京子(1)
「学年担当会議」の結論は結局具体的な決着のないままに終了した。
その頃の治は中間テストの前から気になっている事が有った。
「京子」の事である。
憧れの先輩から紹介された京子の事が頭から離れない、
テスト期間、一生懸命ヒロちんが横で勉強していても、自分は手に付かない。
出会った次の日から昼休みになるとジィを連れて毎日の様に購買部に行くが結局会えない。
購買部をウロウロしている姿が先輩たちの目に留まって、その後のリンチ事件に発展した可能性もあるかもと治は内心思っていたので
その事件が有ってからは購買部には行かなかった、勿論その後、京子とは会えずにいた。
テストも終わってしばらくしたある日の夜の事。
下宿に帰り、晩御飯食べて夜の8時過ぎにヒロちんと二人でタバコを買いに近所の雑貨屋さんに行った。
タバコのある雑貨屋さんは下宿と高校の中間にある、まだちらほらと制服姿の学生も歩いている、
この高校には学校の敷地内ではなかったが校門の前の道路を挟んだ所に学生寮が有った。
勿論下宿と違って寮の規則は厳しい、夜8時過ぎまでは寮からの外出は運動服もしくは学生服でなければいけない。
だから、早い時間は寮生と普通の学生の区別はつかない。
だが夜8時を過ぎると私服での外出が許される、ただし指定されたお店への買い物だけである。
治たちが良く行く雑貨屋もその指定されたお店に入っているらしく夜8時過ぎると寮生らしきお客さんで賑わう。
その日も数名の寮生らしき人がいた、私服の人もいれば、体操服姿の人もいた。
2人はいつものように夜食と「下宿のおばちゃんに頼まれた」タバコを買って雑貨屋を出て下宿の方に歩き出した時に、
後ろから「治」と呼ぶ声がして振り返ると私服姿の京子が笑顔で立っていた。
「京子先輩、何ばしよっと」と聞くと、
「あら、知らんやったと、私寮に入ってるんよ」と答える。
「知らんやったばい」と言いながら、私服姿の京子を見ていた。
ジ―パンに白いシャツ姿がとても眩しく見えた。
京子は「何ば買うたと」と言いながら手にしている茶色の紙袋を覗く素振りをする、
治は慌てて「夜食ばい」と中身など見えるはずもない紙袋を後ろ手に回す。
京子は「あっ、さてはイケない物んが入っちょろ」といたずらっぽく言って顔を治に近づけてきた。
治は恥ずかしくなって「何も入っちょらんばい」と少し顔をそむけた、
すると京子が真顔になって、「叩かれたところはもう良かとね」と心配そうに言う、
2年生の京子は治が「暴行」されたことは当然知っている。
「もう何ともなかばい」と答えると、
治の耳元に顔を寄せて来て「2年生の中では治はカッコ良かって、噂の的ばい」と小声で言い店の中に入って行った。
治とヒロちんも下宿に向かって歩き出した。
2人並んで歩いていると、ヒロちんが「15あの人誰っね」と聞く
「裕子先輩(憧れの先輩)の友達たい」と治がい言うと。
「あの先輩や、15ばしいちょっばい」とヒロちんは、京子が治の事を好きだと断言した。
治は内心嬉しかった。
2年生の谷畑京子は島の中では一番大きな中学校の出身だった、父親は公務員、母親は田舎では珍しい専業主婦の家庭の長女として育った。
父親は頑固で厳しかった、しかし父親が頑固なのも厳しいのも
この地方ではそれほど珍しい事ではなかった
しかし、その頑固さと厳しさは他とは少し違っていた。
父親は事ある毎に「世間体」を気にする人であったのだ、だから京子は中学までは自分の意思を言えない、やりたい事も出来ないと言う
この地方では珍しい世間体を気にする少女だった
京子はいつの頃からか父親がとても嫌いになっていた。
高校になると同時に、決して通学できない距離ではなかったがクラブ活動を理由に入寮の許しを父親にもらった。
そのクラブ活動は実際には入部すらしてない。
