書までカバンに入れている。。
勿論、弁当二つは入らないから、、風呂敷で包んでもう片方の手に持っている。
二人とも歩く途中でカバンを手に持っているのが邪魔臭くなってしまった。
山道の途中には、野良仕事用の小屋が点在しているその一つに治は無言で入って行き。
適当な長さの「縄」を見つけて出てきた、
二人して、その縄でカバンをくくり付け背中に背負ってまた歩き出す。
ヒロちんは相変わらず手には風呂敷包みを持っていた。
治の村から目指す幹線道路まで約2時間はかかるだろう。
山道の途中には、村の火葬場が有った、少年たちの「怪奇話」に良く登場する場所でもあったが、
朝の火葬場は治の目にはとてもきれいに映った。
1時間ほど歩いて、ヒロちんが、、
「15~~腹んへったねー」と言い道路の真ん中に座り込んでしまった。
治も、「弁当ば、食ぶっか!」と言い横に座る。。
乾燥した山道に二人はズボンが汚れることなどお構いなしに座り込んで。
1つ目の弁当を開ける。
おかずは、、二人とも似たようなもの。
「目玉焼き」「魚の塩焼き」「煮つけ」梅干し・・
それでも二人は「目玉焼き」が嬉しかったと思う大切そうに目玉焼きを頬張る二人であった。
道の真ん中で弁当食べながらヒロちんが、、
「15、、明日も歩くとか?」と不安そうに聞く。
帰りはバスで帰れるが、、朝は如何ともしがたい。
治が「歩かんば行かれんじゃろぅ」と答えると。
ヒロちんは「下宿ば探さんか?」と言うから、治が「うん、探そか・・」と答える。
それ以上は今この二人の少年には具体的な話は全くできない。。
約二時間かけて幹線道路に出た。
バス停に行くと高校生が5人程待っていた、隣の中学出身者である。
二人の姿を見ると、不思議そうな顔をしていた。
皆、無言でバスを待ち、しばらくしてやって来たバスに乗り込んだ。。
バスの中は高校生でいっぱいであった。
治はバスの混み様に多少びっくりして、ヒロちんに、、「すごかねー」と言うと、
ヒロちんは無言であった。
バスの中の高校生の綺麗な学生服が、二人にはとても印象的だったのかも知れない。
バスで約40分高校の前に到着。
高校の前は綺麗な広い道路になっていて、何台ものバスが停まっていた、
そのバスから、学生服とセーラー服を着た高校生が大勢降りて来ていた。
治とヒロちんは、、ただただ、、唖然としていた。
まるで、、大都会に来たみたいな錯覚に二人とも捉われていたのだった。
高校に入り二人は教室に入る、、ここで問題発生。
廊下に張り出されてる「新入生クラス編成」の張り紙を横で見ていたヒロちんが、、
「15、、違うクラスばい・・」と悲壮な顔をして治に言う。
治は多分ヒロちんより先に気が付いていたと思うけど、黙っていた。
「ヒロちん、大丈夫じゃけん」とだけ言うとヒロちんは黙ってしまった。
二人してお互い横の教室に入って行った。
治は1組ヒロちんは2組であった。
教室に入ると、もうすでに半分ぐらいの生徒は来ていて、教室のそこかしこでグループを作って話している。
治がキョロキョロしていると、一人の女生徒が近寄って来て。
「名前ば教えて?席ば探してやっっけん」と笑顔で話しかけてきた。
綺麗なセーラー服を着て、綺麗な顔をした治の中学にはいないタイプで都会的な女の子であった。。
治はドッキとしながら、、
「伊藤治」とだけ言った。
その瞬間、、教室が凍った。。「都会的な」女の子も目を真ん丸にして治をまじまじと見ている。
その時教室の扉がガラガラと開いて、背広姿の大人が入って来た。
治は「多分先生だろう」と思ったが確信は無かった。
その大人が、、
「おはようーー座る席は皆わかってるか?」と聞くので
先に来ていた生徒たちは口々に「はい」と返事をする。
治はまだ分かっていないから黙っていると、、
治に向かってその大人が「君は?分かっていないのか?」と聞くから治は頷いた。
「名前は?」
「伊藤治です」
その大人も名前を聞いたとたんに、、治の顔を見直す。
「君が伊藤君か~~君の席はあそこ」と窓際の一番後ろを指差す。
治は黙ってその席に行くと机の上に
「伊藤治」
と書いた紙が貼ってあった。