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海輝(報復の結末)

次の日は日曜日


治とヒロちんは下宿にいた。


治はまだ体のあちらこちらが痛くて動きたく無かった。

ヒロちんはそんな治の傍を離れたくなかったのだろう。



二人の絆はとても強かった。



お互い物心ついたころから気が付いたらいつも二人は傍にいた。

幼稚園、小学校とヒロちんはいつも治の陰に隠れていた。

勿論治はヒロちんをいつも守っていた。

同じ年なのに、治はヒロちんの兄貴みたいな存在だった。


そんなヒロちんが今は、治を心配して傍を離れようとしない。


昼過ぎに下宿のおばちゃんが「治、友達ん来たばい」と階下から声がした。


治の代わりにヒロちんが下がって行き、その訊ねてきた「友達」と二階に上がってきた。


「ジィ」だった。


治の顔を見るとジィは


「15大丈夫ね」と言う。


ジィの話によれば、治が2年生に袋叩きに遭ったのは学校中の噂になっているらしい。


治はジィの話を寝転んでタバコを吸いながら聞いてた。


ヒロちんはジィに「2年生のだっね?」と犯人を知りたがっていた。


ジィは犯人は知らなかったしかし、治にこう言った。


「絶対に探すけんね」「いくら2年生ち、言うたってこがん事や勘弁されんやろう」

「探して、先生に言うけん」と言う。


治はゆっくり起き上がりながら。


「ジィ先生には言わんで良かけんね」と先生への密告を止めるように言った。さらにこう付け加えた。


「相手や分かっちょっとよ、2年2組さ、顔も覚えちょっよ」


それを聞いたヒロちんは「15どがんすっとね」と聞いてきた。


治は真面目な顔をして言うヒロちんが可笑しくて声を出して笑った。


ヒロちんとジィは治がどうして笑っているのか分からないといった風で治を見ていた。


笑い顔のまま治は二人にこう言った。





「おっが、自分で仕返しばすっけん、よかと」





二人は少しびっくりした顔で黙って治の顔を見ていた。


治はタバコを消しながら、


「ジュースば買いに行こか」と言って自分の机の引き出しを開けたが200円しかなかった、

「ヒロちんお金ば持っちょか」と聞くとヒロちんは「200円」と答える。


それがまた治は面白くて笑った。


ジィもヒロちんも今度もまたなぜ治が笑っているのか分からなかった。


結局ジィが驕る事になり、3人で下宿を出て高校と反対方向にある駄菓子屋に向かって歩く、



治とヒロちんは三日ぶりの外の空気だった。



翌日治は四日ぶりに学校に行った。


顔は、まだ少し目の周りが青くなっていたが、腫れは引いていた。足と背中などはまだ歩くと痛い。


校門から続く校舎への長い通学路をヒロちんと並んで歩くと、何人かの生徒がビックリした顔で治を見ている。

治もヒロちんも全く気にはしない。




ヒロちんは朝から治の雰囲気が怖かった、中学時代にも感じた事のない治をヒロちんだけが感じてた。




一番奥の棟の1年生の教室の並んだ4階に着くと、廊下には大勢の1年生がいた。

みんな、二人の姿を見ると急に黙り込んだ。


1組の教室の入ると、クラスの皆が一斉に治を見る、クラス委員長のひろ子が近づいて来て、

心配そうな顔で


「15大丈夫?」と声をかける、「大丈夫ばい」とだけ治は答える。


ひろ子はクラスで治が好きだと発表してからは周りの目など気にせずに治に対して接してくるようになった。

治もそんなひろ子に対して良く話すようになっていた、しかし今日は話したくなかった。

ひろ子もいつもと様子の違う治が怖くてそれ以上は話せなかった。


しばらくしてジィが教室に入って来てすぐに治の所にやって来て、「大丈夫と?」と聞くから「うん」と治は言う。


ジィは治の顔に自分の顔を近づけて「今日仕返しばすっと?」と聞く。


治は目を合わせる事無く「やる」と短く答えた。



昼休みになって治は弁当も食べずに、教室を黙って出て行った。

殆どの生徒が食事中で誰もいない廊下にただ一人、ヒロちんが立っている。

何も話さずに治は階段に向かって歩いた。

ヒロちんも何も言わずに並んで階段をさがる、

すると後ろから足音がしてジィが治の横に並んで

「おっもいくばい」と自分も付いて行くと治に言った。

治を挟むような格好で3人は階段をさがった。

行く先は治しか知らない、2人は黙って並んで歩く。


武道場の横に長屋みたいな建物が有り小さな運動部の部室が並んでいた。

その部屋の一つの前で治は立ち止まり、

引き戸を開けて中に入って行った、しばらくして治は手に「バット」を持って出て来た。