京子はただ、自宅を出て自由になりたかったのである。
中学時代の学業は中の上程度だが、生徒会や陸上部で活躍したり、弁論大会でも県大会に進んだりと優等生だったし、
身長はそれほど高くはないが、目が大きくて愛くるしい顔をしていたので、学校でも近所でも評判の良い、少女で通っていた。
寮生は土曜日になるとクラブ活動や補習授業などを受けない生徒の殆どが、外泊許可を取って自宅に帰る。
しかし、京子はクラブも補習も無いのにあまり自宅には帰らなかった。
土曜の夜の学生寮は平日とは全く違う「自由な空気」がある、
平日なら「食事時間」「入浴時間」「自習時間」「部屋からの外出禁止時間」「消灯時間」等の細かい規則があるが、休みの前の日になると殆どが無くなって、寮生は思い思いに夜を楽しむ。
高校生の女子生徒が集まって話す話題と言えば、当然異性の事。
「あの子がカッコ良い」とか「あの先生が好き」だとか「あの子とあの子が付き合っている」とかである。
勿論中学生の頃にロストバージンしていると言う「つわもの」もいたりするから、夜の話は盛り上がる。
「ねぇーねぇー初めての時ってどんな感じなの」と一人の生徒が聞く、
すると「ロストバージンを済ませた『先輩』」が色々と教えてくれると言った感じで一晩中黄色い悲鳴を上げながら朝まで話明かす、
それは京子に限らず、年ごろの女子高生にとっては楽しい高校生活であったろう。
高校に入り約一月後にやって来た5月の連休、殆どの寮生は実家に帰った、
京子は実家には帰りたくなかったので、外泊届けは出さなかった。
結局女子寮に残ったのは1年生は2人と3年生2人の4人だけ。
連休中は寮母さんもお休みで食事も出ない。
学生寮は男子寮と女子寮が並んで建っていて食堂で繋がっている。
食事の時間は朝は男女同じ時間帯だが、夜は時間が違っていた。
男女とも食堂の出入り口の横に「舎監室」と言うのが有って、日替わりで舎監となっている高校の先生が男女とも泊まり込みで朝までいたので、食堂の出入りは舎監の許可が必要だった。
しかし中には、深夜消灯時間を過ぎてから、こっそりと食堂の隅っこの暗がりに座り込んでひそひそ話をする男女もいたりする。
連休初日、京子たち残った女子寮生は早い時間から食堂の調理場に入り晩御飯の支度をしていた。
メニューは「家政科」の3年生の先輩が提案した、和食中心のメニューである京子は料理はあまりした事ないので、先輩の手伝いをするだけ。
先輩の指示の下、料理が出来上がった、いつもなら部屋での食事は許されないが、
連休中は男子生徒も自分らで作るので、舎監の先生とすればなるべく男女を隔離したい為に連休中は女子は部屋での食事となる。
何時もより豪華な食事を一つの部屋に運んで皆で食べる。勿論たわいもない話をしながら食べる、食事が終わったのは夜の9時頃。
後片付けは京子達1年生の仕事で、二人で使い終わった食器を持って食堂の調理場に行き洗い物をしていたら、
3年生の男子生徒3人が食事をしに入って来た、全員サッカー部の先輩たちだ、3人は手にインスタントラーメンの袋を持っている、
男子生徒の一人が「あっ、よかねぇ女子はご馳走んごちゃって」と洗い物をしている京子たちに向かって冗談を言ってくる。
京子は黙っていたが友達が「そうばい、美味しかったですよ」とそれに答える、
「男はラーメンばい」と大袈裟に肩をすくめて、洗い物をしている横でラーメンを作り出した。
京子は3人の中の広瀬先輩が実は好きだったので、恥ずかしくて黙って洗い物をしていた。
普通の日ならまずありえない、男子と女子の距離、年ごろの男と女。
知らず知らずのうちに話は弾む、途中で女子寮の舎監の女先生が顔を出すが、
舎監担当の女先生は、年頃の子供たちの気持ちが良く分かるから大目に見たのか、
