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暗闇の橋

中間テストが終わって一週間後に総合結果が発表された。

上位50名までが各学年の廊下と職員室横の購買部前に張り出される。


治の得点は、理科100点、日本史95点、現代国語90点、古文100点、、英語32点

数学、「200点」 であった。


数学の水野が治の実力を認めて白紙のテストを「満点」と評価したのだ。


結果、700点満点のテストで合計点は、617点であった。


学年総合順位は2位とは2点差で治が1位となっていた。


張り出された総合結果を大勢の生徒が立ち止って見るが、治は全く興味が無かった。



朝治が教室に入ると、1組のクラス委員長のひろ子が治の席までやって来て「15、1番よ」と嬉しそうな顔をして教えてくれた。


治は気のない顔でひろ子を見て「そう」とだけ言う。


その日の1時間目は数学の授業だった、白髪頭の水野先生が入って来て、いつものようにひろ子の号令で全員が起立して礼で始まる。


「先日の中間テストの件でみんなに話があります、伊藤治は今回の中間テストは白紙提出したのですが、テストの数日前に特別に受けた3年生の模擬テストで満点を取っていたので、今回は特例として満点としました。3年生の模擬テストの内容は当然今回の中間テストの比ではなく、実際に受験した3年生のトップの得点が82点と言う大変難しいテストでしたので、そのテストに満点を取った伊藤は他の先生方とも相談の上満点としました」


と発表した。


教室のほかの生徒がざわつく中で当事者である治はいつものように、ぼんやり外を見ている。


その治に向かって水野が「伊藤、今後もしっかり頑張れよ期待してるから」と声をかけた。

その声に対して外を見ていた治が



微かに、眉間にしわを寄せたのは誰も気が付かない。



なおも水野は「伊藤は中学時代の県下一斉模擬テストの数学でも全て満点と言う結果を出して高校に来ています、それに加えて今回特別に受験した3年生の模擬テストでも満点と言う素晴らしい、、、」


突然「バーン」と大きな音がして全員が音の方向を見る、治が両手で机を叩いたのだった。

クラスの生徒は全員驚いて黙って見ている、水野でさえも目を見開いて治を見ている。


すると治は立ち上がって後ろのドアから出て行ってしまった。


あまりの突然の出来事に水野自身も唖然とする、瞬間我に返ると教室を飛び出して階段の方に向かって歩いている伊藤を呼び止めるが、伊藤は振り向きもせずに廊下の角を曲がって視界から消えた。


