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来客

数日後の日曜日昼過ぎ、担任でもある、達おじちゃんが治の家にやってきた。

上下ジャージ姿、、それも高校のネームの入ったジャージ姿で、

昔坊主の格好をして村を走っていた時の小さいバイクに乗ってやって来た。


父親はいなかったが、母親はいて「達ちゃん、どがんしたと?」と出迎えた。

治は丁度、朝と昼の兼用のご食事を済ませたところであった。

母親の声にびっくりして振り返ると、「新井先生が立っていた」


「ねぇちゃん(治の母親の事をそう呼んでいた)治のこっで、話んあったけんさ」と言うと。

母親は、何を言ってるのかさえ分からなかった様子であった。

母親は達おじちゃんが、高校の先生をしてることを全く知らなかったみたいだ。


新井先生は玄関で靴を脱ぐと部屋に上がって来て、治の寝転んでいるテーブルの横に胡坐をかいて座った。


母親が、お茶と焼いた「あご」をテーブルに運んできた、「治も食ぶっね?」「うん」と答えると

台所に戻って「あご」を焼きだした。


治は起き上がって、ちょうど新井先生の正面に向かい合う形で座った。

屋根裏の自分の部屋に戻ろうと思ったが、母親に、「あご」を食べると言った手前戻れなかった。


硬い焼きあごを両手で食べながら、新井先生が母親に

「ねぇちゃん、実は3年前から南高校(治の高校である)の先生ばしちょっとよ知らんやったろう?」と言うと。


母親が台所から、、「へーー知らんやったばい、治は知っちょっとね?」と聞く。


知ってるも知らないも、担任である、、知らない訳がない。

治は母親にも父親にも達おじちゃんが担任であることは言ってなかったことを少し後悔した。


また、父親に怒鳴り付けられるなぁーと思ったからだ。


母親の治に対する質問には達おじちゃんが答えた。

「おっが、治ん担任ばしちょっとよ」と台所の母親に向かって大きな声で言った。


焼いたあごを皿いっぱいに積んで、母親が台所から戻りテーブルに置き自分もテーブルの横に座った。


「治、どがんして教えんやったとね?」と聞く。「忘れちょった、、」と答えると。


「最近何も話さんごてなったとよ~」と達おじちゃんに言った。達おじちゃんは

「ねぇちゃん、そっは仕方んなかたい、年ごろじゃもん、なぁー治」と言ってくれた。


新井先生は、母親に治に対する高校側の期待とか将来の事とかを話していた、

母親は、分からないながら取りあえず話を聞いていた。

治はまた寝転んで母親の焼いたあごを食べていた。


話の途中で母親が「治、大学行こごちゃっとね?」と聞いてきたので、「何もわからんばい」と治は答えた。


新井先生が「ねぇちゃん、絶対に行かせんばよ」と言うと母親は困った顔になり、、

「とーちゃんと相談せんばね~~」と、何と答えて良いのか分からない風だった。


母親は新井先生に「治は大丈夫ね?」と聞くと達おじちゃんは「何がね?」と聞き返す。


「治ん成績で大丈夫ね?そっが心配でさー」と言う。母親は治の学力を心配したのである。


「ねぇちゃん、治は南高始まって以来の秀才と言われちょっとよ、何も心配せんで良かとよ」と言うと。

母親は「そがんね、、そがんなら良かとばってん、、、」と不安そうに言った。


治は相変わらず寝転んであごを食べながら、聞くともなく二人のやり取りを聞いていた。


治は食べながら、起き上がり自分の部屋に戻ろうとした、その治を見て新井先生が、

「治、勉強部屋ば見せてみんね」と言って自分も立ち上がった。


治は黙って、屋根裏に行くための階段のある廊下に向かった。


階段と言うより、梯子に近い階段であった、それは治が中学2年生の時に屋根裏に自分の部屋を作った時に

近所の古い家を壊した後から貰ってきた階段であった。


最初治が作った時は、天井に穴をあけて階段を掛けて、屋根裏にベニヤ板を打ち付けて

これも近所の古い家を壊した時にもらってきた、畳を3枚置いただけの


最初は窓も無い暗い只のベニヤ板の箱であったが、父親が家の壁をくり抜いて窓を付けてくれた、