「あまり遅い時間まで話していたら駄目だよ」とだけ言うと舎監室に戻ってしまう。
いろいろ話しているうちに、友達が京子に
「京子、明日は私たちが先輩3人分の食事作ってあげようか」と言いだした。
男子生徒は3人とも大喜びしている、
結局明日は京子と友達二人で先輩男子生徒の晩御飯を作る事になった。
次の日の朝、2人はメニューを考える。2人の女子先輩にも前日の夜に食堂であった事と今日の事は伝えてあったので、
家政科の先輩にもメニューの相談をしたりして、2人が出来そうな「かつ丼」にした。
2人は昼間バスに乗りバス停5つ先にあるスーパーに材料を買いに行った、かつ丼9人分である。
必要な食材と量は家政科の先輩に聞いてメモしてあったし、作り方もしっかり教えてもらった。
お金は京子が出した。勿論後で全員から貰う。
夕方5時ぐらいから、調理室に行って二人で作り出す。先輩のメモを見て作るが二人ともまだ1年生。
うまく作れない、2人で失敗しては笑いながら楽しく作った、見た目の「無骨なカツ丼」が出来上がったのは7時ごろ。
家政科の先輩が男女の舎監の先生にそれぞれ出来上がったかつ丼を差し入れして、特別に食堂での男子生徒と女子生徒の使用許可を取ってくれた。
先輩男子生徒3人を男子の舎監の先生に呼んでもらって、7人が一つのテーブルに座って
京子の好きな広瀬先輩が、代表して「今日はこのような盛大な食事会にお招きありがとうございます」
とふざけて挨拶して皆の笑いを誘ってから、皆で見た目の「無骨なかつ丼」を食べた。
食事が終わってから、男子生徒からお礼に我々が一曲歌います。と言って持って来ていたギターを持って歌いだした。
夜の食堂にギターの音とそれに合わせて歌う声が響いていた。
京子の好きな広瀬先輩は一番最後に偶然にも京子が大好きな歌を自分でギターを弾きながら歌った。
京子は黙って先輩を見ていた、それは男女7人にとっても、楽しい時間であった。
京子はますます広瀬先輩が好きになってしまった。
その日の夜は京子と友達は二人で京子の部屋で寝た、寮の部屋は4人部屋で、部屋に入ると通路を挟んで造り付けの2段ベッドがある、
それぞれのベッドには思い思いのカーテンが付いてる、ベッドは普通の布団が丁度入るぐらいの広さで壁や天井には時間割や年表、数学の公式、歌手のポスター、家族の写真等をこれまた思い思いにピンで貼り付けている。
中にはボーイフレンドの写真を留めている生徒もいた。
京子は時間割と苦手な英語のプリントの張られた自分のベッドに入り、友達は通路を挟んだ横の帰省している1年生のベッドに寝転んだ。
寝転んですぐに友達が「京子あんた、広瀬先輩の事好きやろう」と聞いてきた。
京子はびっくりして「なんで」と聞き返したら、友達は見てたらわかると言った、黙っていると。
「告白すれば」と言うので、京子が「えっ」と言うと友達は起き上がってベッドの淵に腰かけ、
「私が言ってあげようか」と言いだす。
「フラれたら恥ずかしい」と京子は答える、友達は当たって砕けろと笑いながら言った。
連休2日目、少女二人の夜は恋の話で更けて行った。
翌日の昼過ぎ京子は自分の部屋で勉強していたら
友達がセーラー服姿で入って来て「京子、良い話聞きたい」と嬉しそうに言う。
「何」と聞くと。
京子の顔色を嬉しそうに覗きながら「広瀬先輩彼女いないんだって」と言う、
「それ、誰に聞いたの」と嬉しさを我慢して聞くと、サッカー部の一年生から聞いてきたと言う。
「京子今晩告白しなよ」と言うので、京子は思い切って告白してみようと決めた。
その日の夜に食堂で京子は生まれて初めて異性に好きだと告白した。
結果は、京子にとってはとても嬉しい結果であった。
高校一年生の5月の連休三日の夜に京子は広瀬先輩と付き合う事になった。