それからまた治は黙って歩き出した。


向かった先は1年生の教室のある一番奥の棟。4階が1年生、3階が2年生になっていた。


3階まで上がると数名の生徒が廊下にいたがほとんどの生徒は、まだ教室で食事中のようであった。


廊下に出ている数名の2年生がバットを手にした治に気が付き声を掛けようとするが、

治は妖艶な目でその生徒を睨み黙らせた。


横にいるヒロちんもジィも治が怖かった。特にヒロちんは「治、やめんね?」と止めようともした。

しかし、治は表情一つ変えずに、黙って歩いた。


「Ⅱ-Ⅱ」のクラスの前に来ると、2人に向かって「ここに、おらんね」と言うと

一瞬の躊躇もなく教室のドアを開け、黙って入って行った。



「Ⅱ-Ⅱ」のクラスでは、まだほとんどの生徒が食事中だった、机をくっつけて食べてる者や

机の上にうつ伏して寝てる者、後ろの所に集まって話しているものなど、ざわざわついていた為に

突然の来訪者の治に気が付くものは少なかった、

また気が付いた者も、見知らぬ生徒の突然の来訪にただ唖然としていたのかも知れない。


治は教室のドアを開けて教室に入ると教室を見渡し、一人の生徒の顔を確認する。

その生徒は学生服の前のボタンも閉めずに後ろの方で壁にもたれてほかの生徒と話していた、

治は黙って近づき何も言わずに手にしたバットを横に振り上げた。


野球の「素振り」をするように治はその男の頭めがけてフルスイングでバットを振った。


治にしてみれば、別に頭を狙ったわけではない、たまたまほかの生徒が邪魔で頭が一番狙いやすかったに過ぎない。


フルスイングで治が振った木製のバットが人の頭に当たるとどうなるか、それは治にも分かっていた

分かっていたが、治にしてみればそんなことは全く関係なかった、


ただあるのは、、



「報復」と言う意識だけ。



男は食事を済ませ教室の後ろで仲間と話している時に教室の中を歩いてくる治に気が付いた。

気が付いてから、

考え様としていた時に治の手からバットが振り上げられて自分の頭に目がけて振り回されて来たのを見た。


瞬間的に男は頭を低く抱えて逃げた。


「バーン」と教室中に響く音がした、治の振ったバットが教室の壁に激突した音だった。


治は凄い衝撃を感じてバットを落としてしまった。


落としたバットを拾おうとした時に、治は何者かに後ろから組み止められてしまった。


動こうと思っても動けなかった、とてつもなく強い力で組み止められた。


後ろから男が「伊藤もうやめんね、わかったか」と言う治は黙っていた。


振りほどこうともがいてみたが無理だった。


もう一度男の声がして、「もうやめろ」と低い声で言われた。

治は全身の力が抜けて行くのが分かった。


この時治を制した男子生徒はこの高校だけじゃなく九州の高校の柔道部ならだれでも知っていると言うほどの男だった。

2年生で九州大会を制し、大学ではレスリングの日本代表候補に挙がるが怪我でオリンピックには行けなかった、人である。


そんな人に後ろから組み止められては治にはどうすることもできるはずがない。


その人は治から手を離すと、バットを拾って治から狙われ、青ざめた表情で座り込んでいる男子生徒にそのバットを渡し。


「こん壁や、うんがしたっぞ」「伊藤は関係無かとぞ」と言うと

今度はクラス全員に向かって


「こんことや、先生に言うなよ、こっどんが伊藤ば8人がかりでやったとが悪かとやけんな」と言った。


クラスの全員はその男子生徒の言う事が良く分かっていた。


「Ⅱ-Ⅱ」の今青ざめて座り込んでいる生徒とその仲間が、「秀才」と言われている1年生の伊藤治を

集団で暴行した噂は知っていた。でも噂だから誰も問い詰めなかった、


でも治がこうして教室にやって来て、信じれないような事件があり噂が真実であることを知った、


青ざめてだらしない顔をしてまだ座り込んでいる犯人の男子生徒に対して「憤り」を感じていた。


「卑怯な奴」と心の中で罵っていた。



これだけの事を起こしておきながら、この事は学校中の生徒の間の「伝説」にはなったが、

治は学校側や警察などの罰は受けなかった。


それは治を止めてくれた人、、『遠野海輝』  の人望であり、正義心のお蔭だった。


遠野海輝は、2年生でありながらこの学校の男子生徒の頂点に立っていた。

それでいて、性格は温厚、学業は普通であったが、品行方正で生徒にも先生にも人望は厚く信用もあった人であった。


もしもこの時、遠野海輝がこのクラスに居なければ、治の人生は変わっていただろう。



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