そのお蔭で、とても快適な「治の空間」になった。

しかし、屋根裏だけあって、夏冬構わずに一年中、色々な虫たちと「同居」を余儀なくされた、

夏などはまれに、「青大将」等も迷い込んでくることもあった。


治の後に続いて達おじちゃんが部屋に上がってきた。


丸い古びたテーブルと本立てと、たたんだ布団、壁には制服が吊るしてある。

反対の壁には治がとても気に入っている「イジーライダー」のポスターが貼ってある。

このポスターは都会から帰ってきた近所の人のお土産だった。

天井には丸い2連の蛍光灯がぶら下がっていた。

壁も天井もただのベニヤ板の箱、、

壁の一方に大きな窓が有る。この家で唯一のアルミサッシが付いている窓である。


「良か部屋じゃん」と達おじちゃんが言いながら、窓を開けて外を見た。

窓の向こうはすぐに海が見えた。治は勉強しながらこの窓から見える海が大好きだった。


窓を開けて、達おじちゃんがタバコを出したので、

治は部屋の隅の夏に使ってた蚊取り線香の缶を、テーブルの上に黙って置いた。


「治、何か嫌な事でも有ったとか?」

「いや別に何もなかばってん」

「聞くと、学校に教科書も持ってきちょらんごちゃけど」

「教科書や春休みに全部見たもん、それに朝、重たかもん」

「そういや、朝は歩きよっとて?」

「うん」

「下宿せんとか?寮も有っぞ」

「下宿ば探してもらいよるよ」

「早よせんば、きつかろ?」

「うんにゃ、大丈夫ばい」


達おじちゃんはタバコを吸いながらテーブルの横に重ねておいてあった教科書を手に取ってペラペラ見ながら、話していた。


急に「治はタバコは吸わんとか?」と聞いてきた。


治はびっくりして、、「・・・吸うよ・・」と小さい声で答えた。


治がタバコを吸う事は母親も父親も知っていた、と言うか村中の人が知っていた。

治の村は中学校を出るとほとんどの子供が、都会に出て行くか、地元に残って遠洋漁業の船乗りか大工の丁稚。

と言うのが多かった。


実際問題として、村の各家庭の家計は「子供の仕送り」で成り立っていた。


だから、中学を出ると子供は皆大人扱いである

タバコもお酒も、男の殆どが中学を出ると当たり前のように吸ったり飲んだりする。


事実中学を出た春休みに、進学しなかった友人の家に行くと、

そこの母親は(どこでも一緒だが)灰皿と、お酒(焼酎がほとんどだが)を出してくれる。

だから、タバコもお酒も普通である。


これは、達おじちゃんの村でも同じはずである。


勿論、治は高校に行ったから、親の前では遠慮している、


しかし父親は夜になると治に焼酎を飲ませたがった、たぶん一緒に飲みたかったのだろう。

でも、治は高校卒業するまで父親と飲んだことは無かった。

都会に出て行った友達が帰って来て家に遊びに来て、治の父親と飲んでも治は横でジュースを飲んでいた。

友達の家では友達の父親とは喜んで飲むのだが、自分の父親とは飲めなかった。



治が父親と初めて飲むのには、高校卒業して7~8年の時間が必要だった。



「学校でタバコ吸ってるのが見つかったら謹慎やからな、学校でや吸うなよ」

「うん、分かっちょっよ」


「治、高校ば辞めたらだめぞ」と言った。


治は正直びっくりした、自分の心の底を見透かされてるような気がした。


「・・・分かっちょっよ・・・」とだけ言った。


それだけ言うと達おじちゃんはまた、小さなバイクに乗って帰って行った。


達おじちゃんが帰った後、一体、新井先生は何しに来たのか、治は考えた。

しかし、分からなかった。でもこの先の3年間。


治は、『新井先生』がいなければ間違いなく高校を辞めていたであろう。


3年間何か問題がある度に、『達おじちゃん』が収めてくれた。

これが良かったのか悪かったのかは別にして。


治にとって「新井先生」が疎ましく感じた事もあったのは事実だ。



その日は案の定。




父親に、怒鳴り付けられて、終わった。



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