3人
1年生の廊下でヒロちんと別れて、治とジィは1組の教室に入って行った。
殆どの生徒が食事も終わり、各々に昼休みを過ごしている。
治とジィを見て、皆一応に目線を送るが、その後はまた各々の時間に戻って行った。
クラスの者は先ほどの階下での「事件」の事は知らない。
治は自分の机に戻って、鞄から弁当を取り出して食べだした。
ジィは廊下側の自分の席に座って、窓際の治を見た。
何事も無かったかのように、弁当を食べてる、治を見てジィは思う。
この伊藤治と言う奴は、一体どんな奴なのか?
中学時代に凄い秀才が同じ島の中学校にいる事は先生に聞いて知っていた、それが中学最後の試合の一回戦で対戦した中学校の生徒であることも聞いた。
顔は覚えてなかったが、高校に入り同じクラスで再開した時にすぐに分かった。
その後仲良くなりはしたが、なかなか伊藤治の本性が見えてこない。
それで、さっきの事件だ。
治が教室に入って行く姿をジィはヒロちんと二人で開けっぱなしの教室のドアから見ていた、
治は何も言わずに、自然な感じで歩いて行き、一人の男子生徒に向かって、これまた黙ってバットを振り上げた。
「あっ」と思う間もない程、わずかな時間の出来事だった。
幸いな事にバットは空を切ったが、もしもあれがあのまま相手に当たっていたら、
と考えると、ジィは寒気がした、
平素の治はと言うと、あまり喋らないがとても明るく良い奴だった。
学力は自分と比べると、「天と地」ほどの差が有るにもかかわらず、全くそんな感じは感じさせない。
どちらかと言うと、「こいつ本当に秀才なのか?」と感じる事の方が多かった。
ジィ自身は中学の頃は学校では誰もが怖がるいわゆる「番長」的存在だったが、
ヒロちんに聞くと治は喧嘩などしたことがないと言う。
しかし、ジィは治には喧嘩では勝てない気がしていた。
何故そんな気がしていたのか、今はわかるような気がした。
今日の事件を境に「狂気」と言う言葉をジィは治の中に感じていく。
それでもその後、ジィは治の優しさや、寂しさ、秘めた思い、、等と言う。今は「闇」の部分も知って行く事になる。
勿論卒業するまで、いや二人は一生の親友となって行く。
一方、遠野海輝は一年生の伊藤治が帰って行ったあと、クラスの全員に「このことは絶対に先生の耳には入れるな」ともう一度念を押した。
クラスの全員は遠野の言葉に誰一人疑問も反論も無かった。
遠野は学校始まって以来の秀才と言われている、伊藤治は知っていた、勿論顔も見た事が有った。
でも、今日見た伊藤治は全くの別人だった、武道家の端くれとして、さっきの事件を思い出した、
「教室に、ゆらり、と入って来て黙って気負いなど無くバットを振る」一部始終を遠野は自分の席から見ていた。
「まずい」と思い駆け寄り後ろ手に抑えた時もあの伊藤治は声一つ上げる事無く、無様に抗う事などしなかった。
遠野は中学時代から喧嘩ばかりしていたからわかる事だが、喧嘩をするときは殆どの男は興奮状態になるそれが普通である。
しかし、あの伊藤治はあれだけの事をしながら、全く興奮していなかった。
武道家の遠野にしてみればそれは脅威であり、異常と感じる。
妖艶な治の姿を思い出していた。
ヒロちんはと言うと。
「15はやっぱり15だなぁー」と感じているだけであった。
その頃、3人の思いなど全く知らない治は弁当を食べ終わると窓の外を眺めていた。
「昼からは、海の傍に寝に行こうかなぁー」