水野は誰もいない廊下を呆然と眺めているしかなかった。

その日の授業は急遽「中間テストの見直しテスト」と言う事で教科書の問題を全員に時間いっぱいの制限時間を与えて行わせ

水野は教室の隅に椅子を持って行って座り、考え込んでしまう。


ここ数日水野は、こう考えていた。

伊藤治と言う「ガキ」の数学的能力はおそらく本物、自分が見てきた数多くの生徒の中でも多分群を抜いてるだろう、いや比べるべき次元が自分も含めて違うかもしれない。

しかし自分は教師だ自分の指導無しにはどんな能力も「花」開かずに終わるはずだ、自分の助けなしにはこれ以上にはならない筈だ。

そう考えて今日の授業の冒頭の発表をした、あれは自分なりに「伊藤に目をかけて上げているぞ」と表現したつもりでもあった。


それが当の「ガキ」の態度は机を叩いて教室を出て行った。


「ふざけやがって、自分を何様だと思っている」


水野は次第に治に対して憎しみすら感じていた。


中間テスト総合24位のクラス委員長ひろ子は「急遽」おこなわれた見直しテストをやりながら、治の事を考えていた

初めて会った時の治は、くたびれた制服に使い古された鞄と言う姿で教室に入って来てキョロキョロしていた。

元来おせっかい焼きのひろ子はそのクラスメイトであろう「少年」が座る席が分からずに困っているだろうと思い声をかけた。


その時に初めて噂には聞いた事が有った「伊藤治」を知った。

無口で無表情の治に惹かれて行く自分を感じている。

その後の治は事ある毎に先生達と衝突する、ひろ子は傍でいつもハラハラしながら見ていた。


英語の吉野先生はあのテスト返却事件の後から治には絶対に声を掛けない、まるで教室にいないかのような態度で接している、

吉野先生の問題はクラスの生徒の間では「吉野先生が悪い」と言う意見が大勢を占めていたが生徒の思惑ではどうしようもない。


しかし数学の水野先生との確執の理由が良く分からなかった、治が何故あんな態度を取るのかが理解できなかった。


今日でも水野先生は伊藤を褒めて「頑張れ」「期待してる」そう言ってくれてるのに、治は何故だか怒って教室を飛び出して行く。

あんな風に言われたら「私なら嬉しいのになぁ」とひろ子は思っていた。


クラスの皆もひろ子と同じ感覚だったと思う、吉野の問題は別にして水野の問題が皆には理解できてなかった。


勿論  水野にもそれは理解できていなかったのかも知れない。


教室を飛び出した治は靴に履き替えもせずに裏山に向かっていた、特別に何を考える事も無くただ漠然とした気持ちで人気のない所に向かっていたのだろう。


裏山は校舎の外塀の向こうはすぐに険しい山となっている、急な山道を前かがみになりながら登ると

少し広い所に出た、そこに座ると校舎の遥か向こうに海が見えた。


治はそこの場所に寝転ぶとぼんやり空を見て考え出した、水野の考えが全く理解できなかったからだ。


高校受験をするときに、父親から言われた「お金借りてまで高校行くな」と言う言葉と、

その後、高校行かないと行った時の「うるさい、黙って高校に行け」と言う言葉の意味。


春休みの課題未提出で吉野に怒られた事、治にも怒られる理由はわかる、でも治にしてみれば分かっている範囲の課題には意味を感じなかった。

しかし、あの時の吉野は一方的に辞書で殴りつけてきた、それが治には理解できなかった。

未提出で殴ったのか、わかると「驕った」自分を諌めたのかである、

諌めたのなら治にとってはありがたい事であることぐらいの分別はついている

でも吉野は確かに「宿題をしてこないからだ」と言って2度も殴りつけた、自分が質問した「宿題の意味」に対しては答える事無くである。


喧嘩にしても戦争にしても野生動物の争いにしても必ず正当な理由が有るそれは仕掛けた側の勝手な言い分であっても、仕掛けられた側もある程度は理解できるものである。


事実2年生に呼び出されて袋叩きに遭った時もその理由は治自身は納得しないしろ、分かっている。

失敗に終わったが仕返しに行った事に対して、仕返しを受ける側も何故にあんな目に遭ったのかの理由は分かっている筈だ。


だが、今日の水野にしても沢山の言葉は喋るがその言葉が自分の心に届いて来ない、

届かないのにいつまでも「他人」の事を喋り続けている水野に腹立たしく思った。


袋叩きの時の「お前」と言う罵りの言葉の方がはるかに、心には届いていた。


治は自分の周りの大人達の存在価値が分からなくなっていく、高校進学の時もそうである。


誰も自分の進むべき方向の先に立って明かりで照らしてくれ手招きする人はいない。

殆どの大人達は、自分が疑問に感じて少し考えると一方的に怒る。


高校入学後の現在もそうである、自分がどう進みたいのかなどは一切お構いなしに、前から手を振るのではなく。

自分が少しでも横にそれたら、怒鳴ったり殴ったりである。


前に向かって引っ張ってくれるでもなく、ただ横にそれたら、理由も知らせる事無く叱る。



まるで




暗闇の中の橋の上を歩いているようなものだと治は感じていた。





前は暗闇、横にそれると意味も無く壁がありその方向には行くことも出来ない、かと言って前に行くのは不安で仕方ない。




どうせ見えない暗闇なら、せめて自由に歩きたい、治はそう思っていた。




横の「手すり」が邪魔に感じて仕方なかった。